グローバルヘルスが日本を強くする――日本人の多くがまだ気がついていない国家戦略

グローバルヘルスを国家成長・国家安全保障戦略の中心に

 

保健医療は、各国の歴史や社会経済状態、法制度に密接に関わる極めてローカルなものである。しかし、あらゆるセクターがグローバル化する中で、保健医療もそれと無関係ではいられなくなっている。つまり、パンデミック・インフルエンザ等の病気だけではなく、医師も患者も国境を超えて移動する時代になった。

 

保健医療のグローバル化は世界の潮流だ。

 

Koplanら[*1]によると、「グローバルヘルス」とは、医療に国境がなくなったグローバル化の一つの形態で、従来のように先進国が発展途上国を援助するのではなく、両者に共通する地球規模の保健医療の課題を、さまざまなセクターが一緒に解決していく分野だ。

 

それは、極めて学際的で、イノベーションを重視し、社会医学に限らず、基礎研究、臨床医学、そして、薬や機器の供給も含まれる。パンデミックなどの感染症、生活習慣病の蔓延、高齢化、皆保険制度、医療人材不足、医薬品開発などの問題は、発展途上国も含めた国内外共通の課題である。

 

2000年代半ばから米国を中心にグローバルヘルスという言葉が使われ出し、瞬く間に世界中に広まった。元ビル&メリンダ・ゲイツ財団グローバルヘルス部門総裁(現武田薬品工業取締役)のタチ山田氏は、「グローバルヘルスは医療の将来」と言い切った。

 

その流れをうけ、いまや世界の主な大学にはグローバルヘルスを標榜する教室が存在する。

 

最近、ハーバード大学学長から直接聞いた話だが、ハーバード大学の学部生の選ぶ最も人気のある科目は経済学とコンピューターサイエンスだが、2番目に人気のある科目がグローバルヘルスになったという。

 

米国シアトルにある名門ワシントン大学医学部でも、グローバルヘルス専攻は2番目に大きい教室である。グローバルヘルスを希望して医学部に入る学生も多い。米国のトップスクールの学生は、本気で世界を変えたいと思っている。そして、その対象に保健医療が選ばれるようになっているのは特筆すべきことだろう。

 

なぜここまでグローバルヘルスが大きなブームになっているのだろうか。それは、保健医療が国際開発、そして、国家成長戦略および外交安全保障戦略の重要な課題として認知されたからである。

 

グローバルヘルス興隆の始まりは2000年に遡る。当時の国連事務総長コフィ・アナンが提唱し、国連加盟189カ国が合意したミレニアム開発目標(MDGs)というものがある。MDGsは2015年までに国連加盟各国が達成すべき開発目標であるが、8つの目標のうち実に3つが保健医療関連であり、このMDGsによって保健医療は開発の主なアジェンダとなった。

 

MDGsの礎を築いたのは、コロンビア大学のJeffery Sachsだ。それまでの世界の開発分野では、「貧困があって病気になる。だから、まず経済開発を優先すべきだ」という発想だった。しかし、Sachsら[*2]は、アフリカのマラリア等の事例を示し、「病気があるから貧困になる、だから、健康に投資しなければならない」と訴えた。つまり、「健康への投資」によって経済成長も促すことを示した。グローバルヘルスへの期待が急速に増えたのはそれからだ。

 

さらに、欧米諸国では、保健医療が開発や国家成長の重要戦略であるのみならず、外交安全保障戦略の主な対象となっていることを忘れてはならない。発展途上国の感染症対策は、先進国の自国民を健康の脅威から守ることでもある。それを明確に示しているのは、ヒラリー・クリントン元国務長官のジョンズ・ホプキンス大高等国際関係大学院(SAIS)でのスピーチ[*3]だ。

 

彼女は、「グローバルヘルスは、破綻国家を救済し、社会経済開発の手段として有能な同盟国を支援し、国家安全保障として米国民を守るためにある。そして、(ブッシュ政権で傷ついた)民間外交手段として有効であり、何よりも、米国民の思いやりの表れである」と言っている。

 

それを裏付けるように、米戦略国際問題研究所(CSIS)や英王立国際問題研究所(チャタムハウス)といった著名な外交政策シンクタンクにおいても、グローバルヘルスに関する部門が近年設立され、活発に政策提言を行っている。

 

このように、近年のグローバルヘルスの興隆の背景には、保健医療が従来の保健セクターを超えて、国家戦略、さらには、外交安全保障戦略としての地位を確立したことがある。つまり、グローバルヘルスは、いま、政治・外交・経済・貿易・ビジネスにおけるイノベーションの最前線なのである。

 

[*1]http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(09)60332-9/fulltext

 

[*2]http://www.who.int/macrohealth/en/

 

[*3]http://link.brightcove.com/services/player/bcpid1705667530?bctid=586427366001

 

 

 

シノドスをサポートしてくれませんか?

 

誰でも自由にアクセスできる本当に価値ある記事を、シノドスは誠実に配信してまいります。シノドスの活動を持続的なものとするために、ぜひファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」のパトロンをご検討ください。⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

無題

 

・人文・社会科学から自然科学、カルチャーまで、各界の気鋭にじっくりインタビュー
・報道等で耳にする気になるテーマをQ&A形式でやさしく解説
・研究者・専門家たちが提案する「こうすれば●●は今よりもっとよくなるはず!」

・人類の英知を伝える「知の巨人」たち
・初学者のための「学びなおしの5冊」

……etc.  

https://synodos.jp/a-synodos

1 2 3
シノドス国際社会動向研究所

vol.246 特集:「自己本位」で考える

・福田充「危機管理学」とはどんな学問か

・山本貴光「「自己本位」という漱石のエンジン」
・寺本剛「高レベル放射性廃棄物と世代間倫理」
・高田里惠子「ちゃんとアメリカの言うことを聞いたら「大学生の教育」はもっとよくなる」
・絵:齋藤直子、文:岸政彦「沼から出てきたスワンプマン」