2013.10.11

「夜」の世界に光を照らせ

『夜の経済学』著者・飯田泰之氏インタビュー

情報 #風俗#夜の経済学#荻上チキ#新刊インタビュー

夜の世界から、僕らの幸福度、他者への厳しさ・やさしさまで――今まで印象論で語られてきた分野に、経済学者・飯田泰之と評論家・荻上チキがデータを武器に鋭く切り込む『夜の経済学』。著者の一人である飯田氏に、データを分析する意義とその可能性についてお話を伺った。(聞き手・構成/山本菜々子)

「夜」に光を当てる

―― 『夜の経済学』では一般的には調査があまり行われていない分野に対し、データを使い検証しています。そもそも、なぜこのような本を書こうと思ったのでしょうか。

「社会科学」と呼ばれるものは、参与観察のようにそのグループと密接に関わりルポルタージュ風に証拠を積み上げるか、データで検証するか、少なくともそのどちらかがなければ「科学」とは呼べない。このどちらも含まれていない議論を、ぼく自身は検討するに値しないと思っています。

昔から「理屈と膏薬はどこにでもつく」と言われる通り、理屈だけだったらどんなことでも言うことが出来ます。ぼくの専門である経済学の分野でも、消費税増税をすると「景気が良くなる」「景気が悪くなる」という意見がありますが、そのどちらも論理的には正当なモデルによって導き出すことが可能です。論理的であることはかなり緩い必要条件に過ぎないわけです。どんなことにも理屈だけはつく。勝負はデータの方なんです。ですから、この本ではデータを積み重ねることで、検証を行っていくことにしました。

具体的な数字が出てきて、はじめてこの数字が高いのか低いのかという議論が出来ます。科学というものは、自分の頭の中だけで理論を考えて一発でベストな答えを出せるわけではありません。実際には仮説があって、検証してみて、理論を修正していくというプロセスを取ります。このプロセスを繰り返すことが真実に近づく、少なくとも役に立つものを捜すための基本的な方法です。

―― フィールドとして「夜」を選んだのは、なぜでしょうか。

風俗産業だけの市場規模は非常に大きく、これまでの類書などでの推定では7兆円とさえいわれます。本の中では、これが「過大推計」の可能性があることに触れていますが、それでも基本的には百貨店や旅行業全体と同等の市場規模です。これほどの大きな業界について、データに基づいた話が行われていないわけです。ですので、まずはぼく達が調査をし、荒っぽい形でもいいので数字をまず示してみることにしました。

調査を重ねていくうちに、風俗産業とワリキリ(個人売春)業界の性質の違いが分かってきました。風俗産業は市場化されシステマティックになっており、価格の収束傾向が非常に強い。一方ネット上の不特定多数を相手に単独で売春行為を行うワリキリの場合は、地域によって価格のばらつきが大きいことなどが分かりました。また、「買う男性」についても客層が異なっていることも判明しました。

「夜」と銘打ってありますが、風俗業界やワリキリの話だけではなく、大学生の意識調査や、生活保護受給者への寛容度についてもデータを収集しました。なかなか光が当たることのない分野での、叩き台となる数字をまず出したかったからです。

―― 大学生の意識調査では、大学の偏差値別に分析していましたね。ここにはなにか意図があるのでしょうか。

夜の世界のように、今まで光が当たって来なかった分野が「学歴」です。例えば、今までの社会調査では「中卒」「高卒」「大卒」という枠組で学歴を聞いてきました。しかし、大学進学率が50%を超え、「大学全入時代」と言われる現在、単に「大卒」といっても様々でしょう。これを、ひとくくりにするのは難しい。そこで入試難易度別に比較をしてみようと思ったんです。本書では大手予備校のランキングを使って、「難関大学」「偏差値60以上70未満」「中堅大学」「偏差値50未満」の4つに分類し、大学ランク別の学生意識調査を行いました。

アンケートでは、喫煙習慣、飲酒習慣、生活満足度、高校時代にどのような部活に入っていたのか、処女・童貞なのか……といった様々な質問項目を設置し、相互にどのように寄与しているのかについて分析しています。その結果についてはぜひ、本書を読んでいただけたらと思います。

夜の経済学(オビアリ)

「幸せ」ってなんだろう

―― アンケートをしていく上で気をつけたことなどはありますか。

調査をして行く上で気がついたのは、こちらの質問意図と、受け手側の認識が必ずしも重なっていないということです。本書の中では「お金で買えないものこそ大事だ」という質問項目があります。この質問は社会調査の定番項目で、内閣府が行っている「国民生活選好度調査」の中でも聞かれています。

ぼくら質問者の側は、この質問を「経済的な豊かさよりも、それ以外のものを優先しますか」という意味で聞いていると思います。しかし、この質問に「YES」と答えている女子学生も「NO」と答えている女子学生も結婚相手に望む年収の平均は変わらないんです(笑)。有意ではありませんが「経済的な豊かさよりも、それ以外のものを優先する」人の方が、結婚相手の年収を気にしているといっても良いくらい(笑)。

つまり、質問された側は「お金では地位や名誉や若さは買えない」のように「お金で買える以上のものが欲しい」と思っているわけで、この質問に「YES」と答えたからといって経済的豊かさを否定しているわけではないんです。出題者の意図しているものとは違う回答が返ってきてしまったんですね。

また、質問の形式を変えることで違った数値が出てくることも注意しなければいけません。例えば、2011年の調査では、

・現在、あなたは幸せですか?

とても幸せ/まあ幸せ/どちらともいえない/まあ不幸/とても不幸

という形式にし、2012年度の調査では

・現在、あなたは幸せですか? 「とても不幸」を0点、「とても幸せ」を5点として採点してください

と、選択肢の設定を変化させたところ、2011年の調査で「とても幸せ」と答えた人が9.6%にすぎないのに対し、2012年度の調査では「とても幸せ(5点)」と答えた人が20.0%でした。このように、「幸福度」というものは、アンケートの形式に容易に左右されることわかります。

アンケート形式でこれだけ違うことから類推すると、現在「幸福度」に関し様々な研究や国際比較が行われていますが、そこに関わる言語の問題を見過ごしてはいけないと感じています。

―― 「言語の問題」ですか?

一時期、ブータンが「幸せの国」として話題になりましたよね。2005年に行った国勢調査で、「あなたは幸せですか」という質問に、国民の97%が「幸せ」と答えたと。

しかし、2010年にはその割合が40%も落ちてしまいました。これについて「文明化されてしまったから国民が幸せでなくなった」と嘆く人達がいますが、単に聞き方が違ったのではと予想することが出来ます。実際に2005年の調査では、「Very Happy」「Happy」「Not Very Happy」の3つが選択肢でしたが、2010年の調査では5段階評価で選ぶというものに変化し、「幸福度」は減ってしまったわけです。

また、ぼくは「幸福度」を国際比較することの意義もあまり感じていません。「あなたは幸せですか」という質問では、おそらく「幸せ」という言葉をどう日常用語の中で使用しているのかが分かるだけだと考えています。

言語が違うのですから、「幸せ」と「Happy」では、言葉の守備範囲が違います。その意味では、社会におけるその言葉の用法を確定するための方法としてアンケートは極めて有効だと思います。幸福度のクロスセクションを比較して、どのような要因がこの社会における「幸せ」の定義にふさわしいのかがわかります。

しかし、北欧での幸福度が高いからといって、北欧のような社会システムにしたら日本人が「幸せ」になれるのか、というと必ずしもそうではない。各国の「幸せ」にどの項目の寄与度が高いのかは分かりますが、それが他の国に必ずしも適応されるわけではないということです。

ですから、人びとの気持ちを計る方法として、アンケート調査することには大きな注意が必要だと思います。ただ単に言語の意味を聞いているだけなんじゃないか、と自覚的であるべきです。社会調査系アンケートの手法はもっと言語学的であるべきなのでは、とぼくは考えています。

―― その国にとって「幸せ」という言葉が意味するものと、それに対し寄与度が高いものは何か、ということ以上は分からないということですね。

話は少し脇道にそれますが、多くの問題は「言語の問題」であると言い変えることが出来るとぼくは思うんですよ。その言語の問題をクリアにしていくと、残る問題というのは解決可能か、改善可能な形に置き換えることが出来るか、人為的には改善不可能である――といったように分類できるようになると思うんです。

経済学で「労働価値説」が主流だった時代は、「価値の原泉」について長時間議論をしてきたんです。しかし、限界革命以降の主流派経済学では「主観価値」という考え方が出て来ました。人びとの価値は主観的なものであるとし、これ以上その問題について悩まなくていいようになった。問題を限定できたことで先に進めたわけです。

一方、「価値の源泉」について悩み抜いていった経済学の学派もあります。価値とは何かについて、それこそ膨大な数の研究が蓄積された。一方、主流派経済学はその労力を具体的な問題解決あててきた。すると実社会での有用度や応用可能性について、主流派とそれ以外では当然大きな差がついてしまいました。解決不可能であったり、それ以上掘れない場所を見極めるために言語的な意味を固定する必要があると思うんです。

統計を用いた調査では、数字に落とし込む必要があるので、その概念について定義をつくり、当てはめる必要があります。「本当の幸せは何か」という議論はひとまずおいといて、日本社会の考えている平均的「幸せ」を調査することで、それを叩き台にして様々な議論ができるようになるとぼくは感じています。

実相から離れていくものに

―― 生活保護の寛容度についても調査していますね。

生活保護も今まで光が当てづらい分野でした。そして、「ニュースソースの原則」とぼくが呼んでいるように、非常に悪質な不正受給や、生活保護を断られて飢え死にしてしまったという両極端の事例が報道されがちです。その結果、人びとが生活保護に持つイメージは現状とかけ離れたものになっている可能性があります。

この調査では、生活保護が保障する「最低限度の生活水準」について、アンケートを実施しました。回答者には、「医者にかかれること」「専用の浴室」「冷房」「携帯電話」といった、生活保護受給者と自らの日常生活に、最低限度必要だと思われるものを聞く形式になっています。ここでぼくらは「就活・仕事用のスーツ」という項目を入れました。

と、いうのも生活保護を受けている人達のほとんどが働くような場所は、スーツを着るような仕事ではありません。飲食や個人商店、ブルーカラーの仕事をすることが多い。ですから、就活用はともかく仕事用のスーツは不要です。しかし、アンケートでは生活保護受給者に対し、スーツは「必要」なのに、インターネットや携帯電話は「不要」と答えた人が多いことに驚かされます。実際にはインターネットや携帯電話の方がその所得階層の人びとにとって生活や仕事の命綱になっています。少なからぬ人のイメージが生活保護受給者の実像と乖離しているわけですね。

また、「弱いものがさらに弱いものを叩く」のが生活保護バッシングであるという言説を良く耳にします。確かに表だって叩いているのはそういった層なのかもしれませんが、ある意味では一番生活保護に冷たいのは富裕層だといってよいかもしれない。表面的な言辞は穏やかでも、生活保護者が行うべき生活について不寛容なのはむしろ富裕層なのです。こういった人は、生活保護を受けざるを得ない人がどのような状況でいるのか理解出来ないのではないでしょうか。見たことも聞いたこともないから想像がつかないんでしょう。その結果、実相からはどんどん離れた認識を形成してしまいます。

とはいえ、富裕層にいきなり低所得者層の状況を実感しろといっても無理がある。だからこそデータが必要なんです。実相からかけ離れたものを少しでも近づけることができる。一対一でのコミュニケーションだと、だんだんと言語の統一が行われているので、言葉での説明が意味を持つと思うんです。ですが、同じような言葉の環境にいない人に伝える場合は、数字で語ることがとても有効です。

もちろん、数字を示されなくても納得のいく本はありますが、前提条件を共有できていない人からしたら、コミュニケーションがとれていないことになります。ぼくは、論壇自体も今が変わりどきだと感じています。かつては興味関心や言語的な感覚が同じ人や、近い人だけで構成されてきましたが、これからはどんどん外部にも議論を広げていかなければいけません。そこを繋ぐツールとして数字は非常に有効なものになるのかもしれません。

yorukei

確度の高い情報へ

―― 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

この本の読み方はいくつかあると思っています。面白データ本だと思ってもらってもいいですし、今までの偏っていたイメージを数字で再検討した本だとも言えます。

ほぼ未開拓の分野についての統計を、だいぶ荒っぽい形で出しているので、『夜の経済学』にはツッコミどころが満載です(笑)。ぜひ、読者の皆さんで追試をしていただきたいと思っています。

その際も単に「違う!」というダメ出しではなく「こうするともっと正確な調査になるのではないか」と提案し、「ここが違うので別のデータを使用してみたら、こうなりました」と自分で実証してみて欲しいんです。調査方法も公開していますし、いくつかの調査については時間をかければ誰でもできるものになっていますので、読者の皆さんにも積極的にデータを使ったり、集めたりして検証して欲しいと思います。そうすることで、より確度の高い情報に向かっていくことが出来るのではと感じていますね。

プロフィール

飯田泰之マクロ経済学、経済政策

1975年東京生まれ。エコノミスト、明治大学准教授。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書は『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。

この執筆者の記事