2020.01.27

香川県ネット・ゲーム依存症対策条例の問題点

杉野直也 コンテンツ文化研究会代表

社会

2020年1月10日、Twitterのトレンドに「ゲーム禁止」という言葉が急浮上した。

子どものスマートフォンやゲーム機の使用は1日60分まで――。

具体的な時間制限を盛り込んだ「ネット・ゲーム依存症対策条例」の素案を、香川県議会がまとめたと報道され、これがネット上で大きな波紋を呼んだのである。

「ネット・ゲーム依存症対策条例」は、1月10日に「第5回香川県議会ネット・ゲーム依存症対策に関する条例検討委員会」に提出された条例素案(旧案)と、1月20日に「第6回香川県議会・ゲーム依存症対策に関する条例検討委員会」に提出された修正素案(新案)の2種類が存在する。

本稿では、これらの素案について見ていく。

なお、この記事を執筆している1月21日現在、香川県は両案ともネット上には公開していない。筆者が県から入手し、ネットに公開したものを基とする。

観念的過ぎる条文

旧案を見た時に最初に思ったのは、非常に観念的なものになっているということだ。

分かりやすい言い方をするのであれば、事実や現実を見ずに頭の中で思ったことをそのまま条例化しようとしているように見えた。

この点は新案においても変わってはいない。

それは前文の時点ですでに見られる。

前文の一部を引用する。

「加えて、子どものネット・ゲーム依存症対策においては、親子の信頼関係が形成される乳幼児期のみならず、子ども時代が愛情豊かに見守られることで、愛着が安定し、子どもの安心感や自己肯定感を高めることが重要であるとともに、社会全体で子どもがその成長段階において何事にも積極的にチャレンジし、活動の範囲を広げていけるようにネット・ゲーム依存症対策に取り組んでいかなければならない。」

この乳幼児期からの親子の信頼関係に関しては、前文だけでなく、第4条、第6条と繰り返し、繰り返し述べられており、この条文を起草した者が、親子の信頼関係の欠損がゲーム・ネット依存の主因であると考えていることが読み取れる。

しかし、依存症の原因については、その人の家庭環境・生活環境だけではなく、性格、精神的な疾患、遺伝、物質の持つ化学的な作用など様々な要因があることがすでに判明している。

また、第二回の委員会において精神科医であり参考人である岡田尊司氏が提出した資料には、

「不安定な愛着や環境への不適応は、依存症のリスクを高める」

とあるものの、

「だが、いくら頑張って関係を育んでも、依存症が始まると、関係を変質させる力を持つ」

と、ある意味ではこの部分を否定する記述すら見られる。

数多くある依存症の要因の一つのみを繰り返し、繰り返し、条文に盛り込むことに合理的な理由を見つけることはできない。また、この部分が母親の責任を極端に重視するとして批判を浴びている親学に近いものである点は注意しておく必要があるだろう。

観念的な部分は第3条にも見られる。

「第3条(2) ネット・ゲーム依存症対策を実施するに当たっては、ネット・ゲーム依存症が、睡眠障害、ひきこもり、注意力の低下等の問題に密接に関連することに鑑み、これらの問題に関する施策との有機的な連携が図られるよう、必要な配慮がなされるものとすること。」

筆者は初期の段階からこの条例を追っており、様々な立場の方と話をする機会を得たが、この問題を語る時に必ず出てくるのが、「部屋に籠ってゲームばかりしているひきこもりをどうにかしなければならない」というものである。

ひきこもりに関しては、2000年代半ばから社会問題になっており、ゲーム・ネット依存に比べれば研究は進んでいる。ひきこもり状態になる人は、読書をしていたり、ラジオを聞いていたり、インターネットをしていたり、様々なことをしているが、必ずしもそれらに依存をしているとは限らないことが判明している。

4条も同様である。

「第4条(4) 県は、子どもをネット・ゲーム依存症に陥らせないために屋外での運動、遊び等の重要性に対する親子の理解を深め、健康及び体力づくりの推進に努めるとともに、市町との連携により、子どもが安心して活動できる場所を確保し、さまざまな体験活動や地域の人との交流活動を促進する。」

すでに述べたが、依存症の原因については多岐に渡る。

体力があるから、身体が頑強だからといって、依存症にならない保証はない。

また、対人関係の不適応からも依存症に陥ることがあるのも知られている。

健全な精神は、健全な肉体に宿るという観念は依存症の対策にはなり得ない。

なお、「健全なる精神は、健全なる肉体に宿る」というのは、ギリシャの詩人であるデキムス・ユニウス・ユウェナリスの言葉であるが、本来は身体を鍛えれば健全な精神状態になるという意味ではない。この概念自体が誤用である。

11条2項の整理

第11条2項については複数の問題が盛り込まれているため、整理しておく必要がある。

「第11条(2) 前項の事業者は、その事業活動を行うに当たって、著しく性的感情を刺激し、甚だしく粗暴性を助長し、又は射幸性の高いオンラインゲームの課金システム等により依存症を進行させる等子どもの福祉を阻害するおそれがあるものについて自主的な規制に努めること等により、県民がネット・ゲーム依存症に陥らないために必要な対策を実施するものとする。」

まず「著しく性的感情を刺激し、甚だしく粗暴性を助長し」といった文言について見ていく。この文言は青少年健全育成条例でよく見られるものであり、ネット依存との因果関係については不明である。

参考人の岡田尊司氏が提出した資料の中に、この条文の元になったであろう記述がある。

「暴力性、残虐性、わいせつ性に関しては、市販のゲームソフトについては、業界団体がレーティングを行っており、年齢制限を設けている。」

「しかし、インターネットやスマートフォンで利用する場合、事実上、年齢制限はなきに等しい状態。」

だが、実際にはGoogle PlayストアやApp Storeといったプラットフォームから配信されるソフトには表現内容にプラットフォーム側からの規制が掛けられており、レーティング、年齢制限も行われている。

これらの規制内容は、国内よりも厳しいと思える点も多く、違反した場合、プラットフォームから削除される可能性もある。極めて厳しいものだ。

ゲームに関しては、この記述自体が誤認であると言えるだろう。

次に考えなければならないのが「射幸性の高いオンラインゲーム課金システム」という文言である。これはルートボックス、いわゆる「ガチャ」のことを指している。

こちらも岡田尊司氏の資料に

「(前略)ギャンブル性や射幸性といった観点からゲームのリスクが評価されていない」

とある。

しかし、ガチャの問題は日本でも2016年に国会で議論された事もあり、一部の形態のものは景品表示法に抵触するとして廃止されている。また、同年には業界団体である一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会や一般社団法人 日本オンラインゲーム協会などによりガイドラインが制定されており、自主規制が行われている。

一部の廃止やガイドラインの制定はリスクとして評価されていなければ起こりえない。

これもまた誤認であると言えるだろう。

ガチャに関しては世界でも様々な批判が行われているのは事実である。

現状の規制が不十分と判断するのであれば、まずは業界団体などをヒアリングに呼び、意見交換をしながら共に対策を考えていくべきであろう。

しかし、「香川県議会ネット・ゲーム依存症対策に関する条例検討委員会」は第4回の意見聴取に際し、ゲーム業界関係者は一人も呼んでいない。

依存症は複雑な疾患である。その治療や対策を進めることに異論はないが、それは個々の状態を見極めた上で、科学的・医学的なアプローチをもって行われるべきであり、イメージで行うものではないと考える。

時間規制の行方

この条例の最大の特徴であり、もっとも話題を集めた点が第18条にあるゲーム・スマートフォン等の利用時間制限であろう。ここでは比較のため、新旧両案を引用する。

「第18条 保護者は、子どもにスマートフォン等を使用させるに当たっては、子どもの年齢、各家庭の実情等を考慮の上、その使用に伴う危険性及び過度の使用による弊害等について、子どもと話し合い、使用に関するルールづくり及びその見直しを行うものとする。」

「第18条(2) 旧案 保護者は、前項の場合においては、子どもが睡眠時間を確保し、規則正しい生活習慣を身に付けられるよう、子どものネット・ゲーム依存症につながるようなスマートフォン等の使用に当たっては、1日当たりの使用時間が60分まで(学校等の休業日にあっては、90分まで)の時間を上限とするとともに、義務教育修了前の子どもについては午後9時までに、それ以外の子どもについては午後10時までに使用をやめさせるルールを遵守させるものとする。」

「第18条(2) 新案 保護者は、前項の場合においては、子どもが睡眠時間を確保し、規則正しい生活習慣を身に付けられるよう、子どものネット・ゲーム依存症につながるようなコンピューターゲームの利用に当たっては、1日当たりの利用時間が60分まで(学校等の休業日にあっては、90分まで)の時間を上限とすること及びスマートフォン等の使用に当たっては、義務教育修了前の子どもについては午後9時までに、それ以外の子どもについては午後10時までに使用をやめる事を基準とするともに、前項のルールを尊守させるよう努めなければならない。」

18条2項に関しては、新案では変更があった。

利用時間制限からスマートフォン等は除外され、コンピューターゲームにのみに課されている。時間帯による利用制限に関してはそのままである。

旧案と比較すれば、柔らかくなっている、緩和されていると見る方もいらっしゃるかもしれないが、こんなものは緩和でも何でもない。

仕事でメールやSNSを使っている方ならすぐにお分かりになると思うが、60分、90分の利用制限のある中で仕事を回すことなど不可能である。

学生には必要ないとおっしゃる方もいるかもしれないが、待ち合わせをするにも、交通機関の時間やルートを調べるにも、コンビニで電子決済を使って買い物をするのにも、今やスマートフォン等は不可欠である。こんなことは調べなくとも分かっていて当然のことである。

少なくとも旧案の作成段階では現実を見ていなかったとしか思えないのである。

さらに言えば、教育用の利用について触れられていないのも問題であろう。

先刻話題となった「OECD生徒の学習到達度調査(PISA調査)」だが、これは2015年の時点でコンピューター実施に移行している。また、日本政府は2020年までに「小中学生の生徒一人につき一台の電子タブレットの普及」を目標として掲げている。

教育にも電子化の波が到来しているのだ。

これを政治家が知らないはずはない。

香川県はコンピューター実施のテストは受けない、タブレットは使わない、そういう県を目指したかったのであろうか?

しかし、それ以前にこの条文は大きな問題を抱えている。

最初に、この条例は非常に観念的なものになっていると指摘したが、それが最も悪い形で滲みでているのが、この18条である。

18条の第1項を見てみよう。

ここでは、家庭で子どもと話し合い、ルールづくりや見直しをしようと提案している。

この条例で肯定的に評価できる点があるとすればここだろう。

情報化社会においては、玉石混交の膨大な情報が飛びかう。

その中から何を選び、どのように付き合っていくのか。

これを考えていくことは極めて重要である。

また、これは一度決めれば良いというものではない。子どもの成長度合いや環境に合わせて、柔軟に変えていく必要がある。

家庭でのルールづくりや情報教育は、確かにその第一歩と言える。

しかし、その良さは第二項で覆される。

話し合えと言っておきながら、県の見解を尊守せよと努力義務を課してくるのである。

子どもの成長度合い、環境に合わせるのではなく、年齢だけを基準にしてである。

新たに追加された第三項も見ておこう。

「(3) 保護者は、子どもがネット・ゲーム依存症に陥る危険性があると感じた場合には、速やかに、学校等及びネット・ゲーム依存症対策に関連する業務に従事する者等に相談し、子どもがネット・ゲーム依存症にならないよう努めなければならない。」

研究も進んでいないのにネット・ゲーム依存症に陥る危険性というものを、どこで判断すればいいのだろうか? また、兆候を感じ取れたとしても、この条文では家庭内での解決を試みた場合、それが条例違反となってしまいかねない。さらに言えば、子どもが依存症に陥った場合、義務を果たしていないと責められる理由になり得えてしまう。

前文、4条、6条、18条。

度々、親の責任を強調しておいて、親の意見を軽視する。

時間制限云々以前に、この姿勢こそがこの条例の最大の問題点と言えるであろう。

議会の閉鎖性

筆者はこの条例の資料を求めて、度々、香川県議会に赴いている。

県議会事務局の対応には問題はなかったが、県議会の対応としてみた場合、大きな問題があった。

この条例案が議論された「香川県議会ネット・ゲーム依存症対策に関する条例検討委員会」は非公開なのである。傍聴を希望したが、「前例がない」との理由で断られてしまった。

どうしても無理とのことだったので、議事録を要望したが「作成したことがない」との理由で、これも断られてしまった。

これでは委員会で何が話し合われているのか、県民には知る手段がない。

批判を受けてか、20日に行われた「第6回香川県議会ネット・ゲーム依存症対策に関する条例検討委員会」では県の告知ページに

「5 その他 (1)条例素案の修正内容について説明(約10分間)後、各委員による議論は非公開で行います。(2)委員会の質疑結果は、15時30分から第5委員会室において、大山委員長から説明します。」

と、これまでの委員会の告知にはなかった新しい項目が追加された。

これを見て県議会に足を運んだが、報道機関以外への公開は一切行わないとのことだった。

これは一体、何のための告知だったのであろうか?

かねてより県はパブリックコメントを実施する際には資料を公開すると言っている。

そこを違えることはないだろう。時期がくれば、県のHPに資料が公開されるはずだ。

しかし、それで今のように多くの人たちがこの問題について意見を交わす状況になったであろうか?

条例案とは別に、県として、地方自治体として、情報公開の在り方や行政文章の作成に関して、今一度議論する必要があるのではないだろうか?

書かれていない問題

ここまでは、この条例素案に書かれている様々な問題点を見てきた。

最後に、この条例素案に書かれていない問題を指摘し、筆をおかせていただく。

今回の委員会の委員長である大山一郎議員は昨年の11月に国と地方の協議の場(令和元年度第2回)でこのような発言を行っている。

「(前略)親も最近は多く働きますので、子供は預けられたら延長保育で12時間預けられます。12時間というのは朝8時に預けられたら夜8時まで預けられまして、こういうことで結局は子供たちがゲームの方に依存していく。親も、自分は疲れているので、ゲームやネットに子育てを任すということがありまして、そんな中で結局、どんどんゲーム依存症が進行していくということになってきております。(後略)」

ゲーム依存の背景には長時間労働の問題があると自ら指摘しているのである。

長時間労働の問題は、子どもと親だけでは解決することは不可能であろう。

無理矢理に家庭に介入しようとする前に、家庭だけでは解決できない、こうした問題に率先して取り組んでいくのが政治家の本来の仕事ではないだろうか?

にもかかわらず、本条例案には長時間労働に関する記述は一切ない。

何故であろうか?

これを問うことはまだできていない。

追記

2020年1月23日、この条例素案に対するパブリックコメントが開始された。

・このパブリックコメント【のみ】、意見を提出できるのは県民限定  ※1

・実施期間はこのパブリックコメント【のみ】、他の半分の二週間

・新案以外の公開は一切無し

筆者は10年以上、国や自治体のメディア規制に関する法案を追いかけてきたが、これほどの無法は見た事がない。

今回の条例案は第8条(国との連携等)において、国を通じて国民に広く影響を与えようとする意図がある。しかし、その影響を受ける国民の声は聞く必要がないと判断したようだ。

実施期間が半分になっている理由は示されていない。

県が公開した資料は新案の条文のみ。わずか5枚のペラだけである。

「都合の悪い人の意見は聞かなくていい」

「都合の悪い事は勝手に半分に減らしていい」

「都合の悪い事は隠してもいい」

こういったことを平然と行う県に子どもの教育を任せていいのだろうか?

もはや条例云々の問題ではなく、この県には道徳的、民主主義的に問題があるようだ。

 

※1 第11条に該当するインターネット・ゲームの事業者は除く

プロフィール

杉野直也コンテンツ文化研究会代表

1978年生まれ。シナリオライター兼ロビイスト。
2008年にコンテンツ文化研究会の代表に就任。
メディアの規制に関わる法案に対し、情報収集や意見発信を行っている。

この執筆者の記事