薬物問題、いま必要な議論とは

「ダルクなんか行きたくない」

 

荻上 リスナーからこんな質問が来ています。

 

「薬物依存者が専門の病院で治療する場合、どんな治療が行われ、どのくらいの期間を要するのか教えてください。」

 

松本 個人によって、あるいは施設によって随分違います。僕らの場合はまずは通院治療から始まり、上手くいかない場合は入院を途中で挟みます。更に長いスパンで寮生活をした方が良い場合はダルクを勧めたりする。試行錯誤を繰り返しながら入院・治療を進めていきます。ですから、期間については人それぞれです。ただ、半年よりも短いということはありません。

 

荻上 通院をしやすくするための工夫は何かありますか。

 

松本 病院はとにかく楽しい場所であることが大事だと思っています。また、薬を使ってしまったと正直に言えたら、正直に言えたことを必ず褒めてあげる。いつでも患者さんを歓迎することが、援助者の方にはまず必要です。

 

荻上 SMARPPを続けられてきて、その成果はどうお感じになっていますか。

 

松本 まず、治療の継続率が高いです。従来の説教をするような関わり方よりも遥かに効果的です。海外では、多くの研究で依存症の治療は長く続ければ続けるほど治療成果が出てくることが明らかにされています。

 

また、SMARPPに来ることで他の社会資源にもつながるメリットがあります。例えばSMARPPの参加者には「ダルクなんか行きたくない」と思っている人が多いのですが、実はグループ療法の副司会者はダルクのスタッフだったりします。そこで個人同士で仲良くなって、気づいたらすっかりダルクのプログラムを利用するようになっているんですね。つまり、SMARPPが情報交差点になっているんです。

 

荻上 薬物を断つことだけがゴールなのではなく、これからも断ち続けていくような向き合い方が必要になってくるわけですね。「ダルクには行きたくない」という反応があるということですが、これはなぜなのでしょうか。

 

松本 薬物依存症の講習などで、警察官や麻薬取締官などの講師が、「薬物を使うとこんなひどい目に合う」という話ばかりをことさらに強調すると、「ダルクは廃人同様の人が集まる場所だ」という誤解を招いてしまうことがあります。しかし実際はそんなことはありませんし、自らダルクに行くと決意するのは大変素晴らしいことなんです。

 

「俺は薬をやめない」とムキになっている人のかなりの割合が、実はやめられる自信もないし、どうせやめられる人なんていないだろうと居直ってそう言っているんです。だから、薬物をやめられないでいる人たちに知ってほしいのは、「やめ続けている人がいる」「回復している人がいる」ということです。それが、彼らの希望につながると思います。

 

荻上 周りの友人や家族のサポートはどうあるべきなのでしょうか。

 

松本 依存症に特徴的なのは、本人が困るより先に周りが困るということです。それに、犯罪化してしまうことで余計にご家族の反応が極端になってしまいます。そこで僕がお願いしたいのは、各都道府県政令指定都市にある「精神保健福祉センター」の相談窓口をご家族の方にも是非活用してほしいのです。そこで継続的に相談を受けたり、そこから紹介された家族の支援グループにつながることによって、必ず光が見えて来るはずなんですね。

 

荻上 本人の治療だけではなく、関係性の治療や関係者のバックアップも必要ということですね。

 

 

なぜ刑罰は効果がないのか

 

荻上 さきほど、刑罰は効果がないどころか逆効果だという話をされていました。なぜ効果が出ないのでしょうか。

 

松本 依存症を罰で回復させるのはなかなか難しいと思います。これは動物実験でも証明されていることです。依存症に一度なると、罰ですら欲求を強める原因になってしまうことさえあるんです。

 

荻上 しかも日本の刑罰は懲罰主義的ですよね。罰を与えることが目的で、おまけとして治療プログラムが入っているような構成になっているので、他の犯罪でも刑務所の中で回復するのが困難になっている。この点も改善する必要があると思います。

 

松本 欧米などでは「ドラッグ・コート」という施策が試みられています。これはまず、刑務所に入るか、家に帰って治療プログラムを受けるか本人に選ばせるんです。家に帰る方を選べば、裁判所から支持された治療施設に毎日通うんですね。

 

抜き打ちの尿検査もありますが、陽性反応が出たとしても通報しません。ただ、あまりひどい場合は週末だけ留置所にいて、また月曜の朝からプログラムに通います。そして数ヶ月間、陰性反応が続いてプログラムもきちんと受け続ければ、無罪判決が出ちゃうんですね。

 

違法薬物を使って刑務所に入った人の出所後3年以内の再犯率は78%というデータがありますが、ドラッグ・コートで一年半のプログラムを無事終了した場合、再犯率は21%まで低下すると言われています。さらに、刑務所の場合は刑務官の人件費や衣食住の経費などで予算がかさみますが、ドラッグ・コートでは治療費は本人持ちなので税金からの拠出費用が抑えられるんです。

 

荻上 なるほど。やはり重要なのは治療をいかに継続するかということですね。

 

松本 そのためには、最終的には法律自体を変えていかなければなりませんが、さしあたっては、今年から始まる「刑の一部執行猶予制度」も活用していきたいものです。これは懲役3年と判決された場合、2年だけ刑務所にいて、残り1年は保護観察所の監督下で地域で治療を受けるというものです。

 

まずはこの施策を成功させることが大事だと思っています。そのためには保護観察が終わった後、地域の支援にシームレスにつながっていく仕組みが必要となります。

 

 

脱犯罪化と『ハームリダクション』

 

荻上 海外で注目されている薬物対策に「ハームリダクション」というものがありますよね。これはどういったものなのでしょうか。

 

松本 要するに、何をすれば個人の健康のためになるのか、そして社会全体、共同体全体の害が少なくなるのか、という観点から行われている施策です。例えば薬を厳しく取り締まりすぎると、みんな違法に入手した注射器を使って回し打ちをし、HIVなどの感染症が広まってしまう恐れがあります。それなら薬物を使っても良い場所を決めて、そこで清潔な注射器を配給してあげた方が良いんじゃないか。そういった考え方です。

 

荻上 堅実に、ハーム(Harm:害悪)をリダクション(Reduction:削減)する、というわけですね。国によっては、覚せい剤などの「ハードドラッグ」は規制しつつ、マリファナなどの「ソフトドラッグ」の使用を指定の場所で許可することで、安全性を高めたり、より治療に繋げやすくする試みもあるようですね。

 

松本 そうした対策は薬物依存症からの回復にも効果的です。ソフトドラッグの使用に関してはきちんと治療者側が管理しつつ、もし本人の欲求が強くなってきたら別の治療法も考える、というやり方もあると思います。

 

今、ハームリダクションを実施している国は世界中にあります。オランダやオーストラリア、ヨーロッパでは昔からやっていますし、アメリカではやや遅れてはいますが、少しずつその動きが始まっているように感じます。

 

こうした情勢の中で我々は思うのですが、薬物対策は結局、サイエンスに基づいてやるのか、それともイデオロギーを通すのか、という問題なんです。ハームリダクションの方が共同体全体の害も少なくなるし、個人の健康増進にも効果的だというデータがあるにも関わらず、「薬物使用者には罰を与えるべきだ」というイデオロギーを押し通そうとする。今の日本はそういう状況です。

 

荻上 まず、薬物依存症を「犯罪」と定義するのではなく、治療が必要な病気なのだという認識にシフトする必要がある。その上で、警察に行くのではなくて、ハームリダクションを実施している場所に最初にアクセスしてもらうことになるわけですね。注射器を配給したり、場所を決めてソフトドラッグの使用を許可したり、内容に関しては様々な議論があると思います。今後はよりライトな施策を提示しながら、コミュニケーションの場を作っていくべきですね。

 

 

薬物報道のあり方を問う

 

荻上 リスナーからこんな質問が来ています。

 

「アメリカでは映画俳優など、薬物依存から脱却した人たちが多く活躍されていますが、日本の薬物報道は使用した人に責任を全て背負わせるような報道ばかりです。これはなぜなのでしょうか。」

 

松本 オバマ大統領も若い時は色々な薬物を使ったと言っていますよね。あれは依存症の方にとっては希望だと思います。日本でも、もし昔は薬物を使ったけれど今はやめて活躍されている芸能人の方がいて、その方がカミングアウトしてくれたら、多くの人たちが支援につながるはずだと僕は思います。

 

荻上 日本の薬物報道の特徴として、本人の心の闇ばかりに注目しがちという点があります。あるいは、「特別な人だから栄光と挫折が薬物の理由になった」というストーリーが喧伝され、疑いなく語られてしまうところがありますよね。そうしたメディアの伝え方にも注意が必要だと思います。

 

さて、次の質問です。

 

「今回に限らず、著名人の薬物報道にかなりの時間が割かれるため、かえって薬物の宣伝となり、薬物をやったことがないひとに興味や関心を植え付けることになるのではないでしょうか。自殺報道と同様に、薬物報道も抑制的になった方がいいと思います」

 

自殺報道については「遺書を報じない」とか、「おどろおどろしBGMをつけない」とか、「自殺を唯一の脱出策として描かない」といったガイドラインがあるわけですが、薬物報道に関してはどうあるべきなのでしょうか。

 

松本 例えば、子どものころに虐待を受けた経験から自分を大事にできない子などは、「薬物は危ない」と言われると余計に引き寄せられてしまう傾向があります。

 

あるいは、『警察24時』などのテレビ番組で白い粉が映るシーンがあったりしますよね。覚せい剤依存の人たちはみんなあれをみて欲求が入っているんです。渇望を思い出してしまうんですね。だからその辺りは報道する側も意識してほしいと思います。

 

荻上 自殺報道の場合、対策として相談窓口の電話番号などを同時に放送することをガイドラインとしていますよね。薬物においても同じで、もし『警察24時』の放送中に相談先を取り上げるだけでも変わると思います。

 

 

精神科医の薬物依存症に対する忌避感

 

荻上 次のメールをご紹介します。

 

「薬物依存に関して取り上げていただきたいトピックがあります。一つは、薬物依存症になる背景に未治療の精神疾患、うつ病、PTSD、双極性障害、不安障害などがある場合が非常に多いのにもかかわらず、見過ごされがちであること。

 

二つ目が、精神科医などメンタルヘルスの専門家にも薬物依存症に対する忌避感があり、適切な治療を受けられる医療機関や関連施設が少ないこと。

 

三つ目が、同時に医療従事者が依存症治療に関してトレーニングできる場が少ないこと。この三点です。」

 

松本 全くご指摘の通りです。実は薬物を使った人が全員依存症になっているわけではありません。依存症になって病院にやって来るのは、薬物を使用し始めて十数年経っている場合が多いんです。

 

しかし、もともとメンタルヘルスの問題を抱えている人は、それよりもはるかに短期間で薬物にハマってしまうことが非常に多い。メンタルヘルスの問題を抱えているということは、それ自体が薬物依存症のリスク要因といってもよいでしょう。また、専門家の忌避的な感情、トレーニングする場所の少なさ、スキルの乏しさは、ずっと我が国の精神科医療の問題点です。

 

荻上 薬物乱用の問題と薬物流通の問題を分ける、という話はまず大前提として、流通の段階で防ぐだけではなく、メンタルヘルスなども考慮した摂取の予防も必要になってくるわけですね。しかし、精神科医の方々でも当事者たちを避けてしまうのはなぜなのですか。

 

松本 やはり、一つは犯罪だという認識があるからです。アルコール依存症は病気かもしれないけど、薬物は犯罪だという意識がある。それから診療報酬の議論でも、薬物依存症に対する特別な加算をしようとすると、なぜ犯罪に対して税金を使うのか、という議論もしばしば出てきます。しかし、社会安全を維持するためには、公衆衛生的なアプローチという意味で僕は医療が必要だと思っています。

 

荻上 また、有名人の逮捕劇は警察からのリークで報じられることがあります。つまり、警察の犯罪報道を担当する部署が報道にあたるため、社会問題としての報じ方に精通していない人が記事を書く場合もあるわけです。

 

となると、始めのうちは極端な犯罪報道として取り上げられ、時間が経ってようやく社会問題として報じられる、というタイムラグがどうしても生じてしまう。今後、こうしたメディアの問題を改善しつつ、制度的に薬物に対する理解を進めていくにはどういった設計が必要になるでしょうか。

 

松本 まずは薬物対策の施策を作る人たちには現状の認識を深めていただきたいですね。そして「刑の一部執行猶予制度」の施行を前にして、国としてはどのように薬物問題に取り組むつもりなのか、問いかけたいです。

 

 

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