縮小都市、あるいは集積の分散 ―― 政治制度からみた現代の都市問題

近年、都市研究の分野で注目されるキーワードのひとつに、「縮小都市」というものがある。この概念は、論者によってさまざまなかたちで定義され、必ずしも研究者の間で統一的な理解が形成されているとはいえないが、20世紀において半ば拡大を前提としていた「都市」が「縮小」するという問題意識は、都市を分析する社会科学者や都市計画家だけではなく、人文学者や建築家などの関心を惹き、数多くの学際的な研究が生まれている。

 

学際的であるがゆえの困難はあるが、従来の研究は、現に生じている縮小都市という問題に、どのように対応するかという関心が中心であった。例えば、Philipp Oswalt氏が中心になって行われた国際的な縮小都市研究のプロジェクト(*1)では、都市の縮小を転換のプロセスとして捉えつつ、複数の都市における縮小への対応を整理して、そこから次の行動への教訓を引き出すことが重視されている。郊外化や産業の空洞化などを原因として人口が縮小する中で、都市計画を引き直し、従来の都市における構造物を解体・再利用することで、新たな発展のための新しい機会を生み出すことが論じられるのである。

 

(*1)http://www.shrinkingcities.com/

 

そのような未来に向けた「縮小都市」の研究、ある意味で「縮小」を逆手に取りつつ新たな発展を模索するような都市研究が数多く生み出される中で、政治学が貢献できることは何かあるだろうか。公共政策と呼ばれる学際的で実践に近い分野で、例えばアートによる都市の再生――「縮小都市」の議論では、縮小が進む都市空間においてしばしばアート/アーティストが招来される――がどの程度実現したのかを定量的に検証するような作業などは考えられるかもしれない。あるいは、全く正反対の観点から、都市の縮小に資本主義の危機を見出して、縮小を前提として再編される都市政策を批判的に検証するような試みもある。

 

これらは現に存在している「都市」を前提として、不可避的に進んでいく縮小という問題への対応が論じられている構造は同じだろう。政治学に限らず、隣接の社会科学やその他の都市研究においても、多かれ少なかれ似たようなかたちで議論が構成されている。しかし、「都市」そのものの方は本当にそのような前提となるものなのだろうか。「都市」が一様な存在ではないのは社会的には自明だろうが、政治制度はさまざまなかたちで「都市」を枠付け、制約を与えている。歴史的にも同時代的にも政治制度が生み出す都市のバリエーションは小さくないのだ。以下、この小論では、都市をめぐるさまざまな政治制度に注目しながら、「縮小」という問題に向きあうことになる「都市」について考えてみたい。

 

 

拡大した都市

 

現下の問題となっている「縮小都市」を議論する前に、これまで都市がどのような存在として扱われてきたかを簡単に抑えておきたい。

 

一言でいうならば、都市とは、人や資源を集積し、その集積を拡大していく地域であったといえるだろう。日本では、高度経済成長期に都市が発展したとイメージしやすいところだが、都市をめぐる政治制度から見れば、そのイメージは必ずしも正しくない。都市が周辺を飲み込みながら拡大していったのは、むしろ戦前なのである。

 

1888(明治21)年、日本で「市制」が交付された年、「市」とされたのはわずか39の都市に過ぎない(高松市がやや遅れて1889年に市制施行)。そのときの「町村」の数は15820である。2010年代に日本で700以上の「市」が存在し、「町村」の数とほぼ変わらないことを考えると、当初の「市」がいかに特殊な地域であったかは想像がつくだろう。なお、このときに「市」とされた地域の多くが現在の県庁所在市となっているが、堺市、姫路市、弘前市、米沢市、高岡市、下関市、久留米市といった、県庁が置かれなかった都市もある。

 

特殊な地域である「市」は、周辺地域から人口を吸収しつつ拡大していった。もちろん、多くの人びとが都心に流れ込んできたのだが、現在の「市」に比べて、当時の「市」は格段に狭い。とくに人口が集中する旧六大都市(東京市・横浜市・名古屋市・京都市・大阪市・神戸市)では、激しい人口流入によって、都心地域の居住地はすぐに飽和した。そのため、これらの地域では、周辺町村に多くの人々が居住した。そうした周辺の町村を合併することによって、都市の境界を物理的に広げていったのである。六大都市ほどではないにせよ、多くの「市」は特殊な人口密集地域として、その外延を拡大していった(*2)。

 

(*2)「市町村変遷パラパラ地図」http://mujina.sakura.ne.jp/history/index.html は、日本における都市の拡大を視覚的に捉える営みとして、非常に興味深い。

 

人口や資源が集積していく都市では、その集積をいかにマネージするかが重要な課題となる。市の規模などによって具体的な内容は都市ごとに大きく異なるが、マネジメントの手法として用いられたのが、都市計画というツールであった。極めて単純化して理解すれば、人口が集中する都心部の開発を行うとともに、人々の寝所となる郊外の宅地を開発する。そして、都心と郊外を結ぶ鉄道や道路を整備して、都市の機能を向上させていくのである。また、他所から流れてくる貧困者が集まる地域や、公害の発生源となる工場地域などを「悪所」として改造の対象とするのも、都市計画の重要な役割であったといえる。

 

都市の圏域(都市圏)が拡大するに連れて、政治・行政の単位である「市」の外延、さらに都市計画の範囲も拡大していった。そしてこのような拡大は、都市にとって基本的に望ましいことであったといえる。なぜなら、拡大する社会経済的なまとまりである都市圏と、意思決定の単位である自治体の領域が重なることで、都市の発展が自治体として追求すべき利益と直接的に結びついていたからである。

 

 

 

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