認知症700万人時代に向けた街づくりとは?

2025年には5人に1人、全国で700万人にも達すると言われる認知症。そんな中、4月26日から4日間にわたり、世界各国から認知症の人や家族、専門家ら4000人が集まる「第32回・国際アルツハイマー病協会・国際会議」が京都市で開かれた。会議では、各国の認知症対策、最新の治療や予防、まちづくり、認知症と災害などについて意見が交わされた。今回はその中から「認知症にやさしいまちづくり」を取り上げ、専門家を交えて語り合った。2017年5月1日放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「京都で開かれた国際会議でも主要なテーマに!認知症700万人時代に向けた街づくりとは?」より抄録。(構成/大谷佳名)

 

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →https://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

認知症の当事者の視点

 

荻上 今日のゲストを紹介します。筑波大学・助教の河野禎之さんと、朝日新聞記者の清川卓史さんです。よろしくお願いします。

 

河野清川 よろしくお願いします。

 

荻上 河野さんは認知症をめぐる地域や家族の問題に取り組まれていますが、ご専門はどのような分野なのでしょうか。

 

河野 もともとは臨床心理士として、認知症の方の症状の評価や薬以外の治療法について研究を行ってきました。ただ、やはり認知症で通院されている方の多くは地域で生活されているので、地域側にアプローチしていく必要があると思い、まちづくりの研究も行うようになりました。

 

荻上 清川さんは、認知症をめぐる問題についてさまざまな角度から取材をされていますね。

 

清川 はい。介護保険が始まる以前から介護現場で取材を続けており、その中で認知症のご本人とご家族へのインタビューなども行ってきました。20年ほど前までは、認知症の取材では匿名が原則でした。また、家族の視点で描かれたものがほとんどで、当事者の視点というものが本当に少なかったのです。しかし近年、状況は大きく変わっています。当事者の声を取り上げたり、実名での取材も増えてきました。直近では、認知症の方の運転免許の問題も取材しています。

 

荻上 認知症の当事者の視点が取り上げられるようになったきっかけなどはあったのでしょうか。

 

清川 もっとも大きな転機となったのは、前回の国際アルツハイマー病協会・国際会議(2004年)です。このとき初めて、国内外の当事者たちがご自分の名前と素顔を明かして、「偏見を解消してほしい」「私たちの能力を信じてください」と訴えたのです。そのときは本当に鳥肌が立つような思いがしました。いつもご本人の近くにいる家族の方々にとっても大きな驚きだったようです。

 

認知症と言うと、どうしても「介護が大変」というイメージが強く、家族側の負担をいかにして軽減するかという論点を中心として語られるのがこれまでの状況でした。それがだんだんと、認知症の当事者の視点に移ってきたのです。

 

荻上 なるほど。日本では、2025年には5人に1人は認知症になり、その数は全国で700万人にも達すると言われています。これは世界的に見ても顕著だと言えるのでしょうか。

 

河野 有病率は、はっきりと診断を受けているケースのみをカウントするため、一概には言えません。しかし、今もっとも問題になっているのは、中所得国以下の国々の伸び率が高所得国の二倍程度のスピードで増えていくと見積もられているということです。そういう意味では、今の日本の状況は一つのモデルとなるので注目されています。

 

荻上 認知症は治療によって回復するものなのでしょうか。

 

河野 風邪のように、病気になる前の状態に100%戻るということはできません。ただ、進行を遅らせるための治療法、薬などは開発されています。あるいは、認知症によって低下した機能や症状を改善させることは可能です。

 

 

「認知症にやさしい社会」の定義はない

 

荻上 今回、京都で開かれた第32回国際アルツハイマー病協会国際会議にお二人も参加されたとのことですが、どういった会議だったのでしょうか。

 

清川 この会議は国際アルツハイマー病協会と「認知症の人と家族の会」が共催したもので、世界中の約70の国・地域から約4000人が参加されました。そして何より、認知症のご本人が200人ほど参加されたことは大きいと思います。

 

具体的な議題としては、80年代から現在に至るまでの認知症を取り巻く歴史的な問題から、医学・介護等の最新の知見、認知症にやさしいまちづくりなど、非常に多岐に渡る内容でした。その中でも、やはり私にとって印象的だったのは、認知症のご本人たちが中心となって進められたワークショップです。

 

専門家の方やご家族がそばに付き添って登壇という形ではなく、ほぼご本人たちのみで取り仕切られ、話している途中で少し言葉につまるような場面が時にあってもそのまま次の言葉をゆっくり待ちながら続けられる、というもので非常に画期的でした。司会は、若年認知症の当事者として地元の仙台市で本人による本人のための相談活動(おれんじドア)を実践し、全国で講演もされている丹野智文さん(おれんじドア実行委員会代表)が務められ、数人の当事者の方々がご登壇されました。

 

荻上 当事者が多く参加されたという点で画期的な会議だったのですね。

 

清川 そうです。非常に印象的だったのは、これまでは「支援者が(認知症の本人を)守る」という認識が強かったのですが、過剰に守らずに、認知症の人の自己決定を尊重してほしいという話をされる方が多かったという点です。

 

荻上 河野さんは、この会議に参加されていかがでしたか。

 

河野 今回はいわゆる学会ではなく、当事者の方やご家族も参加される会議だったので、社会的な観点からオープンに議論が行われていたのが興味深かったです。

 

会議の中で私が開いたワークショップでは、認知症にやさしい地域をどう評価するか、評価した上でどう取り組みを促進していくかについて、参加者の皆さんと共に考えました。このテーマ自体が新しいものなので、まずは認知症にやさしい地域とはどのようなものなのか、すでにこの問題に取り組んでいる地域や専門家の考えを集めてみようという内容にしました。

 

荻上 認知症だけでなく知的障害や精神障害もそうですが、本人の自己決定がおろそかにされてきた歴史がある。だからまずは「こうすれば本人にとって生きやすい社会だ」と定義するのではなく、それを阻害しているものをまずは探していこう、ということになるのですね。

 

河野 はい。大事なのは、認知症にやさしい地域とは、その定義がはじめからあるのではなく、そこに住む認知症の本人や住民たちが一緒になって作り上げていくものなのです。ですから当然、地域ごとにその答えは異なります。

 

またもう一つ重要なのは、認知症にやさしい地域は、認知症だけにやさしい地域ではないということです。ただ、その価値観がまだまだ共有されていないなと感じます。

 

荻上 たとえばある地域に、認知症の本人や家族が事故に巻き込まれてしまうような問題があるなら、それを解決していくことはほかの住民にとってもプラスになりますよね。その解消の仕方としては、危険な場所には柵を作るなどインフラを整備していくのも一つの手ですが、それ以前に、地域に見守ってくれる人を増やしていくことも必要ですね。

 

 

河野氏

河野氏 

 

「移動する権利」

 

荻上 リスナーからこんなメールがきています。

 

「私の住んでいる埼玉県入間市は、毎日のようにお年寄りの行方不明放送が流れています。入間市は認知症による徘徊問題に積極的に取り組んでいる地域なので、夕方には『発見されました』と放送され、安堵することも多いです。ただ、日本全国でこのような状態かと思うと心配でもあります。」

 

河野さん、どうお感じになりますか。

 

河野 まず「徘徊」という言葉は、認知症の人があてもなく彷徨っている、という印象を受けますよね。しかし、ご本人のお話を聞くとそんなことはないんです。目的があって外出したところ道に迷ってしまった、それが傍から見ると彷徨っているように捉えられてしまう。そうしたことから意識を変えていく必要があると思います。

 

確かに放送によって周知され、行方不明の方が見つかることは良いことなのですが、その人も目的があって移動していたという根底的な理解や共感も広がっていくといいですね。

 

清川 私も「徘徊」という言葉については思うことがあります。以前、町田市で開催されている「本人会議」という認知症の当事者たちによるミーティングに参加しました。そこで印象的だったのは、ご本人が行方不明になられた時の状況をご自分の言葉で説明されていたのです。「徘徊」というのは、無目的にウロウロするものではなく、まさに何かをしようとしていたときに、道が分からなくなってしまうという状況なんだとよく理解できました。

 

かつてメディアにおいて「痴呆」という言葉が「認知症」という言葉に修正されたように、「徘徊」という言葉も別の言い方に変えていこうという時期に来ていると思います。私が朝日新聞で書いている直近の記事でも、若干中途半端ではありますが、「単独外出(徘徊)」という表記にしました。今はまだ「徘徊」という言葉を使わなければ伝わりにくい部分がありますが、ゆくゆくは別の形で表現できるような言葉を見つけていきたいと思っています。

 

荻上 認知症のご本人が何を考えているのかを私たちが理解しながら、言語化をサポートしていくことが必要ですね。

 

清川 認知症の方も生活者なので、当然、外出もしますし買い物もします。近年、高齢化の中で「移動することは人権だ」という考え方に焦点が当てられています。当然、認知症の方も移動を奪われてしまうと一人で生活するのは難しいのです。認知症の方の移動する権利をどう守っていくか。自動車運転の免許の問題も含め、これから本格的に議論を進めていく段階だと思います。

 

荻上 病気や障害を持っているからといって「権利を奪われるのが当たり前」と思っているうちは、なかなか今の状況を変えることはできませんよね。【次ページにつづく】

 

 

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