「新しい認知症ケア」の時代と労働・仕事・活動――認知症ケアの現在地点とその先

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5.新しい認知症ケアのジレンマと展開・課題

 

(1)Xでのジレンマ

 

以上で見てきたXの実践は、進行する認知症を抱えた、いわば「境界に位置する」「どっちつかずの」状態に置かれた人のための居場所を作るために試行錯誤して工夫を試みている実践の一例である。それはとくに軽中度認知症の人の「その人らしさ」を何とか維持しようとする先進的な試みである。しかし同時に、認知症の人たちの生全体に何とかよりそおうとする仕事が潜在的に有するジレンマもそこに見ることができる。

 

Xでは、認知症の症状がいつかは「進行」することも見据えてさまざまな対応がとられている。たとえば、Xを利用して在宅生活の維持が困難となるくらいの重度になる時点が来ることを見越し、早めにX以外の複数のデイに通って、重度状態になった際にスムーズに移行できるように家族にアドバイスしている。それは進行性の疾患として見たときに否定できない認知症の「進行」という現実を見据えると、本人や家族にとって明らかに重要なことであるが、同時にXという「いる」場所を維持するために止むを得ないことでもある。

 

あるスタッフによると、Xに来ている人たちは「ある程度認知症ってわかって来ているが、物忘れがここに来れば維持できるか、ひどくならないで済むという認識がある」。そうした場所に、黙って座っていることが難しいとか、それまでやっていた絵画などを描くことができなくなるなど、認知症の「進行」が見られる人がいると、Xという場所の持つ意味・効果の信憑性が失われてしまう。したがって、「進行」した人がXにいることは望ましくなく、次の場所への移行が重要だとされる。

 

また、こうした移行は、「進行」した本人の「思い」を考えた際にも必要なことだと説明される。「本人も周りから変な目で見られたら、仲間意識からも疎外されてしまう。そういう思いが、伝わってきだしたら[本人にとっても]楽しくないとこだっていうこと」になってしまう。他の人と同じようにしていられないほどに「進行」してしまった状態でい続けることは、本人の「思い」にそうことに反するとも解釈されるのである。

 

認知症の進行を前提にすると、ある状態より先に「進行」してしまった人に対して、Xでは直接的にはどうすることもできない。そのため、先々のリスクを見越した予防的な対応や、できている「現在」を大事にすることを、Xでの仕事として優先せざるを得ない。

 

Xの責任者は、「本来ならば看取りまでできる場を作りたいのだが」と、こうした現状へのもどかしさを語っている。衰えていくことを前提に、重度になった先も含めたその人の全体の生を見据えていこうとするならば、そこに集う人たちにとって「できる」場所という意味を維持しつつ、個々人の認知症の「進行」に関しては、その先の場所を見通し、そこにうまく馴染めるよう早めに調整するしか方法はない。だが、それは、その人との直接の関わりをある時点で断念せざるを得ないことであり、その先にその人がどうなっていくかは運に委ねられ、事態への関与も難しくなっていく。そのため、「進行」していくことも含めて認知症の本人を支えていこうという理念を強く持つ人にとってはジレンマの経験になる。

 

こうしたジレンマは、一つは、変化や衰えを示す認知症とされる人へのケアを場所や段階で区切って、その役割を分業した仕事とすることの困難さを示している。「その人らしさ」によりそうといった高い理念的目標を設定した仕事であればあるほど、その理想とのギャップが問題となる。また、老いや衰えという変化を、認知症概念を強調して、より明確な医療の論理・段階モデルを援用してケアしていくことは、その人や家族にとっての生きる支えとなる物語を作る強力なフレームとなるが、同時にそれを貫徹することの難しさにどこかで直面する可能性を含みこんでいる。

 

 

(2)区切らない試み

 

以上で見てきたような認知症ケアとおおもとの理念を共有し、そこで突き当たるジレンマを踏まえ、その乗り越えを企図した試みとして、いくつかの実践を位置付けられる。

 

たとえば、冒頭で見た、社会の中に認知症の人が気軽に出て行ける場所を作ることや、関わってくる人を増やしていこうとするDFCの活動は、そのバリエーションの一つではないだろうか。

 

Xの実践では、介護サービスの一類型のデイサービスにおいて、「できる」場をフィクショナルに設定し居場所としようとするものだった。しかし、Xという場を「できる」場所として維持することと、そこにさまざまな人にいてもらうこととの間にジレンマが生まれていた。そう考えると、理想的には、そうした一部の場に限定せずに、認知症の人が「できる」と感じられる場所をたくさん作ったり、あるいはそうした場を認知症の人が必要としていることを感受する人を多く作ったりした方が手っ取り早く、それは結果的に「フィクション」ではなく「現実」に近づく。

 

たとえば、DFCの活動の中核を担っているある団体は、日頃から外部のデイサービスからの仕事の発注を受ける形で、認知症の人たちが活動できる場を作り、入ってくる謝礼を給与として認知症の人たちに渡すという支援を行っている。このように限定された場でのコミュニケーションという形の認知症ケアを超えていく試みに展開し、デイサービスで介護を行っている専門職などもそうした試みにコミットして行く。その延長にDFCのような活動があるとも言えるのである。

 

また、これまでの認知症の人に向き合ってきた実践の歴史の中に、Xで見られたようなジレンマを無くそうとする試みを発見することもできる。それは、たとえば、いくつかの宅老所における、認知症の重度化、あるいは認知症かどうかという区別をとくに重要な区別とせず、「誰でも受け容れる」ことを原則とした場を作っていく実践である(伊藤2008など)。そうした場で、身体性を伴った直接的ケアと、その人の生きてきた姿やその先を考えることを分離せず同時に行っていく。そこから、あらかじめ決まったサービスに、今いる人を合わせるのではなく、その人に必要があるならば、泊まりや訪問などの仕事内容を生み出していく方向に向かい、結果として通い、泊まり、訪問を備えた実践となっているのである。

 

こうした新しい取り組みや、宅老所のやってきたことが示しているのは、認知症となったその人の全体に関わり続けようという理念を突き詰めると、その活動はある限られた空間に収まらないことになったり、必要に応じて変化する「運動」となったりしていくということである。縮めて言うならば「区切り」を設けることが難しいのだ。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.264 

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