障害者差別解消法、社会に求められる“合理的配慮”とは?

まずは自分のニーズを伝える

 

荻上 この障害者差別解消法、大野さんも策定の過程に参画されていたと思います。この法律に求められているものは何だとお感じになっていますか。

 

大野 この法律では「差別」は法的概念として捉えられています。差別解消法が規定する差別には、現時点では大きく分けて二つの段階があります。第一段階目は、障害を理由とした不当な差別的取り扱いの禁止です。たとえば、精神障害者だからこのお店には入ってはいけませんとか、知的障害だからこのアパートには入居できませんといった、不当な差別的取り扱いをすることを、国や地方公共団体、および全ての事業者に対して禁止しています。

 

第二段階目は、合理的配慮の提供です。この法律では、個別のニーズにあった合理的配慮を提供しないことは差別に該当すると定義しています。アメリカでADA法が成立した1990年代以降、障害領域の差別禁止アプローチの法整備が国際的に展開される中で、理論的発展を遂げてきた新しい概念を適用した画期的な法律と言っていいと思います。

 

荻上 今回、合理的配慮について国や地方自治体などの公的機関に対しては法的に義務付け、民間企業に対しては努力義務となります。ただし、民間企業の場合でも政府から報告を求められても従わない場合や、虚偽の報告を行った場合には過料=罰金が科されるとされています。

 

合理的配慮とは、サポートをしないで放置しておくことも本人のアクセス権限を奪っているという気づきをもたらしてくれる概念なのですね。

 

今日はさまざまな当事者の方からいろいろな質問が来ております。

 

「私は発達障害の診断を受けて、障害者枠での就労を目指しています。障害者差別解消法の話は就労支援施設で聞きましたが、合理的配慮の意味がよく分かりませんでした。法律の施行を受けて、精神障害や発達障害の人にはどのような影響があるのでしょうか。」

 

近藤 日本では発達障害に対してすごく特徴的な理解をされていて、発達障害=コミュニケーションが苦手、感覚が少し過敏、と言われたりします。文科省が平成24年に行った調査では教室の6.5%は発達障害の人がいるとされていますが、そのうちコミュニケーションが苦手あるいは感覚が機敏な方は1%ほどに止まります。

 

実際に比率として多いのは学習障害と言われる障害です。読んだり書いたり計算することが苦手という特徴があります。あるいは、ADHDという注意の障害です。注意を集中し続けることが苦手だったり、逆に集中し過ぎてしまって「過集中」と言われる状態になり、他の作業に移ることが苦手で、ものすごく疲れきってしまう障害です。つまり、たんに発達障害を背景としてもどのような困難があるのかはかなり多様です。

 

私は「DO-IT Japan」という、障害のある小中高大学生を全国から集めて支援の提供を行うプロジェクトをやっています。昨年では、「アウトリーチプログラム」という情報提供を行うプログラムに600人ほどの参加者があり、その中で一番多かったのは発達障害の子どもたちでした。そして600人のうち250人くらいは「書字の困難さがある」と言っていました。

 

よくよく聞いてみると、診断としては広汎性発達障害とか、自閉症スペクトラムという名前を持っていると。ただ、肢体不自由はないけど、鉛筆で字を書くのが難しいという方がすごく多かったんです。そうした人たちは鉛筆で字を書くことには機能的な制限があるので、まずは「タブレットなど別のツールを使うことを合理的配慮として認めてもらいたい」と学校側に働きかけていく。そこから、本当に合理的配慮として認められるかどうかという議論はスタートするのだと思います。

 

 

近藤氏

近藤氏

 

荻上 鉛筆を握れないからといって勉強ができないわけではない。他の手段を使えばできる場合には、そこを合理的配慮でつなげていく議論になるわけですね。

 

ただ、同じ発達障害という病名でも、鉛筆は握ることができるが雑音の処理が苦手という児童もいます。その場合には、イヤーマフなどのノイズをキャンセルする道具を使って登校することを認めてくれと主張します。そうすると、周りから「なんでヘッドホンで音楽を聴いているんだ」と言われるかもしれないけど、それは誤解なんだと説明さえすれば、あとは特に配慮はいらない場合もあるなど、人によって様々です。

 

同じ障害名の人でも、人によってもさまざまな困難さがあるので、その人の特徴にあわせて配慮をするのが合理的配慮というわけですよね。

 

近藤 そうです。たとえば今のメールの場合は就労に関することなので、該当する法律としては、4月に施行される「改正障害者雇用促進法」があります。これも障害者差別解消法と同じく、国連の権利条約に基づいて作られたものです。この法律に基づいて職場に直接、対応を求めて行かれる必要が出てくるかなと思います。

 

荻上 今のメール、大野さんはいかがお感じになりますか。

 

大野 私は今、大学院で難病に関する医療社会学の研究をしています。大学から合理的配慮の提供を受けなければ、研究を進めていくことができない場面がたくさんあります。そのときに私自身も大学のさまざまな部署、一つ一つの担当の方々に具体的な配慮を求めて、交渉していく必要があるんです。

 

荻上 たとえばどのような配慮が必要ですか?

 

大野 大学図書館を例に挙げてみます。書架が高くて車椅子では届かない、書架の間が狭くて車椅子が通れないような場合には、閲覧したい資料をリストにしてお渡しし、職員の方に取ってきていただくという個別対応のルールを設けています。複写等、身体に障害がある人には使いづらい機器については、資料の種類(書籍か、雑誌かなど)や貸借の形態によって、個別にルールを策定していただいています。まずは本人が、「自分にはこういうニーズがあります」と機関側に開示・提示していくことが必要です。

 

今、大学のバリアフリーマップを大学の機関側の方々が作成して下さっているのですが、作成作業に参加しています。支援側の方々が勝手に作るのではなくて、一緒に大学の中を細かく見て歩いて、車椅子での通行が危険な段差がどこにあるのか、坂道の斜度はどうか、全ての教室への動線は確保できるか、トイレやリフトは実際に使用できる状態なのか、地道に確認しました。

 

学内のピクトやマークは、ロービジョン(弱視)の学生さんに実際に見て頂いて、判別のしやすい色や形に変えています。車いすでも動線が確保しやすいように、自動ドアの設置を改修計画に入れて頂いて段階的に増やしています。大学の改修工事がある時は大学の機関側の方と工事中の現場にお邪魔して、設計担当の方にお会いしたりもしました。お互い歩み寄って一緒に行動して、初めてその場に必要な配慮は具体的に何なのかがわかることが多いですね。

 

荻上 「こんな障害があるので何とかしてほしい」と言われたときに、そんなのは対応できないと拒否モードで応じるのではなくて、何をすべきなのか一緒に考えていこうと方向づけてくれたのが、今回の法律になるわけですね。

 

その先でどういったゴールにたどり着くのかは職場や学校のキャパシティーにもよりますが、たとえば図書館を改造することはできないけど、人が取ってくるように対応しましょうとか、本棚を少し動かして間隔を空けましょうとか、可能な対応を考えていくのがこの法律の趣旨だということですね。

 

大野 当事者の方がたった一人で大学機関側全体と交渉するのはハードルが高いと思います。ただ、この法律ができたことによって、法的な裏付けが確立しました。実際に後押しになっているなと実感しています。

 

 

みんなに等しい機会を保証すること

 

荻上 今日は当事者の方からもたくさんメールをいただいております。

 

「身体障害者(脳性麻痺と四肢麻痺)の26歳男性です。企業就労などの合理的配慮はどの程度のものを想定されているのでしょうか。たとえばトイレ介助などの配慮も含むと考えてよろしいのでしょうか。」

 

近藤 これはすごく重要なポイントです。職場でのトイレ介助の場合はヘルパーがいりますよね。障害者総合支援法という法律があり、日常生活でヘルパーをつけることは認められているのですが、たとえば学校に通う、企業に就労する場合となると、基本的には、その法律のカバー範囲ではなくなってしまうのです。

 

とくに議論となるのは、大学のケースです。通常の義務教育あるいは高校教育の過程では、なんとか県の教育委員会や自治体がお金を出してヘルパーをつけてくれる事例もちらほら出てきています。しかし、大学の職員が食事介助やトイレ介助をすることに関しては積み上げがあまりありません。

 

中には、独自でそうした支援を提供している大学もあります。あるいは自治体が支援の幅を広げてくれて、大学に通うときもお金を出して介助者をつけてくれるケースもあります。しかし、ほとんどの大学や通常の企業においては、積極的にお金を出して食事介助やトイレ介助に取り組むような事例はまだまだ少ないのが現実です。

 

荻上 仕事の種類にもよりますよね。土木作業の仕事で工事現場などに通う方なのか、特定の同じ事務所に通い続ける方なのか、訪問業務いろいろ場所に移動する方なのか。また、必要となるトイレのキャパシティーによっても、また違ってきますよね。

 

そうした中で、「トイレ介助等も合理的配慮に含まれるのか」については、それが大前提とまでは結論づけられないが、議論の余地はあると当然考えられるわけですか。

 

近藤 そう思います。合理的配慮とは、みんなに等しい機会を保証すること(イコール・オポチュニティ)、障害があろうがなかろうが、人間なら誰でもその機会に参加できるということ(イコール・アクセス)を認めた上で、調整をして障害がある人も参加できるような環境に変えていくということです。

 

たとえば、アメリカで面白い事例があります。ニューヨーク州のある大学の学長にお話を伺ったのですが、その大学では聴覚障害のある学生が2000人います。その人たちは他の学生と一緒に学んでいるので、手話通訳のスタッフをフルタイムで200人雇っており、週の半分、授業に入ってずっと手話通訳をさせているのだそうです。

 

では残りの週の半分、スタッフは何をしているのかと聞いたら、そこは工学系の大学でしたので、最先端の工学知識を手話で通訳するために手話の勉強をしていると。それでフルタイムで雇っているというわけです。それを聞いて、私は「それって合理的配慮を大きく超えた『配慮』ですよね」と言いました。

 

すると、その学長は「その理解はおかしい」と。合理的配慮が果たさなければならないのはイコール・アクセスなのだ、と言うのです。「私たちは聴覚障害がある学生も、ろうの学生も、通常の学生も、みんなが教育機会を等しく受けることを保証したい。だから、私たちがやっているのは特別な支援ではなく、合理的配慮なのだ」と。

 

荻上 それによって多くの手話通訳者の方の雇用が生まれているし、スキルを身につけてキャリアアップに繋がる効果もありますよね。

 

近藤 合理的配慮とは、その場を共有する人たちの間での合意形成なので、トイレ介助を加重な負担だと思われるところも当然あると思います。職務の内容や、賃金にもよりますよね。こういうことは言いたくないですが、職場ではその人の生産性やアウトカムと天秤にかけられるケースも当然あると思います。どこまでが合理的配慮かは本当にケースバイケースなので、本人がどう求めていくかという点はかなり大きいと思います。

 

荻上 そうですね。大野さんいかがですか。

 

大野 日本の現状だと、障害者差別解消法が施行されて運用に入っても、企業側の認識が高まらないと最初から諦めてしまっていたり、困難性を抱えているのに機関側に伝えられないという当事者の方が圧倒的大多数なのではないかと思います。しかし、この法律ではニーズの発現者は本人、とはっきり規定していますから、ご本人が勇気を持って機関側に伝えていくことも大事だと思います。

 

先日、熊本の震災で、神経難病の女性が震災関連死で亡くなりました。疾患の影響で通常の避難所で過ごすことは難しいため、体調不良にもかかわらず車中泊をお続けになっていました。福祉避難所等の情報を知らずに、本来要援護者である患者さんがこのような形で亡くなられてしまいました。難病の方は手帳を保持していなかったり、差別をおそれて疾患を隠して生活していたり、普段から社会サービスに十分に包摂されていないケースがあることを念頭に置いておく必要もあります。

 

 

困っているけど、上手く説明できないときは?

 

荻上 リスナーから、こんなメールがきています。

 

「私は精神障害者保険福祉手帳3級をもつ30歳の男性です。今は大学で授業補助員のアルバイトをしています。相談したいのは、障害者は合理的配慮について会社側とどのように交渉すればよいのかということです。合理的配慮の情報を集めていますが、会社側がどう対応するのかという情報がほとんどです。今度、就職する際には会社ともっと上手く交渉したいと思っています。」

 

大野 合理的配慮の提供義務は機関側にあるので、確かに本人の対応に関するガイドラインのようなものは現状では見当たらないかもしれませんね。私が2013年に今の大学院の博士前期過程に入ったときは施行前でしたが、入学試験の段階から必要な合理的配慮に関して願書に文章を入れて、事前にお伝えしておきました。その後、個別に連絡をとって「願書提出の際に文章でお伝えしたのですが、配慮提供についてご検討いただけますか」と相談して回答を待つという形をとりました。大学側はご検討下さいました。

 

入学試験の面談の際も、配慮提供の条件について簡単な確認がありました。スーパーバイザーの先生のご尽力があり、支援体制の構築について研究科の先生方は皆さんご理解深く、先生方が応援して下さったことも大きいと思います。機関側の組織において、人的なリソースや担当協力者をご本人が見つけやすい仕組みを作ることも、今後は重要な課題となるでしょう。

 

交渉の方法は場面に応じて人それぞれと思いますが、障害者差別解消法が背景にあるということも伝えながら、文書などで具体的に連絡をとりあっていく形になると思います。

 

荻上 まずは伝えていくことが大事だということですね。近藤さんはいかがお感じになりますか。

 

近藤 とくに障害の種類によっては、スティグマ(社会的な偏見の烙印)のように、それを伝えることで自分が排除されてしまうと恐れている方もいらっしゃると思います。ですから、本当に求めていいのかどうかで迷う方は大変多いでしょう。

 

ただ、改正雇用促進法では当事者から申し出があればちゃんと話を聞かないといけないと定めていますし、障害者差別解消法においても、啓発はしないといけないと言っています。ですから、今後は管理職向けの講習なども開かれていくと思います。

 

また、実は改正雇用促進法のなかで求めていることはもう一つあります。それは、当事者側が自分の困っていることを言えない場合もありますよね。あるいは、自分のニーズをうまく言えない。もしそれが、「こう調整してもらえると自分はこんなことができるのですが、検討してもらえますか」と言えれば、企業側はイエス・ノーで言えばいいので楽ですよね。しかし、ただ「困っているんです」と言ってくることもあるし、見るからに困っているんだけど本人が言ってこない場合もあるわけです。

 

荻上 自覚症状が難しい発達障害当事者のケースであるとか、それを言語化することが難しい知的障害の方ですとか、いろいろな方がいらっしゃいますよね。

 

近藤 そうです。ですから、そうした場合には「建設的対話」を働きかけることが求められます。つまり、本人側がはっきりと伝えられないときに、管理職のサイドが「困っているようだけど、何かできることはあるだろうか」と対話を働きかける。それを建設的対話といいます。

 

ただ、それを始められるのは、障害がある人を排除するようなレベルではなく、むしろ障害がある人と一緒に働いたり、ともに暮らしていくことをウェルカムしていく態度が根付いたときなのだと思います。これは、卵が先か鶏が先かという話ですが。

 

荻上 このメールの方も、今は個人として企業側に交渉していくことが前提となっていますが、これから社会が変わっていけば、ある程度企業側も情報を得やすい状況になるかもしれないですよね。

 

たとえばSNSやインターネット上で、当事者の方が「発達障害あるある困ったことリスト」のようなものを公開したり、「自分が該当する困っていることはこれで、こうすれば解決される」と簡単に説明できるような道具が共有されていけば、より交渉もしやすくなるかもしれません。法律が動きだすにつれて、説明のしやすい環境が整っていく面もあることは強調したいと思います。

 

近藤 そうですね。それともう一つあるのは、やはり当時者サイドも実際に配慮を受けて環境を調整された経験がないと、この配慮が自分に合っていたと分からないですよね。それが分からない状態で、当事者だけ説明する責任があるというのはアンフェアだなと思います。

 

大学までの間にいろいろ経験しておくことも重要だと思いますが、配慮されて良かったと思える経験を積まないと、それを比較することができないと、なかなか自己決定はできないですよね。そういう経験が増えるような社会にしておくべきだと思います。【次ページにつづく】

 

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シノドス国際社会動向研究所

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