「新しい認知症ケア」の時代と労働・仕事・活動――認知症ケアの現在地点とその先

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2.コミュニケーション労働としての「認知症ケア」

 

認知症(「痴呆」や「呆け」という呼び方がなされてきたが、2004年末より、この用語が用いられるようになった)になるかどうかは、加齢と強く関係している(認知症になる最大のリスクファクターは加齢である)。そのため、認知症の人たちへの対応は高齢者介護やそれと密接に関係する医療の中で問題となってきた。

 

「高齢者介護」の中で「認知症ケア」領域はいかなる特徴を持ったものなのか。まずは、いくぶん単純化した形ではあるが、ここ何十年かを簡単に振り返ることで見てみよう。

 

まず議論の出発点として、認知症の人や高齢者などへの介護という仕事を、便宜的に「肉体的・作業的な労働」と「コミュニケーション労働」との二側面に単純に分けて考えてみよう。前者は入浴介助などの実際体を動かして遂行する作業、後者は、相手を気にかけ続けること、相手の気持ちをよい状態に保とうとすること、相手の生活の管理責任を負うことなどの広い範囲のものと捉える。

 

最初に結論的なことを言えば、認知症ケア領域の誕生と展開とは、高齢者介護において、後者の「コミュニケーション」そのものが対象者への「ケア(配慮)」という意味を持つようになり、仕事・労働と認知されてきたプロセスだと言える。だが、当初よりこうした「コミュニケーション」が労働・仕事という意味を持っていたわけではなかった。

 

 

(1)「寝たきり」への介護

 

「高齢者介護」そのものは、まず「寝たきり」状態への制度的対応として生まれ、その対応のあり方を問題化していくことで生まれてきた(井口2007)。

 

1960年代には全国社会福祉協議会によって「在宅寝たきり老人」の実態調査などが行われるなど、身体的な障害を抱える高齢者への社会的な注目が生まれ、そうした状態が、まずは対応すべきものとして位置付けられていった。たとえば、1960年代には「寝たきり」が調査の対象となり、救貧的な意味ではなく、「老齢」を入所要件とした特別養護老人ホーム(1963年の老人福祉法を根拠法)が生まれたり、もともとは貧困世帯向けの制度であった老人家庭奉仕員派遣事業(1963年)の所得制限・家族要件、対象の緩和などが徐々になされていく。

 

また、2000年に施行された介護保険制度の目的のひとつが医療と介護との制度上の区分けであったことからもわかるように、医療制度の中にも老人病院への長期入院(社会的入院)という形で、高齢者が「長期の療養」をする領域が存在してきた(岡本2009:68-76)。

 

そうした形で存在してきた「長期の療養」の内実の反省を通じて、1980年代に介護という仕事の領域が目立った形でせり出してくる。この頃には、「生活」を重視した北欧の先進的な高齢者介護のシステムと対比させて、当時「長期療養」の高齢者の行き先であった老人病院などでのベッドへの「寝かせきり」の看護が問題化された(大熊2009: 46-54)。そして、適切な離床の働きかけの重要性が言われ、「寝たきり老人ゼロ作戦」(大熊2009: 55-58)や「自立支援」(高齢者介護・自立支援システム研究会1994)などの言葉とともに、今日、介護と言われるような専門領域が生まれてきた。

 

そこで主に念頭に置かれていたのは、身体的な世話の必要性(「寝たきり」をもっとも下の極に置いた身体的な障害)であり、「寝たきり」が、施設などの職員たちの不作為で「作られた状態」であると指摘される。そして、そうした状態ではなく「本来あるべき姿」でいられるような「はたらきかけ」として介護領域が展開していった。

 

このような介護実践にも介護者と介護を受ける者との間でのやりとりや意思疎通は存在する。しかし、「高齢者介護」としての議論の対象は、あくまでも何らかの身体的必要に対応した具体的な世話行為であり、そうした行為を「円滑」にできるかどうかを考える範囲でコミュニケーションの問題が位置づけられていた。

 

たとえば、高齢者に対する世話と言ったとき、第一に不可欠なのは何らかの医療行為や、食事介助などである。だが、徘徊などの「問題行動」を示す者に対しては意思疎通も難しく円滑にそれらを遂行できない。多くの場合、こうした「問題」の典型として、痴呆や呆けが問題視される。痴呆や呆けの人たちは点滴やおむつを外してしまうが、それは適切な世話行為を妨げるノイズとして考えられていたのである。

 

もちろん、徘徊や異食、妄想などの痴呆の典型的イメージである「行動」そのものが「寝たきり」とは別の困難な問題であることは、とくに家族や現場の介護者には認識されていた。しかし、それは、「寝たきり」への介護を主として、それと質的に異なる特殊な困難として別課題とされてきた。たとえば、対処や改善のしようがないため、「一般の」高齢者の居場所とは異なる、精神科病棟での問題などの、例外的な課題として位置付けられていたのである。そのために、痴呆や呆けと言われる人たちと日々向き合い生きていかなければならない家族やそれに共鳴した専門職たちは、自分たちで課題に向き合って助け合い、社会にその問題をアピールする、家族会活動などを行ってきた。

 

 

(2)認知症への関心と「コミュニケーション」としてのケア

 

1990年代後半から2000年代になってくると、痴呆・呆けという状態への関心が高まり、高齢者介護の本流の課題に合流してくる。徐々に痴呆・呆けの人たちの気持ちに配慮することそのものが重要なケアだと捉えられていくのである。それは、痴呆の人たちそれぞれの気持ちに目を向けやすくする、「個別ケア」を可能とするような施設づくりやケア実践の導入・模索と重なっている。

 

私は、1980年代から痴呆や呆けを取り上げてきたNHKの医療福祉番組を、アーカイブスのデータベースから検索して時期ごとの特徴を検討する研究を行ってきた。そこで作成したリストからテーマの変化を見ると、90年代後半には、グループホームなどの小規模な環境でのケア実践が頻繁にとりあげられ、2000年代初期にはその人の生きた過去を話題に施設の仲間やスタッフとコミュニケーションをとる方法である回想法が紹介されるようになってくる(井口2013)。

 

こうした番組の「取材対象」は、その時代の先駆的取り組みだが、それらの映像では、身体的介護よりも、痴呆の人たち同士や痴呆の人たちとスタッフとのコミュニケーションの様子、普段の生活の落ち着いた様子などが描かれている。こうした具体的なコミュニケーションに関わるケアの方法などとともに「認知症(痴呆)ケア」と呼ばれる領域がプレゼンスを増してきたのである。

 

「コミュニケーション」が前面に出てきたのは、まずは「問題行動」と呼ばれてきた症状を抑えて介護を楽にするうえで、本人の気持ちを知ることやコミュニケーションのあり方が有効だと分かっていったためである。だが、1990年代後半あたりからは、介護を楽にするといった手段としての有効性だけでなく、徐々に「本人の思い」を大事にすること自体がケアの目標として強調されるようになっていった(永田2003)。

 

2000年度に「自立支援」を理念とした介護保険制度がスタートした後、「本人の思い」を重視した「認知症ケア」の領域は形をより明確にし、介護保険制度を中核とした高齢者介護政策における中心的な話題となっていく。たとえば2004年度に京都で開催された国際アルツハイマー病協会国際会議の前後から、認知症と診断された本人(主に40代から50代で発症した「若年認知症」とされる人たち)が公の場に登場して経験や気持ちを表現するようになり、本人の「思い」の存在が言語という明確な形で示されるようになった。また、今後の高齢者介護のあり方として、本人の「思い」によりそい、「尊厳」を守ることが課題とされ、高齢者介護全体が「寝たきり」の人の「自立支援」ではなく、「痴呆ケアモデル」に基づいて設計されるべきという方向性が示されていった。

 

このケアモデルの中では、「プライド」を感じる「思い」を持つ痴呆性高齢者像と、「思い」を持つ本人が環境への適応行動をとることで「行動障害(周辺症状)」が生まれるという症状の説明モデルが示され、それゆえに本人の「思い」へ配慮することが重要なケアだとされた(高齢者介護研究会2003)。

 

こうした周囲からの関わりのあり方や環境整備がケアとなるという認識は、認知症に関する医療からの知識の発信と、その普及にも後押しされ強調されている。「認知症は脳の変性から生じる不可逆的な症状群であり、その症状群は、中核症状と周辺症状に分かれる。そして周辺症状は、中核症状(記憶障害や見当識障害など)を持つ本人が、環境との不適合の中で対処することで出現していくので、周囲の対応の仕方によって悪化したり和らいだりする」という症状の発現のモデルは(小澤2003など)、医療の中にも蔓延していた治療への諦めに抗して、先駆的な実践者の間でそれまでも語られ書かれてきたことであった(室伏1998など)。

 

そうした見解が、とくに2000年前後に、それまで蓄積された臨床経験や施設などでのケア実践、外国での実践に基づく理論書などとともに示されて(Kitwood,1997=2005)、そのモデルの確からしさを高め、現在では一般向けの本や政策文書などで広く示されるようになってきている。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.264 

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