生き延びるための「障害」―― ルポ「支援する言葉」たち

いま、日本各地のNPOや各種有志団体のなかには、この閉塞的な世相の闇に喰われまいと揺らめく蝋燭のように、小さな明かりを灯し続ける人たちがいる。「使命感と疲労感」、「張り詰めたような真剣さと間の抜けたようなゆるやかさ」、「意気込みの熱さとフトコロの寒さ」を抱えながら、日々の激務にうろたえつつも、「もう少しだけ生きやすい社会」を目指して歩き続ける人々――その姿を拙い言葉にうつし出し、ささやかな希望の光を伝えることも、この時代に筆を持つ者の仕事なのかもしれない。手始めに、本稿では1つのNPOの試みを紹介したい。

 

 

「生きていたい」という意志を支える

 

医療や福祉の現場で、これまで叫ばれてきた「地域」という言葉に、不思議な熱がこもるようになってきたように感じている。たとえば、長らく「地域移行」が問題になってきた精神科医療の現場でも、入院の長期化傾向と33万とも言われる病床数とが改めて省みられ、近年では長期入院者を「地域」へと送り出す方策が様々に模索されている。「人は地域で生きるべき」という基本的な方針を支持することに異存はない。しかしながら、単純に患者を「病院外」に出せばすべての問題が解決するというわけでもない。

 

退院する長期入院者たちは、多くの場合、グループホームなど一時的な施設に入り、医療・福祉職員のサポートのもとで「社会生活」へのリハビリを重ねてから、アパートでの一人暮らしへと移っていく。人によっては、生活保護などの福祉制度や訪問看護などの支援制度を利用しつつ「地域」へと復帰していくことになるのだが、そこにもいくつかの問題がある。

 

たとえば長期入院者のなかには身寄りがなかったり、あったとしても種々の理由で疎遠になっていたりなど、基本的な人間関係の基盤を持たない人も少なくない。場合によっては訪問看護の日以外は布団に潜り、耐え難い孤独な時間をやり過ごすという話も耳にする。医療・福祉の関係者たちも、退院者を孤独にしないように、病院のデイケアや就労支援の作業所などで様々に苦心してはいるが、皮肉にも「退院後も医療・福祉の関係者にしか繋がりがない」ということが退院者の自尊心に暗い影を落とすこともある。

 

そもそも福祉制度は、「健康で文化的な最低限度の生活」(生存権)を保障するために存在する。そして個人的には、この「最低限度」とは、「“この世界のなかに生きていたい”という形で、自らの人生に対する肯定的な意思を保ち得る最低限度」であって欲しいという希望を持っている。それが困難な理想論であることを自覚した上で言葉を継げば、「生きていたい」という意思を支えることこそ本当の支援なのではないかと思うのであるが、それをカバーするのは福祉の職域を超えてしまう。

 

このように書いたからといって、殊更に福祉制度を批判したいというわけではない。ただ、個別の事情は書きかねるが、長期入院者の問題だけでなく、虐待・DV・貧困などのために、公的な支援の網目にもかからず、「生きる意思」も消えかかりつつある孤独者たちの様子を、やりきれない痛みと共に見聞する機会が増えてきたことを少しだけこぼしたくなったのである。では、そのような孤独者たちを支援するためには、どうすればよいのだろうか。そもそも「人が人を支援する」とはどういったことなのか。

 

 

 「言葉」をやりとりする場

 

栃木県那須郡那珂川町大山田――福島県境に近く、日本でも有数の清流が流れるこの山間部で、「NPO法人地域生活相互支援大山田ノンフェール・くらねぇ」は3年前から活動を始めた。「くらねぇ」とはこの地方の方言で「苦労はない、なんとかなるさ」というほどの意味であり、「ノンフェール」とはフランス語で「何もしない」を意味する。この言葉は、パリ市内の精神科病院メゾン・ブランシェで、移民系フランス人看護師クリスティアン・サバスによって始められたアトリエ「L’Atelier du Non-Faire」に由来する。

 

精神科病院の管理的で制度化された治療に疑問をもったサバスは、同じ病院の敷地内で「何もしないための活動」を始めた。そのアトリエでは、参加者が絵画・音楽・詩作などにふけりながら、思い思いに時間を過ごす。「何もしない、何の意味もない、何の価値もない」ように見える時間こそ、自分という存在を見つめ直すためには必要であるということなのであろう。

 

余談だが、病気や障害をもっていて生きにくさを感じている人ほど、その言動の隅々にまで「意味」が求められているように思うことがある。たとえば障害者が絵筆を持った途端、まず「その描画行為に治療的効果があるのか」が問題にされ、次に「作品が所得に繋がるかどうか」が問題にされる。これらに合致しない場合には、「障害者が頑張ることによって人々に勇気を与える」という人道的な「意味」が設定されることが多く、「ただ単純に描きたいから描く」という動機は想像以上に受け入れられにくい。

 

話を「くらねぇ」に戻そう。昔ながらの農村地帯であるここ大山田では、地縁・血縁が根強く残り、夏の陽にあぶられた草いきれのように濃密な人間関係が息づいている。しかし一方で、その草いきれが荒れた休耕田から吹き下りてきたものであることに気付く時、ここも全国の過疎地と同じ問題に直面していることを思い知らされる。若者は仕事をもとめて都市部に移り、先祖伝来の家と土地を守る者だけがこの地に残る。高齢化と産業の空洞化が進み、周囲には「限界集落」と呼ばれる地区も散在している。共同体内の関係性が、濃密でありながら空洞化するという二つの力が同時進行しているのだが、いずれにしても、土地も人間も時間と共に確実に衰えていく。

 

問題なのは、濃密な関係からも、また空洞化した関係からも、孤独や生きにくさを抱える者は生み出されるという点である。それらは絆の弱いところにだけ生まれるのではなく、強いが故に生み出される場合もあり得る。「地域」という言葉が金科玉条のごとく叫ばれてはいるが、そもそも「地域」という名の地域はなく、その内実は様々である。それぞれに特異な事情を抱えた土地で、その文化・風土の特性を活かしながら(あるいは制約を受けながら)、孤独や生きにくさを抱えた人々を支援するのは至難の業といっても過言ではない。

 

この土地で「くらねぇ」を立ち上げたのは、牧師としての経歴を持つ二人の人物である。説教師として人間の心の闇を見続けてきた人物と、東南アジアの人身売買問題など人権問題の最前線(ということは「人権事情の最底辺」)に取り組んできた人物が、それぞれの迷いや葛藤の果てにこの地にたどり着き、廃校となった大山田小学校を借り受けて活動を始めた。「余所者」の参入などほとんどないこの土地では、「くらねぇ」の誕生は一つの事件でさえあっただろう。

 

「くらねぇ」の主な活動は、病気・障害・人間関係・家庭環境など、様々な理由で孤独や生きにくさを抱えている人たちの生活支援である。ただし「支援」といっても、就労や社会復帰など明確な「目的のある支援」ではなく、むしろ「無目的の支援」である。「無目的」という言葉が悪ければ、「生きることそのもの」と言い変えてもよい。具体的な活動内容を列挙すれば、ステンドグラス工房、機織り、草木染め、影絵、絵画、ダンス教室、野菜栽培、移送ボランティア、精神科医による健康相談、家庭事情や人間関係に疲れた人のための休息施設の運営など、「ノンフェール」という割には多岐にわたる。

 

筆者にとって「くらねぇ」の活動が興味深い理由は、「言葉」の存在を大切にしているからである。たとえば、各自がお題を出し合って言葉の「描写表現」を練習するワークショップ「言葉のデッサン」や詩集『ノンフェール詩』の発行など、様々な形で「言葉をやり取りする場」が設けられている。ここでは「生きにくさを抱えた人ほど言葉を積み重ねる必要がある」との認識が共有されているように感じられるのだが、では、「人が人を支援する」際に何故に「言葉」が必要なのか。あるいは、かくも膨大な量の「言葉」を積み重ねて立ち向かおうとする「生きにくさ」とは一体何なのか。

 

 

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