社会保障による震災復興の提案

農業・漁業の原状復旧を目指す復興策は愚策

 

すでに震災から3カ月の月日が経過しているが、仮設住宅建設の遅れ、義援金配布の遅れに象徴されるように、復旧、復興のペースがきわめて遅い。

 

被災地域において、避難所や被災家屋での居住長期化は、高齢者の健康状態、要介護状態を急速に悪化させてゆく。地域コミュニティーを離れた高齢者の心身的ダメージも大きい。それに対して、被災地における医療・介護サービスの供給不足は危機的な状態がつづいている。すでに300~500人程度の震災関連死が起きているといわれる。

 

また、倒産・解雇による被災者の失業長期化は、今後、現役労働層の他地域への流出を加速させる可能性が高い。被災地域に残る現役労働層においても、生活保護などの福祉依存が急速に進む可能性があり、対策の遅れは、地域コミュニティーの自立再生力を急速に失わせてゆく。ここからは時間との勝負であり、対策のスピードアップが何としても必要である。

 

しかしながら、現在、政府の復興構想会議などで計画されている農業、漁業、加工業、観光業などの再生・復興には、堤防の再構築や港湾整備、塩害対策など、インフラの復旧・整備などに、かなりの長期間と膨大な資金を要してしまう。とくに、既存の農協、漁協の既得権を温存したままの現状復旧では、非効率な上に時間がかかりすぎる。

 

また、農業・漁業については、労働力の高齢化や産業自体の衰退、補助金依存など、震災前からの構造的問題は依然として変わらない。こうした問題を解決せず、長期的な成長や雇用拡大の展望のないままに、元の状態に現状復旧を行ったとしても、結局、労働力流出や地域衰退は避けられないだろう。

 

 

サンクコスト(埋没費用)は考慮すべきではない

 

経済学には、「サンクコスト(埋没費用)」という考え方がある。これは、これから新たに投資の意思決定をする場合、すでに過去に投資した費用(埋没費用)を考えるべきではないということである。

 

つまり、震災前にどんな産業にどれだけの資本が投資されていようと、どれだけ損失が発生していようと、「震災後」の投資の収益率には無関係だからである。これから公費をかけて行う産業復興策は、震災前の産業に縛られず、これから行う再投資に対して、もっとも収益率が高く、多くの雇用を生み、成長する産業に対して行われるべきである。

 

とくに、巨大な債務を抱える我が国の財政状況を考えると、25兆円以上ともいわれる震災による被害を補償する財源を早急に確保することは困難であり、「選択と集中」によって、かぎられた財源をもっとも効率的な分野に、素早く投じることが必要となる。

 

こうした観点に立つと、被災地域の復旧、復興にとってまず必要なことは、①スピーディーな雇用創出による生活再生とコミュニティーの活力維持、②被災地の高齢者へのスピーディーな医療・介護・生活支援、③長期的な成長が見込まれる産業への資金重点化という3点であると思われる。

 

 

社会保障産業による震災復興は一石三鳥

 

この3つの条件を一度に満たす産業として、「社会保障産業」があげられる。ここで社会保障産業とは、医療、介護産業に加え、高齢者生活支援、高齢者住宅建設などを含む産業である。まさに、医療・介護・高齢者支援自体を復旧・復興復の要として位置づけ、この分野で、地域内の人材育成・雇用創出をも行い、現役労働者層の中長期的な雇用確保・生活再建を進めるという一石三鳥の振興策が可能である。

 

まず、社会保障産業には、震災前から旺盛な需要が存在しているが、震災によってさらに需要は大きくなる一方、供給力が低下しており、医師不足、介護不足の深刻さは、まさに待ったなしの状況といえる。もちろん、高齢化比率の高い東北3県では、この分野における中長期的な需要も安定的に存在している。

 

また、特に、介護分野や高齢者の生活支援分野は人的サービス中心であるから、初期費用が低く、必要な規制緩和を行うことにより、かなり早期の雇用創出を実現することができる。

 

さらに、この分野は、雇用創出力が高く、また、地域外への需要流出が少なく、地域内で回るお金が多いという特徴がある。漁業・農業・加工業・観光業といった既存の産業とは異なり、災害に強い高台地域での展開が可能な産業でもある。

 

ただし、現状の社会保障産業は、補助金比率、公費投入率が高く、財政的な面から産業拡大への制約が大きい。このため、すでに震災前から、行政によって種々の参入規制・需要制約が課されていたところである。この公費投入率の高さが、今後の社会保障産業振興の最大のネックであると言える。

 

そこで、これを「特区」を活用した思い切った規制緩和を行うことにより、補助金・公費依存を改め、競争力のある効率的な成長産業に転換する。震災をきっかけとして、社会保障産業を、財政を過度に圧迫しない真の意味での「成長産業」にしてゆくことができれば、強力な震災復興策となる。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.277 

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