リフレ・レジームと消費増税

●本記事は三菱UFJリサーチ&コンサルティング公式HPからの転載となります(シノドス編集部)

 

 

8月12日に2013年4-6月期GDP一次速報値が公表され、一気に消費増税についての論争がヒートアップしている。そして8月26日から31日まで「今後の経済財政動向等についての集中点検会合」が開催され議論が行われた。報道によれば、安倍首相は様々な情報を勘案しながら10月上旬に消費増税についての最終決定を下すとのことだ。

 

さて集中点検会合でも表明したとおり、筆者は予定通りの消費増税(2014年4月に5%→8%、2015年10月に8%→10%)には反対である。消費増税に関しては様々な論点があるが、以下ではリフレ・レジームとの関係に焦点を絞って考えてみることにしたい。

 

 

日本経済の現状と「アベノミクス」の意味

 

第二次安倍政権が誕生して9ヶ月程が経過した。安倍政権が打ち出した経済政策-アベノミクス-は当初、円安や株高といった資産市場への好影響がクローズアップされていたが、2013年1~3月期、同4~6月期の実質GDP成長率が前期比年率3.8%成長、2.6%成長(2013年4~6月期GDP一次速報値に基づく)となったように、着実に実体経済にも波及している。

 

GDPの拡大に寄与しているのは民間消費、住宅投資、公共投資、輸出の増加だが、民間消費の増加は株高や円安による外貨資産増加といった資産効果によるところが大きく、賃金や雇用の改善が主因とは言いがたい。住宅投資増加には消費増税に伴う駆け込み需要が、公共投資増加には2012年度補正予算として行った経済対策が効いている。輸出増には円安が寄与している。以上のように現段階で観察される実質GDP成長率の拡大はアベノミクスによる政策効果の影響が大である。

 

アベノミクスは「大胆な」金融政策、「機動的な」財政政策、「民間投資を喚起する」成長戦略の3つの政策手段から成るが、先月のコラムでも強調したように、政策効果として最も寄与しているのは「大胆な」金融政策である。

 

筆者は黒田総裁が進める金融政策が2年程度で2%のインフレ目標を達成し、そのことで長期デフレから脱却できる可能性が高いと考えている。なぜそう考えるのかといえば、安倍首相がアベノミクスという形で政策の基本方針を転換し、新たに総裁・副総裁となった黒田東彦・岩田規久男の両氏が主導する金融政策が予想インフレ率に働きかける金融政策を新たに採用したためだ。これは白川前総裁までの日銀の政策方針からの明確な転換であり、2%程度のマイルドなインフレ率を達成するという政策枠組み(レジーム(*1))への変更は、「リフレ・レジーム」の採用ということができるだろう。

 

(*1)レジームの意味や予想(期待)が経済に与えるメカニズムについては、例えば矢野浩一氏の解説(「Q&Aで解説する異次元緩和と「期待」の基礎知識」週刊エコノミスト 2013年9月10日号)を参照されたい。

 

そして予想インフレ率に働きかける金融政策を採用したことの意味は日本と諸外国との比較を行ってみるとはっきりする。図表1はIMF「World Economic Outlook」からGDPギャップとGDPデフレーターで見た物価上昇率をともに得ることができる先進20カ国(オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、キプロス、フィンランド、フランス、ドイツ、アイルランド、イタリア、日本、韓国、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、英国、米国)のデータ(2010年)をプロットしたものである。

 

 

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図表1 主要国のGDPギャップとインフレ率の関係
(注)傾向線の係数のパラメーターは**が1%有意、*が5%有意であることを意味する。
(資料)IMF「World Economic Outlook」より筆者作成

 

 

まず図表1から明らかなのは、各国のGDPギャップはすべてマイナスであるということだ。つまり一国全体の総需要と総供給を比較すると、総供給の方が総需要よりも大きいということになる。物価は総需要と総供給とのバランスで決まると言われる。この指摘が正しく、かつIMFのGDPギャップ推計が概ね正しいとすれば、GDPギャップがマイナスである先進諸国はすべてデフレに陥ってもおかしくないことになる。

 

だが図表1からも明らかな通り、物価上昇率がマイナスとなっているのはアイルランドと日本のみであり、アイルランドは日本のようにデフレが持続しているわけではない。傾向線を推計すると、確かにGDPギャップの係数は有意であるため、GDPギャップがマイナス(総供給>総需要)となると物価上昇率は低下するという関係はある。ただし、GDPギャップの低下のみでは物価上昇率が低下する原因を明らかにしたことにはならず、まして日本の長期デフレを説明したことにはならないのである。

 

それでは日本の長期デフレを説明するためは何が足りないのだろうか。ニュー・ケインジアン・モデルに従えば、インフレ率は予想インフレ率とGDPギャップの2つの要因によって決まる。つまり予想インフレ率が低下すればインフレ率が低下し、GDPギャップが低下すればインフレ率が低下するという関係があるということだ。

 

この理解に従うと、日本の長期デフレの原因はGDPギャップがマイナス(デフレギャップの持続)であることに加えて、予想インフレ率がマイナスである(デフレ予想の持続)ためということになる。言い換えれば、GDPギャップがマイナスであるにもかかわらず、なぜ日本を除く各国でデフレが生じないのかといえば、各国では予想インフレ率をマイルドなプラスの領域で維持するように金融政策を行っており、マイルドなプラスのインフレ率が物価安定に関するアンカー(錨)として機能しているからである。

 

予想インフレ率を目標インフレ率に安定化させる金融政策が「インフレ目標政策」だが、これまで日銀はゼロ金利政策や量的緩和政策といった金融緩和策を行ったものの、他の先進国と同じ2%のインフレ率を目標とするインフレ目標政策を採用してこなかった。そしてバブル崩壊以降、政府は断続的に公共事業や減税を柱とした経済対策を行ってきたが、経済対策にも関わらず停滞が続き、財政赤字は拡大している。

 

アベノミクスの意義はこうした従来の政策枠組みから脱して、予想インフレ率に働きかける金融政策を新たに採用したこと、つまりリフレ・レジームへの明確な転換を表明したことにある。デフレ予想がマイルドなインフレ予想へと転換していけば、円の価値が将来低下することが予想されるために円安が進む。これが介入を行っても円安が持続しなかった為替レートが明確に円安に転換した主因である。そしてマイルドなインフレ予想への転換は、将来予想される企業の収益を高めるため、株価を押し上げる。円安や株高を通じた資産効果は消費を動かす。円安は輸出を刺激する。設備投資を動かすのは名目金利ではなく、名目金利から予想インフレ率を差し引いた実質金利である。マイルドなインフレ予想への転換は、実質金利を下げる働きをもたらす。これは遠からず設備投資の拡大に結びつく。総需要の増加はラグを伴いつつ雇用の拡大や賃金の上昇をもたらす。雇用の拡大や賃金の上昇は人々の所得を温めてさらに総需要を刺激するはずだ。今日本経済で生じているのはリフレ・レジームの採用が信認を高め、それが予想インフレ率の上昇を促すことで総需要を拡大させていく過程なのである。

 

 

 

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