「公安テロ情報流出事件」裁判――警察はあらゆる個人情報を自由に集められるのか

捜査の概要

 

次に、警察がこのような情報をどのように収集したのかをみてみましょう。情報収集の方針が分かる1つの流出資料があります(資料2)。

 

【資料2】※クリックで拡大

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この資料から2つのことを読み取ることができます。1つは、ムスリムであれば一切の例外なく情報収集の対象とされたことです。警察がこれほどあからさまに1つの宗教を名指しして捜査の対象としたことは、地下鉄サリン事件を引き起こしたオウム真理教を除き過去に例がありません。しかも、その対象は、世界に16億人いると言われるムスリムです。捜査対象の分母がこれほど大規模にわたることも、歴史上はじめてのことだと思われます。

 

もう1つは、OIC加盟国出身者であれば、ムスリムでなくとも捜査対象としていたということです。OIC加盟国の中には、ウガンダやスリナムなど国民に占めるムスリムの比率が10%程度にとどまる国もあります。警察は、すべてのムスリムはテロに関係している可能性があることを理由としてすべてのムスリムを捜査対象としていますが、ある国の国民であれば、ムスリムかどうかすら曖昧なまま捜査の網にかけるという、粗っぽい方法だったということがわかります。

 

次に情報収集の方法を見てみましょう。まず資料2から、警察が「安価なアパートに的を絞」り、「企業・会社」や「店舗」、「学生寮」などに、「まめに立ち寄り」、漏れなく「国籍」、「氏名」等の個人情報を集めていたことがわかります。

 

また、「モスク」を監視してムスリムの個人情報を収集していたことも明らかになっています。資料3をご覧ください。

 

【資料3】

【資料3】

 

午前8時30分から午後7時30まで、「モスク動向の把握」、「モスクへの新規出入者及び不信者の発見把握に努める」とされています。朝から晩までモスクを監視していたということです。

 

この監視の実態がより具体的に分かる資料(資料4)があります。

 

【資料4】※クリックで拡大

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この資料を見ると、午前8時30分から午後5時30分までモスクの前で見張ることに加えて、「17:00ころから翌8:30ころまでの間はビデオ解析」をしていたことがわかります。モスクに出入りする人を夜通しカメラを使って監視していたのです。

 

警察はモスクを徹底的に監視し、1人ひとりについて「人定」(住所、氏名、生年月日等、その人を特定するための情報のこと)を把握していました。「人定」を把握できていないモスク出入者に対しては、「行確」(公安用語の一つで、「行動確認」の略)、すなわち尾行をして自宅等を特定し、それから住民基本台帳や旧外国人登録原票と照合することで、氏名や生年月日、国籍などを特定していました。

 

より原始的な方法も取られています。聞き込みです。個々のムスリムに「イスラム教の事を教えてほしい」などと接近し、他のムスリムの生活ぶりや信仰の深さなどを聞きまわっていました。多くのムスリムは、まさか自分に容疑がかけられているとは思わず、警察に協力していました。

 

警察の情報収集の方法はこれらにとどまりません。例えば、東京三菱銀行(当時)は、イラン大使館の大使を含む全職員の口座情報を警視庁に提供していたことが明らかになっています。また、流出した資料の中には「都内に本社を置くレンタカー業者大手4社(トヨタレンタリ―ス、ニッポンレンタカー、オリックスレンタカー、ニッサンレンタカー)から、照会文書なしで利用者情報の提供が受けられる関係が構築」されていると誇らしげに報告する資料もあります。

 

資料によれば、化学剤を取り扱う業者や、ホテル、インターネットカフェ、レストランなども、ムスリムに関する情報を警察に提供していたようです。楽天株式会社は、肥料の通信販売を行っている業者名簿の提供を確約したと報告されています。いくつかの大学は、OIC諸国出身の留学生名簿を提供しています。このように、警察は、民間事業者から詳細な個人情報を収集する体制を築き上げていました。

 

また、流出資料には、しばしば「事件化」という用語が現れます。いわゆる別件逮捕です。捜査対象者を入管法違反等の微罪で逮捕し、それを口実に自宅の捜索、所有するコンピュータなどの差押え、解析をするなどして、逮捕された事件とは関係の無い捜査対象者の信仰の深さ・信条・交友関係などを調査しました。

 

警察は、このようにして日本に住むすべてのムスリムの情報を片っ端から収集し、保管していました。

 

資料4をもう一度ご覧ください。平成19年9月時点の「面割率」が約61%であると記載されています。面割率とは、捜査対象者全員のうち個人情報を把握して「人定」を特定している者の割合を意味します。流出した他の資料(警察庁の会議概要)によれば、平成20年11月の洞爺湖サミットまでに、その面割率は98%に上昇していたと報告されています。つまりこの時点で警察は日本全国におよそ7万2000人居たOIC諸国(56カ国、1地域)出身者の98%の「人定」を把握していたということになります。

 

このようにしてムスリムの個人情報やコミュニティに関する詳細な情報をこと細かに調査し把握した結果は、次のような資料にまとめられています(資料5)。

 

【資料5】※クリックで拡大

【資料5】※クリックで拡大

 

左上の表はOIC諸国の一覧です。「外国人登録者数」、「把握件数」、「把握率」の項目があります。把握率が100%を超える国が幾つかありますが、これは「登録者」ではない入国者、すなわち不法滞在者も把握していたということです。

 

写真付きでまとめられているのは都内の主要なモスクです。真ん中下の「ハラールフード」というのは、イスラム教の教義上、食することが許された食材のことを言います。国内のハラールフード店はすべて監視対象とされていたようです。

 

また、そのすぐ左には、NGO・NPO50団体が監視対象とされていたとまとめられています。その中には、JICAや国境なき医師団などが含まれています。これらの団体が監視対象とされた理由は不明ですが、NGOの情報をまとめた別資料の中で、国境なき医師団の「活動状況」には、「アフガニスタン等へ看護婦・助産婦」を派遣したと記載されているので、おそらくOIC諸国と何らかの関係を有していたことを理由とするものと思われます。このように少しでもイスラム教と関係があれば、片っ端から情報を収集し、データベース化し、コンパクトな二次資料に再構成されているのです。

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.273 

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