2013.06.11
自閉症の診断基準の改訂と「アスペルガー」カテゴリーの削除について
2013年5月。アメリカ精神医学会の診断基準DSM(精神障害の診断と統計の手引き:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)が19年ぶりに改訂される。DSMは「アメリカ精神医学会」という一団体によってつくられた診断基準ではあるが、世界中で使われている事実上のグローバルスタンダードになっている。日本でも、このDSMを使った診断がきわめて一般的であるため、今回の改訂は日本にも少なからず影響を与えると考えられる。
DMSの改訂によっていくつかの変更が行われる予定である。まずDSM-IVでは、小児自閉症やアスペルガー障害などのサブカテゴリーを含む「広汎性発達障害」とよばれていたものが、DSM-5では「自閉症スペクトラム障害」というひとつの診断名に統合される。
DSM-IVのサブカテゴリーの中でも、「レット障害」はX染色体の異常であることがわかり、自閉症と関連がないために、診断から除外されることが決定している。また、小児期崩壊性障害(*1)は区別することの重要性が低いと判断されたため統合されている。
(*1)小児期崩壊性障害
生後の少なくとも2年間の明らかに正常な発達があり、それは年齢に相応した言語的および非言語的コミュニケーション、対人関係、遊び、適応行動があったものの、その後、諸機能が失われる特徴をもつ。社会性の障害と常同性については両方とも要件として求められている。
サブカテゴリーとして有名なのはアスペルガー障害であろう。今回の改訂では、「アスペルガー」カテゴリーも削除される見込みだ。さらに、もうひとつの残余カテゴリーであった特定不能群もなくなる。
「特定不能群」の取り扱いは、今回の改訂の中でも重要な点のひとつであるが、検討は後段に回して、ここでは、とりあえずサブグループが統合されたことを了解しておこう。
ここで上げた点以外にもさまざまな点が変更となっているが、ひとつずつ説明を加えるとマニアックになりすぎるため、本稿では大きな変化について解説を試みようと思う。
広汎性発達障害から自閉症スペクトラム障害への統合によって診断範囲が狭まる
朝日新聞などで、「アスペルガー」の分類が消えるため、診断範囲が狭まり、社会サービスから除外されてしまう人が出るのではないかという論旨の記事(http://www.asahi.com /tech_science/update/0429/TKY201304290158.html)が出ている。これらの記事によって少し誤解も生まれているようなので、ひとつずつ説明を行っていこう。
診断範囲について現在のところ、もっとも引用されているフレッド・ヴォルクマーらのグループの研究は、「広汎性発達障害」のおよそ4分の1が「自閉症スペクトラム」と診断されないと主張している(http://www.nytimes.com /2012/01/20/health/research/new-autism-definition-would-exclude-many- study-suggests.html?_r=3&pagewanted=1&hp&)。
ただし、診断の重複は89~93%という指摘(http://psychnews.psychiatryonline.org/newsArticle.aspx?articleid=1384384)もあるように、今回の改訂によって診断から漏れ落ちるのは1割前後だとも言われている。
診断範囲がどの程度縮小するかは議論の余地があるところではある。ヴォルクマーが主張するほどは縮小するかもよくわからない。少なくとも、いまだDSM-5が世に出ておらず、DSM-5にもとづいた実証研究が積み重ねられていない段階では、まだ判断するのは早いだろう。
とはいえ、縮小そのものを否定する研究者はいない。縮小の方針は確かなようなのだ。
診断が縮小する理由は何か?
改訂によって診断範囲が縮小するのは確実視されている。それが明白なのは理由があるからだ。
まず、(狭義の)自閉症の診断を見てみよう。自閉症を特徴づけるのは「社会性の障害」と「常同性」の2点である。「社会性の障害」とは、年齢に応じた社会集団の構成・人間関係の構成・コミュニケーションが取れないことを指す。「常同性」とは、無目的な行動を繰り返すことを指す。たとえば、道順が決まっていたり、手をひらひらさせたり、服を着る順番が決まっている、などのことだ。
DSM-IVの広汎性発達障害とDSM-5の自閉症スペクトラム障害で診断を比較してみたのが下記の図だ。
DSM-IVでは社会性の障害か常同性のどちらかひとつがあれば広汎性発達障害であったが、DSM-5では両方が要件となっている。このふたつを要件として求める理由だが、非常に端的である。自閉症である限りは自閉症でなくてはならないからだ。
この変更を「縮小」と捉えることもできるだろう。しかし現行のDSM-IVの広汎性発達障害の診断が、ふたつの診断要件のうちどちらかひとつで構わないという曖昧さを残したものであることを考えると、DSM-5は、その曖昧さが改善され、副次的な結果として診断範囲が縮小した、と捉えたほうが正しいのではないかと考えられる。
加えて言うならば、DSM-IVは、広汎性発達障害の程度・重症度についても具体的に記述をしていない。DSM-IVの広汎性発達障害の診断基準は出来が良かったとは言えないものなのだ。自閉症と同一の精神障害である必要があるし、このような具体性に欠けた記述では、診断にバラツキができる。診断基準としてはDSM-5の方がより科学的で精緻なものだと考えられる。
診断基準の改定によって診断から外れるのは誰か
DSM-IVの要件の、どちらかひとつという基準は、自閉症(自閉性障害)やアスペルガー障害への要件ではない。実は、自閉症・アスペルガー障害とも、社会性の障害と常同性のふたつを診断基準として求めている。このふたつの診断を受けている者はDSM-5で自閉症スペクトラム障害から外れることはない。外れるのは「特定不能の広汎性発達障害」である(*2)。この特定不能群が、要件のどちらかひとつという診断基準なのだ。冒頭で、特定不能カテゴリーが重要だといったのがまさにこの点だ。
(*2)このグループがDSM-5への改訂で自閉症スペクトラム障害から外れることになる。もちろん外れたからと言って、診断名が用意されていないというわけではなく、「社会コミュニケーション障害」と言う診断名が用意されている。もちろん、診断されたいか否かは別だ。
とくに問題になるのは常同性の要件だと言われている。知的障害を伴わない高機能群では、常同性を伴わない場合が多い。常同性があったとしても、幼児期にあって、青年期にはもう消えていたり、そもそも生活に影響を与えるレベルのものではなかったりする。そうした場合に社会性の障害はあっても、診断から漏れ出るケースが出てくるのである。
アスペルガー障害の有病率
さて、診断から漏れるのが特定不能群であることを押さえた上で、「アスペルガー症候群」について話を移そう。DSMではアスペルガー症候群のことをアスペルガー「障害」と呼ぶ。一般的にはアスペルガー「症候群」と呼ばれることが多いが、なぜ呼び方が違うのかというと、DSMではすべての診断名に不全を意味する「障害(disorder)」をつけるからだ。たとえば「うつ病」はDSMでは「うつ病性障害」と呼ばれる。
一般的には、アスペルガー症候群は知的障害がない自閉症だと捉えられていることが多い。自閉症とアスペルガー症候群が発見されたのは時期的にはそうは変わりなかったが、自閉症の概念の方が早く広がったために、自閉症には知的障害が伴うと思われていた時期があったのだ。その認識に対して、知的障害が伴わないケースもあるというかたちでアスペルガー症候群という言葉が使い始められたというのが、この言葉の登場の経緯であった(Wing 1981)。
登場の経緯からしてもそうなのだが、いまでもアスペルガー症候群は知的障害のない自閉症という意味で使われていることが多い。しかし、DSM-IVでのアスペルガー障害の定義は、慣例的に使われているこの用法とも定義が異なる。少しややこしい。
慣例的使用法と比較的近い定義を持っているギルバーグの診断基準を採用した疫学調査で有病率を見てみよう。アスペルガー症候群の有病率は0.48%とされている(Kadesjo et al. 1999)。ときどき、アスペルガー障害は2%、3%だという記述も見かけるが、それはいくらなんでも多すぎる。国際的な疫学を見る限り、知的障害のない自閉症は0.5%が妥当なところだ。
一方、DSM-IVのアスペルガー障害の有病率は0.084%である(Chakrabarti et al. 2001)。DSMでのアスペルガー障害はひどく稀な障害として位置づけられていることがわかる。ギルバーグの診断基準と比較すると6分の1の規模である。
このくらい慣例的理解のアスペルガー症候群とDSMのアスペルガー障害の有病率は異なっているのだ。
DSM-IVのサブカテゴリー
現行のDSM-IVではアスペルガー障害はどのように取り扱われているのだろうか。アスペルガー障害は広汎性発達障害という診断名のサブカテゴリーと設定されている。それぞれのサブタイプごとに分けて有病率を示したのが下の図だ。
Chakrabarti et al.(2001)の調査では、広汎性発達障害の有病率は全体で0.626%である。そのなかでアスペルガー障害の占める割合は非常に少なく、10万人に8.4人である。このような少数であれば、DSM-IVから「アスペルガー」カテゴリーが消えたとしてもインパクトとしてはあまり多くない。影響を受けるのは、「特定不能」カテゴリーに分類されてきて、慣例的にアスペルガー症候群と呼ばれてきた人たちだ。このグループがDSM-IVではもっとも多いことが上の図からも見受けられる。
日本では、この人たちを「アスペルガー症候群」と診断する臨床医が多いのが現状だ。DSM-IVでは「特定不能」カテゴリーであったはずなのに、アスペルガー障害と診断され、今回の改訂で診断から漏れ落ちるケースは発生するかもしれない。(*3)
(*3)特定不能の広汎性発達障害の診断基準(DSM-IV-TR)
このカテゴリーは、対人的相互反応の発達に重症で広汎な障害があり、言語的または非言語的なコミュニケーション能力の障害や常同的な行勤・興味・活動の存在を伴っているが、特定の広汎性発達障害、精神分裂病、分裂病型人格障害、または回避性人格障害の基準を満たさない場合に用いるべきである。たとえば、このカテゴリーには、“非定型自閉症” ――発症年齢が遅いこと、非定型の症状、または閾値に達しない症状、またはこのすべてがあるために自閉性障害の基準を満たさないような病像―― が入れられる。
DSM-IV策定時の議論 ―― 診断の妥当性は明らかではない
アスペルガー症候群の診断カテゴリーについてもう少し議論を深めたいと思う。というのは、この言葉は専門家のみならずもはや日常会話に使われるくらいになっているからだ。そもそもアスペルガーという言葉がこれほど浸透しているにもかかわらず、なぜ削除されるに至ったのか。
DSM-5で「アスペルガー」カテゴリーが削除されることに違和感をもたれている方もおられるかもしれない。また、単純になぜなのかが分からないという印象を持たれている方もいるかもしれない。今回の改訂にとまどいを感じられている方も少なからずおられるのではないだろうか。
その原因を探るために、アスペルガー症候群の成りたちの話をしたい。もちろんここでの話は診断学上の話である。
アスペルガー障害という診断名は1994年に発表されたDSM-IVで初めて掲載された。その前のバージョンのDSM-III-Rでは広汎性発達障害という上位概念は記載されていたが、アスペルガー障害という診断名は存在していなかった。1994年にDSM-IVにアスペルガー障害が掲載される。新しい概念であったため、掲載にあっては慎重な議論がされた。議論の中心となったのは、アスペルガー障害が障害として妥当性のあるものか? という議論だ。DSMというものは診断基準であるので、診断としての妥当性があるか否かが争点となるわけだ。
アスペルガー症候群の妥当性を検討したのはDSM-IVの広汎性発達障害委員会である。彼らはアスペルガー障害・症候群の文献を検討し、妥当性のある一貫した障害であるエビデンスはほとんどないと結論づけている(Szatmari 1992; 1997)。
しかし、実際には診断基準には掲載することになった。その理由は、(1)当時の社会状況では知的障害のないIQの高い自閉症をアスペルガー症候群と呼んでいたこと(この状況はいまも同じ)、(2)そのグループを指し示す言葉がアスペルガー症候群以外に無かったこと、(3)知的障害のない自閉症の存在がほとんど知られておらず、周知する必要があったという事情からだ。
妥協案として「診断の妥当性は明らかではないが」と注釈がつけられつつ、アスペルガー障害はDSM-IVに記載された。DSM-IVのアスペルガー障害の診断名に「診断の妥当性は明らかではないが」という注釈がついていることなど、いまでは多くの人たちは知らないことだと思う。「そもそも論」なのだが、診断の妥当性などはじめから無かったのだ。
アスペルガー障害は存在しないのか?
社会的状況から、しぶしぶ診断基準に入ることになったアスペルガー障害だが、DSM-IVのなかでどういうかたちになったかというと、1944年にはじめてアスペルガー症候群を発見したハンス・アスペルガーの記述に近づけられるかたちで診断基準は構築された(Volkmar &Klin 2000=2008)。一貫した妥当性を持った研究がないことから、発見者の原義に近づける努力がされたわけだ。しかし、そのためにかなりレアな障害に仕上がってしまったのだ(Chakrabarti et al. 2001)。
そのうち”DSM-IV Asperger’s Disorder Exist?(アスペルガー障害は存在するのか?)http://link.springer.com/article/10.1023%2FA%3A1010337916636:title=Does“という論文まで書かれるようになった。なにせ、10万人に8.4人である。本当にいるのか? と言われても仕方ないレベルだ。
診断名といっても患者さんのためにわかりやすく説明するためのものと、実際に医者が考える診断名がある。患者さんに「特定不能の広汎性発達障害」といってもややこしいから「アスペルガー障害」というケースもしばしばあるはずだ。一方で、医師自身がアスペルガー障害の基準をしっかり理解せず、この診断名を多く使用したのも事実である。DSM-IVのアスペルガー障害を診断基準通りに判定すると、かなり狭き門であるであることを知っている医師は残念ながら多くはない。
DSM-IVの判断基準ではアスペルガー障害は10万人に8.4人しか発現せず、その判断基準に意義があったのかはよくわからない。ヴォルクマーとクラインはハンス・アスペルガーの記述に近づけたものと述べているが、ウィングは(Wing 2000=2008)広汎性発達障害のサブカテゴリーとしては「不満足な代物」という評価を下している。
自閉症スペクトラム障害に統合が決まってからは議論されることも稀になったが、アスペルガー障害というサブカテゴリーの無用さは研究者のあいだでは共通認識となってきたところがある。
今回はそのさわりだけを述べただけに過ぎないが、アスペルガー障害・症候群がDSMから無くなる理由を少しは伝えられたのではないだろうか。結局のところ、知的機能の低い自閉症も高い自閉症も、そのあいだに決定的な差異はなかったのだと言えよう。DSM-IVが策定されてから19年。アスペルガー障害・症候群は診断の妥当性は見いだされることなく消えることとなった。ある意味、自然な流れだと思える。
ただ、知的障害のない自閉症を指す言葉は存在していないのは20年前と同じである。アスペルガー症候群という言葉は今後も消えることなく使われていくことになるだろう。この言葉の使命が終わったのは、あくまでも診断学上の話であって、一般的にはまだまだ使われていくに違いない。
参考文献
B Kadesjo, C Gillberg, B Hagberg, 1999, Brief Report: Autism and Asperger Syndrome in Seven-Year-Old Children: A Total Population Study, Journal of Autism and Developmental Disorders 29(44): 327-331.
http://www.springerlink.com/content/q7842p370v730g2j/
S Chakrabarti, E Fombonne,2001, Pervasive Developmental Disorders in Preschool Children, JAMA, vol.285, 24: 3093-3099.
http://jama.ama-assn.org/cgi/content/abstract/285/24/3093
Lorna Wing, 1981, Asperger’s syndrome: a clinical account.,Psychological Medicine.,11(1): 115-29.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7208735
Szatrnari, P., 1992, The validity of autistic spectrum disorders: A literature review. Journal of Autism and Developmental Disorders, 22: 583-600.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1483978
Szatmari, P., 1997, Pervasive developmental disorder not otherwise specified. In T. A. Widiger (Eds.), DSM-JV source book (Vol.:1, pp. 4:3-54). Washington, DC: AmericanPsychiatric Press.
Chakrabarti S. , Fombonne E.,2001, Pervasive Developmental Disorders in Preschool Children, JAMA, vol. 285, 24 :3093-3099.
http://jama.ama-assn.org/cgi/content/abstract/285/24/3093
フレッド・R・ヴォルクマー、アミー・クライン、2000=2008「スペルガー症候群の診断をめぐる問題」『総説 アスペルガー症候群』明石書店、44-107頁。
ローナ・ウィング、2000=2008「アスペルガー症候群に関する研究の過去と未来」『総説 アスペルガー症候群』明石書店、561-582頁。
(本記事は、「Yahoo!ニュース「個人」」からの記事に加筆を加えたものになります。)
プロフィール
井出草平
1980 年大阪生まれ。社会学。日本学術振興会特別研究員。大阪大学非常勤講師。大阪大学人間科学研究科課程単位取得退学。博士(人間科学)。大阪府子ども若者自立支援事業専門委員。著書に『ひきこもりの 社会学』(世界思想社)、共著に 『日本の難題をかたづけよう 経済、政治、教育、社会保障、エネルギー』(光文社)。2010年度より大阪府のひきこもり支援事業に関わる。