認知症700万人時代に向けた街づくりとは?

先進的な自治体の取り組み

 

荻上 日本にも認知症の問題に特に力を入れて取り組んでいる自治体はあるんですよね。

 

河野 はい。いくつもありますが、私が直接関わっている自治体ですと、町田市や、静岡県富士宮市、福岡県大牟田市、京都宇治市などがあります。

 

たとえば富士宮市では、認知症のご本人たちが企画をされているDementiaシリーズ(全日本認知症ソフトボール大会・通称「Dシリーズ」)というソフトボール大会が行われています。すでに3年ほど続いており、全国から集まる認知症の方々の活躍の場になっています。このイベントはお客さんとして見に行っても、同時に地域の観光も楽しむことができるので、まちづくりとしても面白いなと感じています。

 

荻上 清川さんが取材された中で興味深かった自治体の取り組みはありましたか。

 

清川 たとえば左京区のバス会社・鉄道会社では、認知症の方への声かけ、見守りの訓練を定期的に行っています。認知症の方が道に迷われているときに交通機関の方が最初に気がつくことは多いからです。参加されている鉄道会社さんにお話を聞いたところ、やはり線路内の立ち入りトラブルは実際に起きていることなので、だからこそ訓練が必要だとおっしゃっていました。

 

立ち入りによる事故というと、2007年に愛知県で単独外出中の認知症の方が線路内に立ち入り、電車にはねられて死亡した事件がありました。この事件は鉄道会社側が遺族に電車の遅れの損害賠償を求める訴訟に発展しましたが、このときの鉄道会社側の裁判における主張をよく見ると、「認知症の方の単独外出は周囲に危害を及ぼす行動だ」という趣旨のことを言っています。こうした考え方と、左京区のように認知症の方が外出するのは当たり前と考えた上で地域で受け止めるような姿勢とでは、未来の認知症社会のあり方は大きく異なってくると考えます。

 

荻上 今のような社会状況では、「危険なやつは街に出すな」という命令を家族に背負わせてしまうことも多いですが、そうではなくて、社会の問題として捉えていく。当然ながら、交通機関などの民間企業だけが取り組むのではなく、より広い規模で考える必要がありそうですね。

 

清川 おっしゃる通りで、交通機関の方が発見されたとしても、その後にどこにつなげば良いのかという問題が残ります。そこで、たとえば左京区では地域包括支援センターと交通機関とで連携をはかり、プライバシーに配慮した上で、情報共有などが行われています。

 

荻上 地域で見守るサポーターを増やしていくのは、認知症に限った話ではなく、子どもを対象にした子ども食堂や地域の老人会による託児所や学校への送り迎えなど、さまざまな分野で広がっている動きですね。

 

 

清川氏

清川氏

 

GPS機能をどう使う?

 

荻上 こんなメールも来ています。

 

「親戚のおじさんは数年前からアルツハイマー型認知症で、『ちょっと大福を買いにいってくる』と言っては電車に乗って遠くまで行ってしまいます。心配したおばさんが、『今どこにいるの?帰ってきて』と言うと、『分かった』と言って帰ってきます。万が一のことを考えて、携帯電話のGPS機能を利用して現在地がわかるようにしていますが、携帯電話を持っていくことも忘れてしまうようになると一人で出かけることは無理だと思います。」

 

河野 GPSの使い方については今回の会議でも話題に上がりました。日本では、どうしてもGPSは家族がこっそりつけるというイメージがありますよね。しかし、海外では「迷った時に助けてもらうために自分からGPSをつける」という使い方もあるそうです。一人で外出するとなるとご家族の心配は当然あると思いますが、より安全に買い物に行けるような方法がないか、家族で一緒に考える。そして積極的に地域の人に相談に乗ってもらえるようになるといいですね。

 

荻上 ご本人の外出の自由が認められた上で、たとえば帰宅するときに「今から帰るからナビをしてね」と家族に電話をしてサポートしてもらう、というようなGPSの使い方もできますよね。

 

一方で、こうした監視技術があったとしても24時間張り付いておくわけにはいかないので、何らかの事故に巻き込まれた場合に、「位置情報を常に把握しておかなかった家族に責任がある」と事後的に批判を受けるようなことも起こりうる。その点は、ご本人と家族、双方にとって良い使い方を地域とともに模索していく必要がありそうですね。清川さんはいかがお感じですか。

 

清川 今のお話で、さきほどの町田の本人会議で聞いたこんな話を思い出しました。ある参加者の方が認知症のことをオープンにされて、地域の方々に行方不明になってしまった経験をお話しされた結果、ご近所の中から何名かがサポーターとして名乗りを上げてくださったそうです。当事者の方が自ら地域に出て行くことによって、排除されるのではなく、見守りの目が広がっていくこともあるのです。

 

荻上 リスナーの方からは、「日本は認知症などの病気や障害をもつ人々に対して不寛容な国だと感じる」という意見もいただいています。河野さんはどうお感じですか。

 

河野 不寛容と言うより、無関心なのかもしれませんね。対岸の出来事だと思っている方がマジョリティーなのだと思います。しかし今、認知症のご本人が自ら声を上げ始めている。その声を聞くことは、知識を学ぶ以上に大きな動きにつながっていくと思います。僕自身、認知症のご本人とお話しをするたびに新しい気づきをいただきます。認知症のことを体験として理解することで、印象はまったく変わってくるはずです。

 

清川 認知症というと、どうしても「何も分からない」という状態をイメージしがちだと思います。しかし、現在では認知症の早期の診断が可能になっており、認知症観を変えねばならない時期がきています。というのも、認知症の初期段階の場合、物忘れはあっても日常生活にはまだ大きな支障をきたさない方が非常に多いのです。そういった状況が知られておらず、認知症という言葉のイメージが昔のまま変わっていないために軋轢が生じてしまっている。たとえば先日、車の運転免許の問題について認知症のご本人が厚生労働省で記者会見されましたが、社会の中で認知症のイメージが固定されているため、なかなか本人の声が世間に届きにくいという側面があるように感じました。

 

 

イギリスの「認知症にやさしいまちづくり」

 

荻上 リスナーの方からこんなメールも届いています。

 

「私は認知症対応型グループホームの介護職員をしています。現場で働く介護職員としての意見ですが、認知症の方を家族だけで見るのは非常に困難だと思います。感情が入り、介護疲れが必ず出ます。地域での早期発見、抑制につながるサポートが必要です。また日頃、利用者様と接する中で思うのは、認知症の方の行動はすべてなんらかの訴えての行動だということです。このことをより多くの人々に知ってほしいです。」

 

「私の祖母が認知症で実家から徒歩10分のグループホームに入居しています。このグループホームは、夏祭りを主催し、入居者と地元の小学生が交流をしたり、火災が起きた場合の消防団との連携を図っています。老人ホームやグループホームが近隣にあり、住民が認知症に対して理解を深め、入居者との交流が盛んなまちづくりがこれから求められるのではないでしょうか。」

 

地域の役割の見直しについてお二方からの指摘がありました。河野さん、海外ではどのような地域づくりの事例があるのでしょうか。

 

河野 よく知られているのは、イギリスの先進的な取り組みです。認知症にやさしいまちづくりに取り組む地域同士がネットワークをつくり、情報を共有しあったり解決策を一緒に考えたりしています(認知症アクション連盟[DAA:Dementia Action Alliance])。単一の地域、コミュニティの中で取り組むのではなく、お互いに繋がって課題解決を図るための仕組みが出来上がっているという点は、日本のまちづくりを考える上で非常に参考になると思います。

 

荻上 具体的な解決策としては、どういった案が出ているのですか

 

河野 たとえば、イギリスのプリマス市では、バス会社の社員の発案で、認知症の人のためのヘルプカードというものが作られました。カードに降りる予定の停留所を書いて運転手さんに渡しておくと、降り忘れないように声掛けをしてくれるという仕組みです。こうした取り組みをバス会社がシステムとして取り入れているんです。

 

また、プリマス市では認知症に優しい図書館づくりにも取り組んでいます。たとえば、認知症に関する本のコーナーを設けたり、認知症の人も参加できる読書会を開くなど、地域に根ざした図書館のあり方を模索しています。こうした事例を参考に、日本でも認知症に優しい図書館を目指そうと議論が始まっているところです。

 

荻上 やはり、「移動」と「居場所」は重要ですよね。家庭だけで丸抱えしないようにするためには、地域に出かけていって、地域の中で時間をすごす場所が必要です。移動手段や図書館などの場所を、より開けた形で改善していくことが求められるわけですね。

 

清川 現在でも、すでに多くの図書館が高齢者の居場所として機能しています。病院や福祉施設に行っていない認知症の方がたくさん来ているという状況があり、そのことは図書館の職員の方々もよくご存知なのですが、みなさんどう対応すべきかを悩んでいらっしゃいます。

 

そんな中、さきほどのプリマス市の図書館をモデルにした取り組みが、日本でも広がってきています。川崎市の宮前図書館や、宮崎県の日向市大王谷コミュニティセンターの図書室では、認知症について学べる本のコーナーが作られています。また、病院には行きにくいが図書館には足を運びやすいという方のために、地域包括支援センターの相談員の方が定期的に来られて、図書館の中で気軽に相談ができるような工夫もされています。

 

荻上 図書館などの情報を提供する場所を通じて、「自分も病院に行ってみようかな」と思えるようなきっかけができるといいですよね。

 

 

認知症とユニバーサルデザイン

 

荻上 こんな質問も来ています。

 

「認知症にやさしいまちづくりには、ソフト面とハード面の課題があると思います。しかし、ハード面に関する研究や議論が少ないように感じるのですが、どうなのでしょうか。」

 

河野 ハード面の工夫というと、なかなかイメージしにくいかもしれませんが、たとえばバリアフリーの道路などは身体に障害がある方だけでなく、認知症の方も使いやすいものになります。

 

また、認知症の中でもレビー小体型認知症という症状の場合は視覚認知に障害が生じるため、ちょっとした段差が見えにくい、床に複雑な模様があると地面の状態が分からなくて足が出しにくい、などの問題があります。たとえばトイレだと便座が見えにくく、どこに座ればいいのかわからない。イギリスでは、レビー小体型認知症の人たちも使いやすいよう、便器がわかりやすい色使いになっています。

 

 

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出典:第32回国際アルツハイマー病協会国際会議(ADI2017) 配布資料(Handout)

 

 

荻上 ただ、さまざまな立場の方に要望を聞く中で、認知症の人は使いやすいデザインでも他の障害の人は使いにくいという問題も起こりそうですね。ユニバーサルデザインとしての規格をどう国際的に統一していくか、まだまだ課題がありそうです。

 

清川 たとえば障害を持つ若者が社長となって立ち上げたミライロという企業では、「バリア(障害)をバリュー(価値)に変える」というコンセプトのもと、当事者が中心となってユニバーサルデザインのコンサルティングなどを行っています。このように、さまざまな障害を持つ方々やLGBTなどのマイノリティ、そしてこれからは認知症の当事者の方も議論に参加していくことで、よりユニバーサルなまちづくりが進められていくことを期待しています。

 

荻上 最後に、これからの認知症をめぐる私たちの課題とはどんなことでしょうか。

 

河野 認知症にやさしい社会を自分のこととして考えて、自分たちの手で作っていくことが重要なのだと思います。若い世代としては、自分たちの未来を自分たちでどう作っていくかという議論でもあるのです。

 

清川 認知症は医療や福祉だけの問題ではなく、企業や交通機関なども含めてきちんと受け止めて考えていく時期に来ていると思います。

 

荻上 認知症にかかわる理念や現状を共有した上で、障害の枠組みを超えて議論できるような場所をさらに増やしていくことが重要ですね。河野さん、清川さん、ありがとうございました。

 

 

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