カナダにおける知的障害者の脱施設化から日本が学ぶべきこと

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3.支援付き意思決定

 

重度の知的障害をもち長期間施設で生活した人にとって、地域生活を想像することは困難である。たとえば、施設では決まった時間に共同風呂に複数の人と入浴するが、地域では一般住宅の風呂に一人で入浴する。施設生活した人には、一人の入浴自体に不安を感じる人がいる。また、一人部屋で寝ることに不安を感じる人もいる。施設は長期間生活した人にとっては、その生活が普通の生活とは程遠いものでも、「家(ウチ)」になっている場合がある。そのため、施設から離れることは不安と悲しみが伴う。それでも、地域生活に慣れると、地域の暮らしに幸せを感じ、二度と施設には戻りたくないと考える人は多い。

 

こうしたことからわかるように、本人が安心して地域に移行できるためには、彼らの意思決定を支援する取り組みが不可欠となる。その際には、本人に必要な情報を分かりやすく提供し、彼らが移行支援計画の策定過程に参加・参画することが重要である。

 

カナダには、本人中心計画(Person Centered Plan)と呼ばれるものがある。そこでは、施設ではなく地域生活を前提とした上で、居住場所、共同入居者、支援内容、友人・家族関係のあり方などについて、本人の自己決定が重視される。個別化給付の場合は、本人は自らの居住や日中活動の場、支援する人も自ら選択し、柔軟に変えられる。グループホームでも、可能なかぎり、共同入居者を選択できるような配慮がなされてきた。とりわけ、施設生活を通して形成した人間関係を維持できるように、共同入居者を選択する機会が保障されることが重要である。

 

知的障害者の地域生活への移行にあたっては、施設で生活した人が地域での生活を十分に体験し、選択できるような取り組みが重要である。長年の施設生活ゆえに、最初の体験期間に不適応を起こしたとしても、新しい生活に徐々に慣れ、地域生活の方が良いと感じるようになる人は多い。カナダでは、州立施設とは異なる事業者/相談機関の移行計画作成担当者が、定期的に施設入居者を訪問し、事前にグループホームやアパートでの自立生活の体験の機会を提供していた。

 

そして、移行計画作成担当者は、本人が地域生活に移行した後に、家族や近隣住民などとの関係を形成することを重視してきた。施設入居者の多くは、地域に戻ったときに孤立する可能性が高い。こうした事態を避けるために、両親だけではなく、親戚や友人などとのつながりをつくることが重要であった。そのため、サポートサークルという本人を支えるグループをつくり、家族、親戚や学校の友人、本人を地域で支えることになる事業者の職員などが集まり、支援に関わる事柄が話し合われてきた。

 

日本では、移行支援のための地域相談給付があるが、報酬単価が低いため必要な取り組みができない状況にある。地域生活の体験や選択の機会、地域との関係を形成する機会が提供されるよう、地域相談給付の報酬単価を見直す必要があるだろう。

 

また、厚生労働省から示された「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン(平成29年3月31日付け厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部長通知)」には、地域生活と同等の選択肢の一つとして施設が位置づけられている。地域生活を支える支援体制が不足する現状においては、利用者も家族も施設を選択せざるを得ない状況である。意思決定支援は、地域における居住形態を基本原則とする考え方が重視されるべきである。

 

 

4.家族支援

 

カナダや日本で脱施設化政策に反対するのは、自らの子を入所させた親である。このとき、なぜ親が否定的態度を示すのかを十分に理解し、家族支援を実施することが重要である。

 

障害児を抱える親は家庭内で養育しようと努力するが、ついにその限界に直面するときがくる。だが、支援を求めてもそれが得られず、家族崩壊の危機に直面する。また、親亡き後の不安は大きいこともあって、医療/教育/福祉の専門家の勧めで、施設入所に最後の救いを見出す。このとき親、とくに養育責任を担った母親は、施設入所とともに自信喪失や罪悪感を抱え、親も子も深い悲しみに陥る。

 

それでも、施設に預けたことで、親は「救われた」という思いをもつ。そうしたなか、施設退所という知らせは当時の記憶をよみがえらせ、親がふたたび養育しなければならないという不安に駆られる。これは、施設入所から数十年が経過し、老いた親にとっては深刻な問題である。しかし、移行した子が地域で幸せに暮らす姿を見ることを通して、施設ではなく地域が良いと思う家族が多い。家族の不安を解消しながら、移行支援を行うことが必要なのである。

 

BC州における州の親の会(現インクルージョンBC)は1980年代に、「家族支援戦略」という施設の入居者家族を支援する仕組みを構築した。これは、家族が移行支援の会合に関与し、移行先の居住形態や日中活動を選択できるように支援し、地域に新たな社会資源を作り出そうとするものである。

 

そこでは、地域生活への移行の経験のある親が、これから移行する親の相談に応じたり、一緒にグループホームを見学し、職員と話をしたりもしてきた。このような親同士のピアサポートによって、家族は不安感を解消させてきた。家族支援を実際に担ったのは、地元の親の会(事業者でもある)に配属された「リソース・ディベロッパー」という役割を担った人である。彼らは地域生活の価値観、家族に直接関わることの重要性について事業者に伝え、地域における受け皿を作り、移行支援の過程に家族を関与させた。

 

日本でも、多くの親が全責任を背負って疲弊し、子の入所時に自信喪失や罪悪感、深い悲しみを抱えてきた。入所後も施設に「お世話になっている」という感覚があり、職員に自らの思いを言えないことが多い。また、親への情報提供は施設側から一方的になされる傾向がある。だが、十分に時間をかけ、個別かつ集合的なかたちで情報提供がなされるべきである。とりわけ、同一の境遇をもち、地域生活の経験のある親による情報提供が求められる。

 

日本には全国手をつなぐ育成会連合会という知的障害児者の親の会がある。だが、地域支部における親の加入率は低く、地域生活への移行の取り組みについて相談できるのは施設の家族会のみという親が多い。このため、地域の事業者が、地域生活の経験のある親と、移行に不安を抱える親を交流させることが重要である。家族を心理的にサポートし、彼らに必要な情報や体験の機会を提供できる仕組みを創り出さなければならない。

 

 

5.移行支援システム

 

移行支援の取り組みを、誰が中心的に行うのかということは、大きな課題である。カナダでは、州の各地区事務所にプロジェクトワーカーが配置され、移行支援の計画作成の業務を担った。ただし、事業者の職員、事業者に配置された「リソース・ディベロッパー」、行政および事業者から独立した相談機関が、移行支援を担うこともあった。いずれにしても、移行支援過程や移行先の受け皿の創出において関与するのが、施設関係者ではないということが重要である。施設関係者ではなく、行政関係者や地域の事業者/相談機関という第三者である点に特徴がある。

 

日本では、施設を運営する同一法人や施設職員が、移行支援の役割を担うことが多い。だが問題は、このことによって施設の構造や価値が移行支援過程や移行先の地域の受け皿でも継続し、「ミニ施設化」という事態が生じかねないことである。

 

本人主体の移行支援を行うためには、まず、施設運営法人とは独立した第三者機関が移行支援過程に関与し、地域の受け皿を創出する役割を担うことが一つの方法である。この役割を果たせるのは、地域相談や計画相談を行う相談支援事業所である。これは、施設運営法人とは独立していることが原則でなければならない。

 

相談支援事業所は第三者として、本人の計画を立案し、彼らの権利を擁護する役割が期待されている。したがって、障害者権利条約の理念を理解し、本人の地域生活や自己決定を支援しうる知識と経験を有しなければならない。ただし、第三者が中心的役割を果たす場合も、施設職員は計画策定には積極的に参加すべきである。本人の情報は共有されるべきであるとともに、施設の多くは民間経営であるため、施設職員が継続して地域生活支援の取り組みに関与するからである。

 

カナダの州立施設では、脱施設化の取り組みが開始されると、施設職員は障害福祉とは関わりのない公的セクターの部署に配属され、雇用が確保された。民間経営をおもとする日本では、施設職員の意識改革のための研修がきわめて重要になる。移行支援の期間を意識改革のための重要な機会と位置づけるべきである。

 

 

6.脱施設化の運動と計画

 

カナダで脱施設化が進展したのは、知的障害者の親の会と本人の会による施設閉鎖運動が展開し、これに応答するように行政が、計画的な脱施設化政策を実施したからである。ジャーナリストや人権活動家による施設実態の告発を契機として、親の会が施設閉鎖を州政府に要求した。一方、本人の会も、親の会とは独立した方法で脱施設化運動を展開させた。

 

2002年には、全国親の会のカナダ地域生活協会と全国本人の会のピープルファースト・カナダが特別委員会を設置した。そこで、各州政府に施設閉鎖計画の実行を要望し、交渉を続けてきた。こうした運動団体の要望に応答するかたちで、州政府が脱施設化政策を計画的に実施した。たとえばON州では、1987年に州政府によって、25か年施設完全閉鎖計画が発表され、2009年に州立施設が閉鎖された。このとき、州政府は施設閉鎖期限を設定し、新規入所者の受け入れを停止し、段階的に脱施設化計画を実施している。

 

一方、日本では、2005年の障害者自立支援法の制定に伴って、地域移行者数や施設入所者数削減の目標が設定された。第5期障害福祉計画(2018〜2020年)の基本指針では、2020年度末時点での地域移行者数を、2016度末施設入所者数の9%以上とする数値目標を示した。これは、年平均2.2%が地域移行することを意味する。

 

一方、2020年度末時点の施設入所者数を、2016度末施設入所者数の2%以上削減することが設定された。この数値は、1年間に施設入所者数を0.5%削減することを意味する。このペースでは、たとえ新規入所者がゼロでも、13万人全員が施設を退所するには200年かかることになる。

 

日本でも、計画的に施設閉鎖することを目標に据えた数値目標を打ち出していかなければならない。新規入所者の停止も必要であり、地域生活への移行の受け皿としてのグループホームの建築費用や、自立生活に必要な改築費用なども国の補助金で保障されるべきである。

 

日本では、本人の会のピープルファースト・ジャパンによって、施設解体のための声明が出されてきたが、全国手をつなぐ育成会連合会が、それに応答した活動を展開したことはない。当会は施設からグループホームに移行する地域移行は支持してきたが、施設閉鎖を主張したことはない。

 

したがって、カナダのように本人の会と親の会が協働することは、現在のところ困難である。そのため、施設解体を主張する本人の会が、どのような団体の協力を得ながら運動を展開すべきなのかを検討する必要がある。いくつかのピープルファーストの地方支部は、自立生活センターや地域実践を重視してきた事業者などの支援を受けながら活動をしており、こうした団体による支援を受けたかたちで運動を発展させることが重要だろう。

 

当事者団体が脱施設化政策過程に参加・参画しながら、上記に述べた支援方法を実施することが、権利条約批准国としての日本が果たすべき責任である。

 

参考文献

・鈴木良(2019)『脱施設化と個別化給付‐カナダにおける知的障害福祉の変革過程』(現代書館)

・鈴木良訳(2018)『地域に帰る 知的障害者と脱施設化‐カナダにおける州立施設トランキルの閉鎖過程』(明石書店)

・鈴木良(2010)『知的障害者の地域移行と地域生活‐自己と相互作用秩序の障害学』(現代書館)

 

 

 

 

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