日本が学べるアメリカ就労支援の創意と工夫

最初にシノドス編集部から戴いたお題は「就労支援政策の日米比較」であった。就労支援の「政策」は、やる内容にしても生じる問題にしても似てくることが多い。政策よりもむしろ、たいへん面白く学ぶところも多いのは、アメリカで就労支援に関与するさまざまな組織の存在や活動の、日本との相違である。本稿はそれを論じたい[*1]。

 

では就労支援とは何か。それは、すぐ後ろで述べる理由によって、日本では知られているようでまだあまり知られていない。

 

就労支援とは、一方では、(しばしば複合的な)就労困難を抱えた人びとに寄り添って、本人の意思を尊重しながら、どんなふうに働きたいか、どの程度までの仕事が可能か、そのために必要な準備や努力は何か、といった対話的了解を重ねつつ、就労(し続け)させるような支援のことであり、他方では、こうした就労困難者が従事できるような職務の切り出しや人材紹介を、地域の(中小零細)企業にはたらきかけ、あるいはまた、働きやすい(ビジネス)組織の起業を促進するような支援のことである(筒井・櫻井・本田編著2014)。

 

こうした営みが欠かせなくなった理由は、端的にいって、労働環境の劣化にある。正社員・正規職員として一つの組織にできるだけ長く勤めることは、典型的でも規範的でもなくなった。多くの職場で、高い労働密度・労働強度が課されて人びとに余裕がない。隣席の同僚にすら、話しかけるのではなくメールを送ってしまうほどだ。ワークルールは、あっても無きが如しで、賃金未払いや契約不履行、パワハラやセクハラが横行している。

 

このような社会は、「普通に働いている」人びとが自分の身を支えるだけでも、精神的・経済的に一杯一杯である。ましてや、解雇や倒産を経験したり、家族の問題や心身の辛さを抱えていたり、基礎的な学力や基本的なソーシャル・スキルを身につける機会の乏しかったりした人びとにとっては、なおさら働きづらく、生きづらい。

 

また、自分は「普通に働いている」と思っていたら、あっという間に「彼ら」の立場になった、ということも頻繁に生じている。このように、劣化の激しい労働環境においては、就労したくてもできない、就労したとしても続けることが難しい、といった人びとが増えてゆく。そこで、ここ10年ほどの話だが、日本でも拡充せざるをえなくなってきたのが、「就労支援」である。

 

[*1] 本稿は、ここ数年実施してきた4つの共同研究に基づく。まず日本に関しては、2008~2010年度・日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)「市場化・分権化時代の就業支援政策の有意味性と公共性に関する教育・労働社会学的研究」(研究代表者・筒井美紀、課題番号20530786)および、2011~2013年度・同(C)「地域主権をめぐる葛藤と社会的労働市場の持続的発展に関する教育・労働社会学的研究」(研究代表者・筒井美紀、課題番号23531139)、である。次にアメリカに関しては、2010~2011年度・労働政策・研究研修機構国際研究部「アメリカにおける新しい労働組織のネットワークに関する調査」(担当・山崎憲)、および、2012~2013年度・同左「労働力媒介機関におけるコミュニティ・オーガナイジング・モデルの活用に関する調査研究」(担当・山崎憲)、である。

 

 

個別的・地域的・福祉的な営みとしての就労支援

 

こうした経緯のゆえ日本では、就労支援は一般にはまだ、よく知られてはいない。「就労支援って、ご存じですか?」と尋ねると、「ハローワークなどが仕事を紹介すること」とか「仕事に就きたい人に職業訓練をすること」といった答えが返ってくる。たしかに、職業紹介も職業訓練も、就労支援の一要素ではある。だが、それだけではない。

 

通常の職業紹介や職業訓練で、「やりたい仕事がわからない」とか「身につけたいスキルが思い浮かばない」と当事者が言ったらどうなるか。きっと「レディネス(準備態勢)ができていない」として追い返されてしまうだろう。だが多くの就労困難者は、まずはこの部分で問題を抱えている。たとえば、スキル上昇の「天井」がとても低い低賃金サービス職が増え続けている現状では、「自分が就けるような仕事では、どれを選んだって喰っていけない。だったら、どれを選んだって同じことだ」と暗い気持ちで悩んでいる人がたくさんいても不思議ではない。そのように思い悩んだ結果、「やりたい仕事がわからない」との呟きが漏れるのかもしれない。

 

こうした求職者に、「喰っていける仕事を見つけようとする努力が足りないですよ」とか「スキル不足と思うなら一生懸命に身につけるべきでしょう」と指摘や助言をしても効果はあるまい。こうした求職者にとって心強いのは、「ささやかながらも上がっていけるキャリアのハシゴ」(筒井2008)がある求人企業を地域で探し出し、双方がマッチするかどうか、あいだに入ってその面倒を見てくれること、つまり就労支援である。

 

ところで、多くの就労困難者は、生活保護受給者であったりひとり親家庭の親であったりなど、福祉受給と関係が深い。だから、(原則として)直接の福祉供給者である市町村が、就労支援も一緒にやってくれると効率的・効果的である(「たらい回し」が避けられる)。そこで、都道府県よりも区市町村の方が、就労支援の担い手としてより期待されている。

 

以上のように就労支援は、個別的・地域的・福祉的な営みである。何か一律的なルールやマニュアルを国が細かく定めて、それに則ってやれば問題が解決されていくようなものではない。そこでかたちとしては、国が大枠を示して[*2](多くの)予算を出し、そのもとで、都道府県さらには市町村が具体的事業内容を決定し、地域のNPOや社会福祉法人、人材企業や労働者協同組合などに事業委託する、というのが一般的だ。もっとも、就労支援の担い手として期待されている市町村は、これまで本格的な就労支援の経験がほとんどない。雇用・就労は国(ハローワーク)の仕事であったし、企業誘致などによる雇用創出は都道府県の仕事であったからだ。だから、たいていの市町村は、就労支援と言われて戸惑っているのが現状だ。事業委託が「丸投げ」状態のところも少なくない。

 

[*2] 「大枠」を決める前には、幾つかの市町村でモデル事例や先行実施をすることが多い。大阪府豊中市、神奈川県横浜市、北海道釧路市などは、就労支援の先駆的な自治体である。

 

 

アメリカとの比較?

 

以上のようにまとめられる日本の就労支援の特徴や傾向は、アメリカにおいても確認される[*3]。つまり、連邦政府から出て州そしてローカル(郡や市)へと按分される就労支援予算は、自治体直営ではなく、各種組織への委託事業として執行されることが多い。筆者らの、ここ数年のアメリカの訪問調査で訊いてきた就労支援の具体的内容は、寄り添い支援やチーム支援、地域企業を対象とした求人開拓、コミュニティ・ビジネスの立ち上げ支援……など、日本国内での聴き取り調査と共通することが多い(遠藤・筒井・山崎2012;労働政策研究・研修機構2014;筒井・櫻井・本田編著2014)。

 

[*3] 日本でもアメリカでも、就労支援に関する法律や予算は一種類だけではない。たとえばアメリカでは、連邦労働省は労働力投資法に基づいて失業者・無業者の職業訓練費を州に按分しており、他方で連邦住宅・都市開発省が州に供給する地域共同体開発包括補助金もまた、就労体験を可能にする地域での仕事起こしに使われたりする。このように、就労支援に関わる法律や予算は多様で複雑であり、紙幅に全く収まりきらないので、本稿では思い切って省略した。そこで詳細については、引用文献に挙げた書籍や報告書を参照されたい。

 

アメリカと比較をしながら日本の就労支援について調べている、と述べると、「新自由主義の権化みたいな国と比較して意味があるのか」「お手本を探すならヨーロッパではないか」といった疑問を向けられることも少なくない。アメリカは独立独歩や自助努力、競争や規制緩和による社会進歩を「良きもの」とする理念をもっていて、これらを反映した、「ウェルフェア・トゥ・ワーク(welfare to work)」「ワークフェア(workfare)」と称される就労支援政策は、福祉予算の削減(「福祉受給をやめて早く働け」)や、事業委託先の人材企業やNPOへの厳しいノルマ達成を強いているではないか、と。

 

たしかに、大筋としてはそのとおりなのである(そしてまた日本の就労支援も、同様の圧力に晒されている)。けれどもそれは大筋にすぎないし、政策の特徴が整理され示されているにすぎない。だからそこだけを見て、学ぶものは何もないと言ってしまうのは早計である。アメリカがいかに酷い社会であるかを綴った本は日本でよく売れるが、就労支援でもやはり同じで酷いのだ、と結論するのは間違いでしかない。私たちは、もっと他の箇所を見るべきなのだ。それが冒頭に述べた、就労支援に関与しているさまざまな組織の存在や活動なのである。

 

 

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