『絶叫』――人生は、壊れるときには壊れてしまう【PR】

『絶叫』著者であるミステリー作家・葉真中顕さんと、『シングルマザーの貧困』著者の社会学者・水無田気流さんによる特別対談! 母の呪い、家族のかたち、自由論議……同世代の二人が語りつくす。(構成/山本菜々子)

 

 

母の呪い

 

水無田 『絶叫』読みました。とても緊張感があるミステリーでしたね。特にオチがすばらしいですね。もう、これは!

 

葉真中 ありがとうございます!

 

水無田 『絶叫』は、日本の高度成長期を背景にしたギリシャ悲劇のようですね。物語の中では「母」が大きな役割を果たしていますが、母親との対峙に成功している点でも、大変に珍しい作品です。

 

日本の小説には、母性に対する幻想が捨て切れなかったり、結局は母性に回収されて終わりという話が多い中で、きちんと母性と対決している。そして、あの結末にいたります。

 

葉真中 それはまさに核心で、あの結末は書き始めてすぐに決まったんです。長い小説なので書いているうちに、迷うこともたくさんありました。でも、とにかく、この結末に着地できればそれなりのものになるという確信だけはあって、それを頼りに筆を進めました。

 

と、話を進める前にまず、拙著『絶叫』の内容を簡単に。本作は、マンションの一室で腐乱死体となって発見された鈴木陽子という女性がどのような人生を歩んできたのかを描いた小説です。この死の謎を追う女刑事と、死んでしまった鈴木陽子に「あなた」と呼びかける何者かの二つの視点で話が進みます。

 

女はなぜ死んだのか、そして女に「あなた」と呼びかけているのは誰なのか、純粋に娯楽としても楽しめるように、いろいろとミステリー的な仕掛けや工夫も凝らしました。私なりに、すべてを書き切ったつもりの自信作ですので、是非多くの方に読んでいただければと思っています。

 

さり気なく宣伝をかましたところで(笑)、「母」ですね。冒頭で謎の死を遂げた女・鈴木陽子が、物語の主人公なのですが、彼女は1973年に日本海に面した架空の地方都市に生まれます。ちょうど日本が高度経済成長期から安定成長期へ移行したとされる年ですね。それから40年、バブルが来て、崩壊して、長期にわたる低成長とデフレに見舞われて──という時代を陽子は生きます。

 

その中で、彼女はまるで呪われたように、一家離散、離婚、貧困といった様々な困難に直面し、やがてある犯罪に関わってゆくことになります。では、彼女に、誰がいつどういう形でこの「呪い」をかけたのか。この小説の中では、それは、母親なんですね。

 

人は誰しも自分の思い通りには生きられません。そもそも、自分の意志で生まれる人なんていませんしね。作品の中では「自然現象」という言葉がキーワードになっていますが、人生における困難を「呪い」と呼ぶなら、それは生まれたときからかかっているのだろうと。鈴木陽子にとっては、この時代に、あの母親の元に、女性として生まれたこと、それ自体が呪いです。

 

最近は「毒親」とか「毒母」という言葉がありますが、鈴木陽子の母・妙子は不可避な呪いの源泉としての「母」でもあります。ただ、私自身は男性なので、こういった形で「母性」や「女性」を描いて良いのか悩む部分もありましたが、チャレンジしてみようと思いました。

 

 

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『絶叫』著者・葉真中顕氏

 

 

水無田 妙子はまさに、高度経済成長期の呪いを体現したような人物ですよね。娘の陽子にむかって、「あなた、嫁に行かないわね」と見下す発言をするじゃないですか。

 

社会経験が乏しく、娘の陽子が成長するにしたがって、自分が馬鹿にされているのもうすうす感じとっていて、そのことについてのもやもや感も抱えていて……でも、女としては私が上なのよっていう。葉真中さんは、なぜこんな女性の意地悪な感じが分かるんですか(笑)。

 

葉真中 いや、分かるわけでは……(笑)。まあ「意地悪」というのは、必ずしも女性特有ではなく、割と普遍的なものですよね。男性だって多くの場合、働く中で周りをキョロキョロ見ながら、周りとの比較で自尊心を保ったり、嫉妬したりしている。これが専業主婦の立場で、外との関わりが少ない状態だったら最大の比較対象相手は家庭の中になるんじゃないかと。

 

旧来型の社会モデルでは、男性は社会的な地位を比べがちだし、女性はどれだけ良い家庭を築けるのかを比べがちになるのではないでしょうか。だから、母親の妙子は、娘の陽子を「結婚できない」という形で否定していくんです。

 

ここからは読者がどう読むかという話になってくると思いますが、妙子はいつまでも結婚しない娘をうらやましいと思う感情もあったのではないか。自分の優位性を家庭の中で維持するために、そういう発言を繰り返している。

 

私は、親子や家族って愛情だけの関係ではないし、そんなの幻想だと思うんです。たとえ家族であっても、多かれ少なかれ、闘争的なことにならざるをえない。それを病的な形で出しているキャラクターとして、母・妙子を作りました。

 

 

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家族のかたち

 

葉真中 現実の世界に目を向ければ、いまや日本的家族の幻想が、土台からぐらぐら音を立てて崩れているのは明らかです。前作の『ロスト・ケア』では家族介護の困難を書きました。ですが、実際は家族もいない高齢者の方がどんどん増えています。

 

それなのに、いまだに社会は「家族で物事を解決しろ」というスタンスですよね。言わば家族にセーフティネットとしての機能を期待しているわけです。けれど、少子化と核家族化が進み、家族の構成員が減っていますから、その網の目は粗くなっている。たとえば借金とか、DVとか、病気とか、なんでもいいんですが、何か一つの問題を抱えてしまっただけで、家族が崩壊してしまうことは決して珍しくない。『絶叫』の鈴木陽子がまさにそうなのですが、家族というセーフティネットからこぼれるようにして、社会の底の方へ落ちていってしまいます。

 

水無田 その日本的な家族観が作られたのは、高度成長期ですよね。大枠で、戦後昭和を象徴するような時代のミステリー作品は、コミュニティの崩壊と土着性からの離脱が背景にあったように思います。代表的なのは、松本清張の『砂の器』ですよね。コミュニティから逃れようとする和賀英良が、コミュニティの代表者である善意の人・三木謙一を殺してしまう。悪意が不在のまま、日本人が戦後捨て去ろうとした戦前の土着性に絡め取られ、そして悲劇が起こるという……。

 

ですが、『ロスト・ケア』を読むと、そんな村社会の土着性すらユートピアに見えてしまう。日本型コミュニティの課題を描いたという点で、日本のミステリーの王道を引き継ぎつつ、今日的な状況を端的にあらわした作品ですよね。

 

葉真中 ある種の解決不可能性というか、視界の果てまで荒涼とした世界が広がっていく状況に、2000年代以降のリアリティがあると思っています。それは私が自覚的に書いていこうとしていることの一つです。

 

私のような作風の作家は過去にたくさんいたと思いますが、21世紀に新作として小説を書いていくには、現代のリアリティを作品に入れ込む必要が、やはりあるのだと思うんですよね。

 

水無田 そのご説明は、すごくしっくりきます。

 

葉真中 家族を描いたフィクションの典型的なパターンとして、「それでも家族が好き」と、愛憎をくぐり抜けた先にある家族の絆を描くものがあります。一読者としてそういう作品を好ましく思うこともあるけれど、私のリアリティは「その家族が危ない」です。

 

水無田 人間は、なかなか自分が好ましいと思うもの、かけがえがないと思っているものを切り離すことは難しいですから……。家族に関していえば、家族一丸となって社会と戦うことはできるけれど、自分が背中をあずけた相手に撃たれるような小説は、なかなかうまくは書けない。たとえ書いても、陳腐な裏切りの物語になってしまって、日本型家族幻想の中枢までは踏み込めない。そういうことなんでしょうね。日本には、母性神話を信仰する家族教社会という側面がありますよね。

 

葉真中 でも、それが「神話」であることは、明らかになっていますよね。家族がボロボロになった時、家族のようで家族でない「疑似家族」が生まれる。私は、これが時代のキーワードだと思っているんです。

 

『絶叫』では6本指を持つ神代という男が出てきます。彼はNPO法人をつくって、社会から棄てられた人たちのネットワークを構築し、疑似家族の「父親」として、犯罪者やホームレスの面倒をみている。けれど、善意でそんなことをやっているわけじゃない。まるで沼のように、寄る辺のない人々を自分の世界に引きずり込み、君臨し、支配しているのです。

 

水無田 彼は稀代のトリックスターですよね。

 

葉真中 そうなんです。神代はえげつないおっさんで、善悪で言ったらそりゃ悪なんでしょうが、突き抜けたものがあるので、書いててすごく楽しかったんです(笑)。彼が疑似家族を作るのは、まさに後ろから撃つためなんですね。

 

水無田 今まで「疑似家族」は、新しい家族の形として、好意的に取られてきたじゃないですか。80年代は消費社会化の成熟とともに、旧来のコミュニティがどんどん解体してきて、新しい選択縁を基軸とした疑似家族の可能性が希望として語られました。吉本ばななの『キッチン』のように。でも、そのダークサイドに目を留めれば、表層的にいい家族を装って、後ろから撃つことを目的に近づいてくる悪意の相手がいるんだと。

 

葉真中 昨今話題になった尼崎事件や、京都青酸カリ事件を見ると、そういう悪意のリアルを感じます。神代みたいな人間も、きっと本当にいるはずです。

 

水無田 でも、陽子は彼にも飲み込まれることなく、向かい合います。ある意味では、疑似家族の「父」である神代とも対峙し、母とも対峙している。今までにないヒロインですよね。

 

旧来の性別分業的な意識を取り去るために、弟の「声」を魂にインストールして、アンドロジナス(両性具有)になっていくのが面白い。勝手な解釈かもしれませんが……。

 

葉真中 アンドロジナスですか! なるほど、いや確かにそうなのかもしれません。そうやって、言語化されると、自分が何を書いたのかが改めて分かりました(笑)。【次のページへ続く】

 

 

 

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