精神保健福祉法改正の周辺とあとさき ―― 医療をめぐる強制と家族の問題を中心に

今回の法改正で変わらなかったこと(とりいれられなかったこと)

 

このように考えてくると、保護者ないし患者の家族を支援し、家族の負担を軽くすることこそが、法改正に盛り込まれるべきであったといえる。

 

現行の精神保健福祉法の「保護者の義務」条項に対しては、患者の家族に過度な負担を強いるものであるとの批判が従来からあった。実際、保護者には、「治療を受けさせる」「医師の支持に従う」「患者の引き取り」などの義務があると明示されている。1900年(明治33年)の精神病者監護法の流れをくむ規定であり、高齢の親がずっと責任を負うことになる、家族間の軋轢を生むなどとして、廃止の要望が出ていた。

 

今回の法改正にあたり厚労省内に設置された検討会では、障害者権利条約の批准に向けて国内法が整備されるなかで、障がい者制度改革推進会議での議論も踏まえ、保護者制度の廃止と、それに代わって患者本人の意向を代弁する仕組みの導入を提案した。

 

が、結局、この代弁制の導入は、「具体化困難」「時期尚早」として見送られた。

 

日弁連は、昨年(2012年)、独自に意見書を発表し、入院にあたっては患者の代弁者をおくことの他にも、医療保護入院における保護者同意を廃止し、専門医2名の判断を要件とすること、入院審査の際には患者本人の意見を必ず聞くこと等を提案していたが、それらは今回の改正に一切取り入れられることはなかった。

 

 

法改正:何が変わったのか

 

結局、保護者制度は廃止され、家族等(配偶者、親権者、扶養義務者、後見人または保佐人)のいずれかの同意があれば、本人の同意がなくても医療保護入院させることができることとなった。

 

 

考えられる影響:病院任せの強制入院へ?

 

悲観や批判ばかりではことは進まない。なんとか、今回の改正にも“利点”を見出したいものである。

 

とりあえず、2つのことが言えそうである。まず、保護者制度が廃止されて「家族等同意」に移行したことで、家族のうち特定の一人に負担が集中するという事態は、形式上は解消されたといえる。第二に、医療保護入院における同意の対象者が“家族等のいずれか”と拡大したことで、医師が必要と判断した場合には円滑かつ早期の入院治療が可能となるように思われる。

 

しかし、それはまさに両刃の剣であって、極端な場合には、患者とふだんはまったく交流のない甥や姪の同意を取り付ければ、医師の判断どおりに患者を強制入院させることができる。つまり、強制入院のハードルは、今よりも著しく低くなる。これでは、“病院任せの強制入院”と言われてもしかたがない。

 

現行法では、保護者が選任されていない場合には扶養義務者のうち1名の同意によって28日間に限って認められている、いわゆる医療保護第2項入院が、法改正によって何十年でも続けられるようになったともいえる。これまでは“保護者選任”にあたって介入してきた司法を、医療保護入院の手続きから締めだしてしまったのだ。

 

そもそも強制入院の根拠は、ポリス・パワーまたはパレンス・パトリエ(国親(くにおや)思想)のいずれかに求められるものであり、強制力を発動する主体は公権力でしかありえない。保護者制度を廃止することは、同時に強制入院に関する国の責任と公的機関の役割を明確にすることであったはずである(日本精神神経学会理事長見解。2013年5月)。しかるに、保護者制度を廃止したにもかかわらず「家族等同意」を残した今回の法改正は、強制入院における国家の責任を、家族と医療機関に丸投げしたものと言わざるを得ない。

 

 

治療的な視点からの危惧

 

司法の介入しない「家族等同意」となれば、患者は、「なぜあいつだけの同意で入院させられないといけないのか」という気持ちをもちやすくなるだろう。

 

また、家族内葛藤や家族間の利害対立が治療の場に持ち込まれることが多くなるのではないか。あるときは家族のある者の意向により入院させられ、またあるときには別の家族の意向に振り回されるということが実際に起こりうる。

 

そうなれば、患者にしてみれば、病状以外の要素によって自分の入院が決定されているような懐疑心を駆り立てられることになるだろう。入院治療の必要性の論議は消し飛び、入院の理由は家族との感情的な対立に帰せられてしまう。これらはいずれも、治療の阻害因子となりうる。

 

忘れられがちなことして、認知症高齢患者の問題もある。認知症高齢患者の強制入院には、相続・財産問題が関係していることが珍しくない(参院厚労委員会における池原毅和弁護士の発言。2013年5月30日)からである。

 

 

おわりに(私的感慨)

 

今回の法改正は「保護者」制度を廃止しただけで、家族負担を軽減させるための方策はなんら盛り込まれず、結局は“病院任せの強制入院”制度が強化されることになった。精神障碍当事者に対する権利擁護上の進展もみられない。

 

旧・精神病者監護法以来、日本の精神保健福祉行政は、公権力の発動を最小限に控え、だからといって当事者に対する強制力を必要最小限にするという努力をすることもなく、もっぱら家族と医療機関に責任を押し付けてきた。今回の法改正でも、そのことが再確認されたといえよう。

 

ただ、今回とくに私が寒心に堪えないのは、当初は家族の負担を軽減するとともに当事者の権利擁護を進めるために始まった(少なくとも私にはそのように思えた)「保護者」廃止議論が、最後は、強制入院の“病院任せ”“家族任せ”を追認・強化するような法改正に行き着いた(すり替えられた)ことである。

 

もとより私は、家族が担うべき役割を否定するのではなく、そのような家族を支援する制度の充実こそがはかられるべきであると考えるものである。日本固有の“家族主義”を、もっと別な方向で尊重し活用する可能性を、生活保護制度の見直しと“適正化”等とも関連付けて考えて行きたいと思っている。たとえ、遅きに失したとそしられようとも。

 

サムネイル「Hospital」Francis Bijl

http://www.flickr.com/photos/frenkieb/235190557/

 

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