TPPを考える

TPP(Trans Pacific Partnership:環太平洋経済連携協定)をめぐる議論が白熱しています。報道によれば、民主党は9日に意見集約を終え、TPP交渉参加に関する政府・与党方針が決定次第、野田総理が10日にも会見を行う見込みとのことです。

 

わが国が環太平洋地域における自由貿易協定の深化に何らかのかたちで関わっていくことが必要であるという点を念頭におくと、筆者はTPP交渉に参加すべきではないかと感じるところです。以下、なぜTPP交渉に参加することが必要だと考えるのかという点について、いくつかポイントをあげながら順に述べていくことにしましょう。

 

 

FTAAPにつながる枠組みとしてみた場合のTPP

 

TPPは2006年に発効したシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイによる経済連携協定(P4協定)を端緒としています。2010年3月にこれら4カ国に加えて米国、豪州、ペルー、ベトナムを加えた8カ国でTPPとして交渉が開始され、さらにマレーシアが2010年10月の会合で参加して9カ国となりました。現在9回目の会合が行われ、11月12日・13日にハワイ・ホノルルで開催されるAPEC首脳会議にてTPPの大枠が明らかにされるとのことです。なお、国家戦略室の資料『TPP協定交渉の概括的現状』(http://www.npu.go.jp/policy/policy08/pdf/20111014/20111014_2.pdf)によれば、2012年には最低5回の会合が必要であるとされています。

 

なぜTPPが遡上に上ってきたのでしょう。それは先程述べたTPP交渉に参加する諸国が拡大してAPEC大の経済連携(FTAAP)につなげるための道筋として無視できない地位を占めるようになったためです。

 

APECはアジア太平洋経済協力会議(Asia-Pacific Economic Cooperation)の略称であり、貿易・投資の自由化・円滑化および経済・技術協力を推進することで、アジア太平洋地域に自由で開かれた貿易・投資地域を創出し、同地域や世界経済の成長に貢献することを目的としています。ただしAPECは無差別、非拘束、自主性という行動規範を有しており、思うように自由化の議論が進んでこなかったことも事実です。そこで、APECにおいて法的拘束力を伴う協定を締結していくことで、APEC本来の目的を達成しようという動きが出てくることになりました。それがAPEC大の経済連携(FTAAP)です。

 

そして2010年11月の横浜APECにおいて、TPP、ASEAN+3(ASEAN諸国と日本・韓国・中国)、ASEAN+6(ASEAN諸国と日本・中国・韓国・豪州・インド・ニュージーランド)の三つの枠組みを基礎として、FTAAPの達成に向けた具体的な措置をとっていくことが合意されました。ASEAN+3およびASEAN+6は現在、政府間での議論が開始されているという状況であり、TPPとは異なり交渉に入る段階にまで進んでいません。TPPへの交渉参加国が増加して交渉が進んでいること、FTAAPを進める他の枠組みが頓挫していることを念頭におくと、FTAAPを進めるためにTPPの議論に参加していくことは現実的な対応ではないかと考えられます。

 

 

環太平洋地域におけるパワーバランスを考えた場合のTPP

 

さてTPP、ASEAN+3(ASEAN諸国と日本、中国、韓国)、ASEAN+6(ASEAN諸国と日本、中国、韓国、豪州、インド、ニュージーランド)の三つの枠組みについては、どの国が参加国として入っているかという点から特徴を検討することが可能です。

 

つまり、TPPはASEANから4カ国と米国が入っていることが特徴であり、FTAAPに向けての第一歩として米国がコミットしているという点が特徴となります。一方でASEAN+3は中国および韓国が入っていること、ASEAN+6はこれらに加えて豪州、インド、ニュージーランドが含まれている点が特徴です。

 

2000年代以降の中国をはじめとするアジア新興国の急速な台頭は、東アジアおよびアジア太平洋の地政学的構造を大きく変革させています。日本にとっては東アジア地域とアジア太平洋地域とのバランス、中国と米国のあいだの距離感をいかにとっていくかが現在、喫緊の課題となっています。中国の影響力という意味では、ASEAN+3もしくはASEAN+6からFTAAPへという流れを想定すると、中国の影響力は大きくなるでしょう。

 

FTAAPを形成していくにあたっては、中国の影響力と米国の影響力とをどう折り合いをつけて環太平洋全体の枠組みをつくるか、この視点をもつことが必要になります。中国をはじめとする新興国にどのような自由化・規制緩和をして欲しいのか、どのような国際ルールを遵守して欲しいのかという点を提示することも、TPPの狙いであるといえます。

 

 

政府試算からみた場合のTPP

 

TPPの経済効果については、貿易の自由化効果を考慮した試算では、実質GDPを0.5%~0.6%程度押し上げるという結果が公表されています。実質GDP拡大効果は、貿易創造効果(自国および相手国の関税が撤廃されることで輸出・輸入といった貿易が拡大する効果)、貿易転換効果(非参加国との価格差により非参加国から参加国へと貿易が転換する効果)のふたつを加味した効果の合計です。この効果は正確には「何年間の累積で」0.5%~0.6%ということはいえません。なぜかというと、「TPPを締結して○年後の累積効果はいくらか」という試算ではなく、「TPPを締結することで累積効果はいくらか」という試算を行っているためです。来年にどうなるといった短期の影響ではなく、少なくとも数年間の累積効果となります。

 

政府が公表している試算から判明するのは、TPPのうちで貿易の自由化を対象とした効果は大きなものではないということです。さらに非関税障壁撤廃の影響については定まった理解が共有されておらず、試算には含まれていないと考えられますが、一定の効果はあると見込まれています。非関税障壁撤廃については、排他的な国内規制やルールの撤廃・平準化(これはわが国のみならず相手国にとっても共通です)を含むものです。これらについては、貿易によって危険な作物の流入などが生じないこと、著しく権利を阻害することがない点に留意するのはもちろんですが、日本経済の効率化に資する取り決めであれば積極的にかかわっていくことが必要でしょう。

 

 

必要な「政策割り当て」の発想

 

TPPの貿易自由化の側面についてその効果をまとめると、関税や非関税障壁といった、経済主体の効率的な行動に歪みをもたらしている要因を排除することで、経済主体のさらなる効率的な行動を促し、それによって生産性を高めていくこと、といえるでしょう。

 

TPPを含む貿易自由化とデフレや円高といったトピックを混同している議論が見られますが、両者は政策目的という視点で考えれば別のものです。

 

TPPを含む貿易自由化は、資源配分の効率性を高めることで生産性を高めることが政策の目的です。デフレ対策の目的は、デフレを脱し、一般物価を安定的なインフレに高め、総需要を刺激することです。そしてデフレ対策は円高を是正する効果ももっています。ここから明らかなのは貿易自由化を進めることで、デフレから脱却することや円高を是正する可能性は低いということです。デフレ対策を進めることで、円高を是正することによる輸出促進効果はあるとはいえ、デフレは貿易自由化で期待される相対価格の歪み是正とは異なる問題です。

 

政策割り当てに関するティンバーゲンの定理(生産性向上にはTPP、デフレ・円高には金融緩和策というかたちで政策目的に応じた政策手段を講じるというものです)を指摘するまでもなく、影響を与える経路や対象は異なるわけですから、政策にともなう時間的なラグを考慮の上で両方進めることが必要でしょう。

 

デフレ対策すら行われない(うまくいかない)のだから、貿易自由化に資する政策を行っても意味はないという議論はその通りかもしれません。しかしながら、日本が抱える現状は、経済停滞が長期化することで潜在的な成長力も低下しつつあることにあり、かつ成長力を高める芽がどんどん失われてきている状況とも言えるのではないでしょうか。

 

デフレ対策をやらないのであれば短期的には何をやっても意味はないというのは、貿易自由化の効果が大きくはなく、かつ長期に渡りじわじわと効いていくと考えられることからも正しいでしょう。しかし各種政策の効果のなかで貿易自由化は数少ない、効果を数値的かつ明瞭に明らかにできる政策のひとつでもあるといえます。デフレから脱却できなければ何を行っても無駄というのではなく、デフレ脱却と貿易自由化の相乗効果から緩やかなインフレをともないながら成長力(生産性)の強化にもコミットすることが、むしろ必要ではないでしょうか。

 

 

TPPはデフレを促進させるのか

 

TPPがデフレを促進させるという議論がしばしばなされますが、TPP等の貿易自由化によって、ある財の関税(もしくは非関税障壁)が低下することは輸入財の価格を下げ、国内財との相対価格の変化をまず生じさせます。これは相対価格の変化を通じた話ですから、各財の価格を統合した一般物価の持続的な上昇(インフレ)、下落(デフレ)とは異なるメカニズムにより生じる動きと整理した方がよいでしょう。そして、一般物価の持続的な上昇および下落に影響を与えるのが金融政策です。この点を押さえることが必要です。

 

なお、輸入財の価格低下がデフレに繋がるという議論は、いわゆる「輸入デフレ論」として知られるものです。たとえば中国から安価な財の輸入が進んだことが、わが国のデフレにつながったという議論がありますが、この理屈に即すと、わが国と同等かそれ以上の輸入比率であってかつ中国からの輸入を進めている国ではデフレが生じることになります。ただし現実はそうはなっていません。10年超もデフレが続くのは我が国のみです。繰り返しになりますが、個別財の価格低下という現象と、個別財の動きを総合した一般物価の低下という現象は違うのだという視点が重要です。

 

 

TPPを考える際の大前提

 

TPPについてはさまざまな分野を含んでいるため、TPPの中身については多岐にわたる批判がなされています。

 

これらの批判を考える際には、まずTPPは多国間協定であり、協定参加国の一カ国が極端に不利益を被るような条項が追加される可能性は低いという点に留意すべきでしょう。協定で決定された事項は、日本を含む協定締結国が等しく遵守する義務を負います。協定参加国と比較して、わが国が世界各国の標準から逸脱した非合理な取り決めを強要される可能性は、わが国がTPP参加国の中で制度面につき先進的な国であるという点を考えると可能性は少ないと考えられます。

 

仮に日本一国のみに明らかに不利な条項が存在し、それを交渉により排除できないのであれば、判断としては交渉から離脱することもありえるでしょう。その場合は、TPP締結により見込まれるメリットとデメリットを勘案した上でということになると思います。こういった可能性については、わが国がTPP交渉に臨む場合に何を守るのかという点を政府がはっきりさせておくことが必要でしょう。

 

 

 

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