2014.11.12

関東の看護師が足りない――西高東低と地域活性化

上昌広 医師・医学博士 / 医療ガバナンス論

福祉 #看護師#ウーマノミクス

看護師が足りない。今年6月、千葉県は県内の59病院で合計2517床が稼働していないと発表した。このうち38病院は「看護師不足」を理由に挙げた。

看護師不足は千葉県に限った話ではない。07年7月には、東京都保健医療公社荏原病院の産科病棟の一つが看護師の欠員を原因に閉鎖した。当時、荏原病院の看護体制は定数316人に対し、欠員が58人だったという[*1]。これでは、病院機能は維持できない。

看護師不足は全国一律に生じているわけではない。図1をご覧いただきたい。人口あたりの看護師数が極端な西高東低になっていることがおわかりいただけるだろう。関東は九州、四国、中国地方の半分強しかいない。

各県の人口10万人あたりの看護師数(正看護師と准看護師の合計)
図1:各県の人口10万人あたりの看護師数(正看護師と准看護師の合計)

[*1] 『深刻な医師・看護師不足、東京都の危機的な病院運営』東洋経済

意外かもしれないが、我が国でもっとも看護師が不足しているのは関東圏だ。東京も例外ではない。荏原病院は氷山の一角である。

この状況は医師とは対照的だ。東京の医師数は多い。東京で育成された医師が千葉や埼玉で勤務することで、関東圏の医師不足を緩和している。

ところが、看護師の場合には、東京自体が不足しているため、東京で看護師を養成し、周辺の地域に移出することはできない。今後、この地域で団塊世代が高齢化し、医療ニーズが急速に高まることになる。この地域の医療がどうなるか想像もつかない。

看護師不足のツケは最終的には患者が払うことになる。荏原病院のように病床が閉鎖されれば、住民はまともな医療を受けることができなくなる。

また、看護師が不足すると、医療事故が起こりやすくなる。例えば、2003年に米国の研究者らがJAMA(アメリカ医師会誌)に発表した研究によると、外科や救急病棟では大学卒の看護師が10%増えると、患者の早期死亡率が5%低下していた。この研究は、高学歴の看護師を大勢配置したほうが、致死的な医療事故が減ることを示唆し、患者4人に一人の看護師を配備することが推奨されていた。我が国では患者7人に1人の看護師が配備されているのが現状だ。

この研究結果は欧州でも再現され、今年英国のランセット誌で報告された。我が国からの研究はまだないが、看護師の質と量が急性期医療の現場では患者の生死に直結することは、世界の医療界でコンセンサスとして受け入れられつつある。

地域格差を生む養成格差

高齢化が進む我が国で、看護師不足対策は喫緊の課題だ。ところが、その解決は医師不足以上に難しい。それは、医師とは対照的に、看護師の多くは女性で、他の地域からの移住が期待できないからだ。多くの看護師は、地元の学校を卒業し、地元に就職する。結婚して家庭をもつと、看護師不足の地域で働くために「単身赴任」することは難しい。

では、看護師不足を緩和するには、どうすればいいのだろう。私は、看護師の労働条件を改善すると共に、地元での育成数を増やすしかないと思う。

前者については、すでにさまざまな対策が採られ、成果が上がりつつある。日本看護協会によれば、新卒看護師の離職率は7.9%だ。最近は、大卒の新入社員の約3割が、入社後3年間で辞めている。看護師の離職率が飛び抜けて高いわけではない。

一方、看護師が不足していることは、国民の間で情報が共有されておらず、社会の危機意識は弱い。

繰り返すが、我が国の看護師不足の状況には、著しい地域差がある。一般的に、看護師は西日本に多く、東京や大阪などの大都市で少ない。特に、関東の看護師不足は深刻だ。

平成24年現在の人口10万人あたりの就業看護師数(准看護師を含む)は、西日本は1498人、関東は806人と倍以上の差がある。このため、看護師の求人倍率は、西日本では1-2倍の県が多いのに対し、関東地方では3倍程度となっている。なぜ、こんな差がつくのだろう。それは、各地の看護師の養成数に格差があるからだ。図2をご覧いただきたい。

図2:各県の人口あたりの看護師養成数と人口あたりの看護師数の関係
図2:各県の人口あたりの看護師養成数と人口あたりの看護師数の関係

平成24年現在、人口10万人あたりの看護師養成数は西日本が80人程度であるのに対し、関東は約40人に過ぎない。看護師数と同じく、養成数も二倍程度の差がある。

「西高東低」は明治維新以降の名残

養成数の格差は、我が国の近代化を反映している。明治以降、病院や医師会が中心となって、看護師を養成してきた。病院や医師の数は「西高東低」である。

病院や医師数の「西高東低」は、明治維新以降、官軍の地元であった西日本に多くの医学校が設立された名残だ。戦前までに官立の医学部は13校が存在したが、内訳は九州3、中国1,近畿2,北陸1,東海1,関東2,東北1,甲信越1,北海道1だ。九州の充実ぶりが目立っている。

高度成長期、国土の均衡ある発展を目指し、各県に医学部が設立されたが、これも格差を助長した。それは、西日本と比べて東日本の県の人口は多いからだ。西日本の県の多くが、西国雄藩がそのまま県になったものが多いのに対し、東日本は多くの藩が合併した。その典型が福島県だ。会津、中通り、浜通と、今でもまとまりが悪い。

具体的にご説明しよう。一県一医大制度のもと、人口約400万人の四国には、3つの国立大学医学部が新設されたが、当時、ほぼ同規模の人口を抱えていた千葉県には、すでに千葉大学医学部が存在していたため、新設は見送られた。その後、千葉県の人口は50%程度増加し、四国の人口は380万人に減少した。この結果、四国は人口95万人に一つの医学部があるが、千葉県は人口600万人に一つしかない。四国には医師も看護師も多く、千葉県は医師・看護師不足に喘いでいる。無医村をなくすための政策が、関東の医療崩壊を助長したのだから、皮肉である。

看護学部の急増

このような状況について、政府も無策を決め込んで来たわけではない。平成以降、看護師養成数を年間約4万人から6万人に増やした。

注目すべきは、大学看護学部の急増だ。図3をご覧いただきたい。平成元年には看護系学部があったのは、11大学(関東に5大学)だったのが、現在では228大学(関東に63大学)に増えている。一方、専門学校の定員はむしろ減少傾向だ。平成以降の看護師養成数の増加は、ほぼ看護大学によると言っても過言ではない。

図3:看護師養成数の推移 日本看護協会の資料より(クリックで拡大)
図3:看護師養成数の推移 日本看護協会の資料より(クリックで拡大)

一部には「粗製濫造」を憂える声もあるが、これでも急増する患者ニーズに応えることは難しい。もし、関東の看護師養成数を、西日本なみに増やそうとすれば、さらに17000人程度、看護師養成数を増やさねばならない。東京だけでも5000人だ。

どうすればいいのだろう。ただ、ニーズがあれば、必ず成長する。図4をご覧いただきたい。この10年間で看護学部の定員は倍増。志望者数は3倍に増えた。この結果、看護学部が大幅に増えても、定員割れは起こしていない。

図4:看護学部の定員、志望者の推移
図4:看護学部の定員、志望者の推移

私立大学の看護学部の授業料は安くない。初年度納付金が200万円を超える大学も珍しくない。それでも看護学部で学びたいという高校生は後を絶たない。

この状況は大学経営者にとってありがたい。看護学部は、医学部のように新設に対する規制がない。看護学部を作りたいという事業者がいれば、基本的には認められている。ボトルネックは教員の確保だ。看護師の多い九州地区ですら、看護大学の教員確保は難しく、年収1000万円以上が普通だという。ポスドクの就職が問題になっているのとは対照的だ。

少子化が進み、大学経営が冬の時代を迎えた昨今、看護学部設立は大学経営者にとっても、教員にとっても魅力的な存在だ。東京や京都など、私立大学が多い地域では、私大がリードして看護師の養成数を増やしている。来春には、関西の名門同志社女子大学も看護学部を新設する。ただ、地方や千葉・埼玉は同じようにはいかない。大学は東京や関西に集中しているため、看護学部を作ろうにも、設立母体となる大学時代が足りないからだ。図5をご覧いただきたい。東京以外の関東地方には大学が少ないことがおわかりいただけるだろう。このままでは関東の看護師不足は緩和されない。

図4:各県の18歳の単位人口あたりの大学数
図5:各県の18歳の単位人口あたりの大学数

食うに困らない看護師人気

話を戻そう。では、なぜ、こんなに多くの高校生が看護学部を目指すのだろうか。もちろん、看護師が「聖職」であることは大きいだろう。国家資格であり、看護師不足の昨今、食うには困らない。

さらに、意外に知られていないのは、看護師の給与が高いことだ。平成25年の平均年収は472万円である。これは、サラリーマンの平均年収(409万円)を上回る。高度な専門知識が求められる看護師なら、その程度の給料を貰うのは当たり前だが、これだけの収入があれば、自立した生活を送ることが出来る。

さらに知人の予備校講師は「医学部や薬学部と比べて、看護学部の偏差値は低い。40台の学校も珍しくない。それでも卒業して、国家資格をとれば、高給が保証されている。こんな仕事はほかにはない」という。おそらく、このことが看護学部人気の最大の理由だろう。かつて「3K」といわれた職業もずいぶんと変わったものだ。

看護大学人気を考えれば、偏差値は急速に上昇するだろう。ただ、その過程で混乱が生じるはずだ。今後、教育の質を担保しながら、さらに看護師養成数を増やさねばならない。

看護師養成が地域経済を活性化する

我が国の医療レベルを維持するには、看護師を増員しなければならない。実は看護師の増員が必要なのは。医療や教育の面だけではない。地方の雇用確保という意味でも重要だ。

地域経済への影響を議論する上で重要なのは、医師より桁違いに数が多いことだ。平成24年度の就業看護師数は137万人で、医師の約4倍だ。関連産業も含めた自動車関連の就業人口が547万人であることを考えれば、その規模がご理解いただけるだろう。

地方都市では、病院は一大産業である。地域の中核産業となっているところもある。例えば、房総半島でもっとも多くの雇用を提供しているのは、鴨川市の亀田総合病院グループだ。グループの売上は、鴨川市の一般会計と特別会計の合計よりも多い。

病院は、給食からリネン類まで、多くの関係者に仕事を提供する。更に病院職員は、地元で消費する。病院職員の中でもっとも多いのが看護師だ。彼らは、地元で子供を産み、地元で消費し、地元で子育てをする。看護師の増員が、地域を活性化させた例は枚挙に暇がない。例えば、栃木県壬生町は「人口あたりの看護師数が全国5位」であることを訴えている[*2]。獨協医大があるためだが、壬生町の関係者は「看護師が増えたことが、町の経済を活性化させ、雰囲気を変えました」という。

[*2] http://www.town.mibu.tochigi.jp/osirase/sogo/kika_kangosi_zenkoku5.html

看護師養成は、安倍政権が推し進める「ウーマノミクス」と「地方再生」の肝になると言っていい。ところが、政府が看護師増員を推し進めているという話は聞かない。看護師不足が深刻な千葉、埼玉、神奈川、栃木、さらに福島、岩手には国立大学の看護学部がない。せめて、これらの地域の国立大学に看護学部を新設すればどうだろう。やれることから、地道にやっていくしかない。

我が国が抱える少子高齢化は深刻だ。国民の命を守るため、さらに地域の経済を活性化するために、地元での看護師養成に力を入れねばならない。大都市圏、特に関東でどうやって看護師の養成数を増やすか、国民的な議論が必要である。

プロフィール

上昌広医師・医学博士 / 医療ガバナンス論

医師・医学博士。医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門特任教授。93年東大医学部卒。97年同大学院修了。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事。05年より東大医科研探索医療ヒューマンネットワークシステム(現 先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。帝京大学医療情報システム研究センター客員教授、周産期医療の崩壊をくい止める会事務局長、現場からの医療改革推進協議会事務局長を務める。

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