ケインズ復権とインフレ目標政策――「転換X」にのっとる政策その2

ケインズ政策は経済成長が前提だって?

 

ちょっと前、「黒子のバスケ」脅迫事件初公判での被告人の意見陳述がネット上で話題になっていたことがありました[*1]。

 

30代半ばにして年収200万円を超えたことがない派遣労働者が、漫画「黒子のバスケ」の成功を僻んで、その関連のイベントや商品販売を妨害する脅迫を繰り返した事件ですが、「生まれたときから罰を受けている」といった言葉から始まり、「こんなクソみたいな人生やってられるか! とっとと死なせろ!」と言い放って終わるその文章に、「一歩間違えれば自分もこうなったかも」という、いまの「滑り台」社会を憂うコメントの数々が寄せられたものでした。

 

しかし、その際に多くの人の目を引いた彼の次の文章の中に、私は一箇所ひっかかりを感じたのです。

 

 

「いわゆる「負け組」に属する人間が、成功者に対する妬みを動機に犯罪に走るという類型の事件は、ひょっとしたら今後の日本で頻発するかもしれません。グローバル経済体制の拡大により、一億総中流の意識が崩壊し、国民の間の格差が明確化して久しい昨今です。日本は東西冷戦下の高度成長期のようなケインズ型の経済政策を採用する体制にはもう戻れないでしょう。格差が開こうとも底辺がネトウヨ化しようとも、ネオリベ的な経済・社会政策は次々と施行されるのです。」[*2]

 

 

えっ、日本はもうケインズ政策に戻れない……?

 

取り上げた論者もみな当り前のようにこの箇所を「スルー」しています。こんな認識がここまで一般的になっていたのかといぶかしく思いました。

 

その後、大学院生の一人が、私の専門ではない社会福祉関連の教科書的な本をまとめてくれたことがあったのですが、そこに、「経済成長に依拠したシステム(すなわち1950年代から60年代にかけて成立したケインズ主義的福祉国家;KWS)のゆらぎ」[*3]という文章が、サラっと書かれていたので、またも驚きました。どうやら、福祉関係の言説の中では、ケインズ政策というのはそれなりに高い経済成長を前提として成り立つものだというような認識が、かなり一般的になっているようです。

 

その上で、いまはもうエコロジーの制約とか、少子化による人口減少とかで、経済成長できない時代になった。だから、ケインズ政策はもう無理だ。それに対して新自由主義は、経済成長を無理矢理させようとするからこれも駄目だ。経済成長しないことを前提した新たな対案が求められるのだ……というストーリーになっているようです。

 

ケインズ経済学をやっつけて経済学の覇権を握った新しい古典派の論者たちとか、それを支持する財界の人や新自由主義者が、「ケインズはもう古い」と言うのはわかります。しかし、そうした立場とは反対にあるはずの、福祉の充実を求める立場にある人たちの間に──しかも、ケインズ政策が失敗したとされた1970年代のインフレ時代を知らない世代にまで──同様の認識が広がっていることを不思議に思ってきましたが、こうしてようやく合点がいきました。

 

しかし、新自由主義政策の犠牲になっている現実の失業者やワーキングプアの人たちが、こんな言説を真に受けたならば、「格差が開こうとも底辺がネトウヨ化しようとも、ネオリベ的な経済・社会政策は次々と施行されるのです」と絶望するのも無理はありません。40年以上前の左翼みたいに、「資本主義のもとでは生産力の発展が行き詰まってしまったから駄目なのだ」と言って、「我々が権力を握れば企業をみんな国のものにして全員雇って、無駄の無い計画で生産力をどんどんアップさせるぞ」と言うのであれば、まだ未来に希望が持てるのでしょうけど。

 

 

連載『リスク・責任・決定、そして自由!』

第一回:「『小さな政府』という誤解

第二回:「ソ連型システム崩壊から何を汲み取るか──コルナイの理論から

第三回:「ハイエクは何を目指したのか ―― 一般的ルールかさじ加減の判断か

第四回:「反ケインズ派マクロ経済学が着目したもの──フリードマンとルーカスと『予想』

第五回:「ゲーム理論による制度分析と「予想」

第六回:「なぜベーシックインカムは賛否両論を巻き起こすのか――「転換X」にのっとる政策その1

第七回:「ケインズ復権とインフレ目標政策──「転換X」にのっとる政策その2

第八回:「新スウェーデンモデルに見る協同組合と政府──「転換X」にのっとる政策その3

 

 

ケインズの想定は「成長しない社会」

 

ちょっとでも経済学をかじったことのある人には周知のことと思いますが、ケインズ経済学が生まれたのは、経済成長の時代どころか、長引く大不況の最中でした。

 

1929年に、ニューヨークのウォール街の株価の大暴落をきっかけに世界大恐慌が起こり、その後世界中の工業国が深くて長い不況に見舞われたのでした。恐慌開始から景気が一回底を打つまでの「後退期」だけで、どこも三年前後も続いています。私も入っている「景気循環学会」が出した包括的教科書『ゼミナール景気循環入門』(東洋経済新報社、2002年)では、最悪時の失業率は、アメリカで25.2%と、なんと四人に一人、イギリスは15.6%、ドイツは17.2%[*4]。ドイツについては、日本語版ウィキペディアの「世界大恐慌」[*5]では40%以上と書かれています。フリードマンとシュウォーツの『大収縮1929-1933』[*6](『米国金融史』第7章)では、「米国の国民純生産は名目で二分の一以上、実質で三分の一以上減少した」とあります。そんなすごいこと、平成不況の日本にせよ、リーマンショック後の世界にせよ、足下にも及びません。

 

イギリスの経済学者、ジョン・メイナード・ケインズ(1883-1946)は、そんな停滞の時代の1936年、経済学の歴史に一大革命を引き起こした主著『雇用・利子および貨幣の一般理論』、通称『一般理論』を出版します。

 

それまでの主流派であった新古典派経済学は、民間人の自由な経済活動に任せておけば、市場メカニズムが自動的に働いて売り買いがバランスすると言ってきました。失業者が出ても、雇い雇われる取引を自由な市場に任せれば賃金が下がるので、企業にとって人手を増やすメリットが生じて、失業はやがて解消されるはずだ。そうならないのは、労働組合が賃金を下げさせないせいだ。こういうわけです。

 

ところが現実の世界大不況では、賃金は下がっていったのですけど、いっこうに失業はなくなりませんでした。

 

それに対してケインズは、資本主義経済では放っておいては不況になって、たくさんの失業が出てしまう場合があるのだということを解明しました。そして、そんなときには、公の政策として、経済全体でモノやサービスが売れる力を拡大させてやって、失業を解消するべきだと主張したわけです。それまでの新古典派の「小さな政府」論を批判して、「大きな政府」を唱えたわけです。

 

具体的には、政府がたくさん財政支出をして、モノやサービスを買ってやる(「財政拡大政策」)とか、中央銀行がおカネをたくさん作って世の中に出してやって、みんながおカネを借りてモノを買いやすくする(「金融緩和政策」)とかということです。

 

第二次世界大戦後、この考えが世界に広がって、世界的な成長時代を演出していくことになるのですが、ケインズ自身が、大不況のただ中の『一般理論』を書いた当時、自分の言う通りの政策がとられて成功した暁に、そんな高成長時代が実現できると予想していたかと言えば、そんなことはないです。

 

ケインズは『一般理論』の第16章第3節[*7]で、当時のイギリスやアメリカを、機械や工場がたくさんありすぎて飽和した状態にあるとみなしています。そのために、事業を拡張して追加的に設備投資しようとしても、その分の投資から得られる収益率(「資本の限界効率」)はどんどん下がってしまっていて、金利がたとえ下がってもそれに追いつかない。よって企業がおカネを借りて設備投資したら損してしまう。その結果、自然にまかせていては、十分な設備投資需要が興らないので、モノやサービスが売れなくて失業者が出てしまうという内容のことを言っています。

 

そう論じた上で、第4節[*8]で、ケインズ政策がとられた暁に、完全雇用がちょうどいい具合に実現されたらどうなるかを考察しています。そこでは、資本の限界効率は「比較的容易に」ゼロになるだろうと言っています。(完全雇用と両立するためには)金利も原則ゼロです。利子生活者は消滅し、成長はストップ(「準定常的社会」)します。ケインズはこの状態に至ることを指して、「資本主義の好ましくない特徴の多くを徐々に除去する最も賢明な方法であるといえるかもしれない」と述べています。

 

ケインズ政策は、もはや成長ができなくなったこんな状態を想定して、そのもとで有効な不況克服策として提唱されたものです。「高度成長が前提」などという理解はまったく誤解です。高度成長だったらかえってケインズの想定からはずれているし、もともとケインズ政策などとらなくていいはずです。それなのに調子に乗って、60年代の絶好調の成長時代になってもケインズ政策を進めていたせいで、1970年代には世界中でインフレがひどくなって有効性が失われたのだと言えます。

 

ケインズ政策が高度成長を前提しているなどという誤解のもとには、働く人手や機械や工場などの生産能力の成長と、モノやサービス全体が売れる量(総需要)の成長とを混同しているところがあると思います。ケインズ嫌いの新自由主義政策が目指したのは、生産能力の成長の方(「サプライ・サイド」)です。それに対してケインズ政策が目指すのは、失業が出て生産能力が余っている状態から、失業者が雇いつくされた状態までもっていくことです。そのために、完全雇用の天井にぶつかるまでは総需要を成長させますが、成長自体が自己目的ではありません。天井が成長しないならば、成長しないまま天井状態を維持すればそれでOK。天井が成長しないならかえって失業者がなくなりやすいから好都合だとも言えます。

 

ケインズがもともと想定していたのはそういう世の中ですね。いまの日本も同じだと思います。ばっちりケインズの「想定内」ということです。

 

[*1] 篠田博之「「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開1」2014年3月15日、「「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開2」2014年3月15日(2014年5月27日閲覧)。

 

[*2] 渡辺博史(篠田前掲エントリー2)。

 

[*3] 圷洋一『福祉国家』(法律文化社、2012年)、50ページ。これは、福祉社会学の泰斗、武川正吾の文献を解説する形で書かれているのであるが、武川の該当文献では、「経済成長に依拠した」とまでははっきり書かれていなかった。

 

[*4] 129ページ。

 

[*5] http://ja.wikipedia.org/wiki/世界大恐慌#.E3.83.89.E3.82.A4.E3.83.84 (2014年5月27日閲覧)。

 

[*6] 日経BP社、2009年、51ページ。

 

[*7] 『ケインズ全集第7巻』(塩野谷祐一訳、東洋経済新報社、1983年)、215-217ページ。

 

[*8] 同上書218-219ページ。

 

 

 

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