朝鮮学校「無償化」除外問題Q&A

Q3.朝鮮学校は学校教育法第一条にいう「学校」ではないのだから、そこまで「高校無償化」の対象とするのはおかしいのでは。

 

 

制度の対象をどこまで広げるかは国会で審議すべき課題であり、その回答はすでに出ています。Q1への回答で説明した通り、いわゆる「一条校」だけでなく専修学校の高等課程や各種学校の外国人学校などが対象に含まれることになりました。

 

各種学校全体が制度の対象から外されるのであればともかく、すでに他の外国人学校などが「高校無償化」の対象になっている以上、朝鮮学校だけを除外するのは違法性の高い人権侵害となります(Q7を参照)。

 

ところで、実態として「学校」以外の何物でもない外国人学校などが、なぜそろばん学校や自動車学校と同じ「各種学校」という位置づけしか与えられていないのかというと、朝鮮学校をめぐる歴史にその由来があります。

 

政府は戦後の混乱期に在日コリアンへの警戒心を強めたようで、1948年に入ると朝鮮学校を解体するべく様々な策を講じました。「阪神教育闘争」と呼ばれる激しい抵抗運動を暴力的に退け、ついに全校を強制的に閉鎖するところまで追い込みました。

 

その後、1950年代に入って朝鮮学校は再起を図りますが、政府は学校法人としての資格を与えようとしませんでした。1965年の都道府県知事あて文部事務次官通達には次のようなくだりがあります。「朝鮮人としての民族性または国民性を涵養することを目的とする朝鮮人学校は、わが国の社会にとって、各種学校の地位を与える積極的意義を有するものとは認められないので、これを各種学校として認可すべきでない」

 

しかし、各種学校の認可権はすでに都道府県に移管されていたため、朝鮮学校は各知事との交渉によって学校法人としての設置認可を獲得していきました。

 

これを見た政府は、1966年、従来の各種学校区分から「専修学校」と「外国人学校」を分離する法案を提出します。前者は多様な教育の振興を図るという保護策であるのに対し、後者は文部大臣の閉鎖命令を伴う検査権限を含む敵視策でした。

 

この法案は、あまりにも非人道的だという、当時の圧倒的な世論に押され廃案となりましたが、専修学校を切り離す案だけが生き残りました。そして、専修学校の規定に「我が国に居住する外国人を専ら対象とするものを除く」と明記されたことによって、外国人学校などは小規模な教育機関と同じ各種学校の枠に封じ込められたわけです。

 

以来、政府が教育事業を展開するとき、「一条校」と専修学校を対象とし、各種学校を対象外とするやり方で朝鮮学校への弾圧は継続しました。各種学校の外国人学校などが政府の教育事業の対象になったのは「高校無償化」が初めてのことです。

 

つまり、朝鮮学校が「一条校」ではないから教育事業の対象にしないのではなく、むしろ朝鮮学校に助成を与えない差別政策を正当化するために外国人学校などが各種学校に囲い込まれてきたというのが歴史的経緯です。

 

 

Q4.本当に朝鮮学校の生徒以外に「高校無償化」の適用を受けることのできない高校生はいないのですか。

 

いわゆるフリースクールに通う子どもたちや、各種学校の認可を受けていない南米系の外国人学校などに通う子どもたちが、「高校無償化」の適用を受けられずにいます。

 

就学支援金は学校ではなく生徒を対象に支給されるものであると法文に明記されている以上、通っている学校によって不平等が発生しているのはたいへん問題のある事態だといえます。

 

学校種別によって助成制度の適用範囲を絞るというのはQ3で説明した歴史的経緯に由来する伝統なのでしょう。しかし、グローバル化への対策として規制緩和が叫ばれている時代に、学校設置認可による事前チェックと護送船団方式を続けていてよいのかということから考えなおしたほうがいいのかもしれません。

 

基本的にはすべての生徒を「高校無償化」の対象としたうえで、教育の質に問題があると判断されれば対応するといった事後チェック方式に転換することによって、無認可のフリースクールが対象外とされた問題は解消できます。

 

また、朝鮮学校や無認可の外国人学校などについては、そもそも「外国人学校」を規定した法律が存在しないことによる矛盾ともいえます。冷戦期の歴史的経緯を引きずったままでは、グローバル化が進行する中でますます歪みが大きくなるばかりです。

 

1960年代のように外国人学校などを敵視するための政策としてではなく、民族的マイノリティの教育振興を図る目的で「外国人学校振興法」を制定すべき時期に来ています。

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.220 特集:スティグマと支援

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