異性愛中心社会とゲイ・コミュニティ――東京レインボー祭りが照らし出すもの

 レインボー祭りを祭りにしているもの

 

祭りが祭りである条件として、その中に出現する非日常性をあげることができるが、その出現をもたらす典型的なものの一つに、日常生活で見られるものの逆転がある。

 

レインボー祭りにおいては、それまで(そして今も日頃の生活において)支配的な力を発揮している異性愛の中心性が逆転されている。その空間においては、同性カップルも同性カップルとして参加することができるのだ。

 

また普段の生活において街の主体がどこにあるかを考えるとき、その中心となるのは土地や物件の所有者であり、その街の居住者である。しかし、「ゲイタウン」と呼ばれてきた二丁目ながら、その主体者に含まれるゲイは少ない。ましてや、ただの客としてこの街に足を運ぶものは、いくらこの街に思い入れがあったとしても、街を動かす主体者となることはない。しかし、レインボー祭りにおいては、この街にゲイバーのマスター/ママや客が、道路に溢れ、この街全体を占拠したかのように我が物顔で楽しむのである。これも逆転の一つだ。

 

しかし、いくら逆転により非日常性を生じさせても、(多くの信仰の祭りがそうであるように)「本当の」と意識されるような祭りにはならない。「本当の」と意識される祭りは、神事が含まれるものであり、また経験的には伝統性を感じさせるものだからだ。おそらくそこで重要な役割を果たしているのが、「みこし」でありエイサーである。

 

 

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東京レインボー祭りの「みこし」

 

 

レインボー祭りには、第一回目から、「みこし」とエイサーが登場している。ただし、この「みこし」にはご神体が存在しているわけではないので、本来の意味の神輿ではない。だが、法被と下帯を着用した男性たちがかつぐ姿は、じゅうぶんに「みこし」であることを感じさせる。

 

また、エイサーは、沖縄の旧盆に各地域で先祖を迎え送るために踊られるものだが、地域を超えて移植した形とはいえ、伝統性を体感させる。彼らが踊るエイサーが、近年沖縄でも盛んな「創作エイサー」と呼ばれる比較的新しいスタイルでなく、「伝統的」と呼ばれる、青年会などで踊られることが多いスタイルであることも示唆的だ。

 

実は、この祭りで踊るエイサーグループは、ゲイが中心となり構成されている。当初、レインボー祭りでは、東京の沖縄県人会の流れにある団体が踊っていたが、その中にいたゲイのメンバーが、二丁目の祭りで踊るからにはゲイ(を中心とした)グループで踊りたいと結成した。沖縄では、各地域の青年会がエイサーの担い手となることが多いが、まるで二丁目という地域に青年会が誕生したかのようでもある。

 

 

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東京レインボー祭りで演舞するエイサーグループ

 

 

今年のレインボー祭りの直前には、このエイサーグループの中心メンバーのひとりが「(亡くなったゲイの)先輩たちのために」とSNSで書き記していた。この言葉には、この祭りが、スタイルの模倣だけではない「私たちの祭り」として根を下ろしている様子を見るかのようだ。

 

こうして、かつてゲイが疎外の構造の中で経験してきた祭りが、二丁目で「私たちの祭り」に変わり現前するのである。

 

 

全体社会のダイナミクスの一部として

 

実は、もともとゲイバー、特にゲイのみを客とするゲイメンズバー自体が、異性愛社会の逆転空間となっている。日頃、異性愛者が異性愛を介在しながら関係性を紡いでいるように、ゲイは、同性愛を介在しながら、仲間と関係を築いてきた。異性愛者と異なるのは、そこで自身を肯定する経験をしてきたということである(ちなみに、ゲイメンズバーとは、ゲイが異性愛者を主な対象として営業しているバーとの区別のために作った筆者の造語である)。

 

しかし、ここでいう「同性愛を介在する」というのが、そこでセックスの相手を探すという意味だけではないことに注意が必要だ。ゲイメンズバーは、これまでマスメディアなどでは、性的な相手を求めることが主要な目的な、いかがわし空間として描かれることが多かったが、実際には、友人と会い会話を楽しむことの方が主となっている。

 

ただし、全体社会の様々な場において、異性愛者には異性愛の恋人やパートナーを見つける可能性があり、また、友人などと(時には親しくもない人と)異性愛について語ることによって関係性を築いているのと同じ形で、ゲイメンズバーにも、恋人やパートナーを見つけられる可能性があり、やはりセクシュアリティをめぐる話題が共有される。そして、そのことによって、親密性を増し、共有するものを持ち、コミュニティ感が醸成されている。

 

そのような意味で、ゲイメンズバーを含む約330件のゲイバーが集中する二丁目で「私たちの祭り」が実現したのは自然な流れだったと言えるかもしれない。

 

だが、二丁目ほどではないにしろ、ゲイバーが集中する場所は、都内にはいくもあり、また大阪など大都市にも存在する。その中で、二丁目が持つ特異性の一つは、集中度ももちろんあるが、その物理的条件も看過できない。

 

二丁目は、広い道路や寺などが周囲に位置する形から、その周りから切り離される形となり、その囲われたような場所にゲイバーが集中することで「ゲイタウン」といった一定のイメージが形成され保持されることになった。そして、そのイメージをゲイ自身が共有することにより、実際にはゲイではない住民が多く居住し、一般向けの店がたくさんありながらも、自分たちの街として意識するようになり、コミュニティ意識を投影する場所としての役割を果たしたのである。

 

よって、レインボー祭りの実現を結実とするコミュニティ意識は、「意識」といっても人々の内面だけで生じてきたものではない。外部の物理性や、全体社会の異性愛中心のあり方や、ここでは触れなかったが、ゲイ解放運動などの営為によるセクシュアリティに対するイメージの変化などが複雑に交差する中にある。当然ながら、ゲイもゲイ・コミュニティと意識されるものも、特別に区切られた社会として存在しているわけではない。全体社会のダイナミクスの一部なのである。

 

よって、全体社会におけるゲイの位置づけが変わっていくならば、この祭りの意味も形もきっと変わることだろう。あるいは、街の構造が変わることで変化する可能は高い。いずれにせよ、長い歴史的視点で見れば必ず大きく変わっていくことは確かだ。「そのときに、この街のありようや祭りが開催されたときの思いをなかったことにされたくない」。その思いが、実は、私にこの本(博士論文)を書かせた一番の動機だったかもしれない。

 

 

新宿二丁目の文化人類学: ゲイ・コミュニティから都市をまなざす

著者/訳者:砂川 秀樹

出版社:太郎次郎社エディタス( 2015-07-22 )

定価:

Amazon価格:¥ 3,240

単行本 ( 395 ページ )

ISBN-10 : 4811807847

ISBN-13 : 9784811807843


 

 

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