「障がい」表記は差別の解消に有効なのか?

拳や武器よりも、言葉で傷つけあう時代になった。表現や発言の情報価値はますます高まり、私たちは用いる言葉に気を配り、用いられた言葉によって人を判断しようとする。本記事では、「障がい者」表記を取り上げ、表現の問題について考えてみたい。表現の変更はなぜ行われるのか?表現の変更は人々の意識にどれほど影響力をもつのか?影響するとすればそれはなぜか?といった問いへの視点を提供できれば幸いである。

 

 

「障害者」から「障がい者」へ

 

みなさんはどちらの表現をより目にするだろうか。10年前にはほとんど見なかった「障がい者」表記も、ここ数年で頻繁に用いられるようになっている。民主党政権時代(2009年)に設置された「障がい者制度改革推進本部」の影響も大きいのだろう。

 

「しょうがい」は、もともと「障碍(障礙)」という字が使用されていた。しかし、1949年の身体障害者福祉法の制定の際、「碍」や「礙」の字が当用漢字の制限を受けて使用できないために「害」の字が当てられ、一般的に使われるようになった。

 

しかし、「害」の字には「わざわい」や「さまたげ」などの意味が含まれ、否定的な印象を受けるという関係者の声が従来からあり、表記変更が求められていた。

 

ひらがな表記への変更は、障「害」者という表現に付随する悪いイメージを払拭し、障害者に対する誤解や偏見を解こうという意図も含まれている。

 

法令以外については、ひらがな表記で記述されることも多く、現在、様々な掲示や出版物、団体名などでひらがな表記が用いられるようになった。「害」の表記をひらがなに変える動きは、意識や社会のシステムを変えるプロセスとして期待されている(有田、 2005)。

 

 

表記に対する認識と実際の効果とは?

 

一般的になりつつある「障がい者」表記であるが、世間一般の障害者表記に対する考えはどのようなものだろうか。平成25年に行われた世論調査では、障害者をどう表現すべきかについての国民の意見は、「障がい」35.5%、「障害」が33.8%、「どれでもよい」が21.9%であった。このように表記に関する意見は割れている。

 

 

(平成25年版 障害者白書より編集部作成)

(平成25年版 障害者白書より編集部作成)

 

 

ひらがな表記が障害者に対する態度の変容を促すと期待する見方がある一方、他方で意味がないとする見方もある。

 

では、実際はどうなのだろうか。「どうすべきか」「こうだろう」という理想や希望、推測と、「どうであるか」「どうだったか」という現実や結果はしばしば乖離する。良かれと思って、適切だと思ってやったことが、実際には意味がなかったり思い通りにいかないことは日常ではよくあることだ。

 

それでは実際に表記の変更によって障害者に対する態度が変わるのかを検証した調査(栗田・楠見、 2010)を紹介しよう。

 

調査は大学の講義を受講していた学生348名(男性119名、女性205名、無記名24名)を対象に行われた。調査で実施した質問紙には仕掛けがあり、およそ半数の質問紙は「障害者」と表記され、残り半数の質問紙には「障がい者」と表記されていた。学生はどちらか一方の質問紙を受け取り、自身の障害者への態度について回答した。

 

「障害者への態度」と一口に言っても色々な構成要素がある。本調査では、障害者に対する漠然としたイメージと、相互作用を想定した交流態度を取り上げた。

 

イメージはさらに細かく、

 

社会的不利(例:不利な、困難な)

尊敬(例:立派な、頑張っている)

同情(例:辛い、悲しい)

 

に分けられた。交流態度についても、

 

当惑(例:○○障害の人とつきあうにはひどく気をつかう)

交友関係(例:講義が始まる前に○○障害の学生から教室へ一緒に行こうと誘われた)

自己主張(例:忙しいため○○障害の学生の手伝いを断る)

 

といった相互作用における感情や具体的場面での抵抗が含まれた。

 

調査では、こういった様々な態度が測定され、表記が一体どのような態度の側面に影響を及ぼすかが詳しく調べられた。なお、この調査では障害種として身体障害を対象としており、質問紙では「身体障害者」あるいは「身体障がい者」どちらかの用語が用いられた。

 

果たして、表記の違いは障害者への態度に影響を及ぼしていただろうか?

 

結論から述べると、表記の違いは障害者への態度にほとんど影響を及ぼしていなかった。下記の表は、ボランティアで障害者と接触したことのある者(経験有)とない者(経験無)を分けた上で、漢字表記に回答した者とひらがな表記に回答した者の態度の得点が記されたものである。

 

得点の差には誤差(偶然による差)が含まれるため、通常、その得点差に意味があるかどうかをなるべく正確に捉えたい場合は、統計的検定にかける必要がある。本調査でも統計的検定にかけた結果、表記の違いによって態度に有意な差がみられたのは、表の枠で囲った部分だけであった。

 

 

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その部分とは障害者との接触経験がある者の尊敬イメージである。接触経験のある者は、漢字表記よりもひらがな表記の方が、尊敬イメージが強まるということがわかった。言い換えれば、表記の効果とは、接触経験のある者の障害者に対するポジティブなイメージの向上といえる。

 

しかし、それ以外の態度の要素については、表記の効果はみられなかった。つまり、「障がい者」表記は、障害のある人に対するネガティブなイメージや、交流することへの不安や当惑、抵抗には影響を及ぼさない。特に、接触経験のない者にとっては表記によって障害者への印象が変わることはないようだ。【次ページにつづく】

 

 

 

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