貧困の「現場」から見た生活保護

扶養照会とは何か

 

扶養照会というものをご存じだろうか。扶養照会とは、生活保護の申請があった際、もしくは生活保護利用中に、主に申請者(利用者)の2親等、場合によっては3親等の家族・親族に対して、「申請者(利用者)から生活保護の申請があったこと(利用していること)」「申請者(利用者)の扶養義務者として申請者(利用者)を扶養して欲しい」という照会をすることである。電話や手紙などによって、福祉事務所の担当者から連絡がいく。

 

民法では「扶養義務」というものが定められている。「扶養義務」については、芸能人の母親が生活保護を利用していたことによる一連のバッシングで話題になったので、記憶している方も多いことだと思う。

 

この間、さまざまな論考が出ているので参考にしてもらえればと思うが、「扶養義務」というものは、実際には生活保護の要件ではない。しかし、「保護に優先して行われるもの」と定められている。(ただし、必要な保護を妨げるものではない)。

 

DVや虐待など、特別な事情で家族や親族と離れて暮らす必要がある場合や、連絡を取ることが良くないと判断される場合など、申請者・利用者の状況や状態、環境によっては「扶養照会」を止めてもらうことが出来る。

 

また、「扶養」といっても、生活そのもの全てに関してというわけではなく、「可能な範囲での援助を行う」というものである。実際に、生活保護基準以上の援助はできなくても、仕送り等で扶養能力を活用し、少額でも援助している方もいる。

 

ここまでが制度の話。では、実際はどうなのだろう。

 

【A君の場合】

A君は高校卒業後に上京し就職。しかし、会社が倒産してからはアルバイトなどを転々としながら生活していた。そのなかで不安定な就労環境などのストレスから不眠になってしまった彼は、段々体調が悪化して仕事も難しくなり、貯蓄も底を尽いてしまった。そして、インターネットで生活保護のことを知り、福祉事務所へ相談に行く。福祉事務所で言われたのは「あなたはまだ若いから働ける」「親御さんがまだ健在なら養ってもらいなさい」。

 

福祉事務所の担当者が彼の父親に電話し、父親が養うという方向性で話がまとまった。しかし、実家の家計も火の車で、約束の仕送りも一向に来ない。父親からは「生活保護はけしからん」「はやく仕事をしろ」「うちには帰ってくるな」「恥知らず」と電話で怒鳴られるしまつ。A君も頑張って仕事をした。日雇いや短期の仕事でつないだが、もともとの体調のこともあり長くは続けられずに困ってしまった。再度役所に電話するが「ご両親と相談してください」とろくに取り合ってもらえない。

 

私がA君に出会ったのはこの時期だ。ろくにご飯も食べずにやせ細り、精神科への通院もできていなかった。一緒に福祉事務所に行き、事情を説明し、担当者と話し合い、生活保護が決定した。いま、彼は健康状態を取り戻し、アルバイトも再開している。

「扶養」というものは本来当事者間で話し合い、可能な範囲で援助を行うものだ。そこに制度や価値観や人間関係がからむと、必要な話もできないままに翻弄される。少なくともA君は要保護状態にも関わらず「扶養」されなかったわけだ。それはもちろん彼の父親にも責任がある。

ただ、福祉事務所としても「扶養義務」という概念にこだわりすぎて、実際の目の前の「困っている」A君のことに思いが寄せられなかったのは事実だ。生活保護の要件ではない「扶養義務」について、あくまで「必要な保護を妨げるもの」であってはならないし、「困っている」状況に即した、そういった運用を行わなければならない。

 

 

世帯という枠

 

生活保護は、原則として「世帯単位」である。先述したが、この場合の「世帯」とは、家族や住民票の世帯をあらわすのではなく、「同一の住居に居住し、生計を一にしている」ことが条件だ。そして、実際は世帯の状況によってやむを得ない事情があれば、別世帯として生活保護を利用することができる。世帯を分けることを「世帯分離」と言う。以上を念頭に置いた上で、次の事例を通して「世帯」について考えたい。

 

【Bさんの場合】

Bさんは、病気で高齢の母と、精神疾患があり働けない弟との「3人世帯」で一緒に生活保護を受けている。Bさん自身は就労経験もあり、以前は「単身世帯」であれば生活保護基準をこえる給料を得ていた。しかし、働けない他の2人を入れた「3人世帯」の最低生活費を超える収入には及ばず、実際は生活保護を利用してきた。

Bさんが仕事をやめる直接のきっかけは弟からの暴力だ。弟は家に引きこもり、次第にBさんに殴るなどの暴力をふるうようになった。警察や女性センターに相談に行くも「家族のことに関与できない」「兄弟からはDVじゃないので守れない」と言われた。福祉事務所に何とかならないかと相談に行くと「3人で生活保護を受けているわけだからあなただけ引っ越させるわけにはいかない」「住み込みの仕事を探したら」と言われた。

 

Bさんと出会ったのはそんな時だ。彼女は夜が怖くて眠れず、目の周りはクマが広がっていた。私は二つの方法を提案した。一つは生活保護の世帯変更届(本人を除いた2人世帯への変更)と、本人の単身での生活保護申請をおこない、福祉事務所がどう判断するかをみる。二つ目は、家を出て住所不定になり、福祉事務所に駆け込んで、単身での生活保護申請を行うというもの。

 

彼女は後者を選択した。弟から逃げるための準備をし、福祉事務所とも交渉して、その日のうちにBさんは近隣の自治体にあるステップハウスに入所、しばらくのちにアパートに入居した。現在は母親とも連絡を取りながら求職活動をしている。

 

「世帯」とはなんだろうか。少なくともBさんは、以前の「単身世帯」であれば生活保護基準を超える収入を得ていた。しかし他の世帯員の状況によって最低生活を満たすことが出来ずに、就労自立にいたらなかった。もしその際に、何らかの形で「世帯」を分けることが出来たら、またBさんの分だけでも転宅費など認められていれば、Bさんが弟さんの暴力を受けることはなかっただろうし、仕事を辞めることもなかったかもしれない。

 

彼女のような人を「困らせない」ためには「個人単位」の受給を認めることが必要である。「世帯」の実態について見ることを通して、「困っている」ことの現状を知ると同時に「困らせない」方向性について考えていく必要がある。

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.2019.4.15 

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