「もしもし、ヨーロッパです」「こちらは日本です」――階級の時代の回帰に寄せて

スコットランド独立問題、反緊縮派たちの台頭、EU離脱。欧州では政治に再び「ピープル」が影響を与え始めた。これは下側に溜まったマグマの表出である。日本にも、同様の兆しはあるのだろうか。

 

そうした好奇心から日本に飛び、取材して書いた本が『THIS IS JAPAN』だった。

 

 

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キャバクラ・ユニオンの労働争議では、150万円の賃金未払いを訴えているキャバクラ嬢に向かって、周辺の店のキャッチや黒服、界隈では有名人らしいホームレスの男性が、「働けっ」「働けっ」と執拗に罵声を浴びせる様子を見た。

 

日本の「働け」とはどういう意味なのだろう。と考えた。

 

貧困・格差の問題に特化した運動団体エキタスのメンバーにも会った。そこで感じたのはコービン現象につながる若者たちのマグマは日本にも溜まっているということだった。が、同時にこのエネルギーを吸い上げる経済政策をオファーする政治勢力が日本にあるのだろうかと疑問に思った。

 

いくつかの保育園も見学した。そこで目の当たりにした保育士配置基準は、保育士として働くわたしには衝撃的だった。1人の保育士が20人の3歳児を見ているという(英国は1人の保育士につき8人だ。帰国して英国人の同僚に話すと、「1対20って、何それ。羊飼いかよ」と言われた)。

 

そしてあらゆる園で見た、先生たちが作っておられるという牛乳パックの家具や備品。靴箱から部屋の間仕切りまであった。「Austerity measures!(緊縮措置!)」という英国の緊縮ジョークを叫びたくなった。手作りのこころも倹約の精神も素晴らしいが、それをしなければならない理由もまたあるということだ。欧州では行き過ぎた緊縮財政のために死人が出ているが、保育に十分な投資をしていない国は自らの未来を殺しているように見えた。

 

反安部政権デモを見に行ったときには、あまりにも整然と並んで絶え間なくラップコールを続ける規律正しいデモ隊に驚き、欧州のデモのような流動性や躍動感がないことに戸惑った。雲のように人が集まって散っていく「クラウド」型のデモが祖国では注目されているというが、ならば、日本の「グラスルーツ」はどうなっているのだろう(「グラスルーツ」型の運動とは文字通り、地域コミュニティーに根を張り、平素からどっしりとそこにあって、そう簡単に消えたり現れたりしない)。スペインのポデモスはグラスルーツの連合体だが、そうした動きは日本にはないのだろうかと思った。

 

山谷で80年代から日雇い労働者・野宿者支援に携わってきたグラスルーツの御大、共同組合あうんの中村光男さんに会いに行った。彼は反貧困ネットワークをこう総括していた。

「標語としては、垣根を越えよう、だったんです。労働運動も、社会運動も、自分たちの中に垣根を作ってしまっているから、それを越えていこうよ、と」

 

「越えられましたか?」とわたしが訊くと彼は答えた。

「いやだから、それが越えられなかった、っていう総括なんですよ」

「どうして越えられないんですか?」

「なんというか、……学び合わないんですよねえ。……はたと立ち止まって考える、学び合う、という習慣が日本の運動体の中にない」

 

NPOもやい、つくろいファンド東京では、困窮者の生活相談ボランティアに参加した。まるで支払い能力(税金、家賃、食費、ショッピング)のない人間は尊厳を認められていないのかのように力なく折れてしまった困窮者たちを目の前にし、日本の人権とは、払えない人間には認められない特殊な概念ではないかと思った。日本の教育の人権課題が知りたくて、法務省の「人権教育・啓発に関する基本計画」の「第4章 人権教育・啓発の推進方策」を読んでみると、ジェンダーや人種差別、高齢者、障害者などのいわゆる「アイデンティティ」課題は組み込まれていても、「貧困」という大項目が抜け落ちていた。

 

アイデンティティ政治と階級政治。

 

それはブレグジットが英国に突きつけたテーマでもある。

 

政治思想を分けるものは「オープンな世界を望むか、閉じられた世界を望むか」だと思っていた左派は、離脱に票を投じた労働者階級を「右傾化している」と単純に理解した。彼らは、長いことアイデンティティ政治にのみこだわり過ぎ、欧州の政治イデオロギーを分けるクラシックな概念であったはずの「上」と「下」、すなわち階級のコンセプトを忘れてしまっていたのである。

 

だが、それは好むと好まざるに拘らず、明らかに回帰している。

 

ガーディアン紙のライター、オーウェン・ジョーンズは先月、こう書いていた。

 

「左派は、本気でいま再び階級に焦点を合わせなければならない。1980年代以降(労働運動が潰され、旧産業が崩壊し、冷戦が終結した)、階級が表舞台に出ることはなかった。ジェンダーや人種、性的指向のほうがより重要で、現代的な問題のように見えた。だが、実のところ、それはどちらを取るかというような問題ではないのだ。例えば、階級を理解せずにどうやってジェンダーを理解するんだ?」

 

◆ ◆ ◆

 

「Europe calling(もしもし、ヨーロッパです)」

「This is Japan(こちらは日本です)」。

前者は劇的に動く時代の暴風に晒され、迷いながら変動を続けている。

後者だって前者の混迷を笑いながら傍観している場合ではない。

『ヨーロッパ・コーリング』と『THIS IS JAPAN』は、まったく別の地平の話のようであり、実は呼応している。

 

 

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THIS IS JAPAN――英国保育士が見た日本

著者/訳者:ブレイディ みかこ

出版社:太田出版( 2016-08-17 )

定価:

Amazon価格:¥ 1,620

単行本 ( 260 ページ )

ISBN-10 : 4778315332

ISBN-13 : 9784778315337


 

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