2011.11.09

TPPを考える

片岡剛士 応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

情報 #TPP#貿易自由化#Q&A

TPP(Trans Pacific Partnership:環太平洋経済連携協定)をめぐる議論が白熱しています。報道によれば、民主党は9日に意見集約を終え、TPP交渉参加に関する政府・与党方針が決定次第、野田総理が10日にも会見を行う見込みとのことです。

わが国が環太平洋地域における自由貿易協定の深化に何らかのかたちで関わっていくことが必要であるという点を念頭におくと、筆者はTPP交渉に参加すべきではないかと感じるところです。以下、なぜTPP交渉に参加することが必要だと考えるのかという点について、いくつかポイントをあげながら順に述べていくことにしましょう。

FTAAPにつながる枠組みとしてみた場合のTPP

TPPは2006年に発効したシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイによる経済連携協定(P4協定)を端緒としています。2010年3月にこれら4カ国に加えて米国、豪州、ペルー、ベトナムを加えた8カ国でTPPとして交渉が開始され、さらにマレーシアが2010年10月の会合で参加して9カ国となりました。現在9回目の会合が行われ、11月12日・13日にハワイ・ホノルルで開催されるAPEC首脳会議にてTPPの大枠が明らかにされるとのことです。なお、国家戦略室の資料『TPP協定交渉の概括的現状』(http://www.npu.go.jp/policy/policy08/pdf/20111014/20111014_2.pdf)によれば、2012年には最低5回の会合が必要であるとされています。

なぜTPPが遡上に上ってきたのでしょう。それは先程述べたTPP交渉に参加する諸国が拡大してAPEC大の経済連携(FTAAP)につなげるための道筋として無視できない地位を占めるようになったためです。

APECはアジア太平洋経済協力会議(Asia-Pacific Economic Cooperation)の略称であり、貿易・投資の自由化・円滑化および経済・技術協力を推進することで、アジア太平洋地域に自由で開かれた貿易・投資地域を創出し、同地域や世界経済の成長に貢献することを目的としています。ただしAPECは無差別、非拘束、自主性という行動規範を有しており、思うように自由化の議論が進んでこなかったことも事実です。そこで、APECにおいて法的拘束力を伴う協定を締結していくことで、APEC本来の目的を達成しようという動きが出てくることになりました。それがAPEC大の経済連携(FTAAP)です。

そして2010年11月の横浜APECにおいて、TPP、ASEAN+3(ASEAN諸国と日本・韓国・中国)、ASEAN+6(ASEAN諸国と日本・中国・韓国・豪州・インド・ニュージーランド)の三つの枠組みを基礎として、FTAAPの達成に向けた具体的な措置をとっていくことが合意されました。ASEAN+3およびASEAN+6は現在、政府間での議論が開始されているという状況であり、TPPとは異なり交渉に入る段階にまで進んでいません。TPPへの交渉参加国が増加して交渉が進んでいること、FTAAPを進める他の枠組みが頓挫していることを念頭におくと、FTAAPを進めるためにTPPの議論に参加していくことは現実的な対応ではないかと考えられます。

環太平洋地域におけるパワーバランスを考えた場合のTPP

さてTPP、ASEAN+3(ASEAN諸国と日本、中国、韓国)、ASEAN+6(ASEAN諸国と日本、中国、韓国、豪州、インド、ニュージーランド)の三つの枠組みについては、どの国が参加国として入っているかという点から特徴を検討することが可能です。

つまり、TPPはASEANから4カ国と米国が入っていることが特徴であり、FTAAPに向けての第一歩として米国がコミットしているという点が特徴となります。一方でASEAN+3は中国および韓国が入っていること、ASEAN+6はこれらに加えて豪州、インド、ニュージーランドが含まれている点が特徴です。

2000年代以降の中国をはじめとするアジア新興国の急速な台頭は、東アジアおよびアジア太平洋の地政学的構造を大きく変革させています。日本にとっては東アジア地域とアジア太平洋地域とのバランス、中国と米国のあいだの距離感をいかにとっていくかが現在、喫緊の課題となっています。中国の影響力という意味では、ASEAN+3もしくはASEAN+6からFTAAPへという流れを想定すると、中国の影響力は大きくなるでしょう。

FTAAPを形成していくにあたっては、中国の影響力と米国の影響力とをどう折り合いをつけて環太平洋全体の枠組みをつくるか、この視点をもつことが必要になります。中国をはじめとする新興国にどのような自由化・規制緩和をして欲しいのか、どのような国際ルールを遵守して欲しいのかという点を提示することも、TPPの狙いであるといえます。

政府試算からみた場合のTPP

TPPの経済効果については、貿易の自由化効果を考慮した試算では、実質GDPを0.5%~0.6%程度押し上げるという結果が公表されています。実質GDP拡大効果は、貿易創造効果(自国および相手国の関税が撤廃されることで輸出・輸入といった貿易が拡大する効果)、貿易転換効果(非参加国との価格差により非参加国から参加国へと貿易が転換する効果)のふたつを加味した効果の合計です。この効果は正確には「何年間の累積で」0.5%~0.6%ということはいえません。なぜかというと、「TPPを締結して○年後の累積効果はいくらか」という試算ではなく、「TPPを締結することで累積効果はいくらか」という試算を行っているためです。来年にどうなるといった短期の影響ではなく、少なくとも数年間の累積効果となります。

政府が公表している試算から判明するのは、TPPのうちで貿易の自由化を対象とした効果は大きなものではないということです。さらに非関税障壁撤廃の影響については定まった理解が共有されておらず、試算には含まれていないと考えられますが、一定の効果はあると見込まれています。非関税障壁撤廃については、排他的な国内規制やルールの撤廃・平準化(これはわが国のみならず相手国にとっても共通です)を含むものです。これらについては、貿易によって危険な作物の流入などが生じないこと、著しく権利を阻害することがない点に留意するのはもちろんですが、日本経済の効率化に資する取り決めであれば積極的にかかわっていくことが必要でしょう。

必要な「政策割り当て」の発想

TPPの貿易自由化の側面についてその効果をまとめると、関税や非関税障壁といった、経済主体の効率的な行動に歪みをもたらしている要因を排除することで、経済主体のさらなる効率的な行動を促し、それによって生産性を高めていくこと、といえるでしょう。

TPPを含む貿易自由化とデフレや円高といったトピックを混同している議論が見られますが、両者は政策目的という視点で考えれば別のものです。

TPPを含む貿易自由化は、資源配分の効率性を高めることで生産性を高めることが政策の目的です。デフレ対策の目的は、デフレを脱し、一般物価を安定的なインフレに高め、総需要を刺激することです。そしてデフレ対策は円高を是正する効果ももっています。ここから明らかなのは貿易自由化を進めることで、デフレから脱却することや円高を是正する可能性は低いということです。デフレ対策を進めることで、円高を是正することによる輸出促進効果はあるとはいえ、デフレは貿易自由化で期待される相対価格の歪み是正とは異なる問題です。

政策割り当てに関するティンバーゲンの定理(生産性向上にはTPP、デフレ・円高には金融緩和策というかたちで政策目的に応じた政策手段を講じるというものです)を指摘するまでもなく、影響を与える経路や対象は異なるわけですから、政策にともなう時間的なラグを考慮の上で両方進めることが必要でしょう。

デフレ対策すら行われない(うまくいかない)のだから、貿易自由化に資する政策を行っても意味はないという議論はその通りかもしれません。しかしながら、日本が抱える現状は、経済停滞が長期化することで潜在的な成長力も低下しつつあることにあり、かつ成長力を高める芽がどんどん失われてきている状況とも言えるのではないでしょうか。

デフレ対策をやらないのであれば短期的には何をやっても意味はないというのは、貿易自由化の効果が大きくはなく、かつ長期に渡りじわじわと効いていくと考えられることからも正しいでしょう。しかし各種政策の効果のなかで貿易自由化は数少ない、効果を数値的かつ明瞭に明らかにできる政策のひとつでもあるといえます。デフレから脱却できなければ何を行っても無駄というのではなく、デフレ脱却と貿易自由化の相乗効果から緩やかなインフレをともないながら成長力(生産性)の強化にもコミットすることが、むしろ必要ではないでしょうか。

TPPはデフレを促進させるのか

TPPがデフレを促進させるという議論がしばしばなされますが、TPP等の貿易自由化によって、ある財の関税(もしくは非関税障壁)が低下することは輸入財の価格を下げ、国内財との相対価格の変化をまず生じさせます。これは相対価格の変化を通じた話ですから、各財の価格を統合した一般物価の持続的な上昇(インフレ)、下落(デフレ)とは異なるメカニズムにより生じる動きと整理した方がよいでしょう。そして、一般物価の持続的な上昇および下落に影響を与えるのが金融政策です。この点を押さえることが必要です。

なお、輸入財の価格低下がデフレに繋がるという議論は、いわゆる「輸入デフレ論」として知られるものです。たとえば中国から安価な財の輸入が進んだことが、わが国のデフレにつながったという議論がありますが、この理屈に即すと、わが国と同等かそれ以上の輸入比率であってかつ中国からの輸入を進めている国ではデフレが生じることになります。ただし現実はそうはなっていません。10年超もデフレが続くのは我が国のみです。繰り返しになりますが、個別財の価格低下という現象と、個別財の動きを総合した一般物価の低下という現象は違うのだという視点が重要です。

TPPを考える際の大前提

TPPについてはさまざまな分野を含んでいるため、TPPの中身については多岐にわたる批判がなされています。

これらの批判を考える際には、まずTPPは多国間協定であり、協定参加国の一カ国が極端に不利益を被るような条項が追加される可能性は低いという点に留意すべきでしょう。協定で決定された事項は、日本を含む協定締結国が等しく遵守する義務を負います。協定参加国と比較して、わが国が世界各国の標準から逸脱した非合理な取り決めを強要される可能性は、わが国がTPP参加国の中で制度面につき先進的な国であるという点を考えると可能性は少ないと考えられます。

仮に日本一国のみに明らかに不利な条項が存在し、それを交渉により排除できないのであれば、判断としては交渉から離脱することもありえるでしょう。その場合は、TPP締結により見込まれるメリットとデメリットを勘案した上でということになると思います。こういった可能性については、わが国がTPP交渉に臨む場合に何を守るのかという点を政府がはっきりさせておくことが必要でしょう。

Q&A形式で考える-TPPはどこまで危険なのか?

さて、以上の点を考慮した上で、筆者の誤解・無理解を恐れずに、個々の批判点についてQ&A方式でまとめてみましょう。

なお、以下のQ&Aにつきましては、政府公表の『TPP協定交渉の概括的現状』(http://www.npu.go.jp/policy/policy08/pdf/20111014/20111014_2.pdf)、『TPP協定交渉の分野別状況』(http://www.npu.go.jp/policy/policy08/pdf/20111014/20111021_1.pdf)、キヤノングローバル戦略研究所「TPPの論点」(TPP研究会報告書最終版)(http://www.canon-igs.org/research_papers/macroeconomics/20111026_1137.html)を主に参照しています。詳細についてはこちらもあわせてご参照下さい。

Q. TPPに参加することで、わが国の社会保障制度が犯されるのか?

TPPに参加することでわが国の社会保障制度が犯されることになるという可能性はかなり低いと考えられます。まず理由として、WTOやTPP交渉参加国が過去締結したFTAにおいても、一国の社会保障制度に踏み込んだ事例はありません。そして経済統合の度合いがTPPよりも高いEUでも社会保障制度を共通化するという試みはありません。各国の専管事項です。これらの点からも反対論として指摘される国民皆保険制度が犯されるのではないかという懸念は、ほぼありえないと考えられます。

Q. TPPに参加することで、混合診療の全面解禁や公的医療保険の安全性低下、株式会社の医療機関経営の参入を通じた患者の不利益拡大、医師不足の拡大・地域医療の崩壊といった現象が生じるのか?

医療・保険についてTPPで話題になるのは医療・保険サービス業の自由化です。サービス協定で約束されるのは、一国の国内規制を前提とした最恵国待遇や内外無差別原則にもとづく約束です。よって自由化の約束により日本の医療制度が変更されるとは考えにくいといえるでしょう。

医療制度の国内規制そのものを対象にするのであれば、TPPに医療章が別途設けられることになるでしょう。ただし現状の情報からはそうはなっていません。もちろん、TPPを契機として、(条項として明記されていないにも関わらず)指摘されている変化が生じる可能性はあります。その場合はわが国全体にとり不利益である規制緩和には反対することが必要ですが、だからといって懸念があるからTPPに反対というのは違うのではないでしょうか。

Q. TPPに参加することで、遺伝子組み換え食品につき、日本の食品安全規制が米国基準に引き下げられるのか?

SPS協定、TBT・ガット協定にもとづいて遺伝子組み換え食品の調和が求められているのは、安全性が確認されていない遺伝子組み換え食品を流通させてもよいのかという点についてではなく、(安全性が確認されていない遺伝子組み換え食品の流通は禁止することを前提に)遺伝子組み換え食品の表示の義務づけをどの段階までの食品にするのかという点についてです。

米国は遺伝子組み換え食品の表示をするのはコストがかかるという立場ですが、日本は遺伝子組み換え食品に遺伝子組み換え大豆等のDNAが残存している場合には表記をするというもの、EUはDNAが残存していないしょうゆ等の製品ついても表記すべきというものです。日本側の主張については、APECでも米国の主張は退けられており、TPP交渉参加国の豪州・NZも反対しています。少なくともTPPに参加することで即、遺伝子組み換え食品について日本の食品安全規制が米国基準に引き下げられることはないと言えます。

Q. TPPに参加することで、政府調達につき、日本の公共事業が海外事業者に席巻されるのか?

現状、TPP参加国と比較したわが国の政府調達の自由化度合いは進んでいます。たとえばアメリカは米韓FTAで地方政府機関を政府調達の範囲から除外していますが、日本はWTOが定める政府調達協定(GPA)のなかで、米国以上の開放をすでに実現しています。TPPによって政府調達市場の自由化が促進されるのは、わが国ではなく、米国をはじめとするTPP交渉国です。加えてバイアメリカン条項の存在から一方的に日本が不利益を被るという指摘もありますが、これは先の多国間協定、さらに協定締結国は等しく同じ条件の自由化にコミットするという点からも誤りです。

Q. TPPに参加することで、わが国政府が外国企業から訴えられるケースが多くなるのか?

ISDS条項という紛争処理条項にもとづいて、TPP締結によってわが国政府が外国企業から訴えられるというケースが多くなるという批判が展開されることがあります。

まずすでにわが国は25を超える投資協定を結んでいますが、わが国が訴えられた例は過去にありません。TPPを締結することで過去にはない状況が生じるというのは、可能性としてはありうるものの批判としては弱いでしょう。TPP、とくに米国企業が入ることでわが国が訴えられるという指摘と、企業に対する具体的な措置が恣意的・不透明もしくは差別的であったために国が訴えられたという事例との差を考慮すべきではないでしょうか。

TPPの議論においては、ISDS条項を入れることにつき、豪州は反対の姿勢を示しているといわれています。協定ですので、日本企業が訴えられる可能性のみならず、他国企業も訴えられる可能性があるのですが、ISDSにもとづく懸念は自国のデメリットを過度に強調しているようにも見受けられます。

Q. TPPに参加することで、労働基準の緩和(ダウングレード)が生じるのか?

実態は寧ろ逆で、ソーシャルダンピング(低賃金・児童労働といった劣悪な労働環境を利用して企業がコスト削減を行い競争力を高める事)の懸念を米国は表明しています。TPPに労働・環境章が入っているのは、労働の規制緩和ではなく、途上国の労働規制強化を求めていることに留意すべきです。

同様の批判として、単純労働者の流入が進むという議論ありますが、過去単純労働者の国際的な移動に反対してきたのは米国です。医師資格の相互承認についても途上国まで参加するTPPで、資格統一を図ろうという議論が出る可能性はかぎりなく低いでしょう。仮に医師資格が統一されるとして、米国医師が日本で働きたいと考える可能性も低いのではないでしょうか。というのは、わが国の労働環境は米国と比較してよいとはいえないと考えられるためです。

Q. TPPに参加することで、わが国の環境基準は低下するのか?

環境についてもわが国はすでにTPP協定参加国と比較して高いレベルの環境規制にコミットしており、米国が求めているのは、環境規制の緩和ではなく規制強化であることを念頭におくべきでしょう。なお環境章そのものについて途上国は反対しているという情報もあります。

対案なき「TPP反対論」を超えて

以上、議論されているTPP反対論のうちのいくつかについて、筆者の考えをまとめてみました。TPP反対論の背後にあると思えてしまうのは、「米国陰謀論」です。つまり米国がTPPを通じてわが国に不利益な協定を締結させようとするのではないかというものです。もちろん米国にとってみれば、TPPを通じてFTAAPにつなげていこうという意思があるのならば、APECの先進国のひとつであるわが国がTPPにコミットするのは歓迎すべき状況でしょう。しかしTPPにわが国が参加することは、逆に米国にとっては日本からの輸出が進むという状況をも生み出すことに留意すべきです。そしてTPPはわが国と米国の二国間で結ぶ協定ではなく、多国間協定であるため、米国の意図がすべての分野において忠実に反映されるわけではありません。

そしてTPPに本格参加するのではなく、TPP交渉に参加する段階で大きな議論が巻き起こっている状況を目の当たりにして感じるのは、TPP交渉反対を唱える方々の議論には対案がないと感じられることです。FTAAPには賛成するが、TPPには反対するのであれば、対案としてASEAN+3もしくはASEAN+6を進めるという主張が必要ですし、仮にそうであれば、これらの協定を交渉段階に進めるためにわが国が行うべき具体的提案を行うことが必要でしょう。ASEAN+3もしくはASEAN+6ではない枠組みを用いる場合についても同様です。FTAAPに反対の立場、ひいてはFTA/EPAそのものに反対である場合についても同様です。

民主党政権の経済政策、対外政策のふがいなさから、TPP交渉に参加することに不安を覚えるという議論も一定の正当性を持つのかもしれません。たしかに東日本大震災後の政府対応、デフレ・円高対策、税と社会保障、普天間問題・・これらの問題への対応策には不満が大きいのは事実です。しかしながらこの点を考える場合には、いま何もしないという選択肢から得られるメリットとデメリットとを比較勘案すべきではないでしょうか。

先にも述べましたが、貿易自由化は生産性を高める効果を持ちます。これは成長力を高めていくために重要な政策です。国内需要のみならず今後発展が見込まれるアジア諸国から得られる果実を輸出および輸入の両面を基点にして享受していくこと、その際に企業が適切な競争条件で活動が可能となるようにルールづくりを行うことにわが国もコミットしていくことは、中長期的な日本経済の将来を考えるにあたり必要ではないかと考えます。

貿易自由化の議論については、悪影響を被る産業には激変緩和措置が必要ですし、これまで関税というかたちで消費者に負担が向けられていたものを、消費者余剰の拡大というかたちで、消費者にメリットが及ぶという側面も重要です。声の大きい既得権益者の議論ばかりが喧伝され、消費者として皆がメリットを受けるという視点からの賛成論・積極論が影を潜めるかにみえる現状を超えることが、わが国にとって求められているのではないでしょうか。

推薦図書

本書は福澤諭吉の『文明論之概略』と『学問のすすめ』から論理的思考の技術を学ぼうという書籍である。TPPに限らず経済政策論争を行う場合には、提案に対して万が一起こるかもしれない極端なケースを取り上げて、あたかもそれが普通に生じるかのごとく主張すること、前例のないケースの提案に関して、実施しないうちから「効果がない」とする決めつけを排除していくことが必要だろう。議論の本位を定め、一層高尚な視点から軽重を判断し、惑溺・臆断・欠点主義・限界主義・極端主義を戒め、多事争論を尊重すること。本書の指摘にははたと気づかされる点がまことに多いのである。

プロフィール

片岡剛士応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

1972年愛知県生まれ。1996年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2001年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員。早稲田大学経済学研究科非常勤講師(2012年度~)。専門は応用計量経済学、マクロ経済学、経済政策論。著作に、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店、2010年2月、第4回河上肇賞本賞受賞、第2回政策分析ネットワークシンクタンク賞受賞、単著)、「日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点」(幻冬舎)などがある。

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