精神障がいを抱える親と暮らす子どもたちに必要な支援とは

障がいの説明を受けていない子どもたち

 

私が子どもの立場の方(既成人)34名に行ったインタビュー調査でも、医療者や他の家族から病名も含めて説明されていた者が10.5%、障がいを持つ親自身からつらさや家事等ができない理由として聞いていた者が23.7%と、子どもが理解できるような説明を受けていた者は少なく、65.8%の者は何も説明を受けていなかった。

 

精神障がいの親の抱える症状は、“寝てばかりいる”、“呼びかけても反応しない”、“急に怒り出す”、“独り言を言う”、“ありもしないことを言う”など子どもの目から見ても、普通とは違う奇異な行動にみえる。本来、疑問に感じたら「友だちの家と違うのはどうして?」と質問すると考えられるが、障がいを持つ親のことは家庭内でも触れられない話題であるため、聞くことができない。訳がわからないまま、障がいを持つ親に合わせた生活を強いられ我慢させられることも多く、理不尽さを感じたり、大事にされない状況に「私のことなんて気にかけてくれない」と孤独を感じ、自分に否定的な感情を抱いていた。

 

これらの子どもはよく、「普通がわからない。けれど、他の家とは違うことに気づかれそうで、ずっと人に合わせ、“普通”を振る舞ってきた。」、「誰かに教えてもらったわけじゃないし、自信がない」と言う。

 

子どもは周囲の大人から「大丈夫だよ、それでいいんだよ」と承認され認められることによって、より大きな社会へと踏み出していく。これらの子どもは、その承認される機会が親の精神障がいという症状によって奪われていたことが多い。これは、親が怠慢だったり子どもに愛情がなくできなかったわけではない。子どもの欲求を感じ取りそれにすばやく愛情豊かに応えること、適切に反応を返すことができなくなるのは、精神障がいの症状なのである[*6]。

 

[*6] 岡田尊司(2011):シックマザー‐心を病んだ母親とその子どもたち‐,筑摩書房.

 

しかし、それが病気によるものと説明されていない子どもたちは、「私が悪い子だから……」と自分を責め、「愛されよう、受け入れられよう」と努力し、親の要望・期待に添う“いい子”として自分の希望や感情を押し込めて生活していることが多い。

 

 

家族がケアするのが当たり前の制度と子どもゆえの苦悩

 

多くの子どもたちは、いつの間にかケアを担う人になっていたと話す。精神症状の特徴として、ご飯を食べたり、身だしなみを整えたりといった日常生活行動に関心が向かなくなってしまうことがあるが、自分で身の回りのことができなくなった親を放っておけなってしまうからである。

 

他にも放っておけなくなる背景には、何が起こっているのかわからない不安から親のことが心配で傍を離れられないという面があるように思う。知識(情報)や社会経験、まとまった金銭を有する大人は、状況を把握して必要な支援を求めることができるが、子どもの場合、何をどこに相談すればよいのかわからない、親を医療に繋げるにも、自分が家を飛び出すにもお金がない……、結局のところ、現状を維持する生活を続けるしかなかったのだと思う。

 

2014年4月に精神保健福祉法に記されていた保護者制度が廃止されたが、主に家族が担ってきた保護者には、精神障がい者を医療に繋げさせることが義務づけられていた。このことからわかるように、日本の法制度では、障がい者のケアは家族が担うのが当たり前と認識されてきたように思う。しかし、この保護者になり得る順位も、(1)後見人・保佐人、(2)配偶者、(3)親権を行うもの……と規定されており、子どもが保健所等に親のことを相談に行っても、健康な親の同意がない状態で医療に繋げることが難しかったと話す。子どもゆえの困難がここにもあるように思う。

 

親‐子の関係は、一般的に“子どもは親の養育や教えを受けて育つもの”との認識があるように思う。当然、障がいを持つ親も子どもも、同様の認識を持っていることが多く、立場上、子どもから親に「病院に行った方がいいよ」と伝え行動を促すことは難しく、また親にとっても受け入れがたいという状況にある。

 

これは、受診に限ったことではない。症状によって家事等が満足にできなくなった親に代って食事を作っていた子どもも多い。家事を担い始めた理由は、親の状態を見かねて、病気でない親に頼まれて、自分やきょうだいが生活するために……など様々であるが、子どもが望んで家事を担っていたわけではない。本をみたりしながらやり方を覚え、自分でつけた力なのに、親から「○○ちゃんは料理が得意でいいわねぇ……」と羨ましがられたりすると、「どうしてそんなこと言われなきゃいけないの。上手に作ることもお母さんを苦しめることなの?」と苦悩する。社会で広く捉えられている親子関係とのギャップに苦しみ、また、そうした苦悩を感じながら生活していることに気づかない親の言動に傷ついたりしているのである。

 

 

同じ状況にありながらも症状に巻き込まれにくかった子どもたち

 

一方で同じような状況下で育ちながらも、親が示す症状に比較的巻き込まれずに、自分らしさを持って生活できていた子どももいる。そこに関与していたのではないかと思われる要素を挙げると以下のようになる。

 

1つ目は、“家庭内がオープンであること”が挙げられる。こうした家庭では、家の中で普通に病気のことも話されるので、子どもたちも「隠さなければ」という意識を持つことなく育つ。また、親が医療機関に受診したり、周りの者に相談する姿もみているので、「困ったことがあれば相談すればいいんだ。恥ずかしいことではないんだ」と学習し、必要な支援を求めたり、「大学に進学したいけれど家の経済状況だとどうすればいいのか考えて欲しい」と自分の希望を伝えることができていた。このように、隠さなくても良いことは親の症状を“誰でもなり得る病気”と捉え、自分のやりたいことをめざし、自己主張できる強さに繋がっていた。

 

2つ目は、“精神的なサポートがあること”である。他の家族員や教員など自分の気持ちや状況をわかってくれる大人や、否定せずに認めてくれる大人が存在していると、子どもは自分のことを否定的に捉えなくてすむので、臆することなく行動できるようになる。精神的支えになる相手は、障がいを持つ親自身でもよく、症状で子どもの世話が満足にできなかったとしても、子どもに関心を向け、子どもが「大事にされている、受け止められている」と感じられることで、子どもは自分に肯定的感情を持つことができ、活力となっていくのだと考えられる。また、健康な(病気ではない)同性の親モデルが存在していることも、家庭内で自分の取る対応を学ぶ機会になり、子どもの混乱を軽減できていたように思う。

 

3つ目は、“障がいの説明を受けていること”である。これまで述べたように、多くの子どもは、親の状況を説明されておらず、また周りのそのことを隠す様子に、何が起こっているのか、これからどうやっていくのかわからない不安を抱えて生活していた。当たり前のことだが、“障がい・脳の病気”として説明されると、「なりたくてなったわけじゃない、誰もがかかる可能性がある病気だから仕方がない」と病気から距離を置いて見ることができ、自分を責めることがなくなる。また、症状悪化にも気づきやすく、適切な対処ができることで、心配や不安を軽減することに繋がっていると考える。

 

4つ目は、“家庭外の活動に没頭すること”で、障がいを持つ親や家のことを忘れて楽しむ時間を持つことである。家に居るのがつらかったと家庭外で過ごすことを選択できた子どもも居たが、多くの子どもは、「自分の時間を持ってもいいんだよ。自分を大事にしてもいいんだよ」と言われても、親や家のことが心配でなかなか離れることができなかった。そうしたことからも、これを成り立たせるためには、家事等を担ってくれる存在が必要となる。そういう支え手がいてこそ、外での活動に没頭でき、病気から物理的に距離を置くことができると思われる。

 

5つ目は、“今の生活を変えたい・安定した生活を守りたいという思いを持つこと”である。自分より幼いきょうだいの存在などがあると「私が守らねば……」と感じ、状況を客観的に捉えることで、症状に巻き込まれにくくなっていたように感じる。更に年齢が大きくなると、「今のどん底のまま、人生を終わらせるのは嫌だ」と考えたり、動けない親に「暴力を振るい続けていていいのか?」と自分を振り返って考えることで、現状を見つめ直し、客観視することで、病気から気持ちの上で距離を置くことできていたように思う。

 

 

 

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