ゆるやかに、しかし着実に、自立へと歩みつつ ―― ある生活保護当事者の半生と思い 

2012年11月17日、行政刷新会議「新仕分け」において、仕分け対象事業として生活保護(生活扶助・住居扶助・医療扶助)が取り上げられた。結論から一部を抜粋する。

 

 

「生活扶助基準については、自立の助長の観点から、就労インセンティブを削がない水準とすべきであり、一般の低所得者の消費実態などとの均衡を図る」

「生活保護受給者の就労を促進するため、就労収入積立制度などの実現に向けて対応する」

「『医療供給側の受診抑制させるための取組』について、今年の見直しの中で直ちに取り組むべき」

 

 

曰く、生活保護当事者の自立とは、就労自立である。曰く、生活保護基準の切り下げ、すなわち生活保護では暮らして行けないようにすることが、就労へのインセンティブとして機能する。曰く、生活保護当事者の就労(*1)を促進すれば、生活保護に関する問題は解決する。曰く、医療扶助の増大に関しては、医療機関側に生活保護当事者の受診抑制をさせればよい。問題は、不適切な受診を希望する生活保護当事者にある……。

 

「新仕分け」の結論は、概ねこのような、日本の「世間」に一般的な見方に基づいているようである。

 

(*1)限定的にでも何らかの就労(障害者作業所等での就労を含む)が可能と考えられる人々は、生活保護当事者の20%前後である。

 

本稿において筆者は、ただ、精神障害を持つ生活保護当事者一人の半生と思いを紹介する。

 

 

「食事を作っている時が一番楽しい」

 

柳沢剛さん(仮名・40歳)は、精神障害者である。精神障害者福祉手帳の等級は、2級となっている。「福祉的就労なら可能なこともある」と考えられる等級だ。現在の精神科主治医から告知されている病名は「うつ病・アルコール依存症」だ。28歳の時、当時の精神科主治医の勧めにより、生活保護を申請して単身生活をはじめた。「就労して生活保護から脱却したい」とは切実に願っているけれども、少なくとも、数年単位で叶えられる希望ではなさそうだ。

 

柳沢さんは、毎朝9時ごろ起床する。まずは、ゆっくりする。朝食は摂らない。

 

昼頃に、一日最初の食事を摂る。食事には気を使っている。ほぼ100%、食事は自炊である。おかずは、季節ごとの産物を安く買って料理する。秋なら、脂の乗ったサンマが安い。ご飯は、2~3合ずつ炊いて冷凍しておくようにしている。

 

昼間は週2回、居住する東京23区内の「地域生活支援センター(*2)」に通う。居場所であり、顔なじみの友人たちと会う場であり、SST(Social Skills Training)プログラムなどを通じた社会訓練の場だ。そこでは、料理教室にも参加している。自炊するときに、料理教室で習い覚えたメニューを再現したりすることもある。

 

2週間に1回は、精神科クリニックに通院する。診察を受け、2週間の間の出来事や状態について医師に話す。そして、処方された向精神薬を受け取って帰る。

 

(*2)主に、地域で生活する障害者を対象とした通所施設。旧・精神保健福祉法を根拠に、「精神障害者地域生活支援センター」として各地に設置された。現在は精神障害者だけではなく、多様な障害者・高齢者などを対象とする「地域生活支援センター」として存続していることが多い。

 

柳沢さんは、

「食が充実すると、内面的に余裕が出てきますね」

という。

 

夜7時ごろ、夕食を食べる。就寝までの時間に、趣味のイラストを描くこともある。地域生活支援センターのスタッフに、「好きなことは捨てないほうがいいよ」と言われたので、描き続けている。柳沢さんは、

「そういう人が周りにいてくれるから今があるんですよね、俺」

と、実感をこめてつぶやく。

 

柳沢さんの現在に、何ともいえない「じれったさ」を感じる方は多いだろう。強引な就労指導をしない地域生活支援センターに「仕事しろ!」と言いたくなる方も多いだろう。柳沢さん本人の将来設計は、どのようなものだろうか?

 

 

現在の夢は、作業所での革細工

 

柳沢さんは、近々、障害者作業所に通い始めたいと考えている。近辺の作業所の見学は、すでにはじめている。2012年夏ごろから、見学をするような気力が出てきたそうだ。

 

住んでいるアパートの近くに、魅力的な作業所がある。菓子工房と革工房を持っている。革工房では、カバン工場の裁ち落としの革を集めて、専用ミシンで縫い合わせ、カバンを作って販売したりしている。柳沢さんは「面白そう」という。

 

向こう1年くらいの間に、たぶん柳沢さんは作業所に通い始めるだろう。長期的な計画は、どのようなものだろう? 柳沢さんは、

「流れ的に、一般就労できればいいと思います」

という。しかし、

「焦りすぎるとドツボにはまるので」

と、焦ることを自分に戒めてもいる。一般的に、焦ることには何のメリットもない。経済的自立を果たしている健常者にとって当てはまることは、精神障害者や生活保護当事者には、もっと当てはまる。

 

しかし、柳沢さんの生活保護利用は、もう12年にもなる。現在も続く精神科での治療は、12年もかけて「そろそろ作業所に通えるかも」をやっと達成しているのが現状だ。柳沢さんは、いったい、どのような治療を受けてきたのだろうか?

 

 

 

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