「子育て支援」を「相続税」で拡充せよ――新成長戦略の限界とその克服

まず優先すべきは「子育て支援」

 

このような「高齢者優先の社会保障」に対して、私は、2013年の5月から、雑誌メディア等で何度か問題提起をしてきた(下記※(1)~(2))。社会保障の「すべての領域」を視野に入れて、各領域の「倫理的機能」と「持続可能性」の両方を考慮すべきだ、というのが私の主張である。具体的には、以下のとおりだ。

 

社会保障とは、住民個人の置かれた社会的状況を、公的支出(現金給付・サービス給付・税額控除)によって改善するものである。その「自分の置かれた社会的状況」に対して、最も責任のない人々がいる。それは、幼い子どもたちと、先天的・偶発的な障害を負った人々だ。倫理的な観点からいえば――とりわけ、多くの人々が共有しているであろう「機会平等主義」の観点からいえば――、社会保障は、まずもって、彼らの社会的状況(子どもの貧困・機会不平等、障害者の貧困・不利)を改善するためのものでなければならない。具体的には、主に「子育て支援」と「障害者福祉」が、優先されなければならない。

 

しかし、社会保障の倫理的機能と同時に、社会保障の持続可能性もまた、考慮する必要がある。つまり、その社会保障領域が、国内経済や税収確保に、どの程度貢献するのか、という問題だ。

 

「子育て支援」は、女性の就労機会を保障すると同時に、子どもたちの成育機会を保障するので、人材の多様化・高度化や、納税者の確保などに貢献する。これらはいずれも、経済発展や税収確保につながる(下記※(2)~(4)を参照)。また、「子育て支援」がより充実すれば、先天的な障害を負った子どもたちにとっても、より生きやすい社会になるだろう。

 

したがって、社会保障の全体像を考える立場から、私がまずもって主張してきたことは、「第一に優先すべきは子育て支援だ」ということである。高齢者福祉を削減する必要はない。しかし、子育て支援を拡充する必要はある。

 

子育て支援(とりわけ保育サービスと児童手当)を拡充することで、先進諸国最悪レベルの「子どもの相対的貧困」を減らし、「女性の就労」「人材の多様化・高度化」を促すことができる。それにより、「社会保障の倫理的機能」は最も効果的に高まるだろうし、経済成長や安定的な税収確保を通じて「社会保障の持続可能性」も最も効果的に高まるだろう。

 

 

※記事リスト

(1)「いま優先すべきは「子育て支援」」『G2』(講談社)第13号、2013年5月

(2)「いま優先すべきは「子育て支援」」(全4回連載)『現代ビジネス』(講談社)、2013年7月

(3)「社会保障のマクロ効果に関するパネルデータ分析」(内閣府経済財政諮問会議「今後の経済財政動向等についての集中点検会合」第1回会議古市憲寿提出資料)、2013年8月

(4)「子育て支援こそ成長戦略」(総力大特集:安倍総理「長期政権」への直言――気鋭の若手論客10人の提言を聞け)『文藝春秋』第91巻第13号、2013年11月

 

 

「子育て支援」の財源はまだまだ足りない

 

では、以上の視点から、「新成長戦略」の社会保障部分を、改めて見直してみよう。

 

まず、理念的なスローガン(方向性)としては、「女性の更なる活躍促進」(子育て中の女性が働ける環境整備、女性の登用を促進するための環境整備、女性の働き方に中立的な税・社会保障制度等への見直し)を掲げており[*9]、それ自体は高い評価に値する。

 

[*9] 首相官邸「「日本再興戦略」改訂のポイント(改革に向けての10の挑戦)」2014年6月24日

 

しかし、実際の予算規模を見ると、とりわけ「子育て支援」の部分は、スローガンの達成にはまだまだほど遠いことが分かる。

 

すでに見たように、「子育て支援」の予算規模は、実質的にはほとんど拡充されず、これまでどおり先進諸国の「半分」のレベルのまま、据え置かれていく予定だ(図2)。そのため、就学前保育の待機児童(のうちの40万人分)を解消するための「質の改善」(私立保育士の賃金改善など)に必要な予算0.4兆円は、いまだ財源が確保されていない。さらに、学童保育の待機児童(推定40万人)を解消するための予算も、30万人分しか確保されていない。したがってこのままでは、就学前保育についても学童保育についても、待機児童の解消はまだまだ(少なくとも10万人分以上)見込めないのが実態だ。

 

他方で、「高齢者福祉」の予算規模は、ほとんど削減されず、これまでどおり先進諸国の「平均」のレベルのまま、維持されていく予定だ(図3)。つまり、スローガンでは「高齢者優先の社会保障から脱却して、子育て支援を重視していく」と掲げておきながら、しかし実際の予算配分では、「高齢者優先の社会保障をこれからも続けていく」というのが実態なのである。

 

したがって、私の現時点での主張は、「政府は、子育て支援のための『新たな財源』を、早急に作るべきだ」ということである。

 

 

財源は「相続税」で

 

では、どのようにすれば、「新たな財源」を作ることができるのだろうか。高齢者福祉の予算を削らないとすれば、増税をするしかない。では、どういう増税パッケージであれば、国民生活や国内経済への悪影響が最小限で済むだろうか。

 

私が現時点で提案したいのは、「相続税」(およびそれとセットになる贈与税。以下同様)の拡大(基礎控除引き下げや、税率引き上げ、累進性強化)である。

 

相続税であれば、拡大しても、国民生活や国内経済に悪影響を与えないばかりか、むしろ高資産高齢者の消費を促進し、経済に良い循環をもたらすと予測されるからだ(なお、相続税の支払いが負担になる場合は、その相続を放棄すればよい。もともと自分の資産ではないのだから、相続を放棄したとしても、自分の資産が減ることはない)。

 

また、「人口動態」に着目すると、「日本では今後2100年頃まで、国民全体の死亡率が上がっていく」と予測されている。したがって、人口に対する死亡件数は増えていくため、相続税は、あと100年は「安定的な財源」として期待できる。

 

さらに、「預金」(国内全体で860兆円)に着目すると、日本の「一人当たりの預金額」(676万円)や「預金が家計金融資産で占める割合」(54%)は、欧州やアメリカよりも大きい(図4)。そもそも預金は、直接は運用されていないため、税収(運用利益からの所得税収や、運用手数料からの消費税収)に結びつきにくい。しかし、相続税を拡大すれば、その860兆円もの預金(の一部)から、税収を得られるようになる。

 

 

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倫理的な面を考えても、資産の相続は、所得格差を親子間で再生産し、「子どもの相対的貧困」(機会の不平等)を親子間で再生産してしまう。子や孫への相続や生前贈与は、できるだけ縮小させる(税収や消費に回す)ほうが、「相対的貧困の再生産」を予防できるので、倫理的に公正だといえるだろう。

 

以上の点から考えれば、相続税(と贈与税)は、可能な限り拡大すべきではないだろうか。なお、『21世紀の資本論』(未邦訳)で近年注目されているフランスの経済学者トマ・ピケティもまた、資産課税の拡充(とりわけ「資産から負債を差し引いた純資産」への累進課税の強化)を提案している(なお彼は、それに加えて、富裕層が国外流出しないように、「資産課税の国際的取り決め」も提案しており、注目に値する)[*10]。

 

[*10] 朝日新聞デジタル「(インタビュー)新しい資本論 トマ・ピケティさん」2014年6月14日

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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