公的年金「保険」をどう考えるべきか  

社会保障制度のなかでも、年金は国民の大きな関心事でしょう。医療や子育てと異なり、年金では現物給付はありえないので、話はいくら払うのか、あるいはいくらもらえるのかに焦点が集まります。

 

 

年金制度で得をする人は決まっている

 

そして、どのような属性の人が得をし、あるいは損をするのか、といった視点から制度の選択が論じられることが多いのではないでしょうか。しかし、こうした視点の先に望ましい年金制度の答えはあるのでしょうか。

 

じつはどのような年金改革を行おうと、年金制度から金銭的に利益を得る人は、じつは大方はじめから決まっています。一言でいえば、それは、長生きした人、夫に先立たれた人、障害者です。

 

逆にいえば、健康な生活を送り、平均的な余命で亡くなる夫婦といった、“モデルケース”にでてくる人にとっては、通常の貯蓄の方が有利で、公的年金に加入した方が損にみえます。ただし、自分が不幸な事態に直面するのか、はたまた“モデルケース”に入るのかが事前には分かりません。

 

 

年金制度は不幸への保険

 

すでにお気づきの方もいるでしょうが、年金制度はたまたま不幸な事態に見舞われた人のために設計された保険です。

 

その証拠に厚生年金にせよ、国民年金にせよ、加入している人は「被保険者」と呼ばれます。長生きは不幸でないと主張する人もいるでしょうが、予想外に長生きすれば、貯蓄が足りなくなるでしょうから、少なくとも経済的には不幸になります。

 

政府のような公的機関が運営する保険であっても、民間の保険と同様にあらかじめ保険料を集めてお金をプールし、不幸な事態が発生したときにのみ、被保険者は支払いを受けることとなります。

 

つまり、事故が発生しない限り、保険金(年金)は支給されません。したがって、民間保険において、交通事故にも火災にも巻き込まれなかった大勢の幸せな人が保険金をもらえないのと同様に、社会保障制度においても保険事故の発生しない人には、保険金(年金)は下りないはずです。

 

平均的な人生を送った人が支払った金額以上もらえるのか、あるいは、通常の貯蓄より有利になるのかどうかを制度の評価基準に据えるのはミスリーディングなのです。

 

 

損得の議論は本質を見失わせる

 

そもそも保険とは、平均的でない事態に備えるもので、平均的な人が金銭的に損をするように設計されるのは至極当然です。

 

もし、計算をするのなら、障害を負う確率や、本人や家族の死亡率・発症率を計算し、それに伴って、収入・所得がどのように変わるのか、確率分布を求め、社会保障制度によってどのようにリスクが変化するのか、分かりやすく言い換えると、格差が縮まるのかといった計算をするべきです。

 

残念なことに、この種の計算が公的年金において厳密になされたことをみたことはありませんが、少なくとも、民間の保険に加入する際には、病気になったときの保険金と健康ならば支払わなければいけない保険料とを、暗黙のうちに比較して契約を結んでいるはずです。公的な保険を議論する際にそれができないという理屈はなさそうです。

 

これまで、社会保障制度の議論では、財政的な側面が強調されてきました。たしかに財政的な裏づけのない政策はありえませんが、収支をあわせること自体は、社会保障制度にとって制約条件にすぎず、最終目標ではないでしょう。

 

社会保障制度はたまたま不幸に直面した人に対して給付を行うことで、不公平や格差を社会的に少なくしようとするのがそもそもの目的です。

 

たんに平均的な人が支払う金額と受け取る金額を比べて議論の土台とするやり方は、多くの人に社会保障制度の本質を誤解させるだけで、問題の解決より、問題の先送りを引き起こすだけではないでしょうか。

 

 

推薦図書

 

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著者はハーバード・ビジネス・スクールの有名な経営学の教授です。「もしドラ」からも分かるように、経営学は営利組織だけでなく、非営利組織(「もしドラ」では高校野球のチームでしたが)もその対象としています。

この本では、医療システムに焦点をあて、短期的な費用の削減や個別の医療機関の利益ではなく、「診療実績に基づいて医療の価値を向上させる競争」、あるいは「ケア・サイクル全体における医療の評価」を一貫して強調しています。(日本語版への推薦より)

そして医療提供者、保険者、医療関連メーカー、消費者、雇用主、さらには政府がどのような政策を立てるべきなのかについて、医療システム全体とのかかわりの中で議論を展開しています。このように費用だけでなく、価値にも着目することは医療に限らず、他の社会保障制度においても重要と思われます。

 

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.2019.4.15 

・打浪文子「知的障害のある人たちと「ことば」」

・照山絢子「発達障害を文化人類学する」
・野口晃菜「こうすれば「インクルーシブ教育」はもっとよくなる」
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