ビットコインをめぐる共同幻想と同床異夢

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ビットコインの未来

 

マウント・ゴックス社の破綻はあったが、ビットコインは今でも世界の中で多くの人々(とはいえどの国においても多数派ではない。また日本ではまだほとんどいないに等しい)に使われており、一定程度の存在感を持つようにはなった。2013年12月(すなわち、中国での規制導入発表を引き金とするビットコイン暴落の前である)にメリルリンチが出したレポートは、当時のビットコインの価格高騰についてバブルの疑いをはさみながらも、ビットコインが現実通貨に代わる有力な支払手段になりうるとし、その将来について楽観的な見方を示している。

 

 

Bitcoin: a first assessment (Bank of America Merrill Lynch: 2013年12月5日)

We believe Bitcoin can become a major means of payment for e-commerce and may emerge as a serious competitor to traditional money transfer providers. As a medium of exchange, Bitcoin has clear potential for growth, in our view.

 

 

一方、ゴールドマン・サックスが2014年3月(すなわち、マウント・ゴックス破綻後である)に発表したレポートは、通貨としての機能には疑問を呈し、むしろコモディティや金融資産に近い存在であると評価している。その上で、ビットコインの意義はそれ自体の価値よりも、そこに使われたイノベーションが今後の資金決済技術の発達にもたらすインパクトの方にある、と結論づけている。

 

 

All About Bitcoin (Goldman Sachs: 2014年3月11日)

With the conclusion that bitcoin likely can’t work as a currency, but some sense that the ledger-based technology that underlies it could hold promise.

 

 

現在、ビットコインは各国の政府が少なくとも注目するような存在となった。もちろん国によって態度に差はあるが、現段階で、人々にビットコインを利用させまいとまで考えている国は多くはないようにみえる。少なくとも米国は、ビットコインの利用を禁止するのではなく、透明性を確保した上で利用していこうという方向性のようだ。

 

 

「ビットコインが広く悪用されている証拠なし-米財務次官」(Bloomberg.co.jp 2014年3月19日)

http://www.bloomberg.co.jp/news/123-N2O2AC6S972E01.html

同次官は規制すれば仮想通貨の技術革新を米国外に取り逃がすことになるとの見方を否定。「金融の透明性は仮想通貨市場の安定化に寄与し、利用者や投資家に安全性をもたらすことができる」と述べ、「賢明で柔軟、さらに技術用語を用いれば拡張可能な規制を通じてわれわれが行おうとしているのはこのことだ」と説明した。

 

 

日本では、極端な安全志向で自由を制限する方向の規制がなされることがしばしばあるが、広まる前に大きなトラブルが起きた「おかげ」で、不注意な人々が市場に入り込んでくるリスクは多少減ったかもしれない。米国にならって、ビットコインそのものというより、その取引所サービスについて一定の枠をはめる方向に進んでいく可能性が高いのではないかと思われる。

 

 

「ビットコインは金融規制枠外 政府見解、流通は容認」(日本経済新聞2014年3月8日)

http://www.nikkei.com/article/DGXNASGC0701C_X00C14A3EE8000/

貨幣と認め、金融商品と同じように扱えば、高い参入規制や強い罰則を課し、国家が積極的に介入することになる。米国や英国などの金融当局・中央銀行はこの点を踏まえて、存在を黙認する。日本は米英と似たような立場を選んだ。

 

 

すなわち、社会の制度から切り離された領域で生まれ、束縛を嫌う人々に愛されたビットコインが、やがて社会との折り合いをつけ、共存をめざす方向へと向かうのではないか、ということである。場合によっては、ビットコインがそうした社会の要請に応えられずに見放され、後続の暗号通貨にその地位を譲る日が来るかもしれない。ビットコインに類似する暗号通貨はいくつも出現しており(下記の記事によると、60以上あるらしい)、それらはビットコインの持つ欠点を改良したと主張している。その多くは早晩消え去るだろうともいわれるが、中にはビットコインより広く受け入れられるものが出てくる可能性もある。

 

 

「Dogecoin:ミームから生まれた柴犬印の暗号通貨」(Wired2013年12月27日)

http://wired.jp/2013/12/27/dogecoin-cryptocurrency/

 

 

また、ビットコインが実現した手軽で安価な決済手段へのニーズを満たすべく、現実通貨を使った新たな決済手法が発達する可能性もある。銀行などの金融機関は、安全性を高めるために莫大なコストをかけているが、利用者が日常的に行っている少額のやり取りにおいては、若干のリスクはあっても、もっと簡素で低コストの決済手段であればそれで充分かもしれない。日本では規制があってあまり活用されていないが、海外におけるペイパルの普及は、そうしたニーズの存在を示すものといえる。ビットコインが仮想通貨として広く定着していくために最も求められるのはこの要素であろう。

 

少なくとも、現在のビットコインのしくみでは、市場での需要の変動に伴う価格の乱高下を防ぐことはできず、取引の媒介という通貨本来の機能を期待するのは難しい。クルーグマンが批判する通り、価値が乱高下する通貨は、取引の媒介として用いるには不適である。価格安定に正面から取り組むなら、必要なのは何らかのかたちでマネーサプライのコントロールを行うことだ。中央銀行のように人が関与する金融調節機能を持つためには、やはり企業などの組織が責任をもって運営する必要があるだろう。結果として現在よりは高コストになるだろうが、既存の金融機関より安くできれば、ある程度の競争力を保つことはできよう。

 

しかし、価値を安定させるために、中央銀行のような組織を設置し、マネーサプライをコントロールさせるという既存通貨と似た運営を行うのであれば、もともと特定の管理者を置かずに供給量を制約するために採用した暗号通貨という手法自体の必然性は減少する。その意味で、今後の流れによっては、暗号通貨というジャンル全体が消滅していく可能性もあるのではないか。

 

人が関与するしくみをとりたくないのであれば、自動化されたプログラムで調節を行わせることも考えられる。各ユーザーのビットコイン口座情報はコミュニティで共有されているのであるから、たとえば残高の一部を取引価格の動向に応じてシステム的に凍結し、預金準備率操作のような調整を行うことは不可能だろうか。これはもちろんただの思いつきで、有効かどうかもわからないが、何であれスタビライザー的な金融政策を自動的に行うしくみを実装できるのであれば、非常にイノベーティブな仮想通貨システムといえるだろう。

 

 

「国から自由な通貨」としてのビットコイン

 

一方、少なくとも一部のビットコイン支持者にとって、ビットコインの最大のメリットは、政府による関与を受けないことであり、そうしたニーズは厳然として存在し続けている。しかし上記のように、現在の流れは、世界最大の取引業者の破綻や犯罪利用への懸念などもあって、少なくともビットコインの取引に関して何らかの制度的な枠をはめ、利用者の自由の一部を制約する方向へと向かっているようだ。

 

これは、ビットコインをその利便性ゆえに愛好する人々にとっては悪くない方向である。ビットコインがより安心して使えるものになれば、より多くの事業者がビットコインを受け付けるようになり、利便性はさらに高まっていく。しかし、政府による関与の排除を最大限に重視するタイプのビットコイン利用者にとっては、必ずしも望ましい事態ではないだろう。

 

ビットコインが政府当局の注目を集めるようになったのは、端的にいえば、その時価総額や利用者数が大きくなり、無視できない存在となったためである。そうだとすれば、政府の関与を受けないことを最重要視する人々にとって、ビットコインが魅力的なものであり続けるために必要なのは、むやみにユーザー数を拡大することなく、国家経済や国際経済に影響を与えないごく小規模の存在として目立たない状態を保つことであったろう。

 

ビットコインが今からこの状態に戻ることは難しいだろうが、類似の暗号通貨の中には、この条件を満たすものがあるかもしれない。ギークのような人々であれば、そうした新しい暗号通貨を次々と乗り換えつつ、政府の目をかいくぐって自由な資金移動の手段を保ち続けるというのが現実的な対応なのではなかろうか。

 

貨幣の機能の1つが価値保存の手段であるという点については前に述べた。しかしこれは、その価値が永遠に保たれることを必要とするものではない。ジンバブエにおけるあめ玉、北朝鮮におけるチョコパイのように、一時的にでも価値を保つことができるものであれば、その間は通貨として用いることができる。古くなったら新たなあめ玉や別の菓子、たばこなどに取り替えることもできよう。ビットコインやその類似物も含め、暗号通貨が長期間にわたって価値保存の手段として用いられるかどうかはわからないが、裏を返せば、使えなくなったら他に乗り換えればいいだけのことともいえる。

 

いずれにせよ、ビットコインの登場は、それ自体というより、既存の通貨が社会の中で唯一の決済手段というこれまでの常識をゆさぶったという点で、より大きなインパクトを持っているものと考えるべきではないか。もちろん既存の金融システムにおいてもこれまで数々のイノベーションがあったが、ビットコインはそれらとはまったく異なる方向性のイノベーションがありうることを示した。駿河台大学の八田真行氏は、ビットコインにおけるイノベーションを「枯れた技術の斬新な組み合わせ」と評しているが、これまでの発想から自由になれば、金融まわりには他にもいろいろとイノベーションが生じる余地があるように思われる。

 

考えてみれば、1つの国に1つの通貨という状態は、近代国家が成立して以降の比較的新しいものである。日本でも、江戸時代には関東で金、関西で銀が主に使われる複数通貨制であった。通貨の統一は経済活動を活発化し、国家権力をよりはっきりと示すものとなるが、現代社会においては、逆に複数の通貨を場合に応じて使い分けることの方が、メリットが大きくなっているのかもしれない。その中には、価値保存の機能をあまり長期間にわたって保証するのではなく、一時的に使われ消えていくものもありうる。

 

そうした使い分けや乗り換えを前提とした通貨と既存の通貨とを組み合わせて使うことが社会の中で一般的になっていくのだとすれば、それこそが、ビットコインやその他の暗号通貨、あるいは種々の仮想通貨がもたらす、通貨の歴史を変える一大イノベーションといえるのではないだろうか。

 

サムネイル「Bitcoin Wallpaper (2560×1600)」Jason Benjamin

http://www.flickr.com/photos/jason_benjamin/8631889965/

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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