知的障害者への情報提供――わかりやすい情報提供の実現に向けて

知的障害者への情報提供の必要性

 

区役所・病院・銀行・法律関係などで手続きをする際、書類や説明のわかりにくさに頭を悩ませた経験はないでしょうか。また、何かの会議や話し合いに参加する時、資料が外国語や専門用語だらけだったらどうでしょうか。そんな場面に遭遇した時、「誰か、わかるように説明してください」と言いたくなるでしょう。

 

知的障害者は日常生活において、そのような言葉の難しさと、その場からの疎外を常々感じています。情報認知や理解、意思疎通やコミュニケーションに難しさを抱える知的障害者にとって、一般的な文章表現や表記はわかりやすいものではありません。

 

しかし、それは単に文章や内容が難しいからなのでしょうか。私たちでも難しさを感じる例を冒頭に出したように、大抵の場合は「読み手に適したかたち」になっていないことがほとんどです。これまで、知的障害者がさまざまな情報に「直接」アクセスすることは、日本の社会においてほとんど想定されてこなかったと言えます。

 

実際、情報機器を使用する際や日常生活における情報伝達において、知的障害者自身が情報アクセスの主体であるということは、本人にも支援者や家族にも意識されにくい状況にありました。情報伝達やコミュニケーションが難しければ家族や支援者が代読・代筆や意思伝達をすればよいという考えが主流であったからです。

 

ですが、知的障害者がいつでも家族や支援者から援助を得られる状況にあるわけではありません。また、時には家族や支援者こそが意識的・無意識的に情報伝達やコミュニケーションを妨げてしまう場合もあります。

 

「自分たちは かんがえても うまくひょうげん することが むずかしい。

どこが 人と ちがうのか あいてに つたえることが むずかしい。

おや まわりの人の つごうで ふりまわされている。

自分たちが どうやって わかりやすい じょうほうを もらい けいけんをし、たっせいかんを えていくかです。

そのために じょうほうの バリアを なくして ほしい。

それが ごうりてき はいりょ です」(原文ママ)

(土本秋夫(2011)「バリア(かべ)とおもうこと」『ノーマライゼーション』31(12),31-33.)

 

上記の文章は、知的障害のある方によるものです。

 

時事情報等の公共性の高い情報だけでなく、障害者の生活に具体的に影響のある政治や社会の動き・福祉サービスの変化・個別支援計画や契約書類の詳細・成年後見制度など、知的障害者の生活に必要な情報は多いはずです。しかし、その人の人生や生活に大きく関わる話題であっても、時に「難しいから」という理由で当事者を飛び越えて説明が行われることもあります。

 

そうした現状に対して上記のように、知的障害のある本人や支援者からわかりやすい情報提供を求める声が上がりはじめています。

 

 

知的障害者に対する情報提供の現状

 

諸外国には知的障害者に対する情報提供の実践があります。例えば福祉先進国と言われるスウェーデンでは、1960年代後半から、司書や障害者団体によって本を読むことが難しい人々が読めて理解できる文学が必要であることが主張され、「LLブック」(やさしく読める本)の作成が始まりました。(注1)

 

(注1)原語(スウェーデン語)ではLL-bokと称されます。LLは「読みやすい」ことを意味する単語であるLättlästの略です。日本国内でも「LLブック」と称される本もあります。なおLLは英語圏ではeasy-to-read,plain text,accessible writingなどと表現されます。

 

さらに、知的障害者や言語的困難を抱える人々の読書活動が推進されており、読みやすさに配慮された『8SIDOR』という代表的な新聞及びウェブサイトもあります(注2)。

 

(注2) 「8SIDOR」は現在では知的障害や発達障害のある読者だけでなく、移民などの言語的な困難を有する人々も読者となっています。

 

しかし、日本では知的障害者向けのわかりやすい情報提供はそれほど浸透していません。

1990年代より、知的障害児・者の親の会である(福)全日本手をつなぐ育成会を中心とした出版社や有志によって、知的障害者が読むことを前提とした生活や権利に関する「わかりやすい」ブックレット等が作成されてきましたが(注3)、この他には国内の実践が少ないのが現状です。

 

(注3) 近畿視覚障害者情報サービス研究協議会LL ブック特別研究グループが、2008年に国内のLLブックをまとめたリストを作成していますが、決して総数は多くありません。「LL ブック・マルチメディアDAISYデイジー資料リスト」

 

公共性の高い時事情報等に関しても例が少なく、普段から様々な事を知りたいと思っている知的障害者の中には、かつてテレビで放送されていた「週刊こどもニュース」や、字幕にふりがながついている「手話ニュース」などを活用している人もいます(注4)。

 

(注4) 「週刊こどもニュース」は2010年までNHKによって放送されていたものです。また、こうした実態は以下の文献で行った聞き取り調査の結果から記したものです。打浪文子(2014)「知的障害者の社会生活における文字情報との接点と課題―軽度及び中度の当事者への聞き取り調査から―」『社会言語学』14, 103-120.

 

政府関係の広報においては、わかりやすい資料の作成とウェブサイトへの掲載が少しずつ見られるようになってきましたが、障害者に関連の深い法律の整備や政策提示に関する内容に限られています。

 

また、各自治体や支援・サービスの提供者が個別に本人向けの支援やサービスに関するわかりやすい資料を作成していることもありますが、社会全体を見た時、未だ知的障害のある人にとってわかりやすい情報提供は普及しているとは言えないのが現状です。

 

 

知的障害者への情報提供の実践例

 

ところで、知的障害者にとってわかりやすい表現とはどのようなものでしょうか。単にふりがなをつければいいと考える人もいますが、それだけでは文章の内容がわかりやすくなったとは言えません。漢字が読めたとしても言葉の意味自体が難しい場合や、文の構造が複雑で理解しにくい場合などがあるからです(注5)

 

(注5)6大和大学の藤澤和子教授らによって、知的障害のある人に対してわかりやすい情報提供を行う際のガイドラインが作成されています(文末に付記としてリライトの要点を抜粋します)

 

ここで、国内での少ない実践の中で、情報提供やコミュニケーションの「わかりやすさ」に配慮のある例をご紹介しましょう。

 

一つは、「みんなが読める新聞『ステージ』」(注6)というものです。1996年から2014年まで(福)全日本手をつなぐ育成会から発行されていた、新聞の体裁をとる知的障害者向けの季刊誌です。前項で述べたスウェーデンの『8SIDOR』を模して創刊されました。

障害のある本人の生活や権利に関わる話題に加え、時事情報・エンターティンメント・スポーツなどのより公共性が高く幅広い話題を総合的に扱っています。

 

(注6)「ステージ」についての詳細は、以下の文献でまとめています。打浪文子(2014)「知的障害者への『わかりやすい』情報提供に関する検討―『ステージ』の実践と調査を中心に―」『社会言語科学』17(1),85-97.

 

例えば、以下のニュースをわかりやすく伝えるとしたら、どうなるでしょうか。

 

一騎打ちとなった市長選は、大阪維新の会代表で前府知事の橋下徹氏(42)が民主、自民両党府連が推す現職の平松邦夫氏(63)に圧勝し、初当選した。

府知事選は,維新の会幹事長 の松井一郎氏(47)が、民・自両党府連の支援を受けた前大阪府池田市長の倉薫氏(63)、共産推薦の梅田章二氏(61)ら6人を大差で破り初当選。(引用 :朝日新聞刊 2011.11 .28)

 

このニュースの内容は、「ステージ」では以下のように伝えられました。

 

テレビに出ていた

人気の弁護士・橋下徹さんが

大阪市長を決める選挙で

勝ちました。

また、橋下さんの後の

府知事は、橋下さんの仲間の

松井一郎さんに決まりした。

(引用 :ステージ ナンバー 60 2012.1.12)

 

 『ステージ』は改行や余白、イラストや写真の配置にも配慮した視覚的なわかりやすさを追究するとともに、当事者の目線から文章のわかりやすさがチェックされています。

 

知的障害のある人々自身が紙面編集の過程に加わっていたこと、そして2012年度からは知的障害のある本人が編集長を務めていたことから、彼らの知りたい話題や彼らにとってのわかりやすい表現などを反映させることが可能な媒体でしたが、現在は残念ながら休刊となっています。

 

もう一つ、文書だけでなくコミュニケーション支援を交えた例をご紹介しましょう。

 

2009年12月より内閣府が中心となって進めてきた「障がい者制度改革推進会議」(注7)では、知的障害を有する委員も会議に参加しました。さまざまな障害を持つ委員が推進会議に参加される中、会議内容をリライトしたわかりやすい資料が用意されました。

 

さらに、赤・黄・青の三色のカードが用いられました。青は同意します、黄色は話し合いのスピードが速すぎます、赤は理解が難しいです、という意味です。知的障害を有する委員は会議に参加する際、わかりやすい資料と三色のカードを適宜利用しつつ、さまざまな人々と一緒に議論を行いました(注7)

 

(注7)以下にイエローカードやレッドカード、また実際にわかりやすくされた障害者基本法が掲載されています。DINF「改正障害者基本法<わかりやすい版>」

 

このように、情報伝達やコミュニケーションにおいて、知的障害者にとってのわかりやすさやその場への参加しやすさに標準を合わせるという「配慮」は、知的障害のある人々の社会への「参加」を保障するための大切な手立てとなるのです。

【次ページにつづく】

 

 

 

シノドスのサポーターになっていただけませんか?

98_main_pc (1)

 

 セミナー参加者募集中!「スノーデンと監視社会の現在」塚越健司

 

 

無題

 

vol.230 日常の語りに耳を澄ます 

・荒井浩道氏インタビュー「隠された物語を紡ぎだす――『支援しない支援』としてのナラティヴ・アプローチ」

・【アメリカ白人至上主義 Q&A】浜本隆三(解説)「白人至上主義と秘密結社――K.K.K.の盛衰にみるトランプ現象」

・【今月のポジ出し!】吉川浩満「フィルターバブルを破る一番簡単な方法」

 

vol.229 平和への道を再考する 

・伊藤剛氏インタビュー「戦争を身近に捉えるために」

・【国際連合 Q&A】清水奈名子(解説)「21世紀、国連の展望を再考する」

・【あの事件・あの出来事を振り返る】桃井治郎「テロリズムに抗する思想――アルジェリア人質事件に学ぶ」

・末近 浩太「学び直しの5冊<中東>」

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.230 特集:日常の語りに耳を澄ます

・荒井浩道氏インタビュー「隠された物語を紡ぎだす――『支援しない支援』としてのナラティヴ・アプローチ」

・【アメリカ白人至上主義 Q&A】浜本隆三(解説)「白人至上主義と秘密結社――K.K.K.の盛衰にみるトランプ現象」

・【今月のポジ出し!】吉川浩満「フィルターバブルを破る一番簡単な方法」