難病カルテ 患者たちのいま

難病と共に歩む患者や家族の生活を丁寧に描き出した『難病カルテ 患者たちのいま』。毎日新聞佐賀県版に掲載されるも、全国的に大きな反響を呼んだ人気連載の書籍化だ。今回はその中から、3つの記事を抄録し掲載する。

 

 

マッサージで患者支援目指す 「心のカーテン開けてほしい」 鶴田信実さん(38)/佐賀

 

「神経線維腫症1型(レックリングハウゼン病)」

 

皮膚や神経に、神経線維腫と呼ばれる良性腫瘍ができたり、皮膚のしみや目の病変などが起こる病気。両親のいずれかがこの病気を持っていると、2分の1の確率で生まれる子に遺伝する。発症率は約3000人に1人の割合。医療費助成の対象になる特定疾患に指定されている。

 

 

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広島県三原市の障害者施設で、鶴田信実さん=佐賀県嬉野市=は、マッサージ師の資格獲得に向けて故郷を離れ、寮で暮らす。「合格のため、がんばりますよ」。資格取得とその先にある目標に向け、鶴田さんは不安を振り切るように、言葉に力を込める。

 

生後1、2カ月で、右目付近が膨らんだ。皮膚に「カフェオレ斑」というシミが広がっていた。数年後、「神経線維腫症1型(レックリングハウゼン病)」と診断。祖父と父親も同じ病気を持っており、遺伝だった。

 

「みんなの肌はきれいなのに、どうして私の体にはシミがあるんだろう。みんなと違うのかな」

 

高校までは「いじめ」が日常だった。右目まぶたが腫れ上がっていたことから「(怪談に出てくる幽霊の)おいわさん」と言われ、「よそばしか(汚いという意味の佐賀弁)」という侮蔑を投げつけられた。「話したらうつる、触ったらうつる」と遠ざけられる。靴を隠され、ノートや教科書への落書きが相次ぐ。机の上に一輪挿しの花瓶を置かれたこともあった。絶え間なく続いた。子どもだけではない。大人も「見たらうつる」とか「言うこと聞かないとああなるからね」と鶴田さんに聞こえる声で、その子どもに話していた。

 

「慣れるとね、あきらめるんです」。苦笑いして振り返る。「ずっと、当たり前だったから。もう、気にしても仕方ないから」。当時を思い出さないようにするためなのか、感情を出さずにつぶやく。

 

それでも「保育士になりたい」という目標を追うため、学校には通い続けた。幼い頃、風邪を引いてぐずる鶴田さんに、「のぶちゃん」と優しく元気に接してくれた保育士の影を追っていた。手術を受けた後、同級生からの励ましを録音したカセットを持ってお見舞いしてくれた。「自分も、あんな先生になりたい」

 

高校を卒業すると、岐阜県内の短大へ。3人の弟を育てる両親のため、紡績工場で働きながら3年間を過ごした。お酒を飲み、遊びに行く友達にも出会えて「青春を取り戻した」時間だった。「友達って、こういうことを言うんだな」

 

佐賀に戻ってから、病院の看護助手として勤務。約3年間働いた後、幼稚園や保育園で正職員の就職を探したが見つからず、臨時職員やアルバイトをして働いた。

 

当時、結婚を約束した人がいた。しかし「子供を産んだら、2分の1の確率で、この病気を持った子が生まれる」ということが、頭から離れなかった。

 

「好きな人の子を抱きたい」という気持ちと、子供に同じ思いをさせたくない、という不安感。迷った末、「この人を幸せにできるのは、私ではない」と思い込むようにした。

 

「他に好きな人がいる」とうそをついた。2日間電話が鳴り続けたが、無視した。携帯の番号も変えた。半年後、鶴田さんを追って佐賀に来ていた男性は故郷の愛知県に帰郷した。鶴田さんは引っ越し作業を隠れて見ていた。「行かないで」。心の中で叫び、号泣した。でも声には出さなかった。「あの人が幸せになればいい」と、自分をなだめた。そのときの感情を、振り返る。「心が陥没したようでした」

 

その後、症状が悪化する。頭部に大きな腫瘍ができ、手術。その後も、まぶた、側頭部など、2年に1度のペースで手術が続いた。肌に手術痕が残るのも、徐々に落ちる視力のことも……。「なぜこんな病気になる」と自暴自棄になった。左腕には当時、自傷した跡がいくつも残っている。知人のすすめで、同じ患者らが集う静岡県内の療養施設で過ごすことを決めた。

 

そこで出会った視覚障害者からの助言をきっかけに「もう一度働きたい。輝きたい」と思い、盲学校へ通うことを考え始めた。3年後、佐賀に戻り、佐賀県立盲学校へ進学した。

 

右目は切除しており、左目の視力は0・01程度。視野も「あちこち欠けている」状態。ルーペや拡大読書器を使って勉強する。国家試験が迫る3年次の夏ごろは、毎日午前2時半まで勉強を重ねる「4時間睡眠生活」を続けた。マッサージの実技指導も「背筋を伸ばして」「場所が違う」と講師から厳しい声が飛ぶ中、「難しいけれど、頑張って覚えたいから」。汗を流しながら、腕を動かした。

 

結果的に卒業時には試験に合格できず、引き続き試験勉強をするため、広島に移ることを決めた。

 

目標がある。資格を取ったら、経験を積み、病気や障害のある人のため、訪問マッサージに取り組みたい。「障害があって外に出られずにいる人も多いはず。でもそこに、私が訪問して自分の経験を伝えたら、社会との接点を持つきっかけになるかもしれない。引きこもらず、明るい日差しを感じてほしいんです。私の姿を見せることで、心のカーテンを開けてほしいんです」

 

婚約者と別れたことも、症状が進行したことも、今は悲観しない。「社会の一員として働くことができるチャンスをもらえる。病気になったことで、新しい人生の切符をもらえたんですね」

 

 

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