『生保』について

「生保」といえば「生命保険」。「生命保険」といえば、万が一の備えですね。しかし、ここでお話ししたい「生保」が「生活保護」だとしたら、どうでしょう?ご自身にとって、万が一の備えとお考えですか?

 

「生保」=「生活保護」は、憲法25条に規定された生存権を実現する制度です。日本の国民生活にとって、万が一の備えであることを目的としています。しかし、この理念を単なるお題目に止めようとする力が、私たちの社会には働いているかのようで、実際、生活保護が批判的に報道されることもしばしばです。

 

それはなぜなのか。私は、「生保」=「生活保護」という制度が、社会の矛盾を目の当たりにさせる存在ゆえと考えます。生活保護は大切な制度ですが、人びとができれば見たくないものを抱えており、自分とは関係のないものとして、突き放される存在であると思われるのです。生活保護を自分の問題とはとらえない第三者の立場、報道では、批判しやすい対象になるのではないかと考えます。

 

この見解を説明するにあたって、まずは、生活保護制度のポイントをお話しします。というのも、意外と基本的なことが知られていないのでは、と考えるからです。かくいう私も、社会福祉という学科で学ぶまで、ほとんど知識はありませんでした。実は、生活保護さらには社会福祉、社会保障をめぐる議論の混乱は、義務教育で触れられない、基礎的知識が共有されていない、そんなところもあるのではと思います。

 

 

生活保護の基本

 

生活保護法そのものはわりとシンプルで、大切なことは法第1条から第10条までに書かれています。以下、誤解されがちなポイントを押さえながら、生活保護の基本を5つ述べていきます。

 

 

1.給付は最低生活費で、日常生活費だけでなく住宅費、医療や介護の現物も含む

 

最初に述べたように、生活保護は憲法25条に基づき、健康で文化的な生活水準を維持する最低限度の生活を保障するものです。「生活」の保障が目的ですが、実際に法に明記されている内容は「生活費」の給付です。最低生活費は、日常生活費だけでなく、住宅、教育、出産、生業、葬祭の費用に加え、医療と介護の現物給付もあり、生活保護は生活のあらゆる面に対応します。ご自分の最低生活費を計算したい場合は、「NPO法人 舫(もやい)」の http://www.moyai.net/modules/m1/index.php?id=17 などをご覧ください。

 

 

2. 保護の給付は足りない分だけ

 

最低生活費は包括的で、困窮状態の救済に必要なものを足し合わせて計算します。したがって、困っているポイントが多い人、家族人数が多いほど、最低生活費は多額になります。たとえば、東京都で30代独り暮らしの方は、日常生活費が83,700円、住宅費は最高で69,800円で、153,500円(2012年4月時点)ですが、家族の人数が増えれば日常生活費が加算され、さらに医療費など必要な他の費用が足された合計が給付額、という計算になります。

 

ただし、実際に支払われるのは、「利用し得る資産、能力その他あらゆるもの」(法第4条)を活用して足りない分だけです。就労収入はもちろん、年金など社会保障給付なども収入認定されます。先の例でいえば、153,500円がまるまる生活保護より支払われる人は少ないのです。

 

 

3. 最低生活費は1か月使い切り

 

さらに、「利用し得る資産、能力その他あらゆるもの」を活用するというのは、保護を開始するときに、基本的に貯金なしの状態を意味します。銀行の通帳は0円、タンス預金も0円でなければいけません。この状態で保護を開始し、1か月を単位に計算した最低生活費が給付されます。最低生活費は、基本的に1か月で使い切りです。許されているのは、保護開始時に手持ち金として、最低生活費(医療費や介護費は除く)の半額のみです。

 

これは「家計上の繰越金程度のもの」といわれますが、他には何もなくて、お財布に入っているお金として許される限界が最低生活費の半額なのです。急なまとまった出費にはもちろん対応できませんので、必要になるたびにケースワーカーに相談することになっています。家計のやり繰りなど工夫が許されない仕組みとみることもできるでしょうか。

 

 

4.保護は自ら申請しなければならない

 

生活保護を受けるには、申請して、保護を受ける意思を示さなければなりません。口頭でその意思を伝えるのも有効とされていますが、実際には申請書の提出が求められます。ある程度、自分の困窮状態、必要な保護の内容を知っている必要があるし、少なくとも、どこに行けば申請できるのかを知っていることが、制度の前提にあります。

 

 

5. 保護世帯の7割以上が高齢・傷病・障害、保護費の半分は医療費

 

つい最近も、生活保護受給者が209万人と、過去最高に達したとの報道があった(2012年4月5日)ように、保護受給者・世帯は増加傾向です。働く能力をもつであろう世帯を含む「その他世帯」の増加がしばしば報道されますが、2012年8月の速報値で、その他世帯は17.0%、母子世帯が7.6%で、75.4%は高齢者世帯か傷病者・障害者世帯です。2009年度では、稼働世帯は12.9%、非稼働世帯が87.1%、そして稼働世帯の一番大きな割合をしめるのが母子世帯で45.0%です(国立社会保障・人口問題研究所HPの「生活保護」に関する公的統計データ一覧より)。

 

つまり、保護受給者・世帯の大半は、高齢や傷病・障害があって働けず、子どもを抱えて働くのが容易でないはずの母子世帯は働いている世帯と働いていない世帯が半々くらいという現状があります。生活保護費として支出する費用のうち最大は、医療費で48.3%であることは(第1回社会保障審議会生活保護基準部会2011年4月19日資料4)、この実態を反映しています。

 

以上、生活保護法の基本として5点述べましたが、これで生活保護の説明が尽きたとは到底いえません。実は、生活保護制度はたいへん複雑です。制度を運用するケースワーカーは、「生活保護手帳」という2011年度版で774頁にわたる、とても「手帳」とはいえないほど分厚いものを片手に仕事をします。「生活保護手帳」は、厚生労働省から出された通知をまとめた実施要領です。全国一律に、さまざまな状況に対応した保護の実施を可能にするため、このような分厚いマニュアルが用意されています。

 

法そのものは、1950年に改正されて以来、根本的な改正をみていません。60年以上同じ法律が使われています。この60年間に、日本社会、人びとの生活が変化したことは疑いありませんが、それを反映する役割を一手に担うのが「生活保護手帳」、言い換えれば、行政の裁量だということです。

 

 

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