2015.03.31

世界一の投資家ジョージ・ソロスが2か月で10億ドル稼いだ投資法入門

浜田宏一・安達誠司

経済 #ソロス#投資

莫大な利益を得る投資の方法

浜田 私は、アベノミクスの初期に油揚げを海外に持っていかれた日本の投資家たちに、今度こそおいしい思いをしてほしいと思っています。したがって実際の投資の現場において、大きな成果を上げている人たちの話をお聞きしたいと思います。

投資で大きな成果を上げている人たちといえば、ジョージ・ソロスなどが運営するヘッジファンドでしょう。規模の大きい投機的なファンドが、金融の世界では幅を利かせているように見えるのですが、ヘッジファンドというのはどういった手法でそれだけの利益を上げているのですか。

安達 簡単に言えば、彼らはマーケット自体が「必ずしも『効率的市場仮説』の通りに動いているわけではない」という前提で動き、それをうまく利用して利益を得ているのだと思います。

「効率的市場仮説」とは、株式市場でいえば「現在の株価は、あらゆる情報を織り込んだうえで形成されているため、世間にすでに流布された情報をもとに投資をしていたら、投資家たちは恒常的に利益を上げることはできない」という考え方のことです。つまり、経済や企業に関する情報、およびチャートをいくら利用しても、必勝法のような投資法は存在しないという考え方なのです。

しかし、現実の市場はそこまで効率的ではなく、どこかに歪みが生じているものだから、「必ず利益を上げられる機会があるはずだ」と彼らは考えています。その市場の歪みを見つけて儲けるというのが、ヘッジファンドの投資手法の基本的なスタンスだと思います。

たとえばソロスなど、メディアに頻繁に登場するヘッジファンドマネージャーの多くは、「グローバル・マクロ運用」という投資手法を用いて収益を上げています。この運用方法は、世界の金融市場をマクロ経済の見通しにもとづいて眺め、その見直しによって考えられる価格から、マーケットが大きくかけ離れた時に集中的に投資するものです。

典型的なのは、彼が大成功したイギリスのポンド危機のような例です。ポンド危機が起きたのは、端的に言って、当時のイギリスが固定相場制を無理に維持しようとしていたことが原因でした。

当時のイギリスは、中央銀行であるイングランド銀行が、ECU(エキュー、ユーロの前身)/ポンド相場が変動しないように為替市場に介入して、ECU/ポンドレートを固定させていました。とはいえ、そもそも為替市場には多数の参加者が取引に参加しているので、イングランド銀行が頑張って為替市場に介入したところで、ECU/ポンドレートをいつも一定の値に維持できるはずがありません。それまでこれを維持できていたのは、イギリスの景気とアメリカの景気が、たまたま同じような動きを見せていたからです。

そのため、ECU/ポンドレートを大きく変動させることで利益を得ようという取引を試みる投資家がいなかったのです。そのように「仕掛け」たところで他に誰もついてこなければ、損失を被るだけですので。

浜田 でも当然ながら、その「たまたま」は永遠には続かなかった。

安達 その通りです。アメリカの景気とイギリスの景気が違う動きを見せた時が問題だといわれていましたが、それは実際に起きました。この場合、米英は別々の金融政策をとらざるを得なくなるため、固定相場の維持が不可能になったのです。為替相場を固定化させるという制度自体が永続性がなく、そのため為替市場に歪みが生じていたのです。その制度上の歪みを認識し、制度が破たんするタイミングを見計らって、大きく仕掛けたのがソロスでした。

ソロスはイギリスの固定相場制が崩壊し、大きなポンド安が起こった時に大きく利益をとれる方向で、大規模な投資を事前に行いました。しかも投資資金にかなりのレバレッジをかけ、先物取引の手法を駆使し大量の取引をすることで、相場が崩壊の方向に動くよう誘導すらしました。結果、イギリスの固定相場制は崩壊し、大きなポンド安が起こったため、ソロスは莫大な利益を得たといわれています。

これが、グローバル・マクロ運用というヘッジファンドの投資戦略の一つで、政府の経済政策とマーケットの間に生じる歪みを利用した投資の方法です。

ヘッジファンドの投資戦略

安達 とはいえポンド危機のように、経済政策とマーケットの間に大きな歪みが生じている事態というのはそうそうありません。そこで、多くのヘッジファンドが比較的リスクをとらずに収益を稼ぐ手段として、「ロングショート戦略」という投資方法があります。

この方法は、株式市場においてロングポジション(買い持ち)とショートポジション(売り持ち)の両方を同時に保有し、そこから利益を得ようとするものです。何らかの評価基準から判断して、割安だと思われる資産を買い持ちし、値上がりしたら売る投資方法と、割高だと思われる資産を空売りし、値段が下がった時に買い戻す投資方法を同時に行うため、この名がついています。(略)

この手の投資戦略は、ある2つの資産を組み合わせた時、長期で見て安定的な関係が統計上確認できるものであれば何でもいいため、株式の個別銘柄だけではなく、いろいろな組み合わせで行われています。将来の予想など必要なく、あくまで過去における資産の価格変動の関係と、一時的な乖離を利用したものなので、「予想が外れて大損を被る」という事態は回避できます。

ただし、何らかの理由でこの2つの資産の間の統計的関係が変わってしまうと、投資戦略として機能しなくなるので注意が必要です。この関係を見誤ると、ポジション次第では、とんでもない損失を被ることになりかねません。かの有名なLTCM(ロングタームキャピタルマネジメント)は、これを新興国の債券で行っていたヘッジファンドでしたが、アジア通貨危機やロシア通貨危機で、これまでの債券価格の変動パターンが大きく変わったために、多額の損失を被ってしまいました。

浜田 まさに安達さんの説明で、ヘッジファンドの秘密が手にとるようにわかりますね。

投資で勝つ人の特徴とは

安達 我々のようなエコノミストやアナリストといわれる人たちは、将来の見通しを正しく予想しようと日々、苦闘しているわけですが、予想の精度というのはなかなか向上していかないという側面が強いと思います。特に、1980年代後半以降、世界のいろいろなところで経済危機が断続的に発生していますが、このような経済危機のあとというのは、伝統的な経済学の考え方が有効に機能しないことが多いように思います。そのため、実際の投資の成功の鍵は、ある一定の考え方やロジックにこだわらず、臨機応変に対応して、短期で勝負を決めるというところにあると思います。

浜田 投資で勝つ人の特徴というのは、あるのでしょうか。

安達 一概には言えませんが、マクロ経済と市場全体の大きな動きの方向性を正確に把握しつつも、あまり自分の考えに固執せず、深追いは絶対にしない人だと思います。たとえばソロスは、2012年12月、数兆円規模の日本株を買ったといわれていましたが、翌年の1月にはすべて売って利益を確定させていたという話でした。それは、彼らが目標のリターンをあらかじめ低いところに設定しておき、達成するといったん離れ、また次の大きな投資機会に備える、といったことを何度も繰り返しているということなのだと思います。

アベノミクスは、確かに日本の経済政策の一大変革で、これを見て「日本の株式市場も大きく変わり、これまでの停滞をいっきに覆すような上昇局面に入る」と考え、思い切って買いに入った投資家もいたと聞きます。しかし、ソロスなどのヘッジファンドの投資家は、決して過大評価せず、冷静に対応したということなのではないでしょうか。私見ですが、今投資の世界で成功しているのは、そういう人たちなんだろうと思います。

浜田 「投資とギャンブルは似て非なるもの」なんて言われたりしますが、やはり博打打ちのような人は投資の世界では勝てないのですね。

安達 少なくとも、長期的に利益を上げ続けることはできないでしょう。ソロスなど特に顕著ですが、儲かっている人というのは、外に向けては哲学めいた持論を展開して煙に巻いたり、後づけの理論で尊敬を集めたりしますが、自らの投資については、かなり現実的に行っているのだと思います。

ソロスは日本の金融緩和が効くことを知っていた

浜田 私が内閣官房参与になったあと、ソロスからニューヨーク郊外の自宅に遊びに来ないかと誘われ、家内などは「運転手としてでもいいから行きたい」と興味を示したのですが、私の時間がとれなかったので、逆に彼にイェール大学まで足を運んでもらったことがあります。それでイェールの卒業生に所ゆかり縁がある「モーリーズ」というレストランでごちそうになりました。

安達 ソロスにお会いになったとは興味深い話ですね(笑)。

浜田 今の安達さんの話を聞いて、ソロスが私に会いに来た理由がよくわかりました。彼は、アベノミクスがどれくらいの確かさで実行に移されるのかを探りに来ていたんですね。経済政策が大きく転換する時、そこに大きな投資機会が生じることを彼がよく理解している証拠でしょう。

その後、ソロスのパートナーから、「アベノミクスをちゃんとやれるような(たとえば黒田さんのような)人を日銀総裁にしないと、日本経済は破綻するよ」という旨の怖い手紙が送られてきたんです。これは内閣官房参与である私に対する脅迫状みたいなものです(笑)。

安達 徹底していますね。

浜田 重要なのは、我々日本のリフレ派が長年主張していた「日本経済の回復のためには大規模な金融緩和政策が必要」ということを、少なくともソロス自身は理解していたということです。「金融緩和を行うとハイパーインフレになる」「スタグフレーションに陥る」「財政破たんが起こる」なんて言っていた日本の市場関係者たちとは大違いですね。

安達 そう思います。私自身、海外の市場関係者と話すにつけ、日本の市場関係者の通説がいかにガラパゴス的でおかしいものかを実感しています。

浜田 それは市場関係者だけでなく、日本の経済学者にもまったく同じことが当てはまります。ところでソロスの話は、市場関係者にとってはとても示唆的だと思います。なぜなら、マクロ経済の仕組みを知り、各国政府の、その時々の経済政策によって何が起こるかを把握できれば、大きな収益の機会になるということなのですから。ソロスは、「金融緩和を行った国では相対的に自国通貨安が起こる」としたソロスチャートでも有名です。

安達 おそらくソロスが株や為替の市場動向を見定めるために使っているのは、マクロ経済学の教科書にのっているような理論ではないかと思います。

たとえば、今現在、変動相場制を採用している日本の為替相場において、いまだに「このままだと、ポンド危機のように円が暴落する」などと言っている人がいます。しかし、「ポンド危機やアジア通貨危機が起こった原因は、それらの国々が固定相場制を採用していたから」だと知っていれば、変動相場制下にある日本で、円の暴落が起こり得ないことは容易にわかるはずです。

逆にいえば、「通貨の暴落は変動相場制の国では起こらない」という、マクロ経済学において極めて基礎的な事実すら知らない人たちは、危機をあおって自分の本やレポートを売りつけようとする人たちのカモになるか、投資の世界から撤退を余儀なくされるしかないでしょう。

浜田 然り、ですね。ソロスチャートのようなことも、経済学の世界では、すでに18世紀にデイヴィッド・ヒュームという哲学者が言っていることなんですね。ヒュームは、ある国で貨幣がたくさん発行されたら、為替レートの世界で、その国の通貨が下がる(通貨安が起こる)のは仕方がない、と言っています。

安達 そうですね。そもそも金融政策を行っているFRB自体が、極めてオーソドックスなマクロ経済学の理論を用いることで経済の分析をし、施策を打っているわけですから。投資家であったとしても、マクロ経済学の基本的な部分を把握しておかなければ、勝ち続けることは難しいでしょう。(略)

ソロスは金融政策に呼応した投資をしている

 先に少しだけ触れましたが、ソロスなどがグローバル・マクロ運用を行う場合にやっているように、一般の投資家の人たちであっても、本来はまず株や為替の動きをマクロ経済学の視点で眺める必要があると思います。(略)

安達 実際、米「ウォール・ストリート・ジャーナル」の2013年2月14日の記事で、ソロスが2012年11月以来の円安に賭けた取引において、10億ドル(約930億円)近い利益を得たと報じられています。この例を考えると、少なくともソロスは、アベノミクスによって大幅な円安が起こることは、完璧に把握していたことになります。

また、内閣官房参与になられた浜田先生にコンタクトをとり、なおかつ安倍首相自身にも会っているところを見ると、ソロスは金融政策の動きを真剣に探っているということです。どれぐらいの規模の金融政策が行われ、それによってどれだけ為替や株が動くかの推計値は絶対に持っているでしょうから、マクロで見た場合の理論値と、実際の株と為替の理論値の乖離には、常に注意を払っているのは間違いないと思います。(略)

浜田 結局、日本人が投資の世界で適正なリスクがとれるようになるには、マクロ経済についてきちんと勉強することが必須のようですね。そのうえで個別株の動きを勉強するといった方法が正攻法になるでしょうか。

安達 そう思います。様々な経済政策が与えるマクロ経済への影響を知らずに投資を続けるのは、収益の機会を運に任せるようなもので、非常に危険だと思います。とはいえ、マクロ経済の動きを正しく読めたとしても、必ず投資に勝てるという話でもないのが玉に瑕ですが、マクロの動きを知らずに投資を続けるのは非常に危険で、痛い目にあうのは時間の問題でしょう。

浜田 だとしたら、本書がそういった、あまりマクロ経済を勉強してこなかった投資家の人たちにも役に立てると一番いいですね。この対談で、株式投資をほとんどやらない私にも、株式と為替に関する最新の理論と市場のノウハウを教えていただき、とても勉強になりました。

■本記事は『世界が日本経済をうらやむ日』(浜田宏一・安達誠司著、幻冬舎)の第7章「株と為替で確実に稼ぐことは可能なのか」より一部転載したものです。

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プロフィール

浜田宏一内閣官房参与、イエール大学名誉教授

1936年東京都生まれ。内閣官房参与。イェール大学名誉教授。経済学博士。1954年東京大学法学部に入学、1957年司法試験第二次試験合格。1958年東京大学経済学部に入学。1965年経済学博士取得(イェール大学)。1969年東京大学経済学部助教授。1981年東京大学経済学部教授。1986年イェール大学経済学部教授。2001年からは内閣府経済社会総合研究所長を務める。法と経済学会の初代会長。著書には、『世界が日本経済をうらやむ日』(共著、幻冬舎)、ベストセラーになった『アメリカは日本経済の復活を知っている』『アベノミクスとTPPが創る日本』(講談社)など多数。

この執筆者の記事

安達誠司エコノミスト

1965年生まれ。エコノミスト。東京大学経済学部卒業。大和総研経済調査部、富士投信投資顧問、クレディ・スイスファーストボストン証券会社経済調査部、ドイツ証券経済調査部シニアエコノミストを経て、丸三証券経済調査部長。著書に『世界が日本経済をうらやむ日』(共著、幻冬舎)、『昭和恐慌の研究』(共著、東洋経済新報社、2004年日経・経済図書文化賞受賞)、『脱デフレの歴史分析――「政策レジーム」転換でたどる近代日本』(藤原書店、2006年河上肇章受賞)、『恐慌脱出――危機克服は歴史に学べ』(東洋経済新報社、2009年政策分析ネットワーク章受賞)、『円高の正体』(光文社新書)、『ユーロの正体――通貨がわかれば、世界がみえる』(幻冬舎新書)などがある。

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