投票前に確認したい「生活保護」をめぐる議論と争点

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不正受給対策 「目的」は共通しているのに「方法」が違う

 

ここまで、各党の公約やマニフェストのなかで、生活保護や生活困窮者支援に関わるものをピックアップしてきた(抜けがあったら申し訳ない)。

 

一通り目を通してもらえればわかるのだが、どの党も、またどの候補者も「必要な人が支援につながる」ことには何の異論もないだろう。

 

そもそもが、生活保護やその手前に新たなセーフティネットを整備して、生活困窮した人を支えていこうという方向性は、大半の人のコンセンサスがとれていることだとも思う。

 

では、一体何が違うのだろうか。それは「目的」のための「方法」である。

 

例えば、「不正受給対策」をみてみよう。

 

どの党も不正受給を減らしていこうというスタンスは変わらない。

 

しかし、不正受給をどう防ぐか、という論点においていうと、例えば、自民党は生活保護法改正法案において、生活保護申請者に必要な書類等をそろえることを求めることによって、「窓口」で不正受給を防ぐとしている。

 

同様に、日本維新の会は受給認定の適正化をおこなうとしている。

 

これらは生活保護申請時の審査を厳格化することで、そこで不正受給の芽をつもうという発想であろう(もちろん、筆者は、それは「水際作戦」を助長させ、必要な人が支援につながることができなくなる方法だと思う)。

 

一方、日本共産党や社民党は、申請時のハードルをあげることではなく、まず必要な人を支援につなげ、ケースワーカー(担当職員)の増員などによって対処しようというものである。

 

これらは「不正受給」を防ぐという「目的」は共通しているが、そのための「方法」は明らかに真逆のものだ。一方は入口で防ぎ、もう一方は一度制度で包摂し、その後に不正受給がわかれば対処するというものである。

 

本来の生活保護法の主旨は、この国に住む全ての人に対して、健康で文化的な最低限度の生活を保障するものである。

 

「入口」で防ぐことのリスクは、不正な人だけでなく、本来は必要な人をも排除してしまう可能性が残ることや、保護決定のための調査期間等の時間的ロスにより、必要な方に不利益を与えてしまう可能性が高いことがあげられるだろう。また、人的なミスで(水際作戦のような)誤って排除してしまった場合、取り返しがつかないということも重要だ。

 

「不正受給対策」と言えば聞こえはいいが、「不正受給対策」についてはどの党もそれぞれのアプローチを考えている。必要な人をも排除しかねない「不正受給対策」は明らかにその「目的」においてとる「方法」として、間違っていると言わざるを得ない。

 

 

新しいセーフティネットを整備すること 誰のためのセーフティネットか

 

また同様に、生活困窮者支援のための新しいセーフティネットを整備しよう、という論点についても各党がふれている。

 

党によって若干内容が異なるが、自民党及び公明党は「生活困窮者自立支援法」で提起された、「自立」のための支援としての、就労を前提としたセーフティネットを整備することを掲げている。

 

公明党はそれ以外にも、地域の見守りなど「共助」の力を広げていくセーフティネットについて盛り込んでいたり、民主党は生活困窮者だけでなく社会的に孤立した人も包み込むセーフティネットを作ろうと提案している。

 

社民党は「パーソナル・サポート」サービスの確立、共産党は雇用保険などのセーフティネットを拡充するとしている。

 

それぞれの党の方法や対象は異なるものの、それぞれが何らかの形でセーフティネットを作っていこうという発想であることは共通している。

 

しかし、ここでの「違い」は誰のための施策かということである。

 

廃案になった自公政権が推進した「生活困窮者自立支援法」は、前提として「就労による自立」をベースにしたものだ。実際に法案提出理由を読むと、その目的が、生活困窮者が増加する中、働ける人の就労支援をして、生活困窮者を減らそうという考えであることがわかる。

 

 

参考:生活困窮者自立支援法

http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/dl/183-49.pdf

 

 

本来、生活困窮に陥る原因は、本人の資質や能力によったものではなく、雇用状況や労働環境、家族との関係などの「社会環境の問題」がすごく大きい。

 

しかし、そういった問題に目を向けるのではなく、生活困窮者本人に就労ベースの「自立支援」を課すことによってその解決を図るのは、あたかも生活困窮にいたった原因や責任が本人にあるかのような発想である。その観点では、一度は就労し自立に至ったとしても、再度の生活困窮化や、社会構造的な「貧困状態」の解決をはかることは難しい。

 

生活困窮者支援をおこなうことは、貧困問題に取り組むことだ。これらの問題を考えていく時には、一人ひとりの課題を解決し支援していくことと、社会の側が一人ひとりを受け入れられるように、そのシステムや人々の価値観を変えていくことが求められる。医学モデルや社会モデルなどという言い方をされることもあるが、必要なのはどちらか一方ではなく、双方からのアプローチである。

 

就労による「自立」を前提とした制度を設定し、個人が困難さを克服することによって社会の中で生きていけるようにするのではなく、たとえ就労できなかったとしても、また、困難さを克服したり課題を解決できなかったとしても、社会のなかで許容され、社会に参加する機会を持てたり、生きていてもいいと思えるような世の中にしていくべきだ。

 

「就労自立」に明らかに偏向した施策を進めることは、当事者視点から大きく外れている。そして、社会全体の問題である「貧困」を解決していくという視点からも、誤ったアプローチであると言える。

 

 

「いのち」の持続可能性と「財政的」な持続可能性

 

さて、ここまで各党のマニフェストや、「いのち」や「自立」などの問題について考えてきた。しかし、ここで少し冒頭の議論に立ち戻ろうと思う。

 

そもそも、生活保護や、生活困窮者支援の枠組みについての議論が加速度的に進められてきた背景には、社会保障費削減という大きな流れがあるということをお話しした。

 

わたしは財政の専門家ではないので明確なことはわからないが、確かに日本の税制状況は厳しいらしい。これは意識の大小はあれど、多くの方が共通してもっている認識のように思う。

 

そういう状況であればもちろん、かぎられた財源のなかで、さまざまな分野の必要な施策に対して、どういった予算の割り振りをしなければならないのか考える必要がある。そして、それは非常に難しい判断を迫られる、針の穴を通すような作業だと思う。

 

政府は「社会保障費」に関しても「聖域とはせず、見直す」としている。実際に生活保護基準の削減はその第一歩であるし、生活保護法改正法案や生活困窮者自立支援法に関しても、生活保護制度を利用せざるを得ない人を減らし、社会保障費を圧縮しようという目的も含まれていることは明らかだ。

 

「いのち」の持続可能性と「財政的」な持続可能性は、果たして両立することができないのだろうか。

 

生活保護の話を講演などですると「そうは言っても国にお金がないから」「そうは言っても不正受給が多いから」「そうは言っても……」のように、多くのひとが「そうは言っても、生活困窮者は我慢しなければならない」と思っているような反応がある。

 

しかし、生活困窮している彼ら・彼女らは、もう十分に我慢している。いのちを削ってまで、ずっと我慢しているのだ。実際に8月から生活保護基準は削減されることが決定し、今後3年間で約6.5%、世帯によっては約1割近くの生活費が削減される。それを「仕方ない」「やむを得ない」と言ってしまっていいのだろうか。

 

また、生活困窮された方の支援をしていると、困って相談に来られた方のなかにも、生活保護などの社会保障制度を利用することに対して「そうは言っても…」と躊躇される方が多くいらっしゃる。それは非常に不幸なことだ。

 

社会の中で「そうは言っても……」が拡がってしまうと、本来必要な支援が届かないばかりか、困った時に声をあげられなくなってしまったり、社会をより良くしていくための「きっかけ」が失われてしまう危険性がある。

 

社会保障というものを、どのように位置付けているのか。何を優先していくのか。

各党のスタンスをみていると、共通の課題に対してのアプローチの仕方の違いが明らかであることがわかる。

 

自分が目指すべきものはどこにあるのか、社会のあり方、方向性はどうあったらいいのか。「そうは言っても…」という考えを一度リセットして、あらためて考えてみて欲しい。

 

わたしは、「いのち」の持続可能性と「財政的」な持続可能性が両立できると思っているし、その可能性を追求していきたいと考えている。それは決して不可能なことではないと思う。

 

参院選後に政府は再度、生活保護法改正法案と生活困窮者自立支援法を国会に提出するであろう。参院選の結果は、その流れに一石を投じる唯一の機会になるかもしれない。これらの視点をふまえた上で、今回の参院選においてどの政党を選択するか決断していただければ幸いである。

 

サムネイル:『The fork in the road』i_yudai

http://www.flickr.com/photos/y_i/2330044065/

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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