「どうせ高齢者」意識が終末期ケアにもたらすもの――英国のLCP調査報告書を読む

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(4)鎮静と鎮痛

 

LCPでは患者への投薬内容については4時間おきに臨床的にアセスメントするよう推奨しているが、LCPの開始とはそのアセスメントをやめてしまうことと同義のようだった、と多くの家族が共通して感じている。そうなった時のLCPとは、何の裏づけもなく説明もないままに、次は栄養と水分の停止、そして強力な麻薬系鎮痛剤と鎮静剤の継続投与と、あたかもステップ化した手順や項目チェック作業でしかないかのように感じられた。(1.67コラム 29頁)

 

調査では、あまりにも多くの人が、別れた時には患者は穏やかで状態が落ち着き、会話も可能だったのに、わずかな時間の後に、あるいは医師や看護師が来室した後に、戻ってみたらシリンジポンプがセットされていて、大切な人と二度とコミュニケーションが取れなかった、と語った。(1.69 29頁)

 

病院では、モルヒネが適切ではない場合や鎮痛が必要でない場合にまで、多くの患者がシリンジポンプでモルヒネを投与されているように思われる。これは臨床的に許されることではない。(1.72 30頁)

 

 

脱水から不穏になった患者は水分補給で改善が見られるが、不穏の原因が脱水だと分からず鎮静で対応してしまうと、脱水がさらに進む悪循環になってしまう。もっと緩和ケアの専門家の関与が必要であり、また終末期の薬の使い方については、水分補給のやり方と同様、さらなる研究が必要となる。

 

 

(5)DNR(蘇生無用)指定

 

調査委員会が設定した家族と介護者からの聞き取りの場では、心肺蘇生無用指定に同意すると、それでLCPの開始にも同意したことになると臨床スタッフは捉えていた、と多くの人が語った。これは、まったく不適切である。(1.81コラム 32頁)

 

 

患者の状態によって心肺蘇生が有効かどうかの判断は最終的には責任者である臨床医が決定すべきことではあるにせよ、望ましい臨床のあり方(ベスト・プラクティス)としては、患者自身の望みを考慮に入れ、患者と/または家族や介護者を最終決定に至るまでの検討に加えるのが望ましい。

 

患者本人や家族や介護者には決定の理由が説明されて当たり前であり、その説明について質問したり、説明の内容を理解したり受け止める時間が与えられて然り。また、仮に同時に話題に出たとしても、緩和ケアや終末期医療と心肺蘇生とは別の問題であり、そのことは患者にも家族と介護者にも明確に伝え、別々の問題として記録しなければならない。

 

 

(6)金銭的インセンティブ

 

金銭的なインセンティブと死にゆく人のケアとがどのような形であれ繋がることには、きわめて大きな問題がある。…(中略)…調査委員会は、LCPを実施した患者ごとに金銭支払いがされたり、それに類するアプローチは停止すべきだと提言する。……(以下略)(1.91 34頁)

 

 

ベスト・プラクティスを推奨するシステムの一環として、地域によっては患者にLCPが適用された割合に応じて金銭支払い制度が設けられている。このことについて報告書は、意図的に患者の死を早めているとの疑念を招いただけでなく、本来は常に繊細で専門的な臨床判断が行われるべきところで「項目チェック」作業的なアプローチが促進されてしまった可能性があると指摘している。

 

 

(7)より広範な問題

 

このたびの調査の過程において、死にゆく高齢者のケアが必ずしも本来あるべきものとなっていないことを強く示唆する多大なエビデンスが家族と介護者から寄せられたことに、調査委員会は驚かされた。厳密に見極めることは不可能だが、高齢者差別が起こっているのではないかとすら調査委員会は考えている。(2.21 39頁)

 

特に懸念されるのは認知症患者、高齢者、そして知的障害のある人々といった弱者でのLCPの利用である。私の意見では、もしもそういう人たちが死に瀕しているとしたら、LCPはまさに用いるべき正しいツールである。しかし、可逆的でありうる病状でパターナリズムによって誤った判断がされてしまう可能性があるのも、やはりこれらの患者であろう。その判断自体はLCPとは無関係で、実際のところLCPの基準に反しているが。(2.20添付 上級医師から寄せられた声 39頁)

 

 

LCPそのものについても、導入されて以来10年間の有効性が検証されていないことや、内容の不備がいくつか指摘されてはいるが、報告書はLCPそのものの欠陥というよりも、それを適用する医療職の意識や姿勢の問題と捉えて、その問題点を具体的に検証している。

 

LCPについては今後半年から1年間は使用せず、個別の終末期ケアプランで代用するよう提言しているが、その背景にあるのは、そもそも死にゆく患者のケアには包括的なアプローチではなく、あくまでも個々の患者の個別のニーズに応じて運用されるパーソン・センターの個別ケアプランで対応すべきだとの見方である。

 

調査で明らかになったのは「医療職の間にある閉鎖性、思いやりの欠落、死にゆく人をケアするスキルと力量の改善の必要、患者や家族や介護者を第一におき尊厳と敬意を持ってケアする姿勢の必要」(3.10 48頁)だ。そして、コトは単なるLCPの運用問題を越えているとして、関連機関や各種学会に対して教育や研修の見直しを提言。そのためには、緩和ケア理念のガイダンスだけではなく、疾病群ごとに技術的なガイダンスが必要であるなど、細かく具体的な提言を多数行っている。また、政府に対して研究費を含めた予算の増額や人的資源の充実を含め、終末期ケア・システム全体の抜本的な見直しを勧告している。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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