世界糖尿病デーに知る、糖尿病のいま

糖尿病は裕福な人の病気?

 

荻上 糖尿病の話の背景には遺伝や家庭環境が関わっているとのことでした。糖尿病の分析は、こうした遺伝要素や家族要素などを細かく見ていく必要があるのでしょうか。

 

大杉 そうですね。以前糖尿病は偏見で「食事を自由に食べられて、自分では身体を動かす必要がない人がなる病気」でした。しかし、先ほどの5億人6億人いう糖尿病の推計からもわかる通り、貧困に喘ぐ国でも糖尿病患者が増加しています。これは大きな謎であると同時に、今後の分析の課題とされています。

 

荻上 そのあたりの背景について新たなゲストの方に伺っていきたいと思います。『健康格差社会」を生き抜く』などの著書がある千葉大学予防医学センター教授の近藤克則さんです。よろしくお願いします。

 

近藤 よろしくお願いします。

 

荻上 糖尿病の印象と現実の違いについてお話がありましたが、この点近藤さんはいかがお考えですか。

 

近藤 糖尿病というと、かつては「贅沢病」と言われていました。今でも生活習慣が悪い人がなる病気だから自業自得といった声があります。しかし、こうした認識は科学的な知見から事実誤認ということがわかっています。

 

確かに糖尿病には生活習慣も影響する一つの要素です。しかしそれ以外にも、遺伝子や暮らしている環境などが関係してきます。さらに最近は、出生時体重が少ない人ほど糖尿病になりやすいという関係がわかってきて、話題になっています。

 

荻上 生まれながらになりやすい人がいると。

 

近藤 そうです。ですので、成人期以降の生活習慣だけで糖尿病になるというのは、明らかに事実に基づかない偏見です。

 

荻上 糖尿病は自業自得と認識され、偏見を持たれることもあるようですが、この点についてはいかがですか。

 

近藤 ふたつの大事な要素を見落としています。ひとつは環境の重要性です。例えば非正規雇用の人が正規雇用の人に比べて糖尿病の合併症が多いという点を捉えて、非正規雇用の人が生活に気をつけてないのではないか、という発言を聞くことがあります。しかし、例えばヘルシーメニューを出している社員食堂がある会社なのに、非正規社員は「正社員じゃないから」と入れてもらえない会社があるそうです。公園のそばに暮らしている人のほうが運動頻度が多いことがわかっていますが、そういう環境の方が家賃も高い。つまり、健康に良い環境へのアクセスの良し悪しも考える必要があります。

 

荻上 健康を気に掛ける余裕があるか、どのように健康を維持すればいいのか知識があるか、幼少期からそういったことが自然と学習できる環境にあったかなど、さまざまな要因が絡んできそうです。

 

近藤 その通りです。さらに付け加えますと、お母さんネズミのお腹のときにいるときに飢餓状態にさらすと、子ネズミのインスリン感受性が変わってしまうという研究があります。生まれる前に置かれた状況でも大きな影響があることがわかってきています。

 

荻上 生前の親の健康状態が、子どもの病気のなりやすさに関わってくる。こうした要因の複雑性は糖尿病以外の病気にも言えるのでしょうか。

 

近藤 糖尿病以外にも心臓病はじめ、多くの病気についてこうしたことが言えます。

 

荻上 糖尿病へのなりやすさについては、どのような研究があるのでしょうか。

 

近藤 糖尿病に関しては、先ほどの、出生時体重が小さい方ほどリスクが高いと言う人間を対象に追跡したイギリスの研究があります。そのリスクは64年間で5倍以上でした。オランダでも、第二次世界大戦期の1945~46年に大飢饉に襲われた冬に生まれた子どもたちは大人になってから心筋梗塞やコレステロール異常が多いなどの研究もあります。

 

荻上 経済状況の影響という点では、個人の経済状況だけではなく、その社会の経済状況も影響してくるのですか。

 

近藤 そうした研究も進んできています。社会経済的な格差が大きい国と小さい国、例えばアメリカと北欧を比べると、格差が大きい国のほうがお金持ちも含めて死亡率が高いという研究が出てきています。

 

荻上 格差が大きいと、お金持ちも含めてそういう病気になりやすい。

 

近藤 はい。いろいろな理由が議論されていますが、一説には格差が大きい社会のほうが競争が激しく、ハラハラやドキドキなど心理的な不安やストレスが大きいことが関係するのではないかと言われています。

 

いわゆる勝ち組の方も、激しい競争の中で勝ち続けないといつ転落するかわからない状況です。不安にさらされて、走り続けないといけない。一方で北欧のように「なんとかなる」という安心感の大きい国では心持が大きく違うのではないでしょうか。

 

 

近藤氏

近藤氏

 

 

貧困と結びつく糖尿病

 

荻上 糖尿病は実は貧困な国ほどなりやすいとのことでしたが、この辺りはいかがですか。

 

近藤 時代によっても違うことがわかっています。途上国のような国ではお金持ちのほうがお腹いっぱい食べられて、車を乗り回して歩かないということで、富裕層のほうに糖尿病が多い傾向がありました。しかしある程度以上豊かになってくると、その状況が逆転してくる。さまざまなものが絡んでいますので、なかなか一筋縄では説明が難しいところです。

 

荻上 糖尿病の場合、貧しさはどのようにその発症につながっていくのですか。

 

近藤 食事と運動の影響があることは明確にわかっています。例えば食事でいうと低所得の方ほど野菜などの摂取頻度が少なく、炭水化物の摂取量が多く糖尿病のリスクが上がります。さらに子どもの頃に生活が苦しい経験をした人たちほど、高齢期になっても野菜の摂取頻度が少ないこともわかってきました。

 

運動についても、やはり社会経済的に豊かな人のほうが運動しています。フィットネスクラブに通ったり、健康を気づかって歩くように意識したりする人が多いようです。

 

荻上 食事、運動とくると睡眠も気になります。

 

近藤 睡眠も社会経済的な背景により大きく異なることがわかっています。明日の生活が不安では安眠できません。考えてみれば睡眠障害になるのも不思議ではありません。

 

荻上 糖尿病を巡る環境を改善していくためにはどのような対策が必要だとお感じですか。

 

近藤 これまで、知識を広めて,本人に気を付けてもらうということを中心に対策をしていきました。しかし、余裕のない方ほど、健康のことまで意識がまわりません。今後は、生育歴や環境に対するアプローチと組み合わせることが重要だと思っています。

 

荻上 貧困対策や教育、育児支援などさまざまな社会的インフラの整備も重要になりそうです。一方で、糖尿病は自己責任だから、医療費や生活保護をカットしようという議論も見受けられます。この点についてはいかがですか。

 

近藤 申し上げた通り、糖尿病は本人が選択した生活習慣だけで決まるものではありません。それ以外の要素が大きく影響している。自己責任以外の社会の側の責任も合わせて考えるべきではないでしょうか。

 

荻上 大杉さん、近藤さんのご指摘を受けていかがでしょうか。

 

大杉 戦後70年ほどの間に日本で起きたことは、今の近藤さんのご解説でほとんど説明つくと思います。さらに、今年ノーベル経済学賞をとったアメリカのリチャード・セイラーという行動経済学者がいますが、彼が唱えているの概念である、選択アーキテクトを視野に入れてもいいかもしれません。意志の力で物事を改善しようとするのではなく、合理的な判断をする結果としてよい結果に結びつくような構造をつくるということです。糖尿病に限らず、生活習慣病対策などもそういった視点から広め、進めていくべきではないかと思います。

 

 

理解を深め、糖尿病になりにくい社会へ

 

荻上 糖尿病の治療の面では具体的にはどのようなことが行われているのでしょうか。

 

大杉 その方の病気の成り立ちによりさまざまです。インスリンを使わないと生命に危険が及ぶ方もいれば、薬が必要なく、食事や運動に気を使うだけで十分血糖コントロールがつく方もいます。あとは、生活の改善ですが、これは本当に患者さんごとに異なる治療法になります。ただどのような治療をされていても、薬を使っていても、やはり食事に気を付けて、いくばくかの運動をすると、さらに糖尿病が良くなる方が多いです。

 

荻上 リスナーから小児糖尿病や妊娠糖尿病の体験談もいただいております。これらはどういったものなのでしょうか。

 

大杉 小児糖尿病は先ほど言った1型で、インスリン依存の糖尿病のことだと思われます。お母様が、自分のせいで子どもが糖尿病になったのではないかと罪悪感を持たれて、必死に治療される方は多いです。ただ、小児の糖尿病は大人の糖尿病と違い、合併症がどんどん進むということは少ないと言われています。

 

妊娠糖尿病は、実は今年の世界糖尿病デーのテーマで、啓発に力が入っている病気です。これは妊娠される女性の年齢が高くなっていることと関係があると考えられています。胎児は母体からの栄養に依存するわけですが、そうすると、さまざまなホルモンを出して、母体の血糖値を上げようとします。ある程度母体の年齢が上がると、そういったストレスにさらされたときに血糖値が上がってしまう方が一定数出るのです。

 

妊娠糖尿病は妊娠中であれば食事に気をつけることによって、ほとんどの場合お母さんにも子どもにも影響がないと考えられています。ただ、気をつけなくてはならないのが、これは一種、お母さんがストレステストにさらされている状況なので、残念ながら出産後、糖尿病になる方の確率が高いです。定期的な検診をお勧めします。

 

荻上 リスナーからの質問です。

「糖尿病の食事療法としてカロリー制限と糖質制限がありますが、健康雑誌を見ると意見が割れています。どちらが糖尿病の改善に有効なのでしょうか。」

 

大杉 二者択一でどちらが正しいかと聞かれると、実は両方とも正しいです。当然、糖質もカロリーですから、過剰な糖質を下げるイコール、カロリー制限になります。ただ、糖質脂質タンパク質とあるうち、どのようにカロリーをとったらいいかはわかっていない部分があり、実はこれも個人差が大きいと言われています。ですが、あまり過剰にどれか栄養素をとらなくするようなとり方、それから摂取エネルギー自体をものすごく低くするようなものはお勧めできません。

 

荻上 これからの課題はどうお感じになりますか。

 

大杉 まずは皆さんに糖尿病のことをよく知ってほしいです。糖尿病になると周囲から偏見をもたれたり、いろいろとうるさく言われるのではないかと気になって、検診などの一歩を踏み出せない方も多いのではないかと思います。ですから、選択アーキテクトなども踏まえて、こんなに簡単なんだ、こうすればよかったんだというふうな社会になっていけばいいと思います。

 

荻上 大杉さん、近藤さん、ありがとうございました。

 

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