生活保護基準引き下げについての「解説」

来年(2013)度の生活保護基準改定の方針について、すでに結論は出され、「いまごろなにを言うのか」と思われるかもしれない。あるいは、「なにを言うのか」とすら思われないかもしれない。今回の生活保護基準をめぐる議論は、あまり世の注目をひかなかった。というより、昨年来、生活保護基準引き下げの風潮が強く、結論がみえている話という感じの雰囲気が広がっていた。

 

本稿で「解説」したいのは、このような世の中の雰囲気と情勢のなかで政治的に保護基準が決まることと、これとは別に(もちろん関係は深い)繰り広げられる保護基準をめぐる「専門的な」議論の関係から、保護基準決定の仕組み、その欠陥についてである。「専門的な」議論とは、今回の場合では、2011年4月に第1回会合、2013年1月に報告書を提出した社会保障審議会生活保護基準部会(以下、基準部会と略す)でなされたような議論を意味している。

 

わたしの「解説」しようという立場は、生活保護法成立以後の基準策定をめぐる歴史を研究してきた知見によっている。拙著『生活保護は最低生活をどう構想したか』(ミネルヴァ書房)により、現行の生活保護が、制度発足時に発想された貧困概念を、ある意味では誇るべき一貫性をもって保持してきたことを明らかにした。生活保護をめぐる議論の難しさの根源は、その運用の長い歴史についての理解が不十分で、共有できないことにあると考えている。それゆえ厚かましいのだが、歴史を研究してきた立場から「解説」を試みようというのである。

 

いうまでもなく、生活保護法が掲げる最低生活の保障と自立の助長という目的の意義は大きい。最低生活の中身を示す基準のあり方は、じつは個々人の生活に関わるたいへん重要なテーマであって、本来、広く国民に理解してもらわなければならない内容である。本稿によるささやかな解説が、今後の保護基準のあり方、とくに3年かけて基準引き下げを実施するという厚生労働大臣、政府の決定について、各自で考えていただく材料になれば幸いである。

 

 

保護基準決定の仕組みには欠陥がある

 

生活保護基準とその決定内容について考察する場合に押さえておくべき大前提は、厚生労働大臣が保護基準を決定する権限を持つと、現行法上明記されていることである。ただし、その中身を決定する手続きは明文化されていない。このことは歴史上、繰り返し問題にされてきた。今回の議論をみても、保護基準決定の仕組みの欠陥が、あらためて明白にされている。このことを最初に強調しておきたい。

 

まずは、歴史的にどのように保護基準の定め方が問題にされてきたか、振り返る。保護基準算定をめぐる議論が注目を集めたふたつの時期を取り上げたい(詳しくは拙著を参照されたい)。

 

ひとつは、現行法改正時であり、法に基準の定め方をどのように書き込むかが問題になったことである。現行法は、1946年制定のいわゆる旧生活保護法を全面改正したものである。法改正の契機のひとつが保護基準のあり方にあって、法案作成過程で、保護基準の定め方をどう書き込むかは争点であった。法制局と保護課との審査過程で、保護基準の定め方を法律に規定すべきという法制局の真田参事官と、行政の責任で決めるという小山保護課長とのあいだで、白熱した議論がみられたという。国会の審議過程では、決定に国民の声を反映させる特別の審議会を設けるようにという意見もあったが採用されなかった。最初に述べたように厚生大臣が権限を持つ、行政の責任で決めることになった。

 

ふたつ目は、この厚生大臣の権限の意義を問題化した国会での議論であり、1950年代後半から60年代の話である。当時は高度経済成長期にあって、厚生省は、国民の所得増加に応じた保護基準引き上げに対する必要を明らかにしていた。しかし、その引き上げ幅、保護基準の改定率について、厚生大臣と大蔵大臣の予算折衝の最終段階で決定することが批判の的となった。たとえば、1961年度予算審議後の国会では、保護基準の改定率が厚生省の要求した26%から18%に削減され裁定されたことが議論の俎上に載った。このように厚生省の要求した数字が予算折衝を経て削減されるとは、厚生大臣の基準設定の権限が侵されていること意味すると批判されたのである。

 

厚生省は、この批判への対応を二方面から図った。まず、開き直って、保護基準が政治的に決定されることを明言した。ただし、改定率の公表は、予算編成とは切り離し、その理屈づけを試みた。他方でこの理屈を考案するために、生活保護専門分科会を設置した。提示されたのは生活保護層に近接する第1・十分位の低所得者層との格差是正を図るべきという考えであり、以後この考え方にもとづく基準算定を「格差縮小方式」と呼んだ。

 

1960年代後半以降の国会では、保護基準決定という厚生大臣の権限を焦点とした議論に注目が集まることはなくなった。現行の「水準均衡方式」は、1980年代に入ってからの厳しい予算編成状況下で、財政当局に対抗する論理として考案されたものである。その論拠をつけたのは生活保護専門分科会で、保護基準が一般世帯の生活水準と比べてほぼ妥当な水準だとした。ただし、分かりにくいのだが、「保護基準は最低生活費として妥当」とは言ってないという重要な留保があった。生活保護専門分科会の委員の多くは、最低生活の内容にストック(貯金などを含む蓄え、資産)が含まれていないことを問題とし、保護基準があるべき最低生活費であるとは考えていなかった。

 

 

 

シノドスを応援してくれませんか?

 

誰でも自由にアクセスできる本当に価値ある記事を、シノドスは誠実に作成していきます。そうしたシノドスの活動を持続的なものとするために、ぜひファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」のパトロンになってください。⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

無題

 

・人文・社会科学から自然科学、カルチャーまで、各界の気鋭にじっくりインタビュー
・報道等で耳にする気になるテーマをQ&A形式でやさしく解説
・研究者・専門家たちが提案する「こうすれば●●は今よりもっとよくなるはず!」

・人類の英知を伝える「知の巨人」たち
・初学者のための「学びなおしの5冊」

……etc.  

https://synodos.jp/a-synodos

1 2 3
シノドス国際社会動向研究所

vol.242+243 特集:外の世界を覗いてみる

・大野哲也氏インタビュー「人はなぜ旅にでるのか――バッグパッカーたちの複雑な軌跡」

・【調査報道Q&A】澤康臣(解説)「社会の不正を人々に伝える――調査報道はなぜ重要なのか」

・畑山敏夫「フランスの「ポピュリズム現象」を理解するために――マリーヌ・ルペンの成功を解読する」

・【今月のポジだし!】遠藤まめた「こうすれば「トランスアライ」はもっと良くなる」

・齋藤直子(絵)×岸政彦(文)「「Yeah! めっちゃ平日」第十三回」