「新しい認知症ケア」の時代と労働・仕事・活動――認知症ケアの現在地点とその先

(3)区切らない試みの文脈

 

以上で見てきたような「区切らない」試みは、認知症の本人の「その人らしさ」へよりそう理念を追求していく先に自然と生まれてきたような実践と言える。そのことを確認した上で、最後に、それを仕事や労働といった文脈に置いたときに浮かび上がってくるいくつかの考察課題を指摘しておこう。簡単に言うと、課題は、その理念の追求が、労働・仕事という枠内をはみ出した性格のものとなってしまうことをどう考えるか、である。

 

いわゆる賃金の授受を媒介とした仕事や労働の範囲でそうした実践を追求しようとするならば、そこでなされていることをどの程度のものと評価し、どのように保障するかが課題となる。ここまで見てきたように認知症の人の「その人らしさ」を大切にし、かつ長期的に関わり続けていこうとしたとき、強いコミットと多くの人が必要とされる。しかし、その試みは一般的な介護のイメージから離れ、見えにくい。それをいかなる形で目に見えるようにし、評価の対象にしていくか。

 

介護保険制度には、2005年の改訂で先に見た「区切り」を越える宅老所のやり方をもとにした、小規模多機能型居宅介護と呼ばれるサービス類型の一つが生まれた。このサービス類型では、受け入れた認知症の人の数および程度に基づいて事業者の得る介護報酬が決まる包括的なものになっている。これに対して、その仕事を支える収益(その多くは人件費となる)に直結する点数的な評価が「コストに対応した報酬になっていないこと」が現場から指摘されてきた(土本2010: 152-162)。

 

もちろん、うまく経営している事業者の例もあるだろうし、合理的な額がいくらかどうかという点はここでは論じられない。ここで確認しておきたいのは、おそらく原理的には、認知症となったその人の全体に関わろうとしていくとき、かける時間や労力は今よりも大きくなり、状況の変化に応じて変動していくということである。たとえば、外に出ていきたい人と付き合おうとする際に、建物の中にとどめておくことが一番楽であり、また、何とか帰ってきてもらうことを目的として付き合うこともできる。しかし、その人のしたいことによりそおうとしたときには、外に出ていくことを楽しむことを支援するということになる。その場合は、必ずしもすぐに帰ってきてもらうことが目的ではなく、一緒に「歩く」こととなる。そして、その「歩く」ことの意味も常に同じではないため、考え工夫をし続けることとなる。

 

制度の中での仕事や労働として位置付けるのならば、こうした非定型に拡張していく活動をどのように評価し、それを続けていくことをどのように保障していくかが一つの課題となるだろう。

 

しかし、こうした「活動」は、介護保険制度の枠内で考えるべきではないという考え方もありうる。実際に、「区切らない」試みを行ってきた者たち自身も、介護保険制度に縛られることによる活動の制限を煩わしいものと捉え、ボランティアなどを入れた助け合いの重要性などを指摘し、そうした「活動」を現実化してきた。その意味では、認知症の人によりそうという理念を追求していくと、いまある形の介護労働や仕事の外にある活動としてそれがなされることになるのは自然なことなのかもしれない。

 

ここで注目すべきは、介護保険制度を含めた介護・医療システムの流れ(地域包括ケア)も同様に地域におけるインフォーマルな支え合いを強調しているということである。たとえば、認知症ケアの今後のあり方の青写真である「認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)(*4)」では、「地域での生活」を支えることを目標においた上で医療やケア連携のあり方、サービスなどについての具体的課題が示されているが、その中で、認知症地域支援推進員や認知症サポーターの養成などインフォーマルな支え手の目標値が示されている。こうした動きを批判的に考えるならば、「本来制度の内で行われるべきもの」の切り下げを、「地域の可能性」の強調が代替する形を構想しているという評価もできるだろう。実際に高齢者への介護供給システムの中核をなす介護保険制度は、複数の改訂を重ねる中で、軽度者の利用を制限するという方向に動いている(*5)。

 

(*4)認知症施策検討プロジェクトチームがとりまとめた「今後の認知症施策の方向性について」や認知症高齢者数の将来推計などに基づいて、平成24年9月に25年度概算要求とあわせて策定された。http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002j8dh.html

 

(*5)たとえば、2005年の介護保険制度の改訂において要介護度1に当たる数を減らす形で要支援が1と2の二段階になった。その後、社会保障国民会議などで要支援のサービスを介護保険制度から外し市町村に移管することなどが提起され、その是非が議論になっている。

 

だが、やはり他方で、「地域」や「助け合い」という言葉が説得力を持って私たちに訴えかけてくること自体も否定できない。その背景には、一つには、「軽度」の人まで範囲を広げた場合の認知症になる人の数の多さがある。オレンジプランにおいては「認知症高齢者の日常生活自立度Ⅱ」(日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが多少見られても、誰かが注意していれば自立できる)以上を基準に認知症の人の推計上の増加が強調されている。

 

その数を背景にすると、認知症の問題は地域で生活をする自分や自分の家族の問題としてもありうるように思えることであり、リスク感を喚起する。そのために、その問題は自分たちとは関係ない悲惨な人たちの問題ではなく、自分たちが経験するかもしれない問題としても感受され、まちづくりなどの一般的課題と結び付いていくことになる。認知症の人たちへの支援の活動が、障害者や生活困窮者などの問題よりも「ユニバーサルデザイン」的なものとして受け入れられやすいのもこうした背景があるだろう。

 

このように仕事・労働との関係を考えると、「新しい認知症ケア」は微妙なバランスの上にある。だが、こうした地域での活動に向かっていく動きがある程度否定できない流れならば、その動きそのものを批判的に評価するだけでは不十分だろう。このようにインフォーマル領域にいろいろな課題の解決を求めていったときに、そこでどのような分断が生まれてくるかを課題として意識し、それを捉える方法に敏感になっておくことが重要である。

 

「活動」的な領域につながることができたり、参加できたりする認知症の人とはどういった人たちなのか。それは認知症の軽重ももちろんあるだろうが、ひょっとしたら認知症になる前の社会関係が影響をしているのかもしれない、あるいは、ケアをする家族の有無や、その家族の持つ資源が運命を分けるのかもしれない。このように、仕事や労働の外にケアが拡散していったときに、その理念に照らして、結果として現実がどうなっていくのか、その行く末を丁寧に見ていくことが必要とされている。

 

 

参考文献

 

井口高志2007『認知症家族介護を生きる――新しい認知症ケア時代の臨床社会学』東信堂.

井口高志2011「新しい認知症ケア時代のケア労働――全体的にかつ限定的に」仁平典宏・山下順子編,『労働再審 第5巻 ケア・協働・アンペイドワーク――揺らぐ「労働」の輪郭』大月書店:127-159 .

井口高志2013「映像の中に見る認知症の人の「思い」――ぼけ・痴呆・認知症をめぐるケア実践の社会学」副田義也編『シリーズ福祉社会学② 闘争性の福祉社会学――ドラマトゥルギーとして』東京大学出版会: 151-172.

伊藤英樹2008『奇跡の宅老所「井戸端げんき」物語』講談社.

Kitwood, T., 1997a Dementia Reconsidered: The Person Comes First, Buckingham: Open University Press (高橋誠一 訳 2005 『認知症のパーソンセンタードケア──新しいケアの文化へ』筒井書房).

高齢者介護研究会2003『2015年の高齢者介護──高齢者の尊厳を支えるケアの確立に向けて』.

高齢者介護・自立支援システム研究会1994『新たな高齢者介護システムの構築を目指して』

室伏君士1998『痴呆老人への対応と介護』金剛出版.

永田久美子2003「痴呆ケアの歴史──なじみの暮らしの中の作業の重要性」『作業療法ジャーナル』37(9): 862-5.

大熊由起子2010『物語介護保険(上)――いのちの尊厳のための70のドラマ』岩波書店.

岡本祐三2009『介護保険の歩み――自立をめざす介護への挑戦』ミネルヴァ書房.

小澤勲2003『痴呆を生きるということ』岩波書店.

Parsons, T., 1951 The Social Systems, New York: The Free press.=1974佐藤勉訳『社会体系論』青木書店.

土本亜理子2010『認知症やひとり暮らしを支える在宅ケア「小規模多機能」』岩波書店.

上野千鶴子2011『ケアの社会学――当事者主権の福祉社会へ』太田出版.

仁平典宏2011『労働再審<5>ケア・協働・アンペイドワーク』大月書店.

 

サムネイル「11470023」SungHsuan Wang

http://www.flickr.com/photos/wasimark/611086187/

 

 

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