「存在しない」サバイバーたち ―― セックス・労働・暴力のボーダーで(2/3) 

「ケース」で終わらせないための支援

 

わたしが今回訪問したM寮では、DV被害者専用のシェルターは独立棟に分離されている。

 

シェルターのなかを案内してくれたのは、この施設専従のPSW(精神保健福祉士)のTさんだ。DVシェルターの利用者は、「分離」され保護されている人たちだ。外部者は、接触することはできない。

 

この日は偶然、利用者の母子の方々が行政機関へ相談のために外出していて、日中のシェルターには誰もいなかった。内部をご厚意で見せていただけることになった。何重ものドアのロックを1つひとつ解錠しながら、時間をかけて廊下を進んでゆく。

 

各部屋は個室である。単身利用者用の部屋と、子どもがいる利用者が子どもと一緒に居住できる部屋、2つのタイプにわかれている。浴室やキッチン、ダイニングスペースは共用だ。

 

DVシェルターはあくまで「DV被害者の一時的な避難所」だが、利用者の像は幅広い。

 

「『ケース』って一言で言ってしまうと、簡単ですよね」

「でも本当にみなさん複雑で、複合的な事情を抱えていらっしゃるんです」

 

空いている単身用の一室の前で足を止めると、

 

「この部屋には、じつは先日まで80歳のおばあさんがいらっしゃったんです」

とTさんが説明してくれて、なぜそんな高齢の女性がここに、と驚いてしまった。その利用者の人の年齢を聞いただけで、

「介護の問題ですか」

とわたしは反射的に口に出してしまった。Tさんは、首を横に振る。

「たしかに、息子さんからの暴力です」

「でも、彼女が被った暴力は、たとえばその方の年齢だけで『介護』が原因とか、簡単に括って判断することはできないんです」

「その暴力がいつから始まったものなのか、何が背景にあるのかはわからない」

 

「ただ、この施設の利用は法的にADL(日常生活動作)が自立していることが大前提です。幸いこの方はADLに大きな問題はなかったので、行政の福祉担当の方と相談して、緊急措置的に短期間だけ入っていただけたのですが」

 

一見「普通」の部屋の設備を細かく見てゆくと、単身用の部屋にはベッドが設置されているものの、手すりもリクライニングもない。母子で入れる部屋は、畳敷きだ。介助が必要で、布団を使って寝起きすることなど到底できない身体のわたしは、ここには入所できないな、とふと思う。

 

浴室も段差が大きくて、浴槽が深すぎる。介助が必要な人だったら、まず入浴はできない。シェルターは、そもそも法的に介助者が立ち入れる施設ではない。

 

母子についても、様相は複雑だ。子どもが男児の場合、この婦人保護施設のDVシェルターに立ち入れるのは小学生まで。女性が中学生以上の男児を連れて逃げてきた場合、子どもは児童相談所へ一旦支援を預けることになる。

 

DVシェルターの本来の機能は暴力からの女性の「分離」だが、その「分離」も文面通りにはいかない。

 

「わたしの仕事は、ただそこにある『暴力』を、いかにたんなる1ケースとして埋もれさせないかということです」

「家族の形態や、家族が抱えている問題が、これほど複雑化して絡み合っている社会のなかで、既存の制度の枠にはめてしまえば、ある意味そこで終わってしまいますから」

 

「行政の方の裁量や知識も人それぞれ格差が大きい。毎日、地域と行政をかけずり回っています。さっきも自転車で福祉事務所へ相談に行ってきたところで、ごめんなさい汗臭いかもしれない(笑)」

「いかに支援の幅を広げられるか。個別のケースに即した対応の可能性を探っていけるかというのが、わたしのここでのPSWとしての仕事です」

 

Tさんは以前は、病院のソーシャルワーカーとして既存の枠のなかでの支援に行き詰まりを感じながら働いていたという。

 

わたしは、個別のケースにここまで寄り添って、既存の〈制度〉と〈行政〉を最大限にエンパワーメントし、支援の幅そのものを広げていこうとするソーシャルワーカーに出会ったのは、初めてだった。彼女の、今この現状を何とか打開する道を探りたいという強い意志と努力の積み重ねが、このシェルターの存在を支えているのだと思った。

 

 

 

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