「どうせ高齢者」意識が終末期ケアにもたらすもの――英国のLCP調査報告書を読む

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「過剰医療」でも「余計なことは一切せず、さっさと死なせる」でもなく

 

私は現場医師らがLCPの適用実態についてメディアに告発の手紙を書いた2009年から、折に触れてブログで拾いながら、この問題を「無益な治療」論のひとつの顕れとして捉えてきた。報告書の中に「母のカルテには、まるで医療チームが母を死なせる決定をしたことをそれで正当化するかのように、大きな文字で『無益』と書かれていました」(1.50に添付 25頁)という家族の声があるのは、きわめて象徴的だと思う。

 

「無益な治療」論とは、もともとは「もう助けることのできない患者を甲斐のない治療で無駄に苦しめるのはやめよう」と、無益な過剰医療への反省として始まった議論である。ところが、議論が繰り返されていくうちに少しずつ変質変容し、今では一方的な治療の差し控えや中止の決定権を医療サイドに認める論拠として機能し始めているように見える。

 

最初は臨死期での無益な過剰医療への反省に立って作られたLCPも、広く普及していくうちに、少なくとも一部の医療現場で本来の理念から離れて形骸化し、患者や家族をなおざりにして医療サイドがすべてを一方的に決め、機械的に進める死への手順と化していった。このプロセスは、「無益な治療」論の変容変質に重なって見える。調査に寄せられた別の声が、そのことを鋭く指摘している。

 

 

終末期の患者ケアを改善する手段として作られたものが、今では医療職が治療は続行に値しないと決めた時に、生きる権利を引き上げる方法として利用されているように思われる。(1.83に添付 32頁)

 

 

「無益な治療」論について、私が感じてきた大きな懸念のひとつに、本来は特定の患者への特定の治療を巡って、患者の固有の病状とニーズに応じて常に具体的に個別に検討されるべき「無益」性の判断が、こうした議論の繰り返しによって徐々に抽象化され、いつのまにか障害像や年齢によって包括的に一律の線引きをする「無益」論が紛れ込んでいるのではないか、という疑問がある。それは、拙著『死の自己決定権のゆくえ 尊厳死・「無益な治療」論・臓器移植』や著者インタビューで指摘したように、「どうせ高齢者」「どうせ終末期」「どうせ認知症患者」「どうせ重症障害者」と暗黙のうちに線引きをして、そこから先は丁寧にケアしようとする興味関心をさっさと引っ込めてしまう「無関心」のことだ。

 

調査委員会の報告書が炙り出しているのは、まさにそうした「どうせ高齢者」意識と、その先に繋がる「無関心」が英国の医療現場に広がっている実態といえるのではないだろうか。そして、その無関心は、かつて志の高い医療職の心を痛め、彼らにLCPを作らせた過剰医療の背景に潜んでいたものでもある。

 

私には、かつての「患者を無益に苦しめる終末期の過剰医療」も「幇助死パスウェイになっている」と批判される現在のLCPの機械的適用実態も、同じ1枚のコインの表裏に過ぎないように思える。機械的に生かされたまま無関心に放置されることに尊厳がないのと同様に、問答無用で「生きる権利を引き上げ」られて機械的に死なされることにも尊厳などありはしない。患者と家族の望みだって、そのどちらでもないはずだ。

 

問題は、コインの裏や表に顕れている現象としての「過剰医療」にあるのでも、LCPという特定のパスにあるのでもなく、まして鎮静や鎮痛や胃ろうを含む経管栄養などといった特定の医療技術にあるのでもない。コインそのものに本当の問題があるのだ。だからこそ調査委員会は、コトは単にLCPの問題に留まらず、関連機関や国を挙げて終末期医療の抜本的な改革に取り組む必要があると指摘し、必要な改善を数多く具体的に提言した。医学界、医療関連の行政・監督機関や国に対して、コインの正体と正面から向き合えと言っているのだと思う。

 

現在、日本では終末期の過剰医療への批判が繰り返されている。そして、その批判は「いかに終末期医療を受けずに死ぬか・死なせるか」という議論に短絡し、さらに尊厳死の法制化に向かう議論へとなだれ込んでいこうとしているように見える。しかし本当に議論すべきは「いかにして終末期医療を受けずに死ぬか・死なせるか」ではなく、「いかに終末期医療を改善するか」であり「いかにすれば個々の患者の個別性に応じて、終末期を苦しくないものにできるか」の具体的で詳細な検証のはずだ。

 

英国のLCP調査委員会が実施した調査の手法、寄せられたエビデンスとの向き合い方、細かく具体的な問題分析とそれに基づく提言の数々などがまとめらたこの報告書は、私たちにとっても、尊厳死法制化を拙速に議論する前に、まず何に目を向けるべきか、そして何を考え議論するべきかについて、示唆に富んでいるように思う。

 

 

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