「新しい認知症ケア」の時代と労働・仕事・活動――認知症ケアの現在地点とその先

1.はじめに

 

2013年10月14日、私はとあるイベントに参加していた。

 

朝、京都と奈良の境で、所属する大学のゼミの学生が中学生チームからたすきを受取る。秋晴れの大和路を学生たちと奈良県庁に向かって走り、介護関係の仕事の人たちからなる次のチームにつなぐ。日中しばらく休んだ後、夕方、大阪城天守閣前に行き、そこで走ってくるランナーや協賛している企業の関係者、ロックバンドなどと最終地点のゴールを祝うイベントで盛り上がる。

 

……これは、オレンジのTシャツを着た人たちが、北海道から大阪城までたすきをつなぐRUN Tomorrowと名付けられたイベントで、3年前、認知症フレンドシップクラブ(Dementia Friendship Club[DFC])という団体が主催して北海道から始まった。

 

このイベントには、認知症と診断された人、グループホームへの入居者、介護に携わる人たち、行政関係者、その他の人たちなど多数参加しているが、主催者・参加者たちは、介護や医療という枠を越えて、広く一般の人たちが認知症のことを知り、ともに「認知症になっても生きやすい社会」「認知症の人と一緒に生きる社会」を作っていくための取り組みに参加してきてくれることを目指している(*1)。

 

(*1)DFCに関しては、http://dfc.or.jp/を参照のこと。

 

DFCはこの年に一度の大規模なイベント単発だけを行っているわけではない。普段は、街にある飲食店などにボランティアのメンバーや当事者などが認知症について説明に行き、認知症の人が入りやすいお店(フレンドシップスポット)として登録してもらう活動や、登録サポーターが依頼に応じて認知症の人たちの外出に「友だち」として一緒に行くなどの活動をしている。

 

参加者にはさまざまな人たちがいるが、たとえば、今回イベントの中心を担った人たちの中には、介護サービス事業へ従事しつつ、普段から若年の認知症の人たちの外出や旅行、ちょっとした仕事の支援などの「労働・仕事」をはみ出した活動をしている人たちなどがいる。このように、認知症の人たちが出て行ける場所と機会を増やすことを目指した活動を、さまざまな人を巻き込んで、主に「労働・仕事」以外の時間で行っており、このイベントはそうした活動のシンボル的な位置付けにあるのである。

 

さて、冒頭でこうした活動に言及したのは、その宣伝をしたいからではない。こうした活動に、本稿の主題である認知症ケアの「現在」が典型的に現われていると考えるからだ。

 

「認知症ケア」や「高齢者への介護」は、主には施設や家などの限定的な場所で、介護職や家族介護者の関与する取組みとして描かれてきた。それはたいてい介護の提供者が介護の受け手の必要を満たす行為やそれがなされている関係としてイメージされる。そうしたイメージを念頭に考えると、冒頭で見たようなイベントや人びとに認知症のことを知らせていく活動は、それそのものは確かに重要でも、認知症の人へのケアというテーマからはみ出したものに見える。あるいは、介護保険制度の枠内でのフォーマルな介護という仕事の外のおまけの活動、または別立ての啓発的な事業であり、ここで論じることではないように見えるかもしれない。

 

実際に、DFCの活動を行っている者たちも、自分たちの活動を、「お世話をする」というニュアンスの強い「ケア」や「介護」とは異なるものではないか、と述べている。

 

だが他方で、ケア概念を時代や状況によって変わる文脈依存的なものと捉えるならば、時期によってそのあり様は変わる(*2)。私見では認知症に関するケア(ケアが十分に無いことも含めて)は、この何十年かで、そのあり様を大きく変化させてきた。私は、冒頭で見たような活動は、認知症ケアという実践領域の誕生・展開の先に現われたもの、すなわち、認知症の人たちへの「はたらきかけ」の理念的展開の一つの帰結だと考える。

 

(*2)上野千鶴子は、ケア概念を文脈依存的なものと捉え、「いかなる文脈のもとで、ある行為はケアになるのか?またいかなる文脈のもとで、ケアは労働となるのか?」を論じるのがケアの社会学のひとつの課題としている(上野2011: 42-43)。

 

そこで本稿では、認知症ケアという領域の誕生、およびその内実の変化を、まずは大まかな理念のレベルで追いながら、現在、認知症ケアが、(少なくとも理念的には)どのような特徴を持つようになってきたのかを示す。次に、2005年頃から私が調査をしてきた団体や人びとのなす認知症ケアの特徴とジレンマをいくつか記述する。

 

調査対象としてきたのは、主に若年認知症の人の支援の必要性に強く駆り立てられ、理念的な認知症ケアを試みている団体や人であり、必ずしも一般的な実践ではないかもしれない。しかしながら、認知症ケアの理念の展開の先にある「現在」を先鋭的に示す場である。その検討の上で、冒頭のようなとりくみが、そうしたケアの流れといかなる関係にあるのかを明らかにし、認知症の人とともに生きることを可能とするケアを創るために、これから考えていくべき課題を、とくにケアの労働や仕事という文脈と関連付けて提起してみたい(*3)。

 

(*3)本小論は、井口(2011)のエッセンスを取り出し、その後の調査研究を踏まえた考察を加えたものである。

 

 

 

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