「新しい認知症ケア」の時代と労働・仕事・活動――認知症ケアの現在地点とその先

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4.あるフィールドにおける認知症ケア

 

3節で見たような、2000年代に入ってからの「地域」と「早期対応」という特徴が先鋭的に現れている場で、「コミュニケーション」としてのケアはどのような形をとり、どういった課題を抱えるのか。2005年頃から私が調査をしてきたあるデイサービスでの実践を主な事例に、そのことを見ていこう。

 

2000年代に入ってからの認知症ケアの特徴が、現場ではどのように現われているのかを掴むために、私が主に調査を行ってきたのは、40代から50代を中心とした、男性で言うと「定年退職」前の年齢で認知症と診断された「若年認知症」の人たちへの支援を中心とした取り組みである。それらの取り組みは、認知症の本人の語りを聴いたり、本人の講演をサポートしたりと、2000年代の新しいケアの理念を典型的に示す内容も含んだ支援であった。私は、そうした場での観察や、関わる人たちへのインタビューを行ってきた。

 

 

(1)デイサービスX

 

その一つに、開設以来、認知症の本人に「よりそう」ことを理念に実践を行ってきたデイサービスXがある。このXでは、認知症の度合いが軽中度(要介護度1、2くらいまでの人が多い)の利用者が中心で、若年認知症の人も数人利用している。大学病院の脳神経内科医とのつながりが強く、医療的な認知症への対応も重視され、認知症の「進行」「重度化」を意識しながら日々のケアがなされている。行き場が無くなり介護が困難になることが多い若年認知症の人たちと家族が集まる会を開催したり、在宅で介護をする家族の相談を施設長が積極的に受けたりと、通常のデイサービスの運営とは別立てで、在宅でのくらしをサポートする活動を行っている。

 

商業ビルの一室にあって、デイサービスらしい雰囲気があまり無いXでは、体操や歌、陶芸や絵画などの「習い事」のようなプログラムを設けながら、利用者とスタッフが会話をするといった1日が過ごされている。スタッフは介護士、看護師といった職種にかかわらず交代でそのプログラムの進行を担当し、日中も利用者の傍らに座って話をしたり、トイレの問題や徘徊などがあるときには、さりげなくサポートを行っている。

 

たとえば、入浴サービスがあるデイならば、家庭での充足が難しい入浴ニーズを満たすことを目的に一日が編成され、スタッフもそれに追われる。しかし、Xでは、一日の時間をその人の傍にいてとくに分かりやすい目的なく過ごすような仕事が多くを占めている。何かあらかじめの確定したニーズに対して介護行為をするというよりも、来た人がそこにいられる場を作る仕事と言える。

 

Xにおいて、このいられる場は、無為に時間を消費することで成立しているのではなく、スタッフは意図的なコミュニケーションを通じてその雰囲気を作り出そうとしている。スタッフの多くは、利用者とのやり取りで、「穏やかになること」や「笑顔を見られること」など、落ち着いた状態や良い感情を引き出せることをケアの成果として語っていた。

 

ただし、最終的なケアの目標が、Xの場で利用者の良い姿が見られることであるかというとそれは少し違うようであった。たとえば、スタッフたちは、「利用者が穏やかになることで自宅に帰ったときに家族の介護が楽になる」ことや、「本人が家族に帰ったときに穏やかな状態にあることで、デイサービスに行く意味を家族が強く感じることができる」ことの大事さを強調していた。つまり、Xの場で利用者がいい状態になることが、生活の中心である家族の場に対して何か重要な影響を与えていると考えているため、相手の「笑顔」や「穏やかさ」が仕事の目標と位置付けられていたのである。

 

 

(2)「いる」ために「できる」?

 

このように、Xは、その人が多くの時間を過ごす家族での関係も視野に入れて、認知症の人が「いる」ことのできる場所を作るという支援を試みていた。だが、同時に、私が気づいたのは、Xでは単に「いる」ことが強調されるだけでなく、やってくる利用者にとって何かが「できる」ことを感じられるような場作りを試みていたことであった。

 

ある利用者Aさんは、認知症と診断された後、会社を辞めざるを得なくなった。同居家族からは難しいと捉えられていたが、Aさん自身は求職情報誌を読むなど、再び働きたい気持ちを持っていた。そのため、スタッフは家族と協力して、認知症という病気の意味は曖昧にしたままに、Xを「仕事の場」として設定し、通ってきてもらうよう試みていた。具体的には、Xでの昼食の配膳や椅子の移動などを、Aさんの仕事としてやってもらうこととし、それに対する対価として、あらかじめ家族がスタッフに渡してあったお金を月末にAさんに給料として渡すという試みである。こうした「フィクション」をXという空間において作ることがスタッフの仕事なのである。

 

以上は顕著な例であるが、Xはもう少し日常的に「できる」という意味が保持されるような場作りをしている。日中の芸術やレクリエーションの活動を、講師を呼んでカルチャーセンターのように行ったり、決して賃料の安くない街中のビルの一室での営業を維持したりするなど、何かをするために集まってくる雰囲気を作っているのである。このように「できる」ことの強調は、「いる」ことの強調と反するように思えるが、なぜそのような実践がなされているのであろうか。

 

物忘れなどの生活の支障を経験し、認知症と診断されていく本人や家族にとって、認知症の経験は、それまでとは「異なる人」に変容していく経験である。認知症を脳の疾患として正しく理解することの必要性が強調されているが、生活においては「認知機能」を中心とした「能力」に関わる変化として現れ、多くの場合、他者との間で形成される社会生活において「できなくなる」経験となる。そして、その変容を見守る者(本人、家族)にとっては、本来あるべきもともとの姿から離れていく経験になる。主に中軽度の認知症の人が通ってくるXでの支援は、本人、家族がそうした変容プロセスのただ中にいることを前提に行うものとなる。

 

こうした経験をしている人たちにとっての「いる」ことのできる居場所を作るという課題に対して、理念的に考えれば、変容し、できなくなっていくことに適宜合わせた集団や場を作ることがもっとも望ましいのかも知れない。たとえば、それは「できなくても問題ない」場や、「できる」ことの意味を大きく変えてしまうような場を作ることである。

 

しかし、認知症の経験とは、本人にとっても家族にとっても、それまでの姿と変化した姿とが混じり合いながら、日常生活の中で徐々に変容を味わっていく経験である。とくに、そうした変容の初期、一般的には認知症の軽中度と言われる時期の「その人らしさ」は、本人や家族にとって、その人の「それまでの姿」に引っ張られたものとなりがちである。

 

たとえば、ある介護家族(妻)は、認知症となった現在の夫の姿を、定年退職するまでの夫を知る会社仲間や近所の人に見せて「面子」を失うことを怖れ、生活の場を、自分と夫との二者関係に限定しようとしていた。また、デイサービスなどの「福祉」の場に行くことは以前の夫の姿やその姿を前提とした自分たちの理想像を壊すものと見なしていた。そのため、それまでの姿を、二者関係の範囲内で、さまざまな方策を用いて保持することを、とくに妻にとって夫のその人らしさを守ることと捉えていた。

 

そのような家族や本人の意識に向き合い、可能ならばXとつながってもらうことが、まずはXの重要な仕事となる。本人や家族は、認知症でそれまでの姿から離れていく中で「できない」存在であることを痛感していく。しかし、すぐに「できる」価値観から離れることは困難である。そのため、本人や家族にとって「できる」ことが感じられるようにはたらきかけたり、場を作ったりしようとしている。認知症の人にとっての「いる」場所とするためには、何かを「する」「できる」場所だとまずは感じられる必要があるのだ。

 

また、「できる」場所をフィクショナルに作ることは、家庭内からXに出てきてもらうためだけになされているのではない。Xに出てきて、それから認知症を抱えて生きていく上での中核的な支えとして、そうした雰囲気が重要な役割を果たしている例もある。

 

大学病院の神経内科医とつながっているXでは、先駆的な認知症医療の協力も「できる」場所を作るための資源となっている。Bさんは、「治らない」ことは自覚しつつも、Xにきちんと通うこと、認知症の進行を遅らせるアリセプトという薬を飲んで現在の状態を維持すること、時々に新薬の治験に参加することなどが「自分を高める」と語っている。Bさんの妻も、薬を飲んだ後のBさんの状態に関して、「調子がよくなったね」と声をかけるなど、薬の効果としてよくなったという感覚を与える働きかけを自宅で意識的にしているという。

 

一般的に、「治療」に従事することは、働くことなどの通常の社会的役割からの一時的な免除の正当な理由となる(Parsons 1951=1974: 431-4)。原因疾患を診断された認知症は、医学的には不可逆的な疾患であり、現在は根治できない。だが、専門の医療などを通じて病気の進行への抵抗を可能としている場所として意味づけられることで、少なくとも「治療」を「する」存在となることはできる。すなわち、働く姿そのままの保持ではないが、それまでの姿と同居できる「患者」という意味づけを獲得しやすい場を作っていると言うことができる。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

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