2017.06.28

認知症700万人時代に向けた街づくりとは?

河野禎之×清川卓史×荻上チキ

福祉 #荻上チキ Session-22#街づくり#認知症#認知症社会

2025年には5人に1人、全国で700万人にも達すると言われる認知症。そんな中、4月26日から4日間にわたり、世界各国から認知症の人や家族、専門家ら4000人が集まる「第32回・国際アルツハイマー病協会・国際会議」が京都市で開かれた。会議では、各国の認知症対策、最新の治療や予防、まちづくり、認知症と災害などについて意見が交わされた。今回はその中から「認知症にやさしいまちづくり」を取り上げ、専門家を交えて語り合った。2017年5月1日放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「京都で開かれた国際会議でも主要なテーマに!認知症700万人時代に向けた街づくりとは?」より抄録。(構成/大谷佳名)

 

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →https://www.tbsradio.jp/ss954/

認知症の当事者の視点

荻上 今日のゲストを紹介します。筑波大学・助教の河野禎之さんと、朝日新聞記者の清川卓史さんです。よろしくお願いします。

河野清川 よろしくお願いします。

荻上 河野さんは認知症をめぐる地域や家族の問題に取り組まれていますが、ご専門はどのような分野なのでしょうか。

河野 もともとは臨床心理士として、認知症の方の症状の評価や薬以外の治療法について研究を行ってきました。ただ、やはり認知症で通院されている方の多くは地域で生活されているので、地域側にアプローチしていく必要があると思い、まちづくりの研究も行うようになりました。

荻上 清川さんは、認知症をめぐる問題についてさまざまな角度から取材をされていますね。

清川 はい。介護保険が始まる以前から介護現場で取材を続けており、その中で認知症のご本人とご家族へのインタビューなども行ってきました。20年ほど前までは、認知症の取材では匿名が原則でした。また、家族の視点で描かれたものがほとんどで、当事者の視点というものが本当に少なかったのです。しかし近年、状況は大きく変わっています。当事者の声を取り上げたり、実名での取材も増えてきました。直近では、認知症の方の運転免許の問題も取材しています。

荻上 認知症の当事者の視点が取り上げられるようになったきっかけなどはあったのでしょうか。

清川 もっとも大きな転機となったのは、前回の国際アルツハイマー病協会・国際会議(2004年)です。このとき初めて、国内外の当事者たちがご自分の名前と素顔を明かして、「偏見を解消してほしい」「私たちの能力を信じてください」と訴えたのです。そのときは本当に鳥肌が立つような思いがしました。いつもご本人の近くにいる家族の方々にとっても大きな驚きだったようです。

認知症と言うと、どうしても「介護が大変」というイメージが強く、家族側の負担をいかにして軽減するかという論点を中心として語られるのがこれまでの状況でした。それがだんだんと、認知症の当事者の視点に移ってきたのです。

荻上 なるほど。日本では、2025年には5人に1人は認知症になり、その数は全国で700万人にも達すると言われています。これは世界的に見ても顕著だと言えるのでしょうか。

河野 有病率は、はっきりと診断を受けているケースのみをカウントするため、一概には言えません。しかし、今もっとも問題になっているのは、中所得国以下の国々の伸び率が高所得国の二倍程度のスピードで増えていくと見積もられているということです。そういう意味では、今の日本の状況は一つのモデルとなるので注目されています。

荻上 認知症は治療によって回復するものなのでしょうか。

河野 風邪のように、病気になる前の状態に100%戻るということはできません。ただ、進行を遅らせるための治療法、薬などは開発されています。あるいは、認知症によって低下した機能や症状を改善させることは可能です。

「認知症にやさしい社会」の定義はない

荻上 今回、京都で開かれた第32回国際アルツハイマー病協会国際会議にお二人も参加されたとのことですが、どういった会議だったのでしょうか。

清川 この会議は国際アルツハイマー病協会と「認知症の人と家族の会」が共催したもので、世界中の約70の国・地域から約4000人が参加されました。そして何より、認知症のご本人が200人ほど参加されたことは大きいと思います。

具体的な議題としては、80年代から現在に至るまでの認知症を取り巻く歴史的な問題から、医学・介護等の最新の知見、認知症にやさしいまちづくりなど、非常に多岐に渡る内容でした。その中でも、やはり私にとって印象的だったのは、認知症のご本人たちが中心となって進められたワークショップです。

専門家の方やご家族がそばに付き添って登壇という形ではなく、ほぼご本人たちのみで取り仕切られ、話している途中で少し言葉につまるような場面が時にあってもそのまま次の言葉をゆっくり待ちながら続けられる、というもので非常に画期的でした。司会は、若年認知症の当事者として地元の仙台市で本人による本人のための相談活動(おれんじドア)を実践し、全国で講演もされている丹野智文さん(おれんじドア実行委員会代表)が務められ、数人の当事者の方々がご登壇されました。

荻上 当事者が多く参加されたという点で画期的な会議だったのですね。

清川 そうです。非常に印象的だったのは、これまでは「支援者が(認知症の本人を)守る」という認識が強かったのですが、過剰に守らずに、認知症の人の自己決定を尊重してほしいという話をされる方が多かったという点です。

荻上 河野さんは、この会議に参加されていかがでしたか。

河野 今回はいわゆる学会ではなく、当事者の方やご家族も参加される会議だったので、社会的な観点からオープンに議論が行われていたのが興味深かったです。

会議の中で私が開いたワークショップでは、認知症にやさしい地域をどう評価するか、評価した上でどう取り組みを促進していくかについて、参加者の皆さんと共に考えました。このテーマ自体が新しいものなので、まずは認知症にやさしい地域とはどのようなものなのか、すでにこの問題に取り組んでいる地域や専門家の考えを集めてみようという内容にしました。

荻上 認知症だけでなく知的障害や精神障害もそうですが、本人の自己決定がおろそかにされてきた歴史がある。だからまずは「こうすれば本人にとって生きやすい社会だ」と定義するのではなく、それを阻害しているものをまずは探していこう、ということになるのですね。

河野 はい。大事なのは、認知症にやさしい地域とは、その定義がはじめからあるのではなく、そこに住む認知症の本人や住民たちが一緒になって作り上げていくものなのです。ですから当然、地域ごとにその答えは異なります。

またもう一つ重要なのは、認知症にやさしい地域は、認知症だけにやさしい地域ではないということです。ただ、その価値観がまだまだ共有されていないなと感じます。

荻上 たとえばある地域に、認知症の本人や家族が事故に巻き込まれてしまうような問題があるなら、それを解決していくことはほかの住民にとってもプラスになりますよね。その解消の仕方としては、危険な場所には柵を作るなどインフラを整備していくのも一つの手ですが、それ以前に、地域に見守ってくれる人を増やしていくことも必要ですね。

 

河野氏
河野氏 

 

「移動する権利」

 

荻上 リスナーからこんなメールがきています。

「私の住んでいる埼玉県入間市は、毎日のようにお年寄りの行方不明放送が流れています。入間市は認知症による徘徊問題に積極的に取り組んでいる地域なので、夕方には『発見されました』と放送され、安堵することも多いです。ただ、日本全国でこのような状態かと思うと心配でもあります。」

河野さん、どうお感じになりますか。

河野 まず「徘徊」という言葉は、認知症の人があてもなく彷徨っている、という印象を受けますよね。しかし、ご本人のお話を聞くとそんなことはないんです。目的があって外出したところ道に迷ってしまった、それが傍から見ると彷徨っているように捉えられてしまう。そうしたことから意識を変えていく必要があると思います。

確かに放送によって周知され、行方不明の方が見つかることは良いことなのですが、その人も目的があって移動していたという根底的な理解や共感も広がっていくといいですね。

清川 私も「徘徊」という言葉については思うことがあります。以前、町田市で開催されている「本人会議」という認知症の当事者たちによるミーティングに参加しました。そこで印象的だったのは、ご本人が行方不明になられた時の状況をご自分の言葉で説明されていたのです。「徘徊」というのは、無目的にウロウロするものではなく、まさに何かをしようとしていたときに、道が分からなくなってしまうという状況なんだとよく理解できました。

かつてメディアにおいて「痴呆」という言葉が「認知症」という言葉に修正されたように、「徘徊」という言葉も別の言い方に変えていこうという時期に来ていると思います。私が朝日新聞で書いている直近の記事でも、若干中途半端ではありますが、「単独外出(徘徊)」という表記にしました。今はまだ「徘徊」という言葉を使わなければ伝わりにくい部分がありますが、ゆくゆくは別の形で表現できるような言葉を見つけていきたいと思っています。

荻上 認知症のご本人が何を考えているのかを私たちが理解しながら、言語化をサポートしていくことが必要ですね。

清川 認知症の方も生活者なので、当然、外出もしますし買い物もします。近年、高齢化の中で「移動することは人権だ」という考え方に焦点が当てられています。当然、認知症の方も移動を奪われてしまうと一人で生活するのは難しいのです。認知症の方の移動する権利をどう守っていくか。自動車運転の免許の問題も含め、これから本格的に議論を進めていく段階だと思います。

荻上 病気や障害を持っているからといって「権利を奪われるのが当たり前」と思っているうちは、なかなか今の状況を変えることはできませんよね。

先進的な自治体の取り組み

荻上 日本にも認知症の問題に特に力を入れて取り組んでいる自治体はあるんですよね。

河野 はい。いくつもありますが、私が直接関わっている自治体ですと、町田市や、静岡県富士宮市、福岡県大牟田市、京都宇治市などがあります。

たとえば富士宮市では、認知症のご本人たちが企画をされているDementiaシリーズ(全日本認知症ソフトボール大会・通称「Dシリーズ」)というソフトボール大会が行われています。すでに3年ほど続いており、全国から集まる認知症の方々の活躍の場になっています。このイベントはお客さんとして見に行っても、同時に地域の観光も楽しむことができるので、まちづくりとしても面白いなと感じています。

荻上 清川さんが取材された中で興味深かった自治体の取り組みはありましたか。

清川 たとえば左京区のバス会社・鉄道会社では、認知症の方への声かけ、見守りの訓練を定期的に行っています。認知症の方が道に迷われているときに交通機関の方が最初に気がつくことは多いからです。参加されている鉄道会社さんにお話を聞いたところ、やはり線路内の立ち入りトラブルは実際に起きていることなので、だからこそ訓練が必要だとおっしゃっていました。

立ち入りによる事故というと、2007年に愛知県で単独外出中の認知症の方が線路内に立ち入り、電車にはねられて死亡した事件がありました。この事件は鉄道会社側が遺族に電車の遅れの損害賠償を求める訴訟に発展しましたが、このときの鉄道会社側の裁判における主張をよく見ると、「認知症の方の単独外出は周囲に危害を及ぼす行動だ」という趣旨のことを言っています。こうした考え方と、左京区のように認知症の方が外出するのは当たり前と考えた上で地域で受け止めるような姿勢とでは、未来の認知症社会のあり方は大きく異なってくると考えます。

荻上 今のような社会状況では、「危険なやつは街に出すな」という命令を家族に背負わせてしまうことも多いですが、そうではなくて、社会の問題として捉えていく。当然ながら、交通機関などの民間企業だけが取り組むのではなく、より広い規模で考える必要がありそうですね。

清川 おっしゃる通りで、交通機関の方が発見されたとしても、その後にどこにつなげば良いのかという問題が残ります。そこで、たとえば左京区では地域包括支援センターと交通機関とで連携をはかり、プライバシーに配慮した上で、情報共有などが行われています。

荻上 地域で見守るサポーターを増やしていくのは、認知症に限った話ではなく、子どもを対象にした子ども食堂や地域の老人会による託児所や学校への送り迎えなど、さまざまな分野で広がっている動きですね。

清川氏
清川氏

GPS機能をどう使う?

荻上 こんなメールも来ています。

「親戚のおじさんは数年前からアルツハイマー型認知症で、『ちょっと大福を買いにいってくる』と言っては電車に乗って遠くまで行ってしまいます。心配したおばさんが、『今どこにいるの?帰ってきて』と言うと、『分かった』と言って帰ってきます。万が一のことを考えて、携帯電話のGPS機能を利用して現在地がわかるようにしていますが、携帯電話を持っていくことも忘れてしまうようになると一人で出かけることは無理だと思います。」

河野 GPSの使い方については今回の会議でも話題に上がりました。日本では、どうしてもGPSは家族がこっそりつけるというイメージがありますよね。しかし、海外では「迷った時に助けてもらうために自分からGPSをつける」という使い方もあるそうです。一人で外出するとなるとご家族の心配は当然あると思いますが、より安全に買い物に行けるような方法がないか、家族で一緒に考える。そして積極的に地域の人に相談に乗ってもらえるようになるといいですね。

荻上 ご本人の外出の自由が認められた上で、たとえば帰宅するときに「今から帰るからナビをしてね」と家族に電話をしてサポートしてもらう、というようなGPSの使い方もできますよね。

一方で、こうした監視技術があったとしても24時間張り付いておくわけにはいかないので、何らかの事故に巻き込まれた場合に、「位置情報を常に把握しておかなかった家族に責任がある」と事後的に批判を受けるようなことも起こりうる。その点は、ご本人と家族、双方にとって良い使い方を地域とともに模索していく必要がありそうですね。清川さんはいかがお感じですか。

清川 今のお話で、さきほどの町田の本人会議で聞いたこんな話を思い出しました。ある参加者の方が認知症のことをオープンにされて、地域の方々に行方不明になってしまった経験をお話しされた結果、ご近所の中から何名かがサポーターとして名乗りを上げてくださったそうです。当事者の方が自ら地域に出て行くことによって、排除されるのではなく、見守りの目が広がっていくこともあるのです。

荻上 リスナーの方からは、「日本は認知症などの病気や障害をもつ人々に対して不寛容な国だと感じる」という意見もいただいています。河野さんはどうお感じですか。

河野 不寛容と言うより、無関心なのかもしれませんね。対岸の出来事だと思っている方がマジョリティーなのだと思います。しかし今、認知症のご本人が自ら声を上げ始めている。その声を聞くことは、知識を学ぶ以上に大きな動きにつながっていくと思います。僕自身、認知症のご本人とお話しをするたびに新しい気づきをいただきます。認知症のことを体験として理解することで、印象はまったく変わってくるはずです。

清川 認知症というと、どうしても「何も分からない」という状態をイメージしがちだと思います。しかし、現在では認知症の早期の診断が可能になっており、認知症観を変えねばならない時期がきています。というのも、認知症の初期段階の場合、物忘れはあっても日常生活にはまだ大きな支障をきたさない方が非常に多いのです。そういった状況が知られておらず、認知症という言葉のイメージが昔のまま変わっていないために軋轢が生じてしまっている。たとえば先日、車の運転免許の問題について認知症のご本人が厚生労働省で記者会見されましたが、社会の中で認知症のイメージが固定されているため、なかなか本人の声が世間に届きにくいという側面があるように感じました。

イギリスの「認知症にやさしいまちづくり」

荻上 リスナーの方からこんなメールも届いています。

「私は認知症対応型グループホームの介護職員をしています。現場で働く介護職員としての意見ですが、認知症の方を家族だけで見るのは非常に困難だと思います。感情が入り、介護疲れが必ず出ます。地域での早期発見、抑制につながるサポートが必要です。また日頃、利用者様と接する中で思うのは、認知症の方の行動はすべてなんらかの訴えての行動だということです。このことをより多くの人々に知ってほしいです。」

「私の祖母が認知症で実家から徒歩10分のグループホームに入居しています。このグループホームは、夏祭りを主催し、入居者と地元の小学生が交流をしたり、火災が起きた場合の消防団との連携を図っています。老人ホームやグループホームが近隣にあり、住民が認知症に対して理解を深め、入居者との交流が盛んなまちづくりがこれから求められるのではないでしょうか。」

地域の役割の見直しについてお二方からの指摘がありました。河野さん、海外ではどのような地域づくりの事例があるのでしょうか。

河野 よく知られているのは、イギリスの先進的な取り組みです。認知症にやさしいまちづくりに取り組む地域同士がネットワークをつくり、情報を共有しあったり解決策を一緒に考えたりしています(認知症アクション連盟[DAA:Dementia Action Alliance])。単一の地域、コミュニティの中で取り組むのではなく、お互いに繋がって課題解決を図るための仕組みが出来上がっているという点は、日本のまちづくりを考える上で非常に参考になると思います。

荻上 具体的な解決策としては、どういった案が出ているのですか

河野 たとえば、イギリスのプリマス市では、バス会社の社員の発案で、認知症の人のためのヘルプカードというものが作られました。カードに降りる予定の停留所を書いて運転手さんに渡しておくと、降り忘れないように声掛けをしてくれるという仕組みです。こうした取り組みをバス会社がシステムとして取り入れているんです。

また、プリマス市では認知症に優しい図書館づくりにも取り組んでいます。たとえば、認知症に関する本のコーナーを設けたり、認知症の人も参加できる読書会を開くなど、地域に根ざした図書館のあり方を模索しています。こうした事例を参考に、日本でも認知症に優しい図書館を目指そうと議論が始まっているところです。

荻上 やはり、「移動」と「居場所」は重要ですよね。家庭だけで丸抱えしないようにするためには、地域に出かけていって、地域の中で時間をすごす場所が必要です。移動手段や図書館などの場所を、より開けた形で改善していくことが求められるわけですね。

清川 現在でも、すでに多くの図書館が高齢者の居場所として機能しています。病院や福祉施設に行っていない認知症の方がたくさん来ているという状況があり、そのことは図書館の職員の方々もよくご存知なのですが、みなさんどう対応すべきかを悩んでいらっしゃいます。

そんな中、さきほどのプリマス市の図書館をモデルにした取り組みが、日本でも広がってきています。川崎市の宮前図書館や、宮崎県の日向市大王谷コミュニティセンターの図書室では、認知症について学べる本のコーナーが作られています。また、病院には行きにくいが図書館には足を運びやすいという方のために、地域包括支援センターの相談員の方が定期的に来られて、図書館の中で気軽に相談ができるような工夫もされています。

荻上 図書館などの情報を提供する場所を通じて、「自分も病院に行ってみようかな」と思えるようなきっかけができるといいですよね。

認知症とユニバーサルデザイン

荻上 こんな質問も来ています。

「認知症にやさしいまちづくりには、ソフト面とハード面の課題があると思います。しかし、ハード面に関する研究や議論が少ないように感じるのですが、どうなのでしょうか。」

河野 ハード面の工夫というと、なかなかイメージしにくいかもしれませんが、たとえばバリアフリーの道路などは身体に障害がある方だけでなく、認知症の方も使いやすいものになります。

また、認知症の中でもレビー小体型認知症という症状の場合は視覚認知に障害が生じるため、ちょっとした段差が見えにくい、床に複雑な模様があると地面の状態が分からなくて足が出しにくい、などの問題があります。たとえばトイレだと便座が見えにくく、どこに座ればいいのかわからない。イギリスでは、レビー小体型認知症の人たちも使いやすいよう、便器がわかりやすい色使いになっています。

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出典:第32回国際アルツハイマー病協会国際会議(ADI2017) 配布資料(Handout)

荻上 ただ、さまざまな立場の方に要望を聞く中で、認知症の人は使いやすいデザインでも他の障害の人は使いにくいという問題も起こりそうですね。ユニバーサルデザインとしての規格をどう国際的に統一していくか、まだまだ課題がありそうです。

清川 たとえば障害を持つ若者が社長となって立ち上げたミライロという企業では、「バリア(障害)をバリュー(価値)に変える」というコンセプトのもと、当事者が中心となってユニバーサルデザインのコンサルティングなどを行っています。このように、さまざまな障害を持つ方々やLGBTなどのマイノリティ、そしてこれからは認知症の当事者の方も議論に参加していくことで、よりユニバーサルなまちづくりが進められていくことを期待しています。

荻上 最後に、これからの認知症をめぐる私たちの課題とはどんなことでしょうか。

河野 認知症にやさしい社会を自分のこととして考えて、自分たちの手で作っていくことが重要なのだと思います。若い世代としては、自分たちの未来を自分たちでどう作っていくかという議論でもあるのです。

清川 認知症は医療や福祉だけの問題ではなく、企業や交通機関なども含めてきちんと受け止めて考えていく時期に来ていると思います。

荻上 認知症にかかわる理念や現状を共有した上で、障害の枠組みを超えて議論できるような場所をさらに増やしていくことが重要ですね。河野さん、清川さん、ありがとうございました。

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認知症の人のための認知活性化療法マニュアル: エビデンスのある楽しい活動プログラム(中央法規出版)

山中 克夫 (著), 河野 禎之 (著), Aimee Spector (原著), Lene Thorgrimsen (原著), Bob Woods (原著), Martin Orrell (原著)

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チャレンジング行動から認知症の人の世界を理解する BPSDからのパラダイム転換と認知行動療法に基づく新しいケア(星和書店)

イアン・アンドリュー・ジェームズ (著), 山中 克夫 (監修)

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貧困の拡大を食い止められるか(朝日新聞オピニオン 日本がわかる論点2016)

清川卓史 (著), 朝日新聞出版 (編集)

プロフィール

清川卓史朝日新聞記者

介護保険や生活保護、ワーキングプア問題など社会保障分野の取材を続け、2015年から編集委員(社会保障担当)。最近は「認知症社会」などの長期連載に参加した。

この執筆者の記事

河野禎之臨床心理士

筑波大学ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンター ダイバーシティ部門助教。東京学芸大学で修士、筑波大学で博士(障害科学)を取得し、一貫して認知症の人と家族の支援に関する臨床研究に関わる。研究領域は、認知症の認知機能障害及び行動・心理症状のアセスメントとケア、社会における認知症の人と家族のダイバーシティとソーシャル・インクルージョン、認知症フレンドリー・コミュニティの評価等がある。認知症フレンドリージャパン・イニシアチブ(Dementia-Friendly Japan Initiative)及び世界認知症若手専門家グループ(World Young Leaders in Dementia)の一員である。

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荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

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