2011.03.16

インフレによるデフレに警戒せよ!

飯田泰之 マクロ経済学、経済政策

経済 #デフレ#インフレ#東日本大震災

タイトルは釣りではないですし、経済学忘れたわけでもありません。念のため。

大規模自然災害の後には、決済のための資金需要が増大します。現金やそれに近い形(高流動性)での円資金の需要増大は外為市場での円高を招きます。阪神淡路大震災後には2ヶ月ほどで$1=¥100から¥80へと円が増加したことを考えると、今後の為替相場は今までの以上の円高圧力に晒され続けることになるでしょう。

このような流動性需要による円高に対する対応策は円の供給以外にありません。必要なのだから供給するしかないのです。

日本銀行は週明け早々に大規模な資金供給を決定しました。14日・15日連続で短期資金の供給は20兆円を超える大規模なものとなっています。その結果、先週末から海外市場で進んでいた円高は一時沈静化しました。しかし、その後の再度の円高への押し戻しからもわかるように超短期資金の供給だけでは円高の勢いを止めるに限界があります。

そのため、目先で必要な対策は、より期間の長い資金を潤沢に市場に供給するところに求められるでしょう。震災後の日銀の意志決定は早く、政府対応への協調的な発言も目立ちます。その意味で、現在の経済状況に円高というさらなる困難を抱えることを回避するために必要なのは政府与党の意志決定だけなのです。震災発生、そして週明けからの株安・円高状況に対してあまりにも鈍い経済政策の動きが心配でなりません。昨日のエントリでも書いたとおり、経済屋には経済屋の喫緊の仕事があるのです。長期資金の供給によって円買いに対して売り向かう……一刻も早い意志決定とその表明が政府から発表されなければなりません。

ここで、超短期、そして短期の決済需要以外にも現在の円には増加圧力が潜んでいることを指摘しておく必要があるでしょう。それが本記事のタイトルでもある「インフレ」への懸念です。

昨日来、小売店で食料品・日用雑貨のパニック的な買い占めにみみられるように、短期的には生鮮・食料品を中心とした消費者物価の上昇が見込まれます。北海道に次ぐ我が国の食糧基地である東北の罹災は、より長いスパンで見ても食料品価格の高止まりを招くでしょう。さらに現在の混乱収拾の後には、火力発電所むけのエネルギー需要、復興事業におけるエネルギー・資材需要の増大が予想されます。

人々の「体感インフレ率」はこれらの食料品・ガソリン価格に大きく左右されます。年間支出総額から考えるとわずかな金額であっても、日常的に繰り返される(購入頻度の高い)商品の値上がりは国民全体からの大きなインフレ忌避圧力となるでしょう。

インフレを沈静化することにかけて我が国の中央銀行は世界に冠たる辣腕ぶりを誇ります。仮に食糧・日用雑貨・ガソリン価格の高騰への避難が高まり、政治的な要請としてその沈静化が求められたなら、政府の一機関である中央銀行はいかんなくその実力を見せつけてくれることでしょう。

これによって生じるのが「インフレによるデフレ」です。価格によらず「必要なものは必要」である食糧・日用雑貨・ガソリンの需要を十分に抑制できるほどの金融引き締めが行われたならば、その他の商品価格は大幅に低下せざるを得ません。

そして、食糧・日用品・ガソリンのかなりの部分は日本の製品ではない。つまりは海外製品価格を抑えるためには大幅な国内生産品の価格低下が要されるのです。大いに誇張して言うならば、このような状況でのインフレ抑制は食品価格の1割の上昇を嫌って失業を選択するようなものだとさえ言えるでしょう。

国民的要請になりかねない日用品インフレへの対策要求への金融引き締めによる解決――これを避けることが出来るか否か。ここに政治の宣伝と決断が要されます。日本経済が中期的な金融引き締めリスクを負っていると市場が予想している状況は基調的な円高をもたらします。その除去のためには日用品インフレには金融引き締め以外の手法を持って望むことを断固たる意志として、早期に明示しなければなりません。その一つの手法が、生鮮・食料品・エネルギーを除いたコアコア消費者物価指数を目安にした金融政策方針への転換を宣言することです。

むろん震災に伴う便乗値上げや買い占めによる価格のつり上げについて行政・メディア・そして私たちは鋭いアンテナをもって批判し、是正を求めなければ成りません。しかし、政治家のみなさんには来るべき一部商品の価格上昇についての「復興のための不可避な価格上昇」については国民と、それ以上に経済について無知なメディアに対して十分な説明と説得を怠らないで欲しいのです。そして政治がそれを果たせなかった際には、日本銀行の皆様には是非とも誇り高き独立性の思想を持って尚早な引き締めを拒否していただきたい。

拙速な引き締めは確かに財の価格を下げるでしょう。しかし、一部商品の値下げの成功によって得られる賞賛と引き替えに、日本経済はより深刻な不況に見舞われることになります。不況による所得減少は、寄付・税収の減少を通じて結局のところは復興の足かせとなるのです。インフレによるデフレを回避する。そのための準備もまた、経済閣僚にとって喫緊の課題といえるでしょう。準備を怠ってはいけません。

プロフィール

飯田泰之マクロ経済学、経済政策

1975年東京生まれ。エコノミスト、明治大学准教授。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書は『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。

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