2012.09.03

貧困の「現場」から見た生活保護

大西連 NPO法人自立生活サポートセンター・もやい

福祉 #保護基準#もやい#生活保護#不正受給#税と社会保障の一体改革#最低生活#申請主義#福祉事務所#扶養照会

8月10日、消費増税法案を含む「税と社会保障の一体改革」関連法案が、参議院本会議で民主・自民・公明など与野党各党の賛成多数で可決され、成立した。各法案についての解説や評価は専門家のみなさまにお願いしたいが、少なくとも2014年4月に8%、2015年10月には10%、消費税が段階的に引き上げられることが決まった。

また、野田内閣は8月17日、2013年度予算の概算要求基準を閣議決定した。その中の社会保障費に関して、高齢化による年金・医療費などの自然増分(約8千億円)は認めるが、約3兆円以上の生活保護費については「見直し」を明記し、削減する方向を打ち出した。すでに厚生労働省が給付水準や受給資格の見直しを検討しているとの報道もある。

私たちの「くらし」を左右する「政策」は、今、目まぐるしく動いている。特にこの間、社会保障全般の動き、特に最後のセーフティネットと呼ばれる「生活保護制度」の動きは常に政局の影響を受けてきた。

5月には芸能人の母親が生活保護を利用していることに対して、現職の国会議員が名指しで批判をするなどの「生活保護バッシング」が連日メディアを賑わせた。また、「生活保護受給者戦後最多の約210万人」「財政負担約3兆5千億円」「働けるのに働かない受給者が16%」などなど、数字の一人歩きも目立つ。某政党は選挙をにらんで、代替案のない「生活保護費の10%カット」「生活保護費の現物給付(食料の配給など)」「生活保護の有期化」などの提言を掲げている。

生活保護をめぐる議論は一体どこへ向かっているのだろうか。政局や感情、風潮に流されたロジック、実際の制度の運用現場の実態を無視して、あるいは慎重に観察することもないまま、本当に必要な社会保障制度の在り方についての議論が果たしてできるのであろうか。

本稿では生活保護制度の実態と、それに振り回される「困っている人々」の姿について、ほんの少しであるが触れたいと思う。実際の制度はどうなっているのか、いま現場で何が起きているのか、限られた視点からではあるが、一緒に見てもらいたい。本稿が冷静で丁寧な社会保障制度についての議論、持続可能なセーフティネットを作るための議論の一助になれば幸いである。

私の立ち位置

本題に入る前に、ここで筆者の立ち位置を明らかにしたい。私は、新宿での路上生活者への炊き出しと夜回りの活動から始まり、今は主にNPO法人自立生活サポートセンター・もやいというところで活動している。

<もやい>では、生活困窮者・路上生活者の生活再建のお手伝いとして、生活保護などの社会保障制度を利用するにあたっての相談・アドバイスや、安定した「住まい」がないなどのホームレス状態にある方がアパートを借りる際の「保証人」になるなど、「経済的な貧困」と「つながりの貧困(人間関係の貧困)」の問題に取り組んでいる。また、サロンなどの「居場所作り」の活動や、フェアトレードコーヒーの焙煎などの「仕事作り」にも取り組んでいる。

私は主にこの<もやい>を中心にいくつかの団体で、面談や電話、メール等で生活相談(生活全般の相談)に参加している。

私が携わる相談は様々だ。「貧困」や「生活困窮」というと、いわゆる「路上生活者(ホームレス)」「派遣切り」などを連想しがちだが、実際はそれにとどまらない。DV被害から子どもと一緒に逃げてきた女性、重い精神疾患を抱え地域の中で孤立している男性、部屋にひきこもって毎晩リストカットしてしまう女性、元暴力団員で覚せい剤をやめられない男性……などなど、本当に一人ひとりさまざまな状況や背景をお持ちになっている方が多い。

みんな一人ひとり違う事情で「困っている」のだ。そして、それらの状況や背景が、困難さの要因となってそれぞれ重なって、連鎖して、最終的に「生活困窮」の状態に陥って相談に訪れる。私が現場の人間としてできることは、日々訪れる「困っている人々」に対して、いかに既存の公的な制度によるサポートを受けられるようにするかしかない。

ここでは、そういった相談の現場の視点から、生活保護制度の実態と、見えてきている課題について一緒に考えていきたい。

生活保護制度について

先日、日弁連が生活保護についてのパンフレットを作成した。日弁連パンフレット「今、ニッポンの生活保護制度はどうなっているの?」というものである。

また、生活保護問題対策全国会議(法律家・支援者・当事者などを中心に構成された団体)を中心に、以下の本も立て続けに出版された。

『法律家・支援者のための生活保護申請マニュアル2012年度版』

(編著:生活保護問題対策全国会議 発行:全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会)

『間違いだらけの生活保護バッシング-Q&Aでわかる生活保護の誤解と利用者の実像』
(編著:生活保護問題対策全国会議  発行:明石書店)

いずれも、生活保護制度のことをきちんと知って、困っている人が正しく利用できるようになることを目的に、専門家によって分かりやすい解説がなされている。また、<もやい>でも「生活保護活用ガイド」を作成し、実際に被災者支援を行う支援団体に配布している。

詳細な生活保護制度の説明は、これらの本をご参照頂くとして、ここでは生活保護制度の実態に関する部分だけ、簡単に紹介しておこう。ご存知の方はこの部分を読み飛ばしてもらって構わない。

生活保護制度は、憲法25条で掲げられた「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するための制度で、生活保護法を根拠にしている。

生活保護の目的は、生活に困窮した方が生活に困らないように保護して、自立を助長することである。つまり、生存権の保障である。そして、生活に困っていれば(そして要件に合致していれば)、誰でも、いつでも、どこに住んでいても、過去のことや生活に困った理由に関係なく自由に利用することができる。これを無差別平等の原則と呼ぶ。

同時に生活保護には、原則として「個人単位」ではなく、「世帯単位」という特徴がある。この場合の「世帯」とは、血縁上の家族や住民票上の世帯と必ずしも同じではなく、「同一の住居に居住し、生計を一にしている」ことを意味する。すなわち、実際は入籍していない「事実婚」であっても、はたまた「同性間のカップル」であっても、実態として同居し、かつ家計が一緒であれば「同一世帯」として認められる。そして、その「世帯単位」で、生活に困っている状況・程度に応じて、必要な保護を行う。

生活保護の要件と「健康で文化的な最低限度の生活=最低生活」

生活保護の要件は「資産や能力など、すべてを活用してもなお生活に困っている」ということである。

これを少し砕いてみると、大きく分けて次の4つの要素になる。

第一に「収入が最低生活費以下」であること。

第二に「資産を活用しても最低生活が保てない」こと。

第三に「働けない、もしくは働く場がない」こと。

第四に「あらゆる手段(年金や手当などの他の制度など)を使っても最低生活費に満たない」ことである。

ちなみに「扶養義務」は保護の要件ではなく「優先しておこなわれるものとする」とのみ定められていて、DVや虐待など家族や親族と離れて暮らす必要がある場合も多く、必要な保護を妨げるものではない。

では、「生活に困っている」ということ、つまり「最低生活以下であること」はどう定義され、かつ、どのような形で生活保護制度によって保護されるのだろうか。生活保護制度では「健康で文化的な最低限度の生活=最低生活」を8種類の「扶助」という形で定義している。一つずつ紹介しよう。

まず、「生活扶助」。

生活扶助とは文字通り、生活全般にかかる費用のことで、食事や洋服、光熱費やその他日常の消耗品などにかかるお金である。生活扶助はl類とll類とあり、l類は「個人消費」としてかかる費用で、個人の食事や被服費などを意味し、ll類は「世帯消費」としてかかるお金で、光熱費などの世帯を維持するためにかかる費用をあらわす。そして、生活扶助に関しては、障がいや妊産婦、母子など、本人や世帯員の状況により「加算」といってl類・ll類以外にプラスされる場合がある。生活扶助に関しては現金給付される。

次に、「住宅扶助」。

住宅扶助は「住まい」にかかる費用のことである。家賃や地代など安定した住まいを維持するために必要な費用を、基本的に実費分の現金給付にて支給される。後述するが地域や世帯員の状況によって上限額があり、その範囲の実費分である。

3つ目は「医療扶助」。

医療扶助は「医療」や「看護」にかかる費用のことであり、必要最小限の範囲でのサービスの現物給付が行われる。ちなみに医療扶助費は生活保護費全体の約47.2%にのぼり、最も大きな割合を占める(平成22年度生活保護費負担金事業実績報告より)。

4つ目は「教育扶助」。

生活保護を利用する世帯の子どもが義務教育を受けるために必要な学用品などの費用を、必要最小限の範囲で現金給付するものである。ここには教材費や給食費などが含まれる。

5つ目は「介護扶助」。

要介護または要支援と認められた方に対して、原則として介護保険と同等程度の範囲でサービスの現物給付を行う。

6つ目は「出産扶助」。

出産する際にかかる費用に関して、必要最小限の実費分の現金給付を行う。

7つ目は「生業扶助」。

仕事に就くために必要な費用の、必要最小限の実費分を現金給付。高等学校などに就学するための費用や就職の支度金(スーツ代など)なども含まれる。

8つ目は「葬祭扶助」。

亡くなった際にかかる火葬や埋葬、その他手続きの費用であり、必要最小限の実費分の現金給付が行われる。

そして、この8つの扶助以外にも「一時扶助」として、生活の状況、世帯員の状況によって一時的にお金が必要になった場合、実費分(必要最小限の範囲)支給される枠がある。(具体的には、やむを得ず引っ越しをする場合の引っ越し代や、住居がない方がアパートを借りるための初期費用など)。

このように、8種類の扶助と一時扶助において、国は最低生活を定義している。そして、それぞれの扶助に関して、年齢別・性別・世帯構成別・所在地域別に、「基準」を設けていて、その基準額、もしくは基準内の必要最小限の実費分が、その「世帯」の最低生活ラインとなる。

最低生活=生活保護基準

では、その基準はどうやって決められるのであろうか。「生活保護基準」は1年に1度、消費実態などをもとに厚生労働省の「生活保護基準部会」で議論され、厚生労働大臣が決定する。よって、一般世帯の消費の動向などにより毎年少しずつ変更がある。具体的な「基準」を見てみるとわかりやすい。ここでは、主に「生活扶助」と「住宅扶助」について数字をあげていこうと思う。

まず、一番基準額が高い東京都23区(1級地の1)を見てみよう。

【50歳男性の単身世帯、東京都23区居住の場合(加算等省略)】

<生活扶助>

l類(個人消費・年齢と居住地域で決まる)は38,180円。ll類(世帯消費・世帯人数と居住地域で決まる)は43,430円。合計で81,610円である。

<住宅扶助>

53,700円以下の実費分(家賃が3万円なら3万円分、家賃が5万円なら5万円分のみ)

<合計>

81,610円+~53,700円=~135,310円(住宅扶助は上限額にて計算)

【50歳男性と50歳女性の2人世帯、東京都23区居住の場合(加算等省略)】

<生活扶助>

l類は38,180円×2人分=76,360円。ll類は48,070円。合計で124,430円である。

<住宅扶助>

69,800円以下の実費分

<合計>

124,430円+~69,800円=~194,230円

生活保護基準では地域差が大きい。例えば、被災地でもある岩手県大船渡市(3給地の1)と比べてみよう。

【50歳男性単身世帯、岩手県大船渡市居住の場合(加算等省略)】

<生活扶助>

l類は31,310円。ll類は35,610円。合計で66,920円である。

<住宅扶助>

25,000円以下の実費分

<合計>

66,920円+~25,000円=~91,920円

【50歳男性と50歳女性の2人世帯、岩手県大船渡市居住の場合(加算等省略)】

<生活扶助>

l類は31,310円×2人分=62,620円。ll類は39,420円。合計で102,040円である。

<住宅扶助>

33,000円以下の実費分

<合計>

102,040円+~33,000円=~135,040円

このように地域差は顕著である。東京の単身世帯と岩手県大船渡市での2人世帯の生活保護基準はほぼ同じである。この「基準」をもとに「最低生活ライン」が設定され、「生活に困っている状態」の「基準」となる。この「基準」に満たない状態の方が、生活保護を利用することができる。

そして、生活保護は8つの扶助によるパッケージとして「基準に満たない部分」に関してのみ、総合的なセーフティネットとして、必要な支援を必要な範囲で行う。よって、生活保護基準が例えば13万円だとして、収入が5万円あれば、足りない分の8万円の支給を受けることが出来る、ということである(注:実際は収入には控除等が発生する)。

申請主義と実施機関

生活保護は原則として「申請」をしなければ利用することが出来ない。救急搬送などの緊急を要するような状態を除いて、たとえ、家も所持金もないなどの、誰がどう見ても生活保護が必要な状態(要保護状態)にある方でも、自身の意思において申請する必要がある。逆に言えば、自らの意思で「申請」しないと利用できないということでもある。

生活保護の申請の意思が決まったら「福祉事務所」に申請する。福祉事務所は全国に1237ヶ所あり、住まいがある方はその自治体の福祉事務所に、住まいがなく住所不定の方は、現在いる地域の福祉事務所に「申請」する。後者を「現在地保護」と呼ぶ。

福祉事務所は、生活保護の「申請」に関して、それを「受理」しなければならないと定められていて、受理した後に原則14日以内(最長30日以内)に、生活保護の要否を決定し、文書で伝える必要がある。

また、8つの扶助により多岐にわたる最低生活を保障しているが、各基準や各扶助の上限額など、一人ひとりまたは世帯ごとに状況が異なり、制度自体も複雑であると同時に、実施機関である福祉事務所が担うべき事務作業は膨大である。厚生労働省は福祉事務所の職員の標準数を、被保護世帯(生活保護の世帯)80世帯につき1人としているが、実際は1人で120世帯以上を担当しているケースワーカー(生活保護の担当職員)も多い。

生活保護制度は、このように問題点はあるものの、年齢・性別・世帯構成別・状況別・所在地域別の差異に配慮しながら、ある程度公平になるように最低生活を設定し、全国的にセーフティネットを張り巡らせている。そして、実際に現在、約210万人の方の生活を文字通り「最後のセーフティネット」として支えている。

裁量という聖域

さて、生活保護制度について少しだけ触れるつもりが長くなってしまった。いまご紹介したことは制度全体の本当に一部にしか過ぎない。生活保護制度は社会の変化とともに、他の法律や制度の変遷とともに、常に解釈と実際の運用を積み重ねてきた。

先ほどから制度の説明の際に何度も「必要最小限の範囲で」という言葉を使ってきた。では、これは誰がどのように判断するのだろうか。実は、生活保護自体もそうだなのだが、各扶助の各項目についても、基本的に要否(支給を認めるか認めないか)を判定するのは福祉事務所である。もちろん、各基準に照らし合わせて判断をするわけだが、一人ひとりによって違う状況、背景、環境の中で一律に線引きをすることはできない。

そもそもの生活保護の目的は、「生活に困窮した方が生活に困らないように保護して、自立を助長すること」である。すなわち、保護するだけでなく「自立を助長する」ことが求められる。よって、「自立につながる」という判断を福祉事務所がすれば、本来は認められないものも認められる場合がある。例えば、過疎地における車という「資産」の保有は、生活に不可欠なため認められるといったことだ。

こういった福祉事務所側の「裁量権」の問題があり、福祉事務所によって裁量として「認めてくれるのか」「認めてくれないのか」の違いが出てしまう場合がある。(もちろんその場合は不服審査請求という手段を用いることが出来るが、法律家や支援者のサポートを受けないと難しい場合も多く、泣き寝入りしてしまうことが多い)。

そしていまだに、福祉事務所によっては、生活保護の申請を窓口で受理しないなどの「水際作戦」と呼ばれる違法な対応をする場合もある。また、生活保護行政も生活保護利用者も、生活に困っている人々も、多かれ少なかれ、この間の生活保護をめぐる動きに巻き込まれている。

ここからは、私が実際に出会った「困っている人々」を通じて、生活保護制度の運用の実態に触れていきたい。ただし以下は相談にいらした何人かの話を修正・組み合わせたもので、実在する個人の例ではない。しかし、現場において決して少なくない事例の組み合わせである。それについてはご了承願いたい。

扶養照会とは何か

扶養照会というものをご存じだろうか。扶養照会とは、生活保護の申請があった際、もしくは生活保護利用中に、主に申請者(利用者)の2親等、場合によっては3親等の家族・親族に対して、「申請者(利用者)から生活保護の申請があったこと(利用していること)」「申請者(利用者)の扶養義務者として申請者(利用者)を扶養して欲しい」という照会をすることである。電話や手紙などによって、福祉事務所の担当者から連絡がいく。

民法では「扶養義務」というものが定められている。「扶養義務」については、芸能人の母親が生活保護を利用していたことによる一連のバッシングで話題になったので、記憶している方も多いことだと思う。

この間、さまざまな論考が出ているので参考にしてもらえればと思うが、「扶養義務」というものは、実際には生活保護の要件ではない。しかし、「保護に優先して行われるもの」と定められている。(ただし、必要な保護を妨げるものではない)。

DVや虐待など、特別な事情で家族や親族と離れて暮らす必要がある場合や、連絡を取ることが良くないと判断される場合など、申請者・利用者の状況や状態、環境によっては「扶養照会」を止めてもらうことが出来る。

また、「扶養」といっても、生活そのもの全てに関してというわけではなく、「可能な範囲での援助を行う」というものである。実際に、生活保護基準以上の援助はできなくても、仕送り等で扶養能力を活用し、少額でも援助している方もいる。

ここまでが制度の話。では、実際はどうなのだろう。

【A君の場合】

A君は高校卒業後に上京し就職。しかし、会社が倒産してからはアルバイトなどを転々としながら生活していた。そのなかで不安定な就労環境などのストレスから不眠になってしまった彼は、段々体調が悪化して仕事も難しくなり、貯蓄も底を尽いてしまった。そして、インターネットで生活保護のことを知り、福祉事務所へ相談に行く。福祉事務所で言われたのは「あなたはまだ若いから働ける」「親御さんがまだ健在なら養ってもらいなさい」。

福祉事務所の担当者が彼の父親に電話し、父親が養うという方向性で話がまとまった。しかし、実家の家計も火の車で、約束の仕送りも一向に来ない。父親からは「生活保護はけしからん」「はやく仕事をしろ」「うちには帰ってくるな」「恥知らず」と電話で怒鳴られるしまつ。A君も頑張って仕事をした。日雇いや短期の仕事でつないだが、もともとの体調のこともあり長くは続けられずに困ってしまった。再度役所に電話するが「ご両親と相談してください」とろくに取り合ってもらえない。

私がA君に出会ったのはこの時期だ。ろくにご飯も食べずにやせ細り、精神科への通院もできていなかった。一緒に福祉事務所に行き、事情を説明し、担当者と話し合い、生活保護が決定した。いま、彼は健康状態を取り戻し、アルバイトも再開している。

「扶養」というものは本来当事者間で話し合い、可能な範囲で援助を行うものだ。そこに制度や価値観や人間関係がからむと、必要な話もできないままに翻弄される。少なくともA君は要保護状態にも関わらず「扶養」されなかったわけだ。それはもちろん彼の父親にも責任がある。

ただ、福祉事務所としても「扶養義務」という概念にこだわりすぎて、実際の目の前の「困っている」A君のことに思いが寄せられなかったのは事実だ。生活保護の要件ではない「扶養義務」について、あくまで「必要な保護を妨げるもの」であってはならないし、「困っている」状況に即した、そういった運用を行わなければならない。

世帯という枠

生活保護は、原則として「世帯単位」である。先述したが、この場合の「世帯」とは、家族や住民票の世帯をあらわすのではなく、「同一の住居に居住し、生計を一にしている」ことが条件だ。そして、実際は世帯の状況によってやむを得ない事情があれば、別世帯として生活保護を利用することができる。世帯を分けることを「世帯分離」と言う。以上を念頭に置いた上で、次の事例を通して「世帯」について考えたい。

【Bさんの場合】

Bさんは、病気で高齢の母と、精神疾患があり働けない弟との「3人世帯」で一緒に生活保護を受けている。Bさん自身は就労経験もあり、以前は「単身世帯」であれば生活保護基準をこえる給料を得ていた。しかし、働けない他の2人を入れた「3人世帯」の最低生活費を超える収入には及ばず、実際は生活保護を利用してきた。

Bさんが仕事をやめる直接のきっかけは弟からの暴力だ。弟は家に引きこもり、次第にBさんに殴るなどの暴力をふるうようになった。警察や女性センターに相談に行くも「家族のことに関与できない」「兄弟からはDVじゃないので守れない」と言われた。福祉事務所に何とかならないかと相談に行くと「3人で生活保護を受けているわけだからあなただけ引っ越させるわけにはいかない」「住み込みの仕事を探したら」と言われた。

Bさんと出会ったのはそんな時だ。彼女は夜が怖くて眠れず、目の周りはクマが広がっていた。私は二つの方法を提案した。一つは生活保護の世帯変更届(本人を除いた2人世帯への変更)と、本人の単身での生活保護申請をおこない、福祉事務所がどう判断するかをみる。二つ目は、家を出て住所不定になり、福祉事務所に駆け込んで、単身での生活保護申請を行うというもの。

彼女は後者を選択した。弟から逃げるための準備をし、福祉事務所とも交渉して、その日のうちにBさんは近隣の自治体にあるステップハウスに入所、しばらくのちにアパートに入居した。現在は母親とも連絡を取りながら求職活動をしている。

「世帯」とはなんだろうか。少なくともBさんは、以前の「単身世帯」であれば生活保護基準を超える収入を得ていた。しかし他の世帯員の状況によって最低生活を満たすことが出来ずに、就労自立にいたらなかった。もしその際に、何らかの形で「世帯」を分けることが出来たら、またBさんの分だけでも転宅費など認められていれば、Bさんが弟さんの暴力を受けることはなかっただろうし、仕事を辞めることもなかったかもしれない。

彼女のような人を「困らせない」ためには「個人単位」の受給を認めることが必要である。「世帯」の実態について見ることを通して、「困っている」ことの現状を知ると同時に「困らせない」方向性について考えていく必要がある。

保護基準ギリギリという谷間

生活保護の要件のなかに「あらゆる手段(年金や手当などの他の制度など)を使っても最低生活費に満たない」というものがある。いわゆる「他法他施策」と呼ばれるものである。年金や手当などの、利用できる他の制度や施策については極力その利用に努めることが求められる。そして、それらを活用してもなお最低生活に満たない部分に関してのみ、生活保護でサポートを受けることができる。

生活保護を受けている方の中には、特に高齢の方などは年金を受給している方が多いし、障がいをお持ちの方は年金や手当を、母子世帯も児童扶養手当などを、それぞれ利用している場合が多い。だがそれらを使ってもなお、生活保護でしか最低生活を維持できない現状がある。

【Cさんの場合】

Cさんと出会ったのは新宿の路上である。Cさんはもともとトラックの運転手などをしていて、そのころに厚生年金に加入。住所不定の状態で生活をしているが年金を受給している。年金額は2か月で約26万円。生活保護基準を少し超えている。よって、生活保護を利用することはできない。1か月で約13万円もあるなら貯金すればいいじゃないか、と思うかもしれない。

しかし、住所不定の状態というのは実はお金がかかる。1泊3000円のカプセルホテルに泊ればそれだけで1か月で9万円の出費。1泊2000円のネットカフェでも6万円になる。これならアパートを借りたほうがよっぽど節約になるが、アパートを借りるには多額の初期費用がかかる。都内だと敷金・礼金・仲介手数料・保証料・火災保険料・前家賃・当月家賃・その他…など、もろもろ20万円~30万円ほどかかる場合が多い。

また、自炊ができないから食費もバカにならないし、お風呂や洗濯だって有料。Cさんもお金が足りない時は野宿をして凌いでいた。こんな生活をしていたら体調も悪くなる。Cさんはもともと高齢でもあり、足を悪くしてたびたび入院した。もちろん、入院費・医療費などの年金額だけではまかなえない分の費用に関しては生活保護でサポートを受けることが出来る。しかし、退院後は路上に逆戻りしていた。

ある夜、いつものように夜回りでCさんに会ったとき、彼は「アパートに入りたい」とつぶやいた。最初は福祉事務所も渋っていたものの、年金が支給されたときにそのお金でアパートを借りてしまい、お金が足りなくなったら次の年金の支給日まで生活保護を受ける、ということで話がまとまった。途中、足の手術など不安な要素もあったが、結局アパート入居が決まり、いまはアパートにて生活している。

このCさんのように、年金などを受給していて、結果的に生活保護を必要としている状態に近いにもかかわらず、利用することが出来ていない人というのは多い。少なくとも、Cさんに関しては、これまで収入が生活保護基準を超えているということから、生活保護でサポートを受けることが出来ずに、結果的に住所不定の状態にいることを余儀なくされていた。年金とはいえ、国民健康保険や介護保険料を払ったら、手元に残るお金は非常に少ない。

これは、ワーキングプアの若者にも言える。最低賃金が生活保護基準を下回る地域もあるなかで(両者は算出方法が違うが最低賃金が低すぎる)、働いても働いても、収入が上がらない。そのなかで社会保険にも入れず、国民年金、国民健康保険などは保険料負担があがる一方。日雇いなどの仕事でつないでネットカフェやサウナなどで暮らしている方で、最低生活に満たない生活をしている方はたくさんいらっしゃる。

もともと、生活保護は8つの扶助にてセーフティネットを構築している。年金や保険と違ってカバー領域が一つではないのだ。「困っている」ときに気軽に使えて、「困っている」状況に対して柔軟に対応していく必要がある。

適正な運用を求めて

ここまで福祉事務所の「裁量権」について、制度的に「谷間」にある方に対しての「運用」に焦点を当てて紹介してきた。一方で、生活保護制度に関しては、明らかに「違法」な運用を行っていることもいまだに散見される。

具体的には「水際作戦」と呼ばれるものが有名だ。「水際作戦」とは、先述のように、生活保護の申請の唯一の窓口である福祉事務所が、本来保障されている「申請権」を無視して、申請者の申請を受け付けなかったり、阻止しようとすることである。

そもそも、生活保護は先述したが「申請主義」であるため、その「申請」の唯一の窓口である福祉事務所において申請が「受理されない」ということがあったらたまらない。これは明確な違法である。本来、福祉事務所は相談に来訪した方に対して、生活保護制度の丁寧な説明を行い、申請意思を聞いて、その意思があれば援助誘導しなければならない。

しかし、実際には、そのような「適正な運用」が行われておらず、取り返しのつかない事態に発展してしまう可能性もある。

例えば、今年1月に札幌市白石区で姉妹が、3度福祉事務所に相談に行っていたにもかかわらず、生活保護の申請にいたらずに餓死されるという痛ましい事件がおこった。この白石区では1987年にも同様に、生活保護申請を受け付けず「相談」にとどめるという対応を行い、母子家庭の母親が餓死するということが起きている。

また、生活保護は廃止(打ち切り)になる条件として「自らの意思で辞退する」というものがある。これも「申請」と同じく権利としての「意思の尊重」があるわけだが、逆に言うと実際には福祉事務所に押し付けられていても「本人の意思」という形で辞退させて生活保護を打ち切らせる、ということが起こりうる。

実際、2007年に北九州市で福祉事務所職員に「就職した」という虚偽の報告を書かされて生活保護を廃止され、「おにぎりが食べたい」と餓死されたという事件が耳目に新しい。そして、今年の3月には京都府宇治市で、生活保護申請に訪れた母子家庭の母親に対し「異性との生活は禁止」「妊娠出産した場合は生活保護には頼らない」などの誓約書を、担当した職員が書かせていたことが明らかになった。

また、同じく京都府の舞鶴市で妊娠中の女性に対して、その父親とすでに音信不通であるにもかかわらず「胎児の父親の連絡先が必要だ」との理由で申請を拒否するという事態が起きた。いずれも法的に違法であるだけでなく、非常に差別的な対応である。まだまだ、生活保護行政に関しては「水際作戦」や、こういった申請者に対する差別的な扱いというものが散見される。

先日、<もやい>でも、千葉県習志野福祉事務所とその監査庁である千葉県健康福祉指導課に対して『住所を持たない者の生活保護申請に対して「現在地保護の原則」を適用せず、即日受理しない運用に関する申し入れ書』を提出した。

詳細は次の通りである。

http://www.moyai.net/modules/d3blog/details.php?bid=1525

以下もやいブログから引用

<もやい>からの申し入れの要旨は、

1)申請拒否による「申請権」の侵害

申請書を当団体で事前に用意し(生活保護申請書に様式はないので)、来所直後に提示して申請の意思を表明したにもかかわらず、結果としてその日に受理しなかった。

2)現在地保護の原則を適用しない運用

「居住地保護の原則」という法律上根拠のない概念を持ち出して、まず民間の宿泊施設に入所し、入所後に生活保護申請をするという前提で話を進めた。

3)民間宿泊施設職員との不透明な関係

生活保護申請にあたって、無関係であるはずの宿泊施設職員に相談するよう福祉事務所職員が相談者本人に申し伝えた。

の3点についての改善の要望と回答を求めるものでした。

それに対する回答は、次の通りでした。

http://www.moyai.net/modules/d3blog/details.php?bid=1551

習志野市保健福祉部の回答の要旨としては、意図的に『申請の拒否』や『現在地保護を認めない』運用をしているわけではなく、「ケースワーカーが主旨をうまく相談者に伝えることが出来ずに」結果的に申請の受け付けがなされなかったと答えています。

また、無料定額宿泊所にて申請手続きについての説明が行われたことに関しては、「十分に説明できずに誤解を生じさせた」と答えています。そして上記の2点については「ケースワーカーのスキル不足であり、誠に遺憾であり、課内研修などを通して徹底していく」と結んでいます。

千葉県健康福祉部健康福祉指導課の回答の要旨としては、習志野市側から「現在地保護を適用し申請を受理すべきであった」「説明不足で無料定額宿泊所が実施機関であるかのような誤解を生じさせた」との説明があり、その対応は適切でなかったことを指摘・指導し、他の実施機関に対しても指導していくというものでした。

この<もやい>のブログにも書いたが、何日間も食べていないような相談者に対して「説明がうまく伝わらなかった」「誤解を生じさせた」「スキル不足だった」という理由で結果的に申請が受理されなかったということは、本来あってはならないことである。

そして同時に、ケースワーカーや相談員が「スキル不足」であったとしても、福祉事務所全体として一人ひとりの相談者、生活保護利用者に対してサポートをしていくべきであって、担当する職員によって「差」が生じてしまうような体制も問題である。

この背景には、先述のように、一人の職員が抱える担当世帯数が多いという事がある。また、煩雑な生活保護制度の運用について、適切な職員の研修などを、どこまで体制として行っているのかには疑問が残る。

先だって厚生労働省は、福祉事務所に「不正受給防止」のために、警察官OBを配置した場合の人件費を全額助成することを始めた。それに対しては、配置された警察官OBが、社会福祉法により取得が義務付けられているとされる「社会福祉主事」の資格を持たずに相談業務に従事したとの報道もある。(毎日新聞6月26日:http://mainichi.jp/select/news/20120626mog00m040006000c.html

そして、実際に行われている「研修」についても、ブラックボックスで全く表に出てくることはない。

現にどのような「研修」が福祉事務所内で行われているのかについて公開した上で、当事者・支援者など、外部の視点を入れたプログラムの導入を行うなど、より良い生活保護行政の構築を目指していく必要がある。

なお、福祉事務所の職員配置に関しては、「生活支援戦略」や「国と地方の協議」のなかで、ケースワーカーの民間委託などの制度も導入が検討されている。ただ、具体的に民間のどのようなところが受け皿として、そういった「いのち」に関わる業務について委託を受けるのか、その基準や業務内容等について、冷静で丁寧な議論が求められる。

バッシングに翻弄されて(生活保護“緊急”相談ダイヤル)

芸能人の母親が生活保護を利用していたことを、現職の国会議員が名指しで批判したことから始まった「生活保護バッシング」を受けて、今年の6月9日(土)10時~19時に、法律家などの支援者を中心とした有志で「生活保護“緊急”相談ダイヤル」が開設された。

全国6か所で開設されたこのダイヤルには、合計で363件の相談が寄せられた。

http://seikatuhogotaisaku.blog.fc2.com/blog-entry-46.html

詳細は上記のリンクから集計表が見られるようになっているので参照していただきたい。私もほんの少しだけ参加させていただいたが、報道によるバッシングを受けて、まるで自らが攻撃を受けたかのように傷つかれている方が多いという印象を持った。

生活保護を利用することは何ら後ろめたいことではない。必要に迫られて「生きていくために」生活保護を利用するにもかかわらず、まるで生活保護がいけないことかのような報道は、いかに当事者を傷つけ、追い詰めているのだろうかと考えてほしい。

私は、昨年12月2日に行われた院内集会「生活保護利用者の座談会的院内集会」に参加した際に、生活保護が「切り下げられる」ことに関して、参加した生活保護利用者のみなさまが口をそろえて「このまま進むと自殺を考えざるを得ない」とおっしゃっていたことを思い出す。これは「極端」な話なのだろうか。

ただでさえ、地域の中で、社会の中で、失業や病気や障がいという「つらさ」を負って、居場所を失い孤立している彼らを、こういった実態を見ない「攻撃」によって追い詰めることは、社会にとって何ら有益なことはない。必要な制度に対して、その必要な在り方を、冷静に、かつ丁寧に議論する必要がある。

守備範囲の広すぎる生活保護=社会の困難さの縮図

私たちにとって生活保護は遠い存在の制度なのだろうか。ここでは視点を変えて考えてみたい。そもそも誰しも望んで生活困窮に陥る人はいない。多くの人の生活を支えているのは「収入」だ。では、「収入」はどうやって担保されるのだろうか。大きく分けて「仕事(雇用)」「家族などからの扶養」「年金や手当などの制度」「資産収入」の4つであろう。

それらは生活を維持するための「土台」と言える。では、その土台がなくなった時、我々はどうしたらいいのだろうか。

あなたが主に「仕事(雇用)」によって生活を支えていたとしよう。もし、あなたが何らかの理由で仕事をなくしたらどうなるか。もちろん、すぐさま再就職を目指して頑張ることだろう。再就職までの期間については「制度(失業給付)」を使ったり、家族や配偶者の扶養を頼ったり、貯蓄などの資産を崩してやりくりする必要がある。

すぐに仕事が決まれば安心だ。すぐに元の生活に戻れる。しかし、なかなか仕事が決まらないとどうなるか。失業給付だって切れてしまうし、家族だっていつまでも養ってはくれない。資産だって使えばなくなってしまう。これらの「土台」は長期的に支え続けることは、なかなか難しい場合が多い。

最初は気長に仕事を探せばいいと思っていたあなたも、なかなか決まらないと焦りだす。夜不安になって眠れなくなるかもしれないし、家族に養ってもらっている場合は家族と喧嘩してしまうかもしれない。また、お金に困って借金をしてしまったり、家賃を滞納してアパートを出て行かざるを得なくなるかもしれない。

そうこうしているうちに、いつの間にか大事な「土台」が弱くなり、崩れて、あなた自身を生活困窮に陥らせる「リスク」が日に日に高まっていく。ただ、これはあくまで「土台」が最初からある人の話。もともと「土台」が弱い、小さいと、そもそもの支えがうすい。

非正規雇用で社会保険に入れていない、低所得で普段からなかなか貯蓄ができていない、DVや虐待を受けていて・もしくは受けたことがあり家族に援助を求められない、もともと病気や障がいがある……。その人の状態によって、周りの状況・環境によって、その「土台」の大きさはまちまちだ。

また、「制度」も不完全だ。ILOの2009年の報告書によると日本の失業給付のカバー率は2006年時点で23%に留まる(http://www.ilo.org/public/english/bureau/inst/download/tackling.pdf 41ページ)。つまり、失業した際に、失業給付を受けられる人は23%しかいないということだ。すなわち、4人に3人の人は、失業した際に公的な制度である「失業給付(雇用保険)」が使えないという事をあらわす。

また、有効求人倍率は現在0.82で、正社員の有効求人倍率は0.44である(一般職業紹介状況:平成24年6月分→http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002g3h9.html)。厳しい経済情勢の中で、相変わらず雇用をめぐる状況はよくない。また、実際に求人が出ている職に関しても、違法な就業形態や就労環境を強いるところも散見される。それらの要因は、安定した雇用による「収入」という確かな「土台」から遠ざけてしまう大きなリスク要因となる。

また、これらは「仕事(雇用)」だけの話ではない。現在、国民年金のみに加入し、満額・滞納なしで納めた方が受給できる年金額は1か月約7万円である。また、障害基礎年金は1級の方であっても、同じく満額・滞納なしで1か月に約8万円である。これでは、「最低生活=生活保護基準」を下回ってしまう。彼らが最終的に生活を支えるすべは「生活保護」しかない。

また、国民健康保険に関しても(必ずしも生活困窮者ではないにしろ)、滞納している方が2009年度で約442万世帯にのぼり、事実上無保険状態の被保険者資格証明書交付世帯は、同じく2009年度で約31万世帯におよぶ。(厚生労働省「平成21年度国民健康保険(市町村)の財政状況等について」:http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000011vw8-att/2r98520000011vxy.pdf

住所不定の方が無保険である場合が多いことを考えると、実際に「国民皆保険」と言われる日本で「無保険状態」の人はもっとたくさんいることになる。生活困窮し、保険料が支払えず、保険料が払えないことによって「無保険」になり、結果として体調が悪くなっても「医療」にかかれない。そして、重篤な状態になって救急搬送されて「医療扶助」を受ける。そういった状況になってもおかしくない。

また、生活保護の手前のセーフティネットとして作られた「第二のセーフティネット」と呼ばれる「住宅手当」「求職者支援制度」「総合支援資金貸付」「臨時特例つなぎ資金」などの制度も、期限があったり貸付であったりと、問題点が多い。(第二のセーフティネットについてはまた別の機会に論考したい)

このように、本来、「最後のセーフティネット」である生活保護の手前で機能すべき他の社会保障制度が、実際に「困っている人々」に対してカバーできていない。生活保護がその本来の目的以上に「結果的に」カバーしなければならない「守備範囲」があまりにも広すぎる、ということが言える。

現場から見えること

さて、ここまで生活保護の制度の紹介と、私が現場で感じた制度の運用の問題、この間の生活保護を取り巻く動き、生活保護が担わされている領域などについて、本当に一部にすぎないが掻い摘んで紹介させてもらった。本当は書きたいことはまだまだある。

私は生活保護が万能な制度だとは思っていない。先述したが「扶養照会」の問題や、「世帯単位」の問題、本来他の社会保障制度で担うべき領域を担わされている問題など、さまざまな問題がある。

また、財政負担としても、生活保護利用者の急増により、平成12年度に1兆9393億円であった負担金が、平成23年度には3兆4235億円にも達していることも事実である。これで保護の捕捉率が2割~3割だというので驚きだ。(本来生活保護を受けることができる方の2割~3割しか生活保護を利用していないと言われている)。

しかし、日々さまざまな困難さを背負って生活困窮に陥る方の相談を聞いていて思うことは、「現場は待ったなし」ということだ。

貧困の現場は社会のひずみの縮図である。「雇用」から、「制度」から、「福祉」から、「家族」から、そして「地域」や「社会」から切り捨てられた彼らが、最後に辿り着くのが「生活保護」である。

「社会の仕組み」の不都合によって、「個人」がさまざまな生活上の困難を抱え、生活困窮に陥って生きづらくなってしまう状態が広がっている。私たちはそれを「社会の仕組み」でしっかりと受け止め、一人ひとりが自分らしく・人や社会とつながりながら生きていくことを目指していく必要がある。

私は彼らに、「財源の問題があるから生活保護はあきらめてくれ」とは言えない。私が出来ることは、今ある制度をどう使ったらその人の生活を支えられるか考えることしかない。また、生活保護を利用して「最低生活」で生活している彼らに、「申し訳ないけれども保護費を減らすから一食我慢してくれ」とも言えない。私は、彼ら一人ひとりの生活に困ったいきさつ、背景事情、現在送っている生活について知っているからだ。

ただもちろん、財源の話も大事だ。だからこそ、責任を持って議論に参加したい。当事者・支援者も同じテーブルについて、財源論にまで踏み込み、政局や感情、風潮に流されず、冷静で丁寧に話がしたい。私たちにできることは限られている。私たちは「いのち」を守りたい。でも、もちろん「持続可能な社会保障制度」を必要としている。ただ一緒に議論し、考えたい。私たちは現場の声を、ささやかではあるが、これからも発信する。

参考文献

生活保護手帳 2011年度版(中央法規)

生活保護手帳 別冊問答集2011年(中央法規)

生活保護関係法令通知集 平成23年度版(中央法規)

社会福祉小六法(2012)(ミネルヴァ書房編集部)

六法全書(平成23年度版)(有斐閣)

生活保護法的支援ハンドブック(日本弁護士連合会生活保護問題緊急対策委員会 (編集))

路上からできる生活保護申請ガイド改訂版(ホームレス総合相談ネットワーク)

プロフィール

大西連NPO法人自立生活サポートセンター・もやい

1987年東京生まれ。NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長。新宿での炊き出し・夜回りなどのホームレス支援活動から始まり、主に生活困窮された方への相談支援に携わる。東京プロジェクト(世界の医療団)など、各地の活動にもに参加。また、生活保護や社会保障削減などの問題について、現場からの声を発信したり、政策提言している。初の単著『すぐそばにある「貧困」』(ポプラ社)発売中。

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