2015.03.25

新しいセックスワークの語り方―― 風俗、援デリ、ワリキリ…、同床異夢をこえて

水嶋かおりん×鈴木大介×荻上チキ

社会 #風俗で働いたら人生変わったwww

現役セックスワーカーによる性風俗業界のレポートとして話題になっている新書『風俗で働いたら人生変わったwww』(コア新書)は、従事する女性たちの貧困や不幸ばかりに特化されがちであったセックスワーク論に新たな視点を導入し、性風俗業界のイメージを更新した。その著者である水嶋かおりん氏、そして『最貧困女子』の著者でありルポライターの鈴木大介氏と共に、あらためてセックスワーカーの全体像を捉え直すと同時に、正しいセックスワーク論のあり方を模索する。(構成/岡堀浩太)

セックスを語れない場ではセックスワークも語れない

 

荻上 本日は現役風俗嬢であり風俗嬢講師の水嶋かおりんさんと、ルポライターの鈴木大介さんをお招きしての鼎談をお送りします。鼎談のきっかけとなったのは、今年の2月に水嶋さんが出された『風俗で働いたら人生変わったwww』という、なんとも素晴らしいタイトルの新書です(笑)。

2ちゃんねるのまとめサイトみたいなタイトルですが、中身は非常に充実しています。もちろん、まとめサイトもテーマによっては非常に良質ですし、特に初期は、専門的な業界の内部にいる方が「○○だけどなにか聞きたいことある?」と、人から寄せられた質問に答えていくことで業界内部の実態を伝えていく有用なスレもありました。

本書はまさに、性風俗業界内の状況のレポートを通じて性風俗業界のイメージを更新することに成功していますね。また「性風俗の実態について知りたければまずはこれを読め」というような一冊が出てきたという感じです。

セックスワークに関する言論は様々です。「女子大生がこんな仕事を!」的なコラムは山ほどある一方で、菜摘ひかるさんの著書をはじめ当事者がエッセイ調で書かれていているものもいくつかありますが、内側から業界を詳述するようなこの本を書いた狙いはどういったところだったんでしょう?

水嶋 私は売春を含むセックスワークに15歳から約15年以上にわたって関わり続けてきたんですが、たとえば「どうすれば上手に仕事をしていくことができるんだろう」といったようなことを、これまで常に自分自身で模索するしかなかったんですね。仕事をする上で何か分からないことや困ったことがあった時に、適切なサポートをしてくれる人間や道しるべとなるようなものが周囲に全くなかったんです。

たとえば風俗店の経営者やスタッフにしても、多くの場合「こうしてください」といったガイドラインのようなものを持っておらず、せいぜい「法令遵守でお願いします」といった程度の指示しか出せない。だから、まずは現役の風俗嬢にとって道しるべになるようなものを作ろう、というのが一つありました。

もう一つは、いま荻上さんが指摘されたように、これまでにも現場の人間が本を書くということは幾度となくあったんですが、やっぱり風俗嬢の子ってふわっとしていることが大事だったりもするので、その内容は論調の堅いものではなく、もっと柔らかいサブカル的なノリだったり、あるいは「こういうお客さんいるよね」的なあるあるネタであったりすることが多いんです。

性風俗というものをネタとして面白おかしく語ることは私も好きですし、全然ありなんですけど、一方で性風俗の業界が今どのようになっていて、どんな問題を抱えているのかといったことについては、当事者の中でそれを語っている人が現状で見当たらないんですね。特に2000年代後半以降は皆無に近かったりする。

この状況はやはり良くないと思っていて、というのも、このまま放っておくと性風俗の現場を社会全体が理解しないままに、あるいは当事者を置いてきぼりにする形で、性風俗について色々なところで色々なことが好き勝手に語られるようになってしまう。

もちろん、風俗を巡る語りが活性化すること自体は望ましいことではあるんですが、この業界には物凄いグラデーションがあるので、一筋縄に語ることは実はすごく難しいことであったりもします。そこで、そもそも「風俗嬢ってなにか」ってことと「性風俗が置かれている状況」というのを全体的に理解してもらうための入り口になるような本を作りたかったというのがありました。

ただ、執筆の過程において、あらためて性風俗について論じることの難しさを痛感しましたね。まず前提として、セックスを語れない場ではセックスワークについては語れないんですよ。二つの壁があるなぁと感じるようにもなっていて…。

荻上 なるほど。「セックスは語れてもセックスワークは語れない」といった状況もある。本の中では水嶋さんが、性について語り合う勉強会ですら排除されたという体験も書かれていましたが、分厚い扉が二枚、三枚とあるような感覚がある。

水嶋 そうですね。ただ、性風俗って非常に特殊な世界として見られがちですけど、実は社会の他の部分や産業とも密接に関わっているんです。動いているお金もすごく大きい。たとえばIT業界との関係で言えば、WEB広告においては性産業の広告媒体が非常に重要視されていたりする。つまり、WEBの世界でお金を得ているような人達の生活には、じつは性産業のお金が結構な割合で入ってるんです。

おそらく多くの方は自分の日常生活と切り離して性風俗の世界を捉えていて、だからこそ極端な議論になりがちなんだと思いますが、まず性風俗は社会の有機的な一部なんだということを理解して頂いた上、共存共栄の意識を持ってもらいたいというのもありました。

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風俗嬢講習の現状

荻上 「道しるべがない」とありましたが、たとえば新人風俗嬢への「講習」イメージとして、入店時の実務講習とか、「べからず集」みたいな禁止事項の伝達などがありますが、それ以外はほとんど機能していないということになりますか。

水嶋 基本は「やりながら覚えてください」だと思います。現在は入店時の実務講習も行わない店というのも多いです。店長さんやスタッフさんの中には講習にも関わらず本番をやってしまうみたいな、趣味講習みたいになってしまっていたりすることもあって、そうした理由から女の子たちが講習を嫌だなって思う時期があったんですね。

荻上 時期というのは、特にある年代においてそういうことが頻発したということですか。

水嶋 2000年代後半に風俗嬢人口が急激に拡大していく過程でそういう反発が増えていった印象です。そのため、今は女の子を獲得するために「講習は行わない」という方針のお店が増えています。ただ一番良いのは女性講師が講習を行ってくれることなんです。良いお店さんはすでにそういうスタッフを揃えていますね。

荻上 改善も行われていると。不快な講習を受けた割合などは知りたいですね。水嶋さんは風俗嬢講師もされています。講習の反応などはいかがですか?

水嶋 私は女性だけではなく、経営者側、スタッフ側の男性に対する講習も行っているのですが、まず男性は風俗嬢のサービスの細かい点についてイメージができないんですね。サービスの受け手側としておおまかなプレイの流れまではイメージができるんですが、サービスが実際にどんなところに気を配って行われているかっていうことをイメージできないので、女の子にどう伝えればいいかが分からない。

だからスタッフには、「どういったポイントが女の子たちには分からないのか」ということを伝えるようにしています。実際に男性スタッフの方に風俗嬢が素股プレイをする際にとっているようなポーズをとってもらい、実演的に教えていくんです。すると素股プレイ一つをとっても、たとえば膝の開き具合が分からないんだといった具合に、もっと講習を細分化する必要があるということに気付いてもらえるんですね。

荻上 なるほど。確かに男性側の目線だと、たとえば「こういう風にして舐めると気持ちいいよ」とか「こういう仕草をすれば可愛いよ」とかは説明できるけど、風俗経験のある女性が講師であれば、ちょっとした手の抜き方であるとか、現場における実用度の高いアドバイスを行えるということですよね。

水嶋 そうですね。あるいは、「なかなかイケないお客さんにはシックスナインが一番いいんだよ」とか。実は男性は一点に集中しすぎるとイキづらくなってしまうといったところがあり、そういう場合は気を何点かに散らすことでイキやすくなったりするんですが、当の男性自身がそういった自分たちの性質をあまり理解していないんです。

他にもソープであればマットプレイにおける体重移動のコツであったり、あるいはローションによる転倒などの事故の防ぎ方であったり、現場の知恵がなければ教えられないことというのが沢山あります。実際に、ソープランドではマットプレイに使用するローションでお客さんが転倒して救急車で運ばれるといった事故が稀に起こりますので、そうした時の対処法、応急処置の方法などについても教えたりしますね。

荻上 既に目から鱗です。現場には様々なニーズがあるんだと思いますが、しかし具体的にどんなニーズがあるのかということは、なかなか一般に可視化されづらい。ただ業界内においてはそういったものが徐々に可視化されつつあるということでしょうか?

水嶋 いまライト風俗の中で急成長している分野に回春マッサージというものがあるんですが、回春マッサージ店を運営している企業などは徹底してシステマティックになっている印象がありますね。

たとえば待機所のテーブル一つ一つにマニュアルブックが用意されていて、同時に講習映像が常に流れている。また女の子の割り振りもリピートの多い女の子になるべくフリーのお客さんをつけるなどして、顧客満足度の向上が図られているんですね。スタッフの研修や講習にも徹底していて、あるいは講師になるための講師研修などまである。組織として非常にしっかりとした仕組みになっているんです。

こうした企業は業績も好調であり、仕事としてきっちりすることが、女の子にとってもお客さんにとってもお店にとっても、プラスの効果を生むという現状ができ始めている気がします。

性の低価格化

荻上 なるほど。一方で、どの業界もそうですが、マクロレベルで起きている経済変動などの影響もありますよね。風俗業界での低価格化をお書きになっていましたが、僕がエコノミストの飯田泰之と継続調査している個人売春の市場では、出会い喫茶でも出会い系サイトでも、この一年で平均単価が下落していました。そんな中でも、「風俗よりも個人売春」を選ぶ人も一定数いる。

ただ、やはり2割くらいの女性は満足度が低く、「やむをえず」という自傷的な心情で売春を続けている。バランスが変化しているなと感じます。

水嶋 そうですね。風俗の低価格化については本にも書きましたが、これは単純に嬢の人口が増加したことによる供給過多というのが一つの原因としてはあると思います。

「現在において女性器に価値はない」といったことも本には書きましたが、性のデフレ化はとどまることを知らず、「股を開く」こと以上の付加価値をサービスの中に生み出していけない嬢にとっては非常につらい状況になっているのではないでしょうか。

荻上 サービスの価格を安くして薄利多売で利益を生むというお店が増えていく一方で、実は高級路線のお店も出てきています。こうした二極化状態についても水嶋さんは本に書かれていましたね。

水嶋 そうですね。本ではクオリティ型とクオンティティ型という形で経営方針を区別しましたが、それこそサンキューグループなどのクオンティティ型の格安店が増加する一方で、クローズドな環境でお客さんも嬢も選別し、高価格でサービスを提供するクオリティ型の高級店も出てきています。逆にそうした高級店では高価格化が進んでいるという状況もある。あるいは、海外市場に出ていくセックスワーカーの価格がここ数年でものすごく高くなりましたね。

荻上 二極化ということで言えば、もともとワリキリの市場も、ポジティブな格差上昇志向層と、ネガティブな貧困生存層の二極化があったのですが、ここしばらくは「上の部分」が入れ替わった、というか離脱したことで、平均価格が下がったような印象があります。僕ともまた違う取材を続けてこられた鈴木大介さんは、水嶋さんの本をよんでいかがでしたか。

風俗はセーフティネットになりうるか

鈴木 目から鱗でしたね。風俗で働くことのハードルがこれほど高いものであったとは、僕の想像を遥かに越えていました。

僕はこれまで風俗で働いている子、現役の風俗嬢を取材するということがほとんどなくて、一般の性風俗店で働いたことはあるけど今は個人で売春をしている、あるいは援デリ業者で働いているという子ばかりを取材してきているんですね。

その中でも、選択的に貧困の中で働いている子、苦しみながら働いている子を取材してきたわけですけど、昔は風俗嬢が務まらないから援デリに流れてきているという子が結構多かったんですが、今は「風俗よりも楽だから援デリに来てる」という子が増えていてるんです。

水嶋さんの本に「風俗嬢がお客さんを満足させる上で美醜はほとんど関係がない」といったことが書かれていましたが、これは援デリ業界でも同様の状況が確認されています。今密着で取材をしている援デリ業者の子がいるんですが、年齢は23歳で容姿もすごく可愛いんですね。

一方、45歳で20年以上ソープ嬢の経験がある女性というのも同時に取材をしているんですが、容姿だけを見ると体型も崩れているし結構なオバちゃんなんです。ただ、その二人のうち、どちらが多く稼ぐかというと45歳の女性なんですね。

23歳の子はすごいネガティブで、複数のデリヘル店で働いた経験もあるんですが、「援デリもつらいし、風俗もつらいし」といった後ろ向きな姿勢で働いてる。一方、45歳の方は容姿的には衰えてしまっているけれど、トーク力が凄い。ものすごいトークの引き出しが多いんです。しかも1プレイにかける時間を短く済ますテクニックをもっているから、本数を稼ぐし身体的負担も少ない。言ってしまえばプロなんですよね。

年齢的なこともあるので最初に客を引く時には一万円とか一万五千円の安値で客を取ってくるんですけど、現場の交渉で料金を上げていく力もあり、また自分でリピートに繋げる力もある。自分にハマらなかった客に対しては、業者カミングアウトをして「じゃあ他の女の子を回すから」という形で業者の利益に繋げていっちゃう。その人の力だけでどんどんと業務を正常な方向に持っていっちゃうんですよ。

正直、これは参ったなって思っていて…。というのも、先ほどの例からも分かるように、もはや管理売春ですらセーフティネットという役割ではなくなってきているんです。いわんや風俗をセーフティネットとして捉えるということの誤謬を、あらためてこの本を読んで痛感しました。まずセーフティネットと捉えるにしては、職業としてのハードルが余りに高いですよね。

荻上 水嶋さんは本に「究極の接客業」と書かれていましたが、控え目に言っても、非常にレベルの高いサービス業であることは間違いないです。メインとなるサービス内容のみならず、容姿や所作、仕草、匂い、あるいは社交性など全てが評価対象とされてしまうわけですから。

鈴木 「究極の接客業」と言い切っていいと思いますよ。あと、これも強く思ったことですが、風俗をセーフティネットと見立てて入ってきちゃう未成年の女の子、特に貧困や虐待といったネガティブな環境で生活をしてきた女の子の大半にとって、実は風俗嬢という職業は最も向いてないんじゃないかと思ったんです。

この本で水嶋さんは、風俗嬢の仕事には「お客さんに合わせてチューニングを変えていく」ということが必要になると書かれていて、それはお客さん一人一人に応じて距離感の取り方や会話の仕方などを変えていくということだと思うんですけど、そういう作業が一番苦手なのが、さきほど話したような生い立ちの子たちなんですね。彼女たちは対人関係で大きな苦痛に耐え続けて来て、自己防衛として攻撃的な性格が固定してしまっている子も少なくないじゃないですか。

ただ、そういう子たちが援デリに入ると、六分の一くらいの確率で上客、お金で太い客というのではなくて周波数が合うお客さんを掴むことができる場合がある。すると、ネガティブであった子たちも、この人と定期という形でなら援デリも行える、と思うようになるんです。

どうしてそう思うのかなと考えた時に、要はお客さん一人一人に合わせてチューニングを微調整するということがそれだけ難しいものなんだってことなんですよね。本当にちょっと周波数がズレただけで男性の興奮というのは簡単に萎えてしまったりする。そのチューニングが偶然合うのが、六分の一の可能性ということです。実際は本人たちも仕事として我慢しているわけで、本当の可能性はさらに低いはず。どれだけ繊細なサービスであるかということを世の中の人は全く分かっていないと思いますね。

荻上 利用者側も自分のツボのようなものはなんとなく心得ていても、それをきちんと言語化できないだろうし、いちいちサービスを受けながら「今、僕はこういうことをされると萎えちゃうから」って伝えたりしないですよね。結果として、気持ちは萎えているけど、表面的には勃っている振りをしていたり。

鈴木 そうなると、お客さんも女の子も満足度をもって帰れない。単なる性の売買、セックストレードに矮小化されてしまって、結果としてマグロ化してしまう。要は「私は膣になる」といった心理状態ですよね。そうした心境の中で成功体験も得られないままとなると、売春があたかも自分で自分を切り刻むような行為になっていってしまうんです。

水嶋 自傷感が高い人はつらくなる一方だと思います。荻上さんが指摘したように、お客さんで自分のしたいことを明確に言語化できる人というのは本当に少数なんですね。すると風俗嬢は、その人の琴線がどこなのか、あるいはNGラインはどこなのかっていうのを、非言語で探っていかなければならなくなるんです。これは非常に難しいことですし、昨日今日この世界に入ってできることでもない。ましてや諦めてマグロ化してしまった状態では成功体験を得ることも難しく、するとますます自傷傾向に拍車が掛かり……、といった具合に悪循環が生じてしまうんだと思います。

鈴木 そういう子達がそもそもセックスワークをセーフティネットにすることが正しいのか。『最貧困女子』を書いていた時よりも、はるかに困難さを感じますね。未成年で元被虐待児で家出でって子が家出生活の中で援デリで働いて、いざ18歳になって風俗の世界に行くと、かなり高い確率で援デリに戻ってくるんですよ。これは固定現象です。中にはすごい自信を喪失して戻ってくるということもあります。その援デリですらプロ化、格差化するなかで、その喪失感の大きさと言ったら……。

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 (写真:水嶋かおりん)

セックスワーカーの適性

荻上 ここでの議論には、「語り」の慎重さが求められますね。「望まずセックスワークに就いたケース」をとりあげる際に、彼女たちを取り囲む貧困や境遇が注目されることで、多くの人のシンパシーを刺激しています。

それ自体は根拠に基づいたもので重要だと思いますが、それが「ミスマッチの問題」であるということも意識しなければ、その労働市場にいること自体が不幸として語られてしまうというズレが生じてしまう。つまりは「セックスワーク=不幸」となってしまう。それは、「不幸なセックスワークがあること」とは似て非なることですね。バランスが問われる。

鈴木 結局、被害者の支援をする人のところには被害者感情のある人しか来ないんで、そこだけが言説として特化してしまうし、議論を盛り上げる時には被害者像は極端な方が効果的なんですよね。すると、どんどんと距離感ばかりが開いていってしまう。セックスワーカーの適材適性という部分がもっと明らかになるべきだと思います。

荻上 少なくとも、「楽して稼げる」「楽して高収入」といったものとは異なるわけです。

鈴木 僕は自分の書いた本の書評に「身体も売れなくなった女」という見出しをつけられるのが凄く嫌だったんですけど、「身体も売れなくなった女」という物言いの前提には「本来であれば身体は簡単に売れるはず」という誤った認識があるんですよね。

実は身体を売るということはすごく難しいことなんだということ、そのハードルの高さがまだまだ認識されていない。これは僕自身も思っていたことではあったんですが、水嶋さんの本を読んでそのハードルの高さに対しての認識が3ステップくらい上がってしまいましたね(笑)

水嶋 すいません(笑)。ただ、それはこの本を書く上で、伝えなければいけないと強く意識していたことの一つですね。「風俗は女の最後の砦」と言われて久しいですが、それは間口が広いという意味に過ぎなくて、現場で生き残っていくことは本当に難しいんです。

股を開けば大金が得られるというのは、現場を知らない人の妄想であって、特にここ数年の市場の変化によって、股を開こうにも開けないという女の子がどんどん増えています。

それにも関わらず、女性の貧困と、その悪しきセーフティネットとしての性風俗という話題ばかりが誇張されてしまうことに違和感がありました。正直、そうした議論は職人系の風俗嬢達に失礼なんじゃないかって思いも感じていて…。私はどちらかっていうと職人系で括られると思った時に、私の立場からの言葉も出していかなきゃいけないなって思ったんです。

荻上 これまで個人売春などについて、自己責任や自己決定の論理で着目したり、道徳や社会心理の問題としてとりあげる流れがありました。しかし、何よりもまず経済問題であるという「再発見」があった。これ自体は重要な変化だと思います。ただそれが、「みんなが貧困なんだ」という語りになると、それは明らかに間違いです。

確かに現状でセックスワークに関わっている女性の中には「キツい」と感じながら働いている女性というのもいる。ただ、その割合は社会の環境によってかなり変化するものです。社会環境が変われば、そうしたネガティブ層が減って市場としてのマッチングが高くなるということもあるだろうし、逆もまた起こりうる。調査を通じ、マッチングをめぐる変化を感じます。

鈴木 僕の印象では、少なくとも風俗においては「ツラい」と感じながら働いているネガティブ層というのはどんどん減っている気がします。これは風俗嬢のプロ化によるところが大きいとは思いますが、一方で激安店に苦痛感が集中している気がする。というのも、僕が取材をした知的障害を抱えていたセックスワーカーたちはみんなある系列店を経験していて、なおかつみんなそこをクビになっているんですよね。完全なるセックスワーク格差社会ですよ。

セックスワーカーの生態系

荻上 ワリキリの当事者調査では、元風俗嬢、兼業風俗嬢もかなりいます。彼女たちが、風俗で働くことに対する不満のトップ2としてあげたのが、「客を選べない」「風俗の給料では食べていけない」。セックスワーカー同士の競争において、「風俗(だけ)では食えない」人が、個人売春を行うというルートがあります。

とはいえ、個人売春も、決して高所得ではない。月単位で言えば、大卒の初任給くらいです。沢山のお客さんに対してチューニングを合わせることが難しい、そうしたスキルが身につけられないっていう個人的な問題もありますし、市場の変化によって単価がさがり、風俗だと自分で客が取りづらいっていうところもあったりする。風俗業界の内部においてこうした格差は感じますか?

水嶋 2005年以前の店舗型の時代から風俗嬢をやっていた私のようなタイプは、当時からの固定客をいまだに持っていたりしますし、あるいはお客さんをリピートに繋げるノウハウを持っていたりもします。

逆に新参の人だと、そうしたノウハウを学ぶ前に野に放たれてしまったことでお客さんの繋げ方が分からず苦しんでいたりする。あるいは、もっとラフに、ある意味では適当に仕事をしているアルバイト感覚の子もいたり、と生態系が非常に複雑になっているように感じますね。

荻上 わがことながら、この生態系観察の問題は非常に根深く感じます。生態系のどこの層を見ているかで語り方が変わってくるんですね。自分がみた「部分」をもって、「自分はサルをみた」「いやトラだった」「いやいや、ヘビだ」みたいに語ってしまっていたが、実はヌエだったみたいな。

そうしたことを避けるためには、業界をより大きく構造化して見る必要があると思うんですが、その点、この本はその構造化に成功している本であり、どういう人がどういう形で風俗業界というエコシステムの中にいるのかということが可視化できるようになっていると思ったんです。

ワリキリにくる人にもまた色んな人がいるんですけど、その中には風俗だけではなくて、他の企業などで働くことも難しい層がいます。生育環境などのデータをみても、別の雇用であろうが福祉であろうが、そうした人にとっての道筋の少なさみたいなものを感じるんです。じゃあ苦痛であればセーフティネットにつながれるかといえば、そうではない現状がある。

水嶋 道筋の少なさは本当に問題で、私も本の中で風俗嬢の転職事情について少し書きました。また、苦痛の自覚があるんだったら社会保障に繋ぐという話が出ましたけど、私はそこに少し慎重で、そもそも風俗をセーフティネットと捉える視点に対しても全く反対というわけではなく、アンビバレントな眼差しがあるんですね。

たとえば、実際に講師として活動する中で、「この子にはこの仕事向かないだろうな」と感じることはしばしばあります。たとえば物覚えが非常に悪かったり、身体の動きが悪かったり、コミュニケーション能力が低かったり。そういった子たちに対して、ミスマッチを理由に別の仕事を勧めるということも必要だとは思うんですが、それをきちんとやっていくと風俗は本当に狭き門になってしまいます。

そこで私の場合、そういった子たちを変に型にはめようとするのではなく、「ここをこうやったら上手に見えるよ」とか、「こういうごまかし方もあるよ」とか、上手になってもらうというより、下手なりの生き延び方を教えるようにしているんです。

あるいは、もしお客さんと周波数が合わないなって思った場合、「うちのお店のAちゃんはすごい愛嬌があって人気があるから是非入ってみて」といったように、他のキャストを紹介することによって、店全体としての利益に繋げることはできたりするということ、要はクロージングの掛け方をちゃんと教えてあげるんですよね。

そこが重要なポイントだと思っていて、お店側から見た時に「この子は、指名はあまり持ってこないけど店リピは残してくれる」という評価になれば生き残れるんです。

そうしたリレーションの視点を経営者側にもきちんと持ってもらうことができれば、風俗嬢という職業のハードルも大分下がるし、そうした経営の合理化が引いては社会福祉にも繋がっていくんだと思ってます。

荻上 サッカーでいう「得点率」と「アシスト率」の話みたいですね(笑)。アシスト率をきちんと集計することによって、経営者に適切に評価できるようになるみたいな。そうした観点が共有され、「使い捨て」という発想から離れていくことができるなら、これは非常にいいことだと思います。

鈴木 絶対に必要ですね。今、支援者サイド、とりわけ女性の貧困であったり、女性の性的搾取の問題をクローズアップしている人達は、「相談者を待つのではなくアウトリーチしよう」といったことに挑戦しているわけですが、アウトリーチするのであれば風俗店と一緒になって行うのが一番効率的なんです。むしろ、それ以上の方法はないのに、実際は支援者と風俗周辺者はほぼ敵対関係になっている。結局、一生懸命に街で声を掛けるといったアウトリーチ活動をしたとしても、それは余りにも非効率です。

とはいえ、おそらく、現時点で水嶋さんが仰ったような視点をもっているハイスペックな業者というのはごく一部で、ほとんどの業者は何も考えていないんですね。だから、まずは働いている子の適性のグラデーションというのを業者が把握する必要がある。

これは経済活動の上でも効果的ですし、逆に100%不適な子というのが分かれば、その子たちは完全に支援対象となるわけで、もしセーフティネットとしてやっているという自覚が業者側に少しでもあるんであれば……。

まぁ「ある」って言う周辺者は、特にスカウト業などにも多いですけど、それならば、完全に不適な子たちをきっちりと支援者に繋げていくような連携を取っていくべきだと思うんです。

性風俗と社会福祉

荻上 水嶋さんは風俗が「セーフティネット」として語られることについてはどうお考えですか?

水嶋 難しいところですね。そもそも、この業界は福利厚生の部分が非常に薄いので、現状では福祉感なんてとても感じられません。基本はみんな経済活動のためにこの業界に参加しているわけですから。

鈴木 そこにはジェンダーの壁というものがある気もします。たとえば、男性の世界では土木が昔から雇用の創出だとずっと言われてきている。今はあらためて土木業界をホワイト化しようとなり、社会保障の問題などでパニクってます。

ではなぜ同じロジックで女性の性産業が語られないのかって言ったら、そこに「女が体を売るなんて、はしたない」って頑然たるジェンダー論の壁があるからと思うんです。しかし、そこをブレイクスルーしない限りはダメだと思う。ブレイクスルーしたら、確実に雇用の創出にもなるし……、と思っていたんですけど、こんなに風俗の仕事がハイスキルなものだとは僕は思ってなかったんで、今となってはなんとも(笑)

荻上 ただ建築の仕事でも今はハイスキルになってますよね。また逆に、ワーキングプアの議論は、他の仕事であっても福祉の議論と隣り合わせだったりする。「セックスワークだからこそ福祉の議論で語る」というのは間違いですが、ブラックなセックスワークについては福祉の視点も欠かせない。

他方、ワリキリを調査して背景を追ってみると、彼女たちの状況というのが「詰みやすい」のも確かです。特に「貧困型売春」の場合、他の仕事を望むけれど、手段がみあたらずミスマッチでセックスワークにコミットしているという層がいる。

もちろん付言しておけば、特段の苦労もなく、楽しんで続けている人もたくさんいる。だから、業界内部の労働環境について考えることと同時に、業界の外側やマクロの話も同時にしていかないとならないなと思います。

水嶋 風俗の問題がテーマになると、色々な関係性が分断されてしまうというか、本来はマクロな視点が必要な場合でも風俗だけがずぼっと取り上げられて、そうした問題を抱えている産業は無くしてしまえ、みたいな乱暴な議論になってしまいがちなんですよね。

いま私は東京オリンピックをすごい心配していて、それこそ歌舞伎町が変化していくことで居場所を失ってしまう人達の行き場を考えなきゃいけないな、と思っています。

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(写真左から荻上チキ、水嶋かおりん、鈴木大介)

誰にとって何が問題なのか

荻上 逆に、風俗業界の状況が改善していくことによって、そこからむしろ追い出されてしまう人もいる。今まで働けていた人達が働けなくなる。ワリキリ調査の側から眺めてみると、そうした状況が露骨に見えてくる。一定のハンディキャップを持った人に、リスクを押し付ける社会の縮図にもなっている。

労働状況の改善と同時進行で、働けなくなってしまう人達に他の選択肢を考えるなり、福祉を利用するなりといった部分が必要だと思うんですけど、水嶋さんから見てそのバランスはどうですか?

水嶋 まず、さっきも少し言いましたが、リレーション的な視点を取り入れるなど経営者側の革新が必要だというのが一点。その上で、たとえば生活保護の取り方などを経営者の方が知っているということが重要だと思います。もちろん、そこにはリスクもあって、女の子に取らせた生活保護のお金を店側が管理してしまうというようなことになってしまう懸念もありますが。

鈴木 その懸念はかなりありますね。これまで男性の土木業では労働力にならなくなった作業員は囲い屋へ、という形で一つのビジネスになってしまっていますから。ところで、僕は次の雇用に繋げるって考え方が少し違うんじゃないかなって気がしています。

セックスワークで稼げない子、あるいはちょっとしか稼げない中で生活を切り盛りしている子の中には、セックスワークを選ばなかったら生活保護を受けるか餓死するしかないという人がいっぱいいるんです。その人達にすぐ次の仕事をというのではなくて、まずは生活保護を与えてきっちり休ませてあげてほしいんですよ。

なぜかと言うと、その状態でずっとやってきた人って相当に摩滅してるんです。借金なんかも重なってたり、子供もいたりとかなってくると問題が山積していて混乱してしまっている。その人達をその状態のままで次の職場に繋げても絶対に続かないと思うんですよ。

ベストとしては業界の最適化をしていく中で、適性がないと判断された人達をピックアップして就業ができるまでの休息時間を与えていく作業を行うことだと思いますね。その点において、いわゆる福祉、支援サイドのアウトリーチと、セックスワークの最適化っていうのは完全に同じ道を向いていると思うんです。

水嶋 そこには少し懐疑的です。アウトリーチをしたいという人達は「彼女たちにとって何が問題なのか」という部分と、自分たちの問題意識をちゃんと摺り合わせできているのか、かなり怪しいところがあって……。

鈴木 たしかに現状ではセックスワークの犯罪化を目指している人達が多いですよね。

水嶋 買春者罰則規定についての議論もそうですけど、現場の声とリンクできているのかが疑問です。

荻上 買春者罰則規定については、ポジティブに機能するイメージが湧きませんね。結果、そこで働いている人にとってマイナスにしかならないだろうと。たとえば、買春者と売春者の直接交渉がリスクだとなれば、中間に紹介業者ができそうですね。するとセックスワーカーの取り分が減ることになる。

同床異夢をこえて

荻上 今日の一つのポイントは、グラデーションをいかにグラデーションのままとして理解してもらうのか、ということにあると思います。

この鼎談でも実は、3人とも観ているフィールドがそもそも違うんですね。そこで、各話者が、グラデーションを意識しながらも自分がそのグラデーションのどの部分について語っているのかということを議論しあっていくことが必要だと思うんです。

そのうえで、それぞれを読み通すとなんとなくセックスワークの全体像が見えてくるという状況になってきているようにも思います。すると、今度はアウトプットの段階、それぞれのニーズに対してどんな方法論が必要なのかということを考えていけるのではないかなと思うんです。

水嶋 そうですね。本書のタイトルが『風俗で働いたら~』であって『セックスワークやったら~』ではないのは、そういうことなんです。風俗で働いたらという形で、あえて部分を切り取って語らせてもらった。それはすごく重要なことで、私の得意分野は、セックスワークの中でも法令遵守に関わるような場所だっていう意識がある。自分の立ち位置が分からないとできない仕事というのが実はたくさんあるですよね。

荻上 僕の場合、セックスワークについて語れることはワリキリに限定されていて、大介さんだったら援デリの話になるんですね。それぞれ、自分の語りを全体化するということにはブレーキをかける必要があると。ただ相互で語ってみると、なんとなく全体の生態系が浮かび上がってくる。

鈴木 耳が痛いですね。僕なんか結局、売春に関わる女性も業者も10年取材し続けて来て、すぐ隣にあるはずの風俗嬢のスキルについて考えも想像も及んでいなかったわけです。

水嶋 目印になる人がグラデーションの各層にいることが大事かなと思っています。誰が何をできるかがまだ分からない状態ですから、それらを定期的に繋いでいくことで全体を確認しつつ連帯していく。その上で、やはり一番困ってしまうのが有害善意で、純粋な善意から「この仕事をやめなさい」みたいな感じでこられてしまうと、対話のしようがないというか。

荻上 「有害善意」の認識そのものもバッティングすることもあります。権利の向上、労働環境の改善、スティグマの排除を目指している団体がありますよね。個人的には支持します。一方で、劣悪な環境に置かれている、望まない労働を強いられている女性を福祉に繋げる団体もあります。これも支持できる。ただそこから先の手段に何を選ぶかでバッティングする。「より犯罪化する」路線と「非犯罪化する」路線とで、互いを有害善意だと思っている。僕は後者に近いですが。

鈴木 僕は著作物からすると露骨な「犯罪化」路線に取られかねませんが、後者ですね。結局何よりも大事なのは、風俗でも売春でも、そこにいる当事者の向いている方向を考えなければ、支援も業界の健全化もすべて有害善意の罠に陥りかねないということだと思います。

水嶋 そうですね。私もある意味では有害善意と取られてしまいかねない。本にも書きましたが、プロ意識を持とうと主張することで、単純なセックストレードを希望している人を疎外してしまうことになりかねないんです。

ただ、その上で俯瞰力っていうのが大事だなと思っていて。自分が何かを発信しようとした時、自分が誰を傷付けてしまうのか、自分が何に対して実害になってしまうのか、それらを理解した上で、「ごめんなさいね、傷付けてしまうかもしれないけど、こういうこともありますよ」っていう語り方をしていく必要があるな、と思っています。

荻上 そうした意味でも、今回の鼎談から学ぶことは多かったです。

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鈴木大介×荻上チキ「最貧困女子のリアル」

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『彼女たちの売春(ワリキリ)』著者、荻上チキ氏インタビュー「なぜ彼女たちは出会い系に引き寄せられるのか」

要友紀子「風俗の安全化と活性化のための私案――セックスワーク・サミット2013」

坂爪真吾,中山美里,角間惇一郎「風俗嬢の『社会復帰』は可能か?セックスワーク・サミット2012」

プロフィール

鈴木大介ルポライター

ルポライター。「犯罪する側の論理」をテーマに、裏社会・触法少年少女らの生きる現場を中心に取材活動を続ける。著作に、『家のない少女たち 10代家出少女18人の壮絶な性と生』(宝島社)、『出会い系のシングルマザーたち―欲望と貧困のはざまで』(朝日新聞出版)、『家のない少年たち 親に望まれなかった少年の容赦なきサバイバル』(太田出版)、『フツーじゃない彼女。』(宝島社)『最貧困女子』(幻冬舎)など。現在講談社・週刊モーニングで連載中の『ギャングース』(原案・家のない少年たち)でストーリー共同制作を担当。

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水嶋かおりん風俗嬢・風俗嬢講師

1983年生まれ。山梨県出身。風俗嬢兼風俗嬢講師。2013年に独立し、愛情工房☆性戯の味方☆設立。「セックスワーカーの生きやすい社会がみんなにとって生きやすい社会」という理念の下、精力的に社会活動も行う。セクシュアル・コンタクト、セクシュアル・リプロダクティブヘルス/ライツ(性の健康や権利)についてのNPOサポーター活動、ワークショップ、ニコニコ生放送、講演、執筆活動を行う。

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荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

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