「地域アート」と共同体――芸術の固有の領域とは何か?

『地域アート 美学/制度/日本』は、評論家藤田直哉の「前衛のゾンビたち 地域アートの諸問題」という論考を出発点に、アーティストやキュレーターとの対話や研究者の論考を編んだ書籍である。

 

「地域アート」を考えるとき、アートが乗っかる土台としての「コミュニティー」にぶち当たる。芸術が、共同体や社会、政治にアプローチするときの「芸術性」とは一体何なのか。芸術にしかできないこととは。『地域アート』編者の藤田直哉氏と、アーティストの田中功起氏、美術批評の杉田敦氏が語った。2016年4月10日のナディッフアパート(東京・恵比寿)での2週連続トークの1回目を構成して採録。(構成・撮影/長瀬千雅)

 

 

「前衛のゾンビたち」執筆のきっかけと問題意識

 

藤田 日本では、越後妻有大地の芸術祭(2000年〜)や、瀬戸内国際芸術祭(2010年〜)のような、ある地域で行われるアートプロジェクトが多数開催されています。そこでは、コミュニティーを活性化するという目的で、「リレーショナル」や「参加型」といった現代アートの技法が使われている。その構造変化を批評的に分析するにはどうしたらいいかということを考えて、「前衛のゾンビたち——地域アートの諸問題」という評論を書きました。2014年の秋に「すばる」という文芸誌に載ったのですが、反響が大きく、それを受けてこの本(『地域アート 美学/制度/日本』)を作ることになりました。

 

「地域アート」という用語についてですが、僕は、ある地域の名前を冠して行われる芸術祭を総称する名称として「地域アート」という言葉を使っています。

 

田中功起さんとは、『地域アート』の中で、キュレーターの遠藤水城さんと3人で鼎談をさせていただいています。その鼎談で僕は、アートが地域振興などの目的で使われると芸術としての自立性が保てないのではないかという問題意識を投げかけています。「美」の中心が、造形的な美しさから、コミュニケーションとコミュニティーの造形に移っていっているのではないか。でもそうなると、ソーシャルデザインのような領域と芸術の区別がつかなくなるのではないか。芸術の固有の領域、僕はそれを「美」と呼んでいるんですが、それをどう保てるのか。そういう問題意識がありました。

 

 

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左から、藤田直哉さん、田中功起さん、杉田敦さん

 

 

杉田敦さんと「地域アート」との距離

 

田中 僕が、この鼎談に杉田敦さんをお招きすることを提案したのですが、それは、杉田さん自身の今までの活動に「地域アート」を相対化する視点が含まれていると思ったからです。国内における「地域アート」の始まりに位置づけられる越後妻有アートトリエンナーレでは杉田さんの企画によるプロジェクトもありました。近年の国際展においてかなり特殊な企画であった、バカルギエフが両方のディレクターを努めたドクメンタ13(*)とイスタンブール・ビエンナーレ(*)、いずれも見ていますよね。また、アーティストとの協働も含めた、都市の中での独自の企画も多数行っています。

 

*ドクメンタは、ドイツのカッセルで開かれる現代美術の国際展。1955年から5年ごとに開催され、2012年夏に開かれた「ドクメンタ13」の芸術監督はキャロライン・クリストフ=バカルギエフ(1957年、アメリカ生まれ)が務めた

 

*1987年からイスタンブールで隔年開催される現代美術展。ここではキャロライン・クリストフ=バカルギエフがディレクターを務めた第14回を指す

 

杉田 2009年に越後妻有に参加したときから、地域系アートプロジェクトというものにどう関わればいいのかを考えていました。そのあと、土湯で行われたアラフドアートアニュアルに参加したときは、「『地域アート』に関わるときに最もやってはいけないことをやろう」と思った。(地域系アートプロジェクトでは通常その地域を訪れたり滞在したりして制作するが)「その地域に行かない」とか。

 

で、実際に行かなかったんですね。東京でイベントをやったんです。しかもわざとディレクターを招かなかった。それは僕がひねくれているからではなくて、その時期にはもう、アーティストたちが地域系アートプロジェクトに対して自覚的に距離を持ち始めていました。

 

だから藤田さんの「すばる」の論文が出たときは、まったく新しい見方が提示されたというよりは、むしろ、みんなが感じていたものが文章になってパッと出されたという感じだったと思います。

 

僕にとって大きかったのは、マニフェスタ7(*)の経験です。第7回の2008年のマニフェスタは北イタリアのトレンティーノ=アルト・アディジェという、言ってみれば越後妻有のようなところで開催されたんですが、ライナー・ガナール(Rainer Ganhl)という作家のチームが、すごい田舎の一軒家で展示をしていたんです。そこには、その村で採れる虫とか、その村で採れる染料で染めたなにかとか、いかにも地域系のアートっぽいものが置いてある。で、最後にいちばん上の部屋に行くとカラオケが置いてあって、ミラーボールがあって、映像が流れている。その映像を見てると、壁には「ああ、早く都会に帰りたい」って書いてあったりするんです。

 

*マニフェスタは、2年に1度ヨーロッパの都市で開催される現代美術の国際展。第1回は1996年、ロッテルダム(オランダ)で開かれた

 

一同 はははは。

 

杉田 アーティストは地域におもねるようなものをやりがちなんだけど、そうではなくて、その、都会人の自堕落でダメなところをこそ、見せないとダメだなと強く思ったんです。

 

 

杉田敦さん

杉田敦さん

 

 

「俺は本気出してないだけ」?

 

田中 藤田さんが「すばる」に論考を発表されてから本が出るまで1年半経っているわけですよね。最初に「地域アート」について批判的に感じていた部分はどう変化していきましたか。つまり「アートにとって固有の表現とは何か」ということが変わらずに興味の対象にありますか。

 

藤田 「前衛のゾンビたち」の論考では、「現在の日本で行われているアートが、過去の運動(注:1968年を頂点とする前衛運動)を自身の正当化の根拠のようにしながら、結局は、国策の一環であるかのような「地域活性化」に奉仕してしまって、閉じていく現状」に疑問を呈しつつ、「美」や「芸術固有の価値」を擁護する論調としました。

 

興味の対象は未だに変わっていませんが、編者として本を作る過程で認識が変化した部分もあります。今でもダメなものはダメだと思っていますよ。「みんなで田植えしましたおめでとう」みたいなのは違うんじゃないかと思うし、若いアーティストやボランティアを搾取しているようなものはどうかなと思う。ただ、それまで僕自身が感受できていなかったものがあるということがわかった。

 

いろんな作家さんと出会って話を聞くと、作品の中に、苛立ちや皮肉、批評性を込めている。だけど微小な込めかたなので多くの観客は気づかない。そういう部分に、僕の目が良くなっただけではなくて、作家さんたちが声を出して明言していただけるようになったので、僕自身の認識が変わった部分は大きいです。

 

杉田 ひとつ質問なんですが、アーティストが「地域アート」の枠組みで地域の問題と関わらなければいけないとなったときに、花を植えるでも田植えをするでもいいんだけど、プロジェクトがそういうものになってしまうことがある、と。それに対する批判というのは、「それってクリエイティビティーを希釈したかたちでその場にインストールしてるだけなんじゃないの?」という言い方もできますよね。

 

藤田 そうですね。

 

杉田 それは半ば正しいような気もするんですが、でも問題をはらんでいて。つまりその言い方だと、「アーティストにはもっと濃厚なものがある」ということを前提にしてしまう。でも、じつはそんなものはないのかもしれない。もともと希釈したようなレベルのやつじゃん。ということはないんですか?

 

藤田 そこは迷うところなんですよね。あらかじめ「濃厚」と呼べる作品を作っている作家が地域に入って作風が変わったら「薄まった」といえるかもしれない。しかし、最初からそのような場所で活動をしているような若い作家の場合、「濃厚」「希釈」の判断がつかない。

 

 

藤田直哉さん

藤田直哉さん

 

 

杉田 こういった批判が出たときに、まず一回通過しなければいけないのは、その批判的な言説や疑問が結果として彼らの正当化の方便になっていないかということです。

 

たとえば、一般的な経済活動で生業(なりわい)を作っている人から見れば、芸術家なんてあぶく銭で生きているようなものですよね。一方の芸術家は、本来のクリエイティビティーを発揮する場を与えられるのだから経済的には多少恵まれなくてもいいという意識がある。でも、その両方の意識が、お互いのためになっている。

 

要は、「地域系のアートってこうだよね」とみんながぼやっと抱いている疑問が、じつはアーティストにとっても自分自身の活動を保存するための方便になっているところがあるような気がするんです。「地域系あるよね、そこでは本当にやりたいことはできないけど、俺にはこっちにやりたいことがある」みたいなことを暗黙のうちに仮定してしまう。本当はそんなものないかもしれないのに。

 

藤田 「俺、いつか本気出すから」みたいな。

 

杉田 そうそう。

 

藤田 「俺が本気出せば金なんか出る」みたいなことですよね。批判がそのように機能してしまいかねないというご指摘は、重要かもしれませんね。

 

杉田 僕は、地域系のアートですごくクリエイティビティーを感じたことが一回だけあって、徳島県の神山町(かみやまちょう)なんですが、何がすごいかというと、神山町の人たちがすごいんです。神山町は1999年からアーティスト・イン・レジデンス事業を行っているんですが、その前に日本で最初にアドプト・プログラム(*)を取り入れているようなところなんです。神山はものすごい田舎町なわけですが、それらを運営しているNPO法人グリーンバレー理事長の大南信也さんは、スタンフォードの大学院を出ていて、それらをアメリカから輸入してインストールするんです。

 

*アドプト・プログラム(adopt program)の嚆矢は、1985年にテキサスで始まったAdopt-A-Highway Programとされる。市民団体や企業が里親となってハイウェイの一部の区間を「養子」として引き取り、清掃や緑化などの面倒を見る。見返りとして道路脇に「里親」の看板等が掲げられる

 

アーティスト・イン・レジデンスのやり方もすごくて、たとえば、一度なんて、経済的な支援を受けて制作している人が町の男の子と一緒になって逃げてしまった。それすらも町の人たちは喜んで笑っているんです。アーティストが作品を作るとかプロジェクトを行うこと自体をまったく期待していない。それはアーティスト側のではなく、受け入れる側の地域の問題でもあると思いますが、たとえばゆるいアートをやっていようが、地域の人たちにとっては「あいつらゆるいね」と言っていれば、けっこうおもしろいのかなと思うんです。

 

藤田 作品の良し悪しとは関係なく、地域次第でどんなアーティストが来ようと意外とおもしろくなっちゃう。

 

田中 そうするとやはり、結局はシステムの問題になりますよね。「地域アート」的なプロジェクトが増えれば増えるほど、そのシステムで成り立つ方法を持ったアーティストが生まれてきて、それが日本では増えてしまったという話なんですよね。【次ページにつづく】

 

 

田中巧起さん

田中巧起さん


 

 

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<ポリコレのジレンマ―政治・芸術・憲法から見た政治的正しさと葛藤>

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